035 キャリア・ビジョンが見えない時には？

Photo by paco.

先日、30代前半のＡさんのキャリア・カウンセリングをしていたときのことです。Ａさんは非常に優秀で、そろそろ次のステップを踏み出す必要があると、考えていました。既に数社からオファーをもらい、そのうちの二つで非常に迷っていたのです。

一つは建築・設計の関連。もう一つは企業の育成に関わるコンサルティングの仕事です。前者は彼がそれまで携わっていた仕事であり、また「空間」をつくっていくことは彼にとって非常に好きなところでした。コンサルティングの仕事も彼にとって興味深い仕事でしたし、オファをもらっていた企業は経営ビジョンやそこで働く人たちに魅力を感じていました。そして報酬も、どちらも彼にとっては満足なものでした。つまり、本当に決めかねていたのです。あなただったらどうしますか？

「いいよなあ、そんなぜいたくな悩みを持った人は」と思うかもしれません(^_^)。確かに、恵まれた悩みかもしれません。しかし、彼の体験から学べることはいろいろあります。

上のような悩みに対してまず確認するべきだとよく言われるのは「キャリア・ビジョンは何なのか？」つまり「自分は最終的に何をしたいのか？」ということです。確かにこれが見えているとだいぶ考えやすくなります。ゴールが分かっているのだからそのために取れる選択肢の中から比較検討していくということですね。ところが問題は、自分が本当にやりたいことは何なのか、よくわからないことがけっこう多い、ということです。どうでしょう？　実はあなたもそうでは？

そこで今回は、キャリア・ビジョンがはっきりしていないときにどうしたらよいかを考えてみます。

■とりあえずトップ・ランナーになっておく

まずおすすめすることは、とりあえずトップ・ランナーになれることをつくることです。「とりあえずでなれるくらいなら苦労はしないよ」と怒られそうですが、でもまず、「なろう」と思いましょう。思わないものにはなかなかなれません。そして、立ち止まったまま何をやりたいのかとか思い悩んで時間を浪費するのではなく、なんでもいいからまずナンバー1を取るくらいのつもりでがんばった方がよい、ということです。でも、「ひょっとしたらそれが自分のやりたいことでないとわかるかもしれなくても？　無駄になるかもしれなくても？」と疑問に思うかもしれません。答えはYes。理由は3つあります。

まず、「何かでトップ・ランナーになろう」というくらいの高い目標を持つことで、あらゆることに共通の力を鍛えられることがあげられます。確かに「やりたいこと」によって求められるスキルには違う部分がいろいろあるのも事実ですが、一方であらゆることに共通する能力もあります。たとえば思考力、あるいは対人能力など。

次に、トップ・ランナーになると人に認められる、というのがあります。人に認められるとそれだけチャンスが広がります。特に若いうちは、何か一つのことに優れていたら、それに使おう、というよりも、「だったら他のこともできるんじゃないか」と見られます。

最後に、トップ・ランナーになれるようなことは好きになる可能性も高い、ということが最後に上げられます。スポーツや音楽でもそうですよね。たとえばピアノをすぐ弾けるようになった人と、なかなかうまくなれない人では、前者の方が好きになる可能性が高い。「ということは、トップ・ランナーになれるようなことを見つける必要があるじゃないか」と思ったとしたら、その通りです。でも、これは「やりたいこと」を見つけるよりもずっと簡単です。他の人と比較して何が得意か見ればよいのですから。

さて、「トップ・ランナーになろう」とする時に気をつけるべきことが二つあります。

まず、一つ目は「何で」なるのか、ということです。「そんなに誰もがトップ・ランナーになれるはずがないじゃん」と思いますよね。確かに「マーケティング」などの職種くらいで考えると、会社の中ですら難しいでしょう。でも、たとえば営業一つ取っても種類はたくさんありえます。高級品の営業ならとか、飛込み営業ならとか、全く同じ商品を売っていても他社に負けないとか。事務でもスピードと正確さを兼ね備えているとか、毎月必ず何か人が気がつかないような改良をしかけているとか、コスト削減ではぴか一だとか、いろいろありえますよね。

二つ目は、「どこで」トップ・ランナーなのかを少し広めに取るということです。自分の会社だけでは、たとえ大企業の人であっても狭すぎます。日本とか、東京とか、マーケットで見てトップ・ランナーに入っているな、ということを目指すべきです。ということは当然、同期だけでなく、同じレベル（たとえばミドルマネジメント、あるいはジュニアとか）を広く見る必要があります。要はキャリア上の競合と比較する、ということですね。

そのためにはそもそもマーケットを知る必要があります。どうしたらそうできるか？　たとえば学校の時の同期と定期的にそういう話をするというのは一つの手です。「ここでトップになれる」と思ったところでテーマを設定して交流会を企画してしまうことも考えられます。ネット上のそのような場に出て行ってもよいし、ビジネス・スクールなどに通ってクラス・メートとそういう話をするのも良いでしょう。

さて、考えてみれば前述のＡさんの場合も、最初の仕事でトップ・ランナーになっていたので、一見、全然違う業種に思われる「こいつ、力がありそうだ」とコンサルティング会社に認められたわけですね。

■価値観の金属探知機を持ち歩く

というわけでトップ・ランナーになることは有効ですが、その努力を行いつつ、やりたいことやビジョンはそれはそれで探しつづけるべきです。止まったまま考えるのでもなければ、走るだけで考えることをしないわけでもない。走りながら考える、ということですね。

でも、そんなに難しいことではありません。考えるというよりもむしろ、いろいろなものを見ながらそれについて自分がどう感じるかチェックしつづけるということです。たとえて言うなら価値観の金属探知機を持ち歩く(時節柄あまり穏当な表現ではありませんが）ということですね。

そして一つや二つの体験からではなく、いろいろなものに意識して触れ、「これはおもしろい」と直接的に思ったり、「自分がこれを手がけたらどう感じるだろう」と想像したりするうちに、「こんなことに自分はびびっと来るのかなあ」というのをだんだん見つけていくわけです。

僕の場合は20代の後半からおぼろげに、30代は意識的にそうやってきて、ここ１、 2年でようやく、キーワードが見えてきました。それは人の「自立」とか「可能性」というかなり抽象的なものですが、人によっては「車」とかはっきり限定される場合もあれば、「問題解決」や「新しいもの」というように広いケースもあるでしょう。

■キャリア・タイプを考える
　－自由人？　指揮官？　職人？　発明家？

もう一つ、探知機を早いうちからあてておくとよいことがあります。それは、自分のワーク・スタイルに関する価値観です。たとえばＡさんに僕が聞いたのは、「設計や建築に自分で手を下したいと思っています？　それともよい空間を作り出すビジネスをどんどん展開したいと思っています？」ということでした。前者ならば設計事務所や建築家、あるいはデザイナーということになりますが、後者ならばこれらの人を動かすビジネスをやるということになります。キャリアの分類においては前者をスペシャリストあるいはプロフェッショナル、後者をゼネラル・マネジャー(指揮官）というふうに分類します。

なぜ、これを見極めておくとよいかはわかりますね。最終的にどちらに行きたいかによって必要なものが変わってくるからです。たとえば設計をやりたいならここでとにかく極めていくべきでしょう。一方でビジネスを動かしたいなら、設計だけでなく経営をできる必要があります。

そしてこれは、結構早めに舵取りをしていくべきです。設計からビジネスの側に行きたい人は早いうちにビジネスのことを勉強したり、仕事の中でも口出しをしてまわりを「なるほど」と思わせていく一方で、設計のスペシャリストになろうという人はビジネス・スクールに行こうと考えるより先に設計を極めるべきです。ビジネスについてわかっておくことはよいことですが、まわりに「あいつはビジネスの方にいきたいんだ」と誤解されないように気をつけるべきです。

スペシャリストとプロフェッショナルの違いは何でしょうか？　一つの定義の仕方は、プロフェッショナルの方が働き方の自由度/独立性にこだわるということです。一種の自由人ですね。僕などはその典型例で、組織を動かして仕事をするのが得意であるにも関わらず自分の自由度は最大限に持っておきたいということから、ついに組織を出て「プロジェクト・ファシリテータ」などという名刺を持ち歩くに至りました。この場合、自由度を持つために必要なものがまたあることはわかりますよね。たとえば広いネットワークを培っておく（これは本当に育てていくという感じがあります）ことで組織の外に出ても仕事をしていくことができます。これに対してスペシャリストは、自分がこだわりを持っていることをやれることが最重要なので、自由度とか独立性にはそれほどこだわりません。一種の職人ですね。まあ、職人にもプロフェッショナル的職人もいますが。

そして同じように事業をする人でも、起業家とゼネラル・マネジャーはかなり価値の置き方が違います。起業家は世の中にないものを生み出すことに価値を置く、いわば発明家であるのに対して、ゼネラル・マネジャーは組織を動かして大きな仕事をする指揮官です。起業家にとっては自分がやる、ということが重要ですが、典型的なゼネラル・マネジャーにとっては「大きなことをやる」ことが重要です。当然、起業家とゼネラル・マネジャーに求められる資質は異なる部分が多くありますから、早いうちに見極めて備えをしていきたいわけです。たとえば同じ「コンサルタント」という職を選ぶにしても、ゼネラル・マネジャーを目指す場合と起業家を目指す場合では重点のおき方が違うわけです。

■とはいうものの気が変わりそうな場合は・・・
　マルチにパーツを持っておく

と、いろいろ備えをしたとしても、人も世の中も変わるし、新たな発見もあります。そして、全然違うことがやりたくなることもある。そういう時の備えになることってあるんでしょうか？　おそらくあります。その一つの有力な手は、マルチにパーツを持っておく、ということです。そのパーツがいわばのりしろとなって、ある日初めて気がついた「やりたいこと」への橋をつなぎます。

たとえば先日、また別の人(元々はエンジニア）と話していて、「やりたいことが変わってきた」という話が出ました。その人はこれまでＩＴの世界でやってきていたのですが、だんだん、もっと生活に密着したことがやりたくなってきた、というのです。たとえば食品関連とか、外食産業とか。一時ほどではないにせよ、最近はeがはやっていますから、そこを切り口に入っていくとか、あるいはそういった産業の情報システムの責任者を目指すというのは一つの手でしょう。しかし、彼がエンジニアのままであったら、それ以上のかかわり、つまりその事業の根幹に関わることはなかなか難しいのが通常です。

しかし、彼の場合はＩＴの世界で営業も経験していました。実際、彼は今、営業のマネジャーとして活躍しています。となると営業やマーケティングのセンスも持っているはずで、特に部門間の壁が低い組織ならば、そちらの仕事に首を突っ込める可能性は大いにあります。しかも彼の場合、英語を流暢に使いこなすという強みがありました。そうなると、英語と営業・マーケのセンスとのあわせ技、さらにはチームの掌握力なども加われば、可能性はかなり上がってきます。もっともそれでも最初から食品会社に事業担当として入ることは難しく、いったん情報システムなどから入って、社内で事業においても力を発揮できることを認めさせていくという方が順当です。しかしいずれにしても、気が変わりそうな人は、マルチに武器を持っておくことで勝負する手もあります。

以上、

とりあえずトップ・ランナーになっておく
価値観の金属探知機を持ち歩く
キャリア・タイプを考える－自由人？　指揮官？　職人？　発明家？

とはいうものの気が変わりそうな場合は・・・マルチにパーツを持っておく

ということを話してきました。貫いているのは「やりたいこと」というのはそうすぐに見えてこないことが多いので、見えてきた時になるべく出来るようにしておこう、ということですね。

さて、冒頭のＡさんは結局、企業の育成の方の仕事を選びました。考えるうちに「空間」に関わることはまだ先でも出来ると考えたこと、その時により大きな仕事が出来るようになっておくには、人や組織の育成に関わっておくことも大いに役に立つと考えたことなどが最後の決め手だったようです。

そして最後にもう一つ。
きっとやりたいことというのは、生まれる前から一つだけ決まっているようなものである方が少ないんじゃないでしょうか。むしろ、自分があちこちぶつかる中で発見するもので、候補は一つだけじゃない。だから、いろいろなことに思い切りぶつかっていくとよいのじゃないでしょうか。

※文中の登場人物に関する情報はプライバシー保護のため一部変えているところ
があります。

★英語教育の続報

前回書いた「英語教育」は、第1回のクラスを11月に開講するようになり、ご案内後、おかげさまであっという間に満員締め切りとなりました。今からクラスがどうなるのか、楽しみです。そして初回25名のクラスを第一歩として、これからどのように展開していくのか（あるいはいかないのか）、QOLアップにつながるのか、これも随時ここで取り上げていきたいと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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