032 大事件にコミットする

今回はコミトン030号の続編です。
030号発行のあとも[kafe]MLではテロ事件の議論が続いています。議論というより、情報が集まっているという感じです。

今回は、これらの情報を総合して、いまの時代の中で、個人がこういった大きな問題＝事件とどう関わっていけばいいかについて考えてみたいと思います。

■メディアの偏りを自覚する

[kafe]MLや、知恵市場の姉妹サイト「子育てワハハ」のMLでの議論を見ていていちばん感じるのは、「情報が偏っている」という指摘です。普通に情報を受け取っていると、米国はもちろん日本でも、報復戦争をやるべし、という好戦的な意見ばかりが伝わってくる。でも自分も含めて自分の身の回りには、戦争は反対、という人が多いというような意見です。

ここでいう「情報」は、主にテレビのニュース番組と全国紙の情報をさしているのだと思います。たしかにテレビではブッシュの戦争宣言や、それに呼応する各国政府の指示発言が続き、さらに米軍の軍艦がどこから出航しただの、いまにも戦闘が始まりそうな情報ばかりです。

たしかにこういう情報を見ていると、世界中が戦争さえすればいいと思っているようにみえますが、ここで情報を見る視点が問われることになります。「情報が偏っている」と感じる、その意味をもう少し深く、クリティカルに思考する必要があるわけです。

どうもヘンだ、と思ったときには、まずどの情報とどの情報にギャップがあるのかを考えてみます。この場合は、テレビや新聞のような、マスメディアの情報は戦争支持一辺倒で、一方身の回りの個人は戦争に疑問を持っている。では情報は、マスメディアと身近な個人のふたつしかないのかというと、NOですね。こうしてコミトンを読んでいるとおり、インターネットというメディアを僕たちは持っているし、テレビと新聞以外にも雑誌がある。ちなみに雑誌は、週刊誌でも、事件が起こってからそれを扱う記事が載るまで、10日はかかりますから、9月11日に起きた事件から考えると雑誌がこの事件をどう扱うかが見えてくるのは9月20日以降ということになります。

つまり、大きな「音」で耳に届く情報は、「戦争支持ばかり」といっても、それは、新聞とテレビという二大メディアがそういうスタンスであるだけ、と情報源を限定して理解することができるわけです。つまり「戦争支持ばかり」と感じているのは、事件後10日間前後の初期のテレビと新聞の報道だけのことで、それ以外の情報源がどうなっているかは、別の問題だ、ということを知ることで、気持ちを「落ち着ける」ことができるわけです。

また、同じ新聞でも、新聞社によって情報の扱い方、主張が大きく異なることも、今回の事件では浮き彫りになりました。たとえば産経新聞は9月18日の社説で、「テロ被害国日本　集団的自衛権の行使明言を」という提言を行っています。この記事とその問題点は[kafe]MLの#2456で僕が数か所指摘していますが、産経新聞と同系列のフジテレビは、事件後早いタイミングで、日本は「参戦すべし」という論戦を張っていました。

同じ全国紙でも、ここまではっきり好戦的な姿勢を示したのはフジサンケイグループのメディアだけで、毎日新聞は冷静に事実報道をスピーディに行い、朝日は反戦的、読売は表現は好戦的だけど、具体論は提示できず、というような状況でした。

こういった比較ができるのも、インターネットでそれぞれのメディアの情報を同時に比較できるからであり、インターネット以前なら、自分がとっている新聞の論調が「新聞一般の論調」として理解されていたでしょう。

日本では「どこの新聞でもまあだいたい同じ」という抜きがたいイメージがあり、それ故に、洗剤ひとつで新聞を変える人も珍しくないのですが、その時どの新聞を取っていたかで、実は「世の中の方向」が違ってみている可能性もあるということに、インターネット時代の中で改めて気づかされることになりました。

ここで重要なことは、よく目にするメディアからの「音量」がいくら大きくても、それが世界や日本での主流であるとは限らないという落ち着いた見方です。いわゆる「メディアリテラシー」という考え方ですが、「みんなそういっている」というように感じるときの「みんな」とはなになのか、それは本当に「みんな」なのかを、少し距離を引くことで見ることができる。インターネットはそれを低コストで可能にしているわけですから、うまく活用したいところです。

■情報の信頼性をどう判断するか？

テレビと新聞報道中心の10日間が過ぎて、雑誌系が発言を始めました。まず、アエラが緊急増刊号「新『世界戦争』が始まった」を出して、60ページ以上にわたって多面的に報道しています。この中でゲリラの現況やパレスチナ問題との関連、イスラムと米国との衝突の歴史など、僕がコミトンや[kafe]で提示してきた視点からの解説が加えられました。近視眼的な「テロと報復」という構図ではなく、時間軸や地球平面のなかで事件を位置づける試みをすることで、テロの意味は報復の意味が浮き彫りになってくる（とはいえ、ここの情報も、[kafe]#2506で指摘したとおり、妥当性を欠いているものも多いのですが）。

こうなると、テレビや全国誌の報道とは一線を画する情報の量と質が集まってきてしまい、それをそしゃくする必要がでてきます。つまり、情報が多すぎて、どう考えていいかわからない、というわけです。

さらにネットを見回していくと、大メディアで生えられない専門知識に基づいた情報が流れてきます。

その中で、特に僕が注目したのはJ-RCOMでの、軍事アナリスト、神浦元彰の分析と、

妖精現実というサイトでの情報でした。いずれも[kafe]MLでメンバーが紹介してくれたサイトです。テレビにも「軍事評論家」というような人たちがたくさん登場し、いろいろなコメントをしています。こういう人たちはテレビ局が選んでいるのでそれなりに信頼が置けそうだけど（いつもでてくる有名人もいるし）、誰でも情報発信できるwebにでている情報が、テレビでの情報と違うことを書いているからと言って、どっちが正しいとどうやって判断すればいいのか？

「軍事アナリストの神浦元彰」はともかく、「妖精現実」に出ているアフガニスタンの情報が適切な情報であるとどうしてわかる？？？

実際「妖精現実」サイトでは書き手が誰であるかもあかされていないし、ニュースソースも必ずしも明確ではありません。ではこのようなwebでの情報は大メディアの情報より信頼性に欠けるのでしょうか？

この妖精現実の「アフガニスタン」のページを細部にわたって読んでいくと、非常に緻密に調べて書かれていることがわかります。アフガニスタンの歴史や情報だけでなく、アムネスティインターナショナル（人権擁護の国際的団体）の指摘とアフガニスタンの現実との関係、国連がとってきた一連の行動への理解など、非常に広範囲にわたって情報をとり、その中で自分の意見を位置づけようとしています。こういう情報収集と、それをひとつのストーリーにまとめ上げる知的作業ができる知性は、少なくとも無批判に米国の報道を垂れ流すだけの大メディア（特にテレビ）よりずっと知的水準が高いことがわかります。また、読み進めていくと、公平さにもかなり神経を使っていて、自分の主張を大事にしながらも、反論への回答もきちんとしようとしていることが見えてきます。

全面的に信頼することはできないまでも、ひとつの見解として、知的水準が高く信頼性があると判断できると思います。

同じように、J-RCOMの軍事的な視点からの情報も、その視点から見た事件と世界という観点で、破綻がない。

テレビの報道を見ていると、いまにも米軍がアフガンを攻撃するかのようですが、J-RCOMを読んでいると、これらが米国の軍事行動の戦術の中にきちんと位置づけられ、細部の行動にあたふたせずに戦争全体の動きを見なさい、という冷静な見方ができるようになります。ちなみに神浦によれば、米軍のアフガンへの本格的な進行は来年春以降ということになります。アフガンの厳しい冬を考えると、それが軍事的な常識ということがよくわかるわけです。また、泥沼化する可能性についても、説得力はともかく、きちんと説明しようとしている。この点も、「泥沼化して大変なことになる」と感情的にしゃべるだけのテレビ出演評論家とは一線を画す姿勢です。

■信頼できる情報をどうつかむか

以上、ここ2週間ほどの間に、僕が情報源と向き合ってきた流れを急ぎ足で追ってみました。簡単にまとめると

一見「音量」が大きい情報を、相対化し、「音量は大きいが、全体から見れば部分的な意見にすぎない」と考える。
)媒体ごとの特性を把握し、偏りの傾向を把握する。
雑誌はやや距離おいた情報が掲載されやすい。が、情報の質は個別に判断する必要がある。
ネットには独自の情報が豊富にある。信頼性を判断する視点を持て。

というところになります。

さて情報をつかんだら、その後、自分の意見をどうやってつくるか。

■全体のストーリーを考える

ここで重要なことは、今回の事件を発生の背景から解決までのストーリーとして理解するとしたら、どのようなものが考えられるのかという視点です。もちろん、こういうストーリーを自分一人で考えることは難しいので、上記のような情報源から集めた情報を再構築することになります。

その際、多くの情報のうち、始めから終わり、というストーリーを意識して発信している情報源を探すことがひとつの糸口になるでしょう。特に、今回の場合は、解決へのシナリオを提示しているところはないかという視点で、情報源を見ていきます。

こういう視点で見ると、テレビや新聞などの大メディアは、解決へのシナリオをほとんど提示していないことに気づきます。だからこそ、大メディアだけを見ていても気持ちが右往左往するだけなのです。

僕はここで、戦争一般についての大事な知識を当てはめることにしました。

戦争は、単独で存在してはいない。
戦争は外交の一局面であって、戦争は外交の中に始まり、外交の中で終わる。

逆に言うと、戦争を始めるときには、どうやってその戦争を終わらせるかという視点を持たなくては、始められないし、もし終わり方のシナリオを持たずに始めれば、戦いに勝っても、歴史的にみれば敗北を意味することもある、という知識です。

日露戦争では、日本は戦いは互角でしたが、外交（講和）に成功し、発展の礎を築きました。日中戦争、太平洋戦争では、外交不在で、戦争も外交も敗北しました。

実は大事なことは、戦争と外交というこの関係について、日本人の多くが「知らない」ことです。これは教育の「敗北」です。日本では歴史の年号や王朝の名前はたくさん覚えさせられますが、戦争と外交の関係、勝利と敗北の違いについてはさっぱり教えない。大学受験のために、たくさんの戦争の名前と関係国を覚えたにもかかわらず、大事なことは何も知らない。これがいまの教育です。脱線しました。人間が歴史を学ぶ意味は、こういう戦争と外交の関係や、勝利と敗北の意味を知ることなのです。

ちなみに僕は、こういう歴史観を大量の本、特にアーノルド・トインビーの歴史書などで学びました。なんでこんな本を読んでいたんでしょうね。高校から大学生のころの僕の興味は「人間の進歩」という問題で、人間は本当に進歩しているのかということを歴史から学ぼうとしていたのかも知れません。

ともあれ、もし今回戦争を始めるなら、アメリカはどのような勝利のシナリオ（外向的決着）をつけるつもりなのか、という視点で、情報を取り始めたのです。僕はそのことを首相官邸に質問として出していますが（[kafe]#2480）、その答えのひとつが、上記のJ-RCOMに書かれていました。

神浦のシナリオはこうです。

本格的な戦闘は2002年春から秋まで
この戦闘でアフガンを武装解除し
テロリスト支援の条件をなくし（武器、資金、思想）
国連による委任統治（PKO活動）を経て
民主的な選挙で選ばれた政府をつくり
安定を確認して終結

このシナリオはカンボジア和平で国連が成功した方法です。僕自身としては本質的にはこの戦争は「理屈にもなっていない理屈で無茶に始められている」と思っていますが、現実に始まろうとしていることを理解するという観点では、このシナリオはかなり適切だと思えるので、ほぼ支持しています。

大事なことは、こういう戦争～戦後のシナリオの提示なしに、戦争に参加するとかしないとか、憲法を改正するとしないとかという話ばかりが進んでいることです。全体のシナリオと戦略なしには、なにも適切に判断できない。これは企業経営と同じですね。

僕はこういったシナリオを、日本政府に近い研究機関（研究所、大学）、あるいはできれば、大きなメディアが研究委託して発表すべきだと思っています。それが知性というものでしょう。特に大学の政治学、歴史学などの研究者は、スピーディにシナリオ案を提示する能力がないことに、恥じるべきです。

そしてこういったシナリオを複数提示し、その中で日本の果たす役割を示し、それ故に、今自衛隊法はこのように改正すべき、という案を出す。これを受けて政党が素案づくりに着手するという流れがほしいところです。

こういうシナリオの議論は、おそらく先進各国の政府の中ではすでに検討されているでしょう。日本の外務省ではどこまで考えているか見当もつきませんが。これまでは、シナリオは市民に公開されることはありませんでした。政府がつくったシナリオが公開されるのは、外交上もメリットが乏しいからです。しかし、これからのインフォームドコンセントの時代の中では、民間が主導してシナリオをたて、それに政府案が緩くリンクすることで、国の進む道が決まっていくべきです。民間ならシナリオを公開しやすいし、シナリオがあれば一般市民も「この道を進むべき」と選ぶことができる。現状は、暗闇を弱い懐中電灯で進んでいるような状態なので、市民の前に大メディアの情報だけがフラッシュで示されると、ついふらふらとだまされてしまうのです。

■情報を見極める力を育てる

社会システム的には、上記のような戦略的なシナリオ作成の力持つ専門家集団を育てていく必要があると思います。

まず大学とその付属研究機関、ついで主要な経済系の研究機関（金融機関系の総合研究所など）がその役割を担い、J-RCOMのような在野の研究者が代案を出せる構造をつくることが、真の意味で知性のある危機管理のしくみづくりだと思います。グロービスのようなビジネス系の大学院も、本当なら講師が集まって情報交換して声明を発表するというぐらいの範を示してほしいと思います。それが人間の知性というものです（←最近、この言葉ばかりが頭に浮かんでいる）。村上龍はJMMの特別号を発行し、こういう試みをしていますが、彼の姿勢は非常に知的だと思います。もちろん知恵市場も、可能な限り水準の高い情報発信をするつもりです。

いまはこういうしくみがないために、市民が自力でシナリオめいたものを模索している状況です。もちろん市民が自分の目で情報の信頼性を判断して集めることが理想ですが、現実問題としては市民がここにそれをやっていても、シナジーはおきないでしょう。

当面は、冷静に情報を吟味する目を養い、関心を持ち続け、J-RCOM（や知恵市場）のような目立たないけれど的確な情報を発信しようとする媒体からの情報にうまくアクセスしておくことでしょう。大メディアだけに頼っていると、振り回され続けることになります。

この事件を機に、知的な市民が情報にアクセスするときのパターンが生み出せるといいなと思っています。知恵市場がその一つのハブ（結節点）になるべく、これからもこの問題にコミットしていきます（読者のみなさんも情報収集や見方の提示で協力してください）。

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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