033 日本の英語教育を変える？

前々回、「人と会いながら考える」の号で、大学時代の英語の先生が「日本中に広めたい」という方法を開発したという話をちょっと書きました。その後、この先生と会って話をしたのですが、結構、有望そうなのでことを進めようと考えています。このことについて最近考えているパターンは身近なネタからビジネスや企画を考える時にきっと応用できるので紹介したいと思います。

■３ヶ月でハリー・ポッターが読めるようになる？

まず僕はこの先生の英語の授業を大学の時に受け、自分の英語を受験英語から使える英語にすることができたと考えています。おかげでMBAに留学するまでは海外在住経験なし、仕事でも英語を使うことはなしという状況でしたが、留学直前 (大学卒業後約3年)のTOEFLでは653点(事実上のほぼ満点）を取っていましたし、留学して３ヶ月くらいすると、マーケティングのようなディスカッション参加が多く求められるクラスでも困らないレベルになっていました。

少しだけこの学習法の特徴に触れると「辞書を使わない・和訳をしない」「使用単語数を限定した本から入ってひたすら読む」「わからないところは飛ばす」「つまらなかったら他の本に移る」「ヒアリングも最初は比較的ゆっくりなものからひたすら聞く」「きいたことを耳から口におうむ返しする」「こうやって１００万語のシャワーを浴びる」「話す、書く、は自然に出てくるまでやらない」ということです。つまり今の英語教育とはかなり違います。

ここまでは僕も体験していたのですが、その後、先生が「これだというのが見えた」と言うようになったのは、上のようなことを多くの人が継続できる手法を確立したということでした。僕らの時はいわば英語の千本ノックというスパルタ教育だったので、これについてこられる人は少なかったのです。しかし今は、これまで英語を大の苦手にしていた人がペーパーバックを楽しく読むようになっているそう。その人の元のレベルにも寄りますが、３ヶ月でハリー・ポッターを読むようになる人もいるそうです。「なんだか通販の宣伝みたいだな」と半信半疑の人もいることでしょう(^_^)。無理もないことと思いますが、それを納得してもらうことが今回の目的ではないので先に進みます。

■考えるべきことをまず考えると・・・

さて、これはおもしろそうだし、自分の方向性にも合っている、と思った後はまず何を考えるか？　事業立ち上げにかかわっている人ならぱぱーっと出るでしょうし、ビジネスの立ち上げなんかやったことのない人の場合、起業に関する本をチェックしたくなるかもしれません。でも、クリティカル・シンキングの練習としては、いきなり本や知識に走るのではなく、考えてみるとベストです。

僕がまず聞いたのは「この方法って他の人に伝えることはどのくらい難しいんでしょうね？」ということでした。もしこの先生だけができることならば「日本中に広める」ことはほぼ不可能です。先生の答えは「できるんじゃないかと思う」ということでしたが、これもやはり程度があります。いろいろと聞くうちにこんな感じじゃないかと見えてきたのは、

本人自身が英語を実用レベルで使えている必要はあるが
その人がネイティブ並みの発音や会話を出来る必要はきっとない
重要なのは各生徒のレベルを見極めて適切なアドバイスをすることで、このマニュアル化ができるかどうかがポイント
もう一つおそらく重要なのは、過去の英語学習法を捨てさせる(unlearn)こと。たとえば無意識のうちに和訳したり、音を頭の中で日本語発音に変換してしまう人は多い。これをunlearnさせる手法もマニュアル化できるかどうか。

ということでした。しかし、上の質問はこの場合にあてはめた質問内容に既になっています。もう少し一般的に言うなら、

「十分に供給できるの？」

ということを考えていたのでした。ちなみに新しいビジネスを考える場合、一番最初に考えるのは「それはこれまでと何が違うの」「どこが優れているの？」ということです。何もなければ始める意味がない。しかし今回の場合ここは「３ヶ月でハリー・ポッター・・」という言葉でクリアできていることがわかります。

すると次は「供給できるの？」ということになります。これまで出来なかったようなことなのだから、何か特別なことがある。そうするとその人にしかできない可能性もある、というわけです。供給の問題は他にもあり、たとえばクラス分けをしないとならないとか、一度に見られる生徒の数が少ないとか、先生の負荷がとても大きい(宿題の採点、問題の作成など）とすると、それだけ実現は難しくなります。今回の場合、これらの点でも現状のビジネスより有利にあるということが話しているうちにわかってきました。

上の文章を読んでいるうちに「あれ？　他の話も入っている」と感じた人は鋭いです。実は上の話には「供給」の話以外に

「コストはどうなの？」

という話が入っています。本来、コミュニケーションをする際は「そこで何の話をするか」を明確にしながら進めないといけないのですが、考えること自体は必ずしもそうはなりません。だからこそ後で整理するのですが、ここでは今回の目的に照らし思考の流れをたどってみました。またこの二つは「実現可能性」という言葉でくくれば一つの領域の話とも言えます。で、いくら成果が期待できるとしてもコストが高い、そして結果的にはお客さんに高い価格を出さないとならないとすると、やはり日本中に広めるのは難しいですし、そもそもビジネスとして成立しないかもしれません。というわけで、

「供給できる？」
「コストは？」

ということをまずチェックしていたのでした。ところで、しつこく確認しておくと、僕はここでベンチャー立ち上げの心得を書いているわけではなく、特に知識がなくとも落ち着いて「考える」だけでかなりのところまでいける、ということを書いてみたわけです。というのも知識はすぐ陳腐化するので、まず自分で考えられる力をつけておき、その上に知識や情報をのせていく方針で考えた方がいい。そして現実を見ると、この「考える」ところを怠っているために、ちょっと状況が変わるととんでもないポカをしている人が業界のベテランの中にもたくさんいます。

■イシューを押さえつづける

さて、上のことだけで十分でしょうか？　そうじゃないですね。もしビジネスとして立ち上げるなら、

「その優位性は維持できるのか？」

ということがとても重要になってきます。画期的な方法であっても、すぐ真似を出来るなら追いつかれてしまう。特に上のように「供給OK」「コストOK」ということは裏返せばそこで差をつけられない、他の人の邪魔を出来ない、ということになります。どうするか？　特許をとる？　教え方について特許は取れるのか？

ここで「ちょっと待ってください！　最初の話に戻りませんか？」と思った人は、クリティカル・シンキングの重要なポイントを押さえられています。話が少し逸れてしまっているということに気がついているのですね。そもそもこの話が始まったのは、英語が本当にできるようになる教育を日本中に広めたい、というところからでした。それがいつのまにか「いかにビジネスとして成功させるか」の話に移ってきてしまっています。しかも「優位性を維持する」ためにやることは「日本中に広める」という本来の目的と逆行しかねない。

つまり、みんなが「いいじゃん！」と着目してまねをするまでになれば、それは本来の目的に照らして願ったりかなったりということです。極論すればそこで自分はやめてしまってもいい。なお、その大学の先生は僕の見る限りではあまりお金に関心はなく、教えていて楽しいとか、問題意識とかを強く感じているようです。ただ、広めるためにしても、少なくともビジネスとして魅力のある状態にはしておかないとならないかもしれません。というのも、「儲かる」ということがその仕事をやりたい人を増やすからです。逆に、すぐ競争が激しくなって先細りになるとしたら、たとえばフランチャイズにしても、その会社に入るにしてもためらう人も多いでしょう。

しかし僕の中では「儲かることだけが人を駆り立てるものではない」「むしろそこが強調されると本当の目的が忘れさられる恐れも大きい」という仮説があって NPO的にやることも考えてみたいと思っています。でも、まだよくわからないので、このあたりは詰めていくつもりです。

■最も重要なことは、を押さえる

というわけで、まずはまもなく実際にそのクラスを見て、本当に他の人でも出来るのかを確認するスケジュールを組んでいます。そしてその上で、どうやって日本中に広めるかを考えるのですが、自分だけでやるつもりはなく、他の人を引っ張り込んでやることを考えています。たとえば前段の競争優位についてどう考えるべきなのかというような事業戦略を考えるのは僕がやるよりもそういったことに経験豊富な人を引っ張り込んだ方がよいでしょう。また、実はこれまでにも同じような手法を取った英語教育はあったのに人々に知られずにいるのかもしれません。すると、人々の先入観を取り払ったり、ひょっとすると出てくるこれまでの英語教育派からの反発を避けながら行うマーケティングを考えてくれる人も欲しいかもしれません。このように考えていくと、ざっとリストアップしただけでも、

事業戦略
マーケティング
資金調達
人材
カリキュラム開発
教室
・・・

というように出てきますが、まずはこういったことが必要だとわかっていればよいのですね。当然、この中で自分が担当できる部分があることは必要です。もともと自分の自己実現のためにやっているのですから(^_^)。僕の場合ならば、教育事業運営のノウハウを持っているので、全体のコーディネイトとともに、人の面はある程度できるかな、と考えています。そしてあと必要なのは、それぞれを担当するのに最適な人材を見つけてきてチームを編成すること。これもまた自分ですべてを調達する必要はなく、さがしてくれる人を知っているというのも一つの方法です。僕の場合ならば、グロービスでの講師の知り合いは有力なソースですし、自分が現在関わっているグロービス・マネジメント・バンク（GMB）もそうです。ただ、彼らに払うお金があるのかどうかはわからないですが(^_^)。

ところでここで一番重要なのは・・・何だと思いますか？　僕が思っているのは「人を見極める目」です。そして二つ目はマネジメント・チーム編成を考える力。この二つを組み合わせて、単に優秀かどうかだけでなく、チームを編成したときにバランスがよくなるかどうかを考えて最終的に人を決めるわけです。上のような担当のほかに、たとえばムードメーカーの役割を果たす人と、着実にものを考える人、非常に頭の良い人、人間性で慕われる人等々。しかし、人を見極めることは本当に難しいです。このあたりはまた機会があったら書きましょう。

■いろいろなやりたいことをいっぺんにやる？

さて、今回の英語の話では、実はこれにかこつけてやってみたいと思っていることが二つあります。一つは英語の先まで行ってしまうこと。たとえばキャリアとか、たとえば世界への参加とかのところまで行ってしまうことです。

グロービスでスクール事業をやっていたときにずっと痛感していたのは、３０才になってようやくキャリアやマネジメントについて考え始める人がたくさんいるということです。しかし最低でもあと３年、できればあと５年早く考え始めて欲しい。でも相手のアンテナが立っていない以上、コミュニケーションをしていくのは現時点では難しいのです。このことはクリティカル・シンキングについても同様です。

ところが英語には若い人も興味を持っています。そこで英語の教育をしている中でどこかにそういうテーマを入れてしまえないかと思っています。マネジメントはともかく、ものを考えることやキャリアについては学生であっても理解できるでしょう。それをとっかかりにする。

世界についても同様です。先日NYからやってきた人たちと話していたとき、日本にいるだけでは日本は見えないという話になりましたが、まさにそうだと思います。それは相手からも見えないことであり、世界に参加していないとも言えます。それはもったいない。上の話では「話す・書くは最後」とか書きましたが、この最後のところをぜひやってみたいのですね。世界中の人が集まって話せるML/掲示板－知恵市場にたくさんの人を連れ出すこと。自分で主宰しなくともすでにあるところに参加してもよく、要は学んだものがコミュニケーションのためにフル活用されるところまで見たいと。

ついでに言うと、これがもしうまく行けば、女性のビジネス参加機会を増やせるのでは、ということも思っています。たとえば海外在住経験のある女性ですね。また女性の中にはかなりのインテリジェンスを持ちながらフルタイムで働くほどの時間を確保できないために仕事をしていない人もいるので、その人たちが参加できる勤務形態も提供できるのでは、というわけです。

と、取らぬ狸の皮算用を、しかも非常におおざっぱな話でしてきました。「こんなんで本当に何か出来るのか？」と思うかもしれません。実際、こうやって考えたことの中で結局はやらないことももちろんたくさんあります。でも、やってきたこともたくさんあり、考えない限りは絶対にやらないのですね。

★P.S.1 できるやつだけできるんだったら教育じゃない？

先生と話していて一つ心に残ったことがありました。途中でも少し触れましたが、今の教え方について先生が一番満足しているのは「多くの人ができるようになっている」ということです。そしてここで「自分がいることが意味を持っていると感じられる」と言われていました。僕が受けた時のものについては、材料は出しているけれども根性のある人たちだけが自分の力でクリアしているのであって、教師としての付加価値は出せていないと感じていたそうです。これは心に残りました。僕もいまだにクリティカル・シンキングの講師をやるなど教育に携わっていますが、ともすると成績が上がらないことを教わる側の責任にしてしまいがちです。確かに英語と論理思考を単純比較は出来ないのですが、教育に携わるものの心がけとして、改めて心に残ったのでした。

★P.S.2 人を行動に動かすものは何か？

もう一つ、この話、および知恵市場kafeでのディスカッションを通して改めて疑問に思ったのは「人を行動に動かすものは何か？」ということです。歯医者に行った方がよいとわかっているのに痛くなるまで行かない。運動した方がよいとわかっていてもしない。毎日やることが重要だと思っていても宿題はまとめてやる。ところが一方で、同じ人があることを毎日続けていたり、何かのきっかけでやるように変わったりします。僕自身、毎朝ジョギングをしたり、英単語を一日５つずつ新しく覚えていくということが出来ていたときと、ストレッチを必ずやるぞと思っていてもやらないときとあったりします。これまで湾岸戦争をはじめとして全く関心がなかったのに今回のテロをきっかけにじーっとCNN、BBC、日本の放送局とウォッチしていたりします。いったい何が人を動かすのか。これがわかるといろいろなところで応用が利くと思いませんか？　グロービスでスクールをやっているときに継続させることについてはかなり考えたのですが、初めて動くときも含めて改めて考えてみたいと思っています。（きっと誰かが既に研究しているんだろうな、と思いつつ調べようとしない自分がまた、いたりして(^_^)）

☆この記事に対する感想をこちらからお願いします。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net