020 小泉内閣メルマガに見る「コミットメント」

小泉内閣が発行するメルマガの登録者が200万人を越えたそうです。内閣支持率も異例の80％超で、メルマガという媒体は小泉氏の人気に支えられて、内閣から国民へのダイレクトなメッセージを伝える媒体として機能する可能性を持ってきました。それ自体、すばらしいことです。
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/

たしかに総理大臣や国務大臣からのメッセージが直接自分のPCに届くということは世界的に見ても異例のことであり、ある意味、僕らはまさに歴史の転換点に立ち会っているのを感じさせるできごとだし、内容的にもこれまでの政治家との間に感じていた距離感を一気に縮めるような、フランクなもので好感が持てます。

しかし、いざ冷静にその中身について考えてみると、少なからず不満足なものであることがわかります。今日は前回、6月28日号をベースに、考えてみます。
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2001/0628.html

■「二重生活」プランは歓迎、しかし……

たとえば、今回の内閣メールの中にある武部農林水産大臣のコメント。

> だから、私は都市と農山漁村の共生・対流の時代、つまりは誰もが都市生活と農
> 村生活を共に手にすることができる「二重生活時代」を享受できる21世紀にした
> いと思っているのです。
>
> つまり、交通インフラが整備され、加えてIT革命が進み、情報通信インフラが農
> 山漁村にも整備されれば、いつでも、どこでも、誰でもが同じ条件下で「仕事と
> 生活を両立させる時代」、そんなライフスタイルが可能になると私は確信します。

僕自身、彼が言うような「二重生活」の実践者なので、彼のいうことを先んじて行動をとってきた人なわけです。

で、その立場から見ると、「おお、いいことを言ってくれているじゃないの」と思う反面、「なんだか現実を見ていないなあ」というか、「それはいいけど、どうやるの？」が示されていないと感じます。

たとえば彼の言うような政策を実現するには、どのような要素をクリアする必要があるのか。僕の経験から考えるだけでも、以下のような問題があります。

(1)家造りの資金融資の問題（地方で金を借りるのはすごくたいへん）
(2)地方の地価値上がりを押さえつつ、どうやって開発するか
(3)開発が自然破壊につながらない保証をどうやって行うか
(4)田園生活支援が新たな利権になることをどうやって防ぐか
(5)地方の受け入れ態勢として何が必要なのか。

など、いくつもクリアすべき要素があります。

自然と調和した生活といえば新しい感じがするけど、地方に人を移すという点で言えば、列島改造論やリゾート法とどこが違うのか？　いったん二重生活をする人が増えても、やはり二重生活はけっこうきついことも多く、結局あまり移動しなくなり、地方の新築住宅が使われずに放置する例が増えるのではないか？　など、素朴な疑問もわきます。

その答えをすべて短いメールで用意することは無理でも、政策実現にどんな領域で手を打つ必要があるのかぐらいは、5行もあれば説明できることで、最低この程度が語られないなら、ただの耳障りのいい口約束だと言われてもしかたがないと思います。

■「些事」こそかまうべき

小泉総理の文章で

> 私のモットーは、「省事（しょうじ）に如（し）かず」。つまり、「無駄
> なことはやめよう。」ということ。「大事争うべし、些事（さじ）構うべか
> らず。」というのも好きな言葉だ。

というのも、安易な発言です。日本では（というか日本に限らず）、改革には総論賛成各論反対で長いこと停滞してきました。大事は、ある意味争われていない。いつも争いは各論（些事）にあり、それをどうやって克服するか？　こそ、リーダーシップのはずです。

首相は「何が何でも改革を断行する」と意気込んでいます。それ自体は重要なことで、強い意志がないところに、リーダーシップは存在しないのは間違いない。

ただ、ここで勘違いしがちなのは、強い意志、万難を排して実行、ということが、「大儀の前の小事には耳を貸さない」ということになれば、それは民主主義ではなく、専制君主になってしまう。

今、リーダーシップに求められているのは、説明と納得、理解が得られるまで手をかえ品をかえ説明し、情報を発信し、合意形成を促す、という姿勢でしょう。この点については、政治に限らず、ビジネスのリーダーでもまったく同じで、強力なリーダーシップを発揮することと、「些事にこだわらず」、「断行」することとは、まったく別ものというはっきりした理解が必要です。

首相は意欲を表明しただけ、といいたいのかもしれませんが、こういう「些事」にこそ、こだわってこそ、いまの時代にふさわしい改革者であるということをしっかり頭に入れておいてほしいし、そこがわかっていればこのような安易な耳障りのいい表現は使えないはずです。もちろん同様に、あなたがビジネスリーダー（もしくはリーダーをめざす）なら、いくら強いリーダシップを求められているからといって、間違っても「些事にこだわらず」などと言ってはいけない。感覚的に、「いえない」と理解していることこそ、いまの時代のリーダーシップを理解していることの証だと考えた方がいいと思います。

改革者であり、改革を市民から支持されているという実感は、リーダーにとっては大事な自覚だと思います。しかしその支持を勘違いして、「強く実行に移せばいい」と考えているなら、それは勘違いだし、これでは実際に改革は道半ばで終わるでしょう。あるいはもし改革ができてしまえば、それはかえって危険な専制政治の始まりです。

■メルマガだから、評価が甘くなる？

メルマガの発行部数の伸びについては新聞など既存の媒体でも報道されていますが、こういった「中身」についての指摘は、あまり語られることはありません。どちらかというと「メールもつかってがんばってるじゃない」という評価のほうが多いように思えます。

しかしメールなら細部にわたる指摘もできるし、質問も出しやすいインフラです。それに「メールもつかってすごいじゃないか」では、できの悪い上司がようやくパソコンに向かいだして喜ぶ部下のような、情けない状況になってしまいます。

では我々はこのメルマガに対して何ができるのでしょうか？

■批判媒体を機能させる

読者が問題を指摘して官邸当てにメールを出すのもひとつの方法です。しかしこれではメッセージはone of themに埋まってしまい、レバリッジがきかないでしょう。

実は上記の指摘は、僕の友人であり、「小泉内閣メールマガジン解説編」というメルマガを発行する渡辺かつのりさん宛に送ったものに加筆をしています。この「解説編」は、彼が、まぐまぐの創始者である深水英一郎さんなどとはじめた新しいメルマガスタンド「ゴザンス」のなかの一コンテンツとして配信しているものです。
http://www.gozans.com/
http://www.gozans.com/v/?mc=naikaku

かつのりさんといえば、以前知恵市場で、「芸術家支援サイトをつくる」というテーマで、ゲストDJをやってくれた、あのかつのりさんで、その後もお茶のサイトの支援など、精力的に活動しています。

こういったネット媒体が適切で鋭い指摘を行い、それをカウンターパートとして機能させていくことが必要でしょう。といっても単に問題を指摘するだけなら、いままでの野党と同じになってしまいます。そして媒体は、野党と同じではない。

内閣メルマガのような媒体の場合、重要なことは、「実行する」といっている改革の内容について「それで結局何を変えるつもりなの？」がわかることが、いまの時点で一番重要なポイントだと僕は考えます。

たとえば上記の武部農水大臣のメッセージなら、「二重生活というなら、それを実現するために、現状の何を変えればいいと考えているのか、そこを教えてくれないと、いいも悪いも判断できない」というメッセージを表明するということです。それがあって初めて、「そういうことなら自分も二重生活をしたい」「自分はそんなものはいらない」という判断ができるでしょう。

批判とは、日本語では「非難＝文句を言う＝異議表明」とイコールのように使われますが、もともとはcriticalであって、むしろ「吟味する」という日本語に近いことばです。知恵市場代表のToshiがビジネスパースン向けに講座「クリティカルシンキング」を開発したのも、非難するひとを育てるためではなく、あくまで論理的に状況や問題を理解し、解決するための基礎をつかんでもらうことが目的であって、この点、僕がいう「批判媒体」とは、「非難媒体」ではなく、本当の意味で適切な指摘ができる媒体を指しています。

かつのりさんの「小泉内閣メールマガジン解説編」も、今後はこういう批判力のある媒体に育ってくれることを期待しています。

■コミットメントを高める批判

ところで、なぜ武部農水大臣のメッセージが問題なのかというと、最終的には、そのメッセージから伝わってくる「他人ごと感覚」です。「二重生活で田舎も都会も楽しめたらいいよね～」というのはたしかにだれでも考えること。それが実現できたら、たしかにいいなと直感する人は多いと思います。

しかし、「いいよね～」といっていてすむのは、読者であって、政治の責任者なら、「こうやって、その状況を現実のものにします」とかたって初めて価値を持つわけです。それを「いいよね～」という文章ですませてしまえることこそ、実は「コミットメント不足」を象徴しているのですね。知恵市場がこのWebサービスに「コミトン」という名前を付けたこともそうですが、今一番重要なことは、自分がやるべきことにきちんとコミットすることです。ましてリーダーなら、それこそが最低条件。その中でコミットメントの薄い、「いいよね～」というメッセージが発信できてしまうことこそ、実はいちばん「非改革者」的な姿勢です。

そこに、「批判力」のある媒体が成立し、「最低限、それを実現するためには何をするつもりなのか、その項目ぐらいあげてくれ」「そのぐらいまでいう気がないなら、はじめから言うな」と指摘していけば、次から書いていく大臣は、耳ざわりのいい「こうなるといいよね～」のメッセージは書けなくなります。書けなくなるぐらいの影響力がなくてはいけないということですが。この積み重ねの中から、政治家は「いったからにはやる」という意志を強くせざるを得ないし、それが本当に改革へと彼らを追い込んでいく力になると思います。

もちろんこれは、政治家だけの話ではありません。改革を語るリーダーにはビジネスでもNPOでもまったく同じことがいえるのであって、社長が挨拶で「こうなるといいよね～」のメッセージを出していれば、「それってどうやって実現するつもり？」を常に投げかけていく必要が、受け手の側にもあり、それが本当に「こうなるといいよね」を実現させる力になっていくのです。

ということで、今回は知恵市場コミトンとしての創刊号として、結局コミットメントとは？という話に落ちてきました。コミットメントのないところに、改革も実行もない。コミットメントがある、ないについて、僕らはまず敏感になる必要があります。

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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