019 僕が会社をやめる理由

2001年6月末で会社をやめる－そう決めてから１年ちょっとがたち、いよいよ、その日がやってきました。「ついに来たなあ」とうれしい気分。でも、何度も「どうしてやめるの？」と聞かれました。確かに、自分のビジョンに合った事業を任されていて、ワークスタイルもかなり勝手に出来て、収入も悪くないし、本を書いたり、知恵市場をやったり出来る、なのにやめる、しかも仕掛けてきたことの結果がこれから出るという時にやめる、そして不安定なフリーランスになるというのは普通、不可解でしょう。

でも、僕としてはそれなりの理由がありました。取っている行動はよくあるパターンではありませんが、ベースにあるキャリアについての考え方は参考になるかもと思うので、今回は「僕が会社をやめる理由」について書いてみたいと思います。

■このままじゃいけない

記憶をたどってみると、まず最初に起きたのは「このままじゃいけない」という直感的なアラームでした。これは留学や最初の転職を決意した時にもあったことです。「なんでそういうアラームが作動するんでしょう？」とよく聞かれるのですが、正直なところわかりません(^_^)。ただ、ある意味、自然なことのように思います。つまり、自分の面倒は自分で見る、会社も誰も人の面倒は見てくれないという、いわば野生動物のような感覚で生きているので、「まずい」という時は肌がそれを感知するようです。

で、何を「このままじゃいけない」と思ったかというと、一つには「このままでは自分は新しいことを学べない」ということでした。事業の責任者ですから定期的に１年から数年数年におよぶ計画を立てます。ということはこれからどんなことを自分がやるのか、それにはどんなスキルが必要になるのか、そのうちのどれはわかっていることで、何は新たに学ぶべきことなのかがわかります。それで見ると、今後約１年間は学びが大きいけれども、それ以降は既にマスターしたことの繰り返しか、自分が踏みこみたいと思っていない領域に入っていく必要があるということがわかってきました（断っておくと、これはあくまで「僕にとって」のことであって、事業としては価値のあることですし、おもしろいと感じる人も多いはずです）。

もう一つには「会社の力に頼らない自分の力を確認しておくべき」ということでした。確かに結果をある程度出しているのですが、グロービスでだからこそ出来ているんじゃないの？という面があったのです。それは会社の看板であったり、古くからいることで社内を知っていたり発言力があることだったり、熟知しているから目をつぶっていてもできることだったり複合的でしたが、いずれにせよ、こんなに「快適」な環境に居続けては自分を堕落させてしまう、と感じたのでした。

■フリーランスならやりたい放題？

そだったらフリーランスになるばかりが方法ではなく、転職することも考えられるよね、というところですが、二つの理由でフリーランスになることを最初から考えていました。まず一つには、グロービスでやってきたような勝手なワークスタイルを出来る会社はなかなかないだろうなあ、ということでした。ミーティングをやる必要がなければ（オフィスはものを考えるのに向いていないので）オフィスには行かない、ネクタイはここ半年したことがない、休みはめいっぱい取る、残業はしないし、プライベートが最優先というやり方を通すのは難しいだろうと。

もう一つには、自分にとっておもしろいことや、自分が最大のアウトプットを出せることを仕事にしたい、というのがありました。しかも、それが何なのかを自分で考えるだけでなく、自分が思いも及ばないようなことにたどりつく可能性を上げたい、と。つまりそれだけ機会が少ない。それよりもフリーランスとして「こういうタイプの仕事ならがんがんやります」という看板をこれまでの実績と共に掲げる方がいいんじゃないか、と思ったわけです。

■組織に属することのメリット・デメリットをどう考える？

しかし当然、フリーになると、組織に属していることのメリットを失うわけです。
大きいのは
　(1)収入が安定する
　(2)会社の看板でおもしろい仕事が来る
　(3)会社の資源を使える
　(4)自分にとってのリスクを下げられる
あたりですね。これらについてはどう考えるか？

まずメリットだけじゃなくてデメリットも考えないといけないですね。これまで
のところからすると、

　(a)働き方（時間、場所等）のフレキシビリティが低い
　(b)やりたいことばかりできるとは限らない

あたりでしょうか。そしてメリット・デメリットを合わせて見てみると・・・ (3)、(4)については、確かにその企業にいる場合よりは難しいのですが、組んで仕事をする企業の信頼を得られれば外からでも結構実現可能だろうと考えています。(1)や(2)は自分の力が上がっていくと、相対的に価値が下がっていきます。そして僕の場合は、そもそもこれを自分自身でなんとかできるだろうかというのが今回感じた問題意識ですから、挑戦してみる必要があるわけです。もちろん絶対の自信があるわけじゃないのですが。(b)は僕の場合、企業にいても結構やれていたのですが、フリーになるとさらに仕事をやりたいこと・得意なことに絞り込めるかも、と思っています。そして僕の価値観では(a)の価値が他の人よりも重たい、ということでしょう。

■「やりたいこと」を「やりたいやり方で」やるための準備が「やりたいこと」を「やりたいやり方」でやることで出来る？？

さて、これまで書いてきたようなことを考えるバックグラウンドには当然「で、将来何をやりたいんだっけ？」という話が横たわっています。これはよく「昔からはっきり見えていたんですか？」と聞かれるのですが、実は今ですらはっきり見えているわけではありません(^_^;。ただ、その時その時に「これをやりたいのかな」と感じるものがあって、それが少しずつ形を変えている、というかだんだん全貌が見えてきているという感じです。しかもこれまで見ていたものが全貌ではなかったことは後になってわかるのですね。でも、その発見のプロセス自体が楽しいと思っています。

そして今見ているゴールは「変化のプロデューサー」。きっと、その中身はなんでもいいんですが、たぶん「人が自分の足で立つのをサポートする」タイプのものじゃないかと思っています。そして、こういう「やりたいこと」をやる能力の獲得が期待するペースで進んでいない時に、最初に書いたような「このままじゃいけない」というアラームが鳴るのでしょう。

そして能力を高める必要性といえばもう一つ。自分のこだわりとして、「やりたいこと」だけでなく「やりたいやり方で」やる、というのがあります。こいつのためにも能力が必要になるのですね。たとえば「常に高いフレキシビリティ（＝自由）を持っていたい」と思えば、それを認めさせられるだけの高い能力が必要。従って「やりたいこと」を「やりたいやり方で」という二つのために、準備しているわけです。そしてさらに準備のプロセス自体も楽しみたい思っているので、準備は準備であると同時に「やりたいこと」を「やりたいやり方」でやる時間自体である、というわがままな状態を求めています(^_^)。

■具体的には・・グローバル、認知獲得・・・

では現段階で具体的に何を準備として考えているかというと、大体三つないし四つのことを考えています。

一つ目は、グローバルな足場を作っておくというのがあります。これまでの僕の仕事はほとんど日本国内で日本人を相手にしたものでした。しかし、多様性から生まれるものは大きいと思うので、また、異質のものの間のインタフェースをできるという自分の強みを活かしたいので、世界をまたにかけてやっていきたい。となると、そろそろグローバルな仕事を経験しておく必要があります。

しかも、またわがままを言うと、いわゆるピラミッド型の普通の組織ではなく、同じくらいの力を持った連中のチームでやりたい。言ってみればオーケストラの指揮者に対するジャム・セッションみたいなものです。というのも、ここ２年はオーケストラの指揮者的にやってきたので、ちょっと違うことがやりたい。全然具体的なあてがあるわけではないですが、なんとなく嗅覚で、フリーランスで探した方が組織にいるよりもそういう仕事を見つけられそうな予感がしています。

二つ目はプロデューサーとしての認知を得ることです。それも「あいつにやらせてみよう」と言える権限を持った人に知られることが必要です。そのためには一つのことをやり続けるのではなく、いくつかの目立つアウトプットを持つことが必要になります。一つのこと（たとえばマネジメント教育）をやり続けると、そのことの第一人者としては知られても、「変化のプロデューサー」とは認識されないんですね。（ただ、正直、ここは一番迷いました。もう１年やれば、自分が仕掛けたことが誰にでもわかるように花開くと思ったからです。でも、これまでに書いてきたようなことを優先すべきだという結論に至りました）

ここは知恵の絞りどころだと思っています。たとえば僕は情報収集や売り込みが実はあまり得意ではないので、他の人の力を借りた方がよいだろうと思っていますが、具体的にどうやるかは考えないとなりません。また、自分の仕事が「これ、誰がやったの？」と自然に尋ねられるようなやり方もあるんじゃないかと思っています。いずれにせよ、まだこれからじっくり考えないとならないところです。

三つ目は・・・三つ目からはちょっと分けて書きましょう。

■世界を広げよう！

三つ目に考えたのは、自分の世界をぐ～～～～んと広げよう、ということです。４０近くになってくると、自分のやり方が確立してきます。それはそれでよいのだけど、欲を言えば確立したものをさらに超える自分でありたい。そのために意識して自分の世界を広げておきたい。自分の常識や価値観を問い直しておきたいと思うのですね。

そこで、たとえば世界放浪の旅に出てみたらどうかな、と思っています。学生時代や引退してからやる人はいますが、これを現役の間に持つことは大きな意味があるような気がしています。自分の価値観や枠組みがあるという点で学生と違った見方が出来る一方で、自分がつかんだものをその後の活動に反映できるという点が引退後にやるのと違う。学生や引退後に行くのははそれはそれでいいと思いますが。

■週休５日！？
－これからのビジネス・リーダーたるにはビジネスだけやっていてはダメだ

きっかけはグロービスのある講師との会話でした。その人は投資銀行に勤めていてむちゃくちゃ忙しいのですが、それでも土曜日に時間をとって講師をやってくれています。「ふー」とため息をつきながら入ってきた彼に思わず「やっぱり週５日仕事をしてちゃダメですね」と言ってしまったのですが、返ってきた返事が「それは正しいかも知れない」。

そうか、と改めてまじめに「週５日仕事をすることないじゃん」と考え始めたのでした。ビジネス・リーダーと言えるほど優秀なら、たとえば週４日でもかなりの成果を出せるはず。そこで１日をその会社以外に自分が関わりたいビジネスに使い、２日はちゃんと休んで家族と過ごしたり遊んだりする。

そんなことを考えていたら、ある雑誌でソーシャル・アントレプレナーという言葉を目にしました。アメリカではビジネスに優れた人の中から、ＮＰＯなどの社会的活動に身を投じる人が出てきているとのこと。考えてみれば、ビジネスで優れたマネジメントを出来る人が、ビジネスではまだ成立しないような、しかし社会的に必要なことに参加すればずいぶん状況は変わってきそうですよね。そもそも、株主に応えるためだけにがんばっているようでは本当のリーダーとは言えないのかもしれない。もちろん企業を通じて社会に貢献することも可能だと思いますが。

そんなことを考えているうちになぜか次のような言葉が思い浮かびました。

「週休５日」

いわゆる仕事をするのは週２日。自分が確実に高い付加価値を出せてかつ対価を受け取れることに週２日を使い、ここで食い扶持を稼ぐ。一方、週２日はしっかり休む。そして残りの３日を社会的な活動と、まだ海の物とも山の物ともわからないビジネスに費やす。この３日も休みとカウントするなら、週休５日。そういうワークスタイルはどうかなあと。

これをやってみたいのは、いろいろなことをやって楽しみたいというのが一番の理由なんですが、結果的には自分のビジネス力アップにもつながりそうだなとも思っています。まず、確立したビジネスとともに、ベンチャーやベンチャーにもならないもの、そして純粋に社会的な活動に関わっていくことで発想やネットワークの広がりがありそうです。また、２日のオフの中で生活を思い切り楽しむことは、消費生活者としての自分の感覚を高めそうです。結果的にビジネスの中で不可欠な「買い手の視点」を持つことにつながるでしょう。

そしてもう一つ。BTQでのディスカッションでKuriさんが言っていたことがおもしろかったので紹介したいと思います。

> 育児によって自分だけの時間を失っていると思うこともあるけど、自分の子ども
> から得ているものの方が、人間としてはるかに大切で質が高いんです。で、その
> 子育てから得たものを「社会に還元」するには、やっぱり仕事を通じて、という
> のが、もっとも効率的で適切だと思うんだな。

　　　子育て　　→　　　自分　　→　仕事
　　　　　　インプット　　アウトプット

という感じですね。こんなメカニズムを動かせるとすばらしい、と僕も思います。

■そのために何をしてきたか

最後に、こんなことに踏み出すため、僕がどんなことをやってきたかを書いて終わりたいと思います。正直なところ、昔から計算をしていたわけではなく、結構直感的にやっていたり、結果的にそうなったことも多いのですが(^_^;。

まず、自分の自由度を高めるために無理をしてきました。スーツを着ないで注目を浴びつつ仕事の中身で勝負する、あえて時間をかけてもメールで人を動かす、オフィスに行かないでオフィスの状況をイメージしながら指示を出す・・。便利な手段をあえて封じることで能力を伸ばしてきたという感じですね。

次にネットワーキングをしてきました。ただ、前述のように僕の場合は自分を売り込むのが苦手なので、やり方はちょっと工夫をしました。まず、自分が問題意識を持って深く考えているテーマに集中しました。ある時は「ネットワークの活用」、またある時は「考えることの必要性」というように。そして人が自分のところにやってくるような場所に自分を放り込みました。グロービスでの講師もそうだし、マネジメント・スクールの責任者というのも同様です。まあ、それだけのためにやっていたわけじゃないですが。また、その際に自分の価値観や志を前面に出すようにしました。それで共鳴する人とは長期的に何かをできる可能性が高いと思ったからです。

最後に「自分の作品（＝実績）」を作れるチャンスをつかむようにしてきました。このチャンスは「そんなことをやっても給料は上がらない」とか「自分の担当じゃない」というような考え方をしていると、かなり逃してしまいます。何か思いついたら、そいつを自分がやっていい理由をひねりだすというくらいの気持ちが必要でしょう。

以上です。さて、参考になりましたかどうか。そもそもここまで自由にこだわる人は少ないかも知れないし、今からやろうと思ってもねえ、という場合もあるでしょう。でも、意外と使える部分はあるんじゃないかと、そうだといいなあと思っています(^_^)。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net