034 デュアルライフ(1) 取引先との関係づくり

pacoは今年1月から東京と山梨との二重生活を始めました。山梨の八ヶ岳のふもと、清里のある高根町の、清里よりはるか下の里山に、土地を買い、家をたてて六兼屋と名付け、東京と行ったり来たりの生活を始めました。

何が目的？　どうして八ヶ岳なの？　などなど、この話をするとみんな興味を持って聞きまくりになってくれるので、コミトンでも書いてみることにしました。コミトンでは、みての通り、pacoとToshiが交代で執筆していますが、月2回の僕の号のうち、1回をこのネタに当てて、何回か連載してみようと思います。

■隔週で行ったり来たりの半年間

そもそも僕がどんなスタイルで生活しているかを先にお話ししておきましょう。1月から6月までの半年間は、隔週で東京と六兼屋を往復していました。この期間は、隔週土曜日にGMS（グロービスマネジメントスクール）で講師をしていたので、講師のある土曜日、午前中に講師業を終えた午後、家にもどって家族とクルマで出発。中央高速を飛ばして、ちょうど2時間あれば六軒屋に着きます。土曜日の晩から六兼屋生活が始まり、翌週1週間は六兼屋で日曜日の夜に東京に戻る。翌日月曜日から金曜日までは東京で仕事、土曜日になるとまたGMSのスクーリングで、終わってから六兼屋、というパターンです。

　　　日　　　月　　　火　　　水　　　木　　　金　　　土
　　　　　東京==================================>GMS
　　六兼屋----------------------------------------->
　　----> 東京==================================>GMS
　　六兼屋----------------------------------------->
　　----> 東京======== ....

という感じです。

これでわかるとおり、東京にいるのは月の半分で、当然人と会える日も半分に限られます。僕はもの書きの仕事をしているので、「うちにいる仕事なんですね」と言われますが、実は昔から外出が多いタイプで、特にこの生活が始まる前の半年は、週5日、毎日外出していたという感じの日々でした。web系ビジネスのコンサルティングの案件が集中していたこと、取材の必要な連載も持っていたことで、スケジュール管理がシビアな生活だったのです。ちなみにコンサルタントの仕事というのは、ドサマワリみたいなところがあって、とにかくミーティングの連続です。クライアントとのミーティングはもちろん、そこで出てくるプランに従って、クライアントとの提携先、下請けの開発会社、デザイン会社との打ち合わせなど、何をするにも出かけていく必要があります。

もちろんミーティングをやったら、何らかのドキュメントを残す必要があることも多いし、企画書書きや、ライターとしての原稿書きなど、オフィスでやる仕事もたくさんあります。出かけては戻ってきてパソコンに向かって夜中まで仕事、という感じでした。

なので、ほとんど連日外出していたのに、1月からは月の半分しかミーティングにいける日がありません、というのは、僕の仕事にとって大きな転機になりました。

■アナウンスを徹底的に

1月からいきなり半分の仕事をカットする、というような感じになると、どうしてそんなことができるの？と疑問に思うかもしれません。

もちろん、準備もなしに「来月から半分しか来られません」といえば、取引先だってむっとします。なんであいつは、ということになる。

そこで、家が1月ごろできるということがわかった時点で、客先にはどんどん宣言していきました。家というのはだいたい建築に4～5か月かかります。着工は土地の売買契約が済まないとできませんから、土地の契約日（土地資金の決済日）が見えてくれば、家ができる日程が見えてくるわけです。

僕らの場合、今の土地を買おうと決めたのは1999年の暮れでした。ただこの時点で、買う意思をはっきりさせてもすぐには契約できないことはわかっていたので、順調にいっても土地の契約ができるのは4月頃だろうと思っていました（なぜここで時間がかかるかは、追ってお話ししましょう）。

となると、着工が4月、竣工が8月というスケジュールが見えてきますが、おそらく手続きに手間取るだろうと思っていたので、2000年12月がデッドラインになると考えました。となると、2000年、つまり去年の秋口から2001年初めが新生活の開始日ということになります。8か月から1年の告知期間があれば、納得が得られるだろうというのが僕の読みです。

もともとコンサルティング先や連載を持っている出版社などには、往復生活をしたいという話はしていたので、「いよいよこんな感じのスケジュールになりそう」と話し、「それでも仕事はするからよろしくね、もちろん家ができるまでは今まで通り、いえいえ、今まで以上に働くからね」と言いました。実際、お金を稼いでおかないと住宅資金ができませんからね(^^)。

このときの客先の反応は、すべて好意的でした。ひとつは、実施までに時間があったので、「そのときのことはわからない」と思ってもらえたこと、もうひとつは「おもしろそう」と思ってもらえたことが大きいと思います。来月から、ということだと気が焦って不安になるでしょうが、1年後ということだと、「どうにかなるだろう」という気持ちになるものです。「おもしろそう」という反応に答えるために、僕のほうからも積極的に話をするようにしました。契約や打ち合わせで月に1～2回清里のホテルに泊まっていたので、ホテルに行くと親しい担当者にはメールを送って「こっちはまださむい」「雪がある」「新緑」というような話をチラチラをしていきました。時にはデジカメの写真をリサイズしてメールに添付したりして、雰囲気を伝えていったのです。東京に戻ってから、「写真みたよ」という感じで話がスムーズに進むという効果もありました。

僕の場合もともとSOHO（Small Office & Home Office）ですから、取引先に言わなくても、東京から出てしまっていることはできます。電話は転送電話にして、ミーティングの日程も、東京にいない予定の日は、「その日は別のアポイントがあって」とか「その週は出張で」とか言っておけば、済まないことはありません。しかし僕はあえて逆の方法をとりました。

この経験からわかったことは、仕事のパターンを大きく変えるような場合は、公開性を大事にしたほうがメリットが多い、というルールです。へたに隠して「最近あの人はどうなってるのかな」と思われるより、「東京にはいないこともあるけど、仕事はできるよ」と見せたほうが、安心感もあるし、ある意味で自分の付加価値にすることもできます。

■ネット環境を最優先する

それ以前からやってきたことになりますが、特に二重生活を公開してからは、メールの返信スピードを意図的に上げました。

そのために、ノートPCとどこでもネットにつながれる環境を整えた。重さ1キロの小型ノートPC、VAIO C1を買って、これにPHSの64K通信を組み合わせ、その後、これにcdmaOneの携帯電話での64K通信も加えました。東京ではPHSで十分だったのですが、頻繁に八ヶ岳に行くことを考えると、PHSの通じない地域でも高速通信ができるcdmaOneは必須だったのです。ちなみに清里や小淵沢など八ヶ岳南麓地域では、PHSはごく限られた観光地と高速道路でしか使えません。cdmaOneはサービス地域がほかの携帯各社並みで、しかもそのエリア内なら64K通信ができるので、この通信インフラは貴重なのです。

東京にいる時はもちろん、八ヶ岳に来ている時も、数時間おきにはメールをチェックするようにして、返事が必要な相手にはその場でメールを返しました。八ヶ岳は観光地ですから、メールをとるのはおしゃれな高原のレストランや、子供と遊ぶために行く牧場など。店に入るとパソコンを開いて携帯をつなぎ、食事が終わるとメールを書いて、というような感じです。

こういう話をすると、「なんで田舎に行ってまで仕事をするの？」とけげんな顔をするわけですが、僕の気持ちは逆で、「これがあるからいなかにこられる」。なければ東京に張り付いていなければなりません。急いで返事を戻した方がいいメールは限られています。アポイントの依頼はとにかく間髪を入れず返す。ドキュメント作成の依頼は、仕上がりの日時を明記して、返信。添付のドキュメントのチェックのような場合は、夜みて返信しますと返しました。

実際、もしこれを電話でやっていたら、東京にいてもこのスピードでは返事ができなかったはずです。何しろミーティングばかりで外出が多いわけですから、携帯電話もまずかからない。それよりメールを投げておいたほうが確実、年ごと先に覚えてもらうことが重要です。

もちろん、そのための投資は惜しむことはできないので、この時期、通信費はかなりかさみました。それでも、やつがたけに来ている時間、仕事が止まるよりは、ずっと「儲かった」はずです。

■バーチャルチームをどんどん作る

次に、ネットでのコミュニケーション密度を上げ、ミーティングを減らす方法を実践しました。バーチャルチームで運営する方法です。

コンサルティング先では、プロジェクトごとにどんどんメーリングリストを作りました。案件が出て、最初のミーティングのあとにはすぐつくって登録してしまうので、仕事の効率もよくなります。MLは、最初はフリーのegroupsなどを使いましたが、途中からひとつドメインをとってサーバを借り、ここでMLを発行するようにしました。はやり無料のMLは仕事で使うのは不安があります。サーバの管理者はみようと思えばメールをいつでもみることができるし、無料モデルのサイトは当然広告などで稼ぐ必要がありますから、個別メールの全テキストを検索して何らかのデータをとると言ったこともありない話ではありません。スタートアップ期のビジネスに関わる情報をやりとりするのはちょっとリスキーと判断して、お金を出して借りたサーバを使うことにしたのです。今の時代、高機能なレンタルサーバが月5000円ほどで借りられますから、複数の案件がここで管理できればやすいものです。ちなみに僕が借りているのはファーストサーバ。クボタ系のシステムハウスが運営しているので、管理はかなりしっかりしている印象です。

MLだけでなく、必要に応じて共有サーバを設定して、ファイルのアップロード/ダウンロードにも使いました。メールに添付すると、人によってはメールサーバがあふれる人がでてくるので、サーバにアップしておき、とれるタイミングの時に自分でアクセスしてもらうようにしました。

こういったチームでの運営には知恵市場で培ったDJ経験が役立っているのはいうまでもありません。どのチームでも必要なコミュニケーションはネットでかなりところまでできるようになりました。もちろん、その背景には、一般的なビジネスパースンのPCリテラシーが上がり、企業内のネットインフラが整ったことがあることはいうまでもありません。

■無理な仕事は切る

ネットというインフラの活用と、「田舎暮らしカミングアウト」による心理的な共感が、重要な戦術だったわけですが、それでも対応不能の仕事は、早めに切ることにしました。

たとえば取材が多いわりにギャラが少ない案件。ミーティングの依頼がいつもぎりぎりに来て、こちらのスケジュールを考えてくれない取引先も、早めの段階で切りました。

切るというのは、もちろん「あなたの仕事はもうしません」というとカドが立つので(^_^;)、「そのスケジュールではできません」と言うようにしました。たとえば3日後取材、その翌週のうちに原稿アップ、というような仕事は、「10日後までいっぱいです」というように言って断りました。実際には無理すれば可能なこともあるわけですが、二重生活になれば、そういう案件は受けられませんから、先にきっておいた方がいいのです。そのぶん、新しい案件を探したり、結果的にはいろいろな仕事の依頼が来たので、かえって効率が上がりました。

フリーランスのスタイルで重要なのは、仕事の切り替えです。フリーとは潜在的失業者ですから、いつも仕事を持ってきてくれる人の仕事は断れず、結果的に、いつもの仕事でスケジュールが埋まってしまい、新しい仕事が来ても断ってしまうことがあります。むしろ、リスクをとって自分の中で「終わってきた」仕事を切り、そこでできたゆとりに新しい仕事が来るのを待つ、もしくは積極的に新しい仕事をしたいとアピールするという勇気を持たないければ、多くの場合じり貧になってしまうと僕は思います。

二重生活の開始を、僕はこういう仕事のリストラクチャリング（再構築）の機会として使いました。

■スケジュールを公開する

最後の仕上げとして、居場所とスケジュールの公開を行いました。竣工予定が決まって、最初に六兼屋に長期滞在する日程が決まった段階で、借りたサイト上にカレンダーのページをつくり、そこに色分けで東京と六兼屋のどちらにいるかの予定を示し、東京にいる時にはいつの予定があいているかを掲示しました。自分がどのぐらいミーティングがあるかが丸見えになるのはちょっと勇気がいりましたが、前述の通り後悔したほうが成功するという感触をつかんでいたので、思い切ってやりました。これは結果的には非常によかったようです。よく仕事をしている先では、僕よりよく見ていてくれているような感じになりました。六兼屋にいる時に、「今日は六兼屋ですね」とメールが来るようにもなり、かなりよく見てくれているのがわかります。これは信頼関係に大きく貢献してくれたと思います。

今回は、仕事面でも、特に取引先との関係を中心に書いてみました。次回は、実際のワークスタイルをまとめてみようと思います。

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▲六兼屋スタジオ

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

mail:paco@suizockanbunko.com