036 デュアルライフ(2) ワークスタイル

今回は前回に引き続き、デュアルライフの話をします。今回のテーマは、ワークスタイルです。

■外に出ない

あたりまえといえばあたりまえですが、八ヶ岳にいると外に出たくなります。実をいうと、このことは、僕にとってけっこう予想外でした。

山に住むというと、よく「自給自足をするんですか？」「ログハウスですか？」と聞かれるのですが、僕にとって山に住むことは、「東京の郊外に住む」こととあまり変わりがない感覚でした。

もともとは東京で家を探していました。30坪で6100万円の建売とか、52平方メートルで5600万円のマンションとか。横浜方面の郊外も考えないこともなかったんですが、値段と物の関係にどうしても納得がいかない。買えるものはほしくないもので、ほしいものは買えないもの。だったら、ほしくて買えるものは、と考えていった結果が、八ヶ岳だった。なので、横浜市緑区に家を建てて自給自足する人がいないように、八ヶ岳だからといって自給自足もログハウスも、視野になかったのも当然です。

家ができる前から「庭いじりはしない」「日曜大工はしない」と妻にもいっていました。実のところ、やりたくないと思っていたわけではないのですが、「やる」といってしまうと、やることが義務になりそうでいやだったし、僕はあくまで「東京の郊外に家を建てる」という感覚だったので、「庭が趣味」というのもパッとしないなあというような素朴な感覚もありました。それ以上に、僕にとっては家は仕事場なので、窓の大きな明るい部屋で気持ちよく仕事がしたい（広い部屋ではありません）、というイメージに集中することにしていました。自分がやろうとしていることが、第一義的に何を実現するためのものなのかを具体的にイメージすることは、案外重要なことです。僕にとって八ヶ岳に家を建てることは、明るい仕事場で原稿を書くことだった。

■外に出たい

そしていざ新しい生活が始まってみると、驚いたことに外に出たくなるのですね。それも、1月2月の寒い時期です。雪が降ると雪を踏みたくなるし、雪が融ければ早く草の芽が出ないかなと土を見る。実際に、このあたりで草が出始めるのは4月以降、建築で土を掘り返してしまった六兼屋の庭に緑らしきものがで始めたのは、ゴールデンウィークも過ぎて梅雨のころからです。

2月に雪が融けて来ると、臓器の移植、じゃない、雑木の移植を始めました。集落の人に許可を取って、裏の雑木林から、細い若木を掘り起こし、庭に植えます。はじめは1メートルぐらいの木にしていたのですが、だんだんその気になり、最後は4メートルクラスの木も移植しました。4メートルといっても荒れた雑木林のもやし育ちなので、幹は太いところで直径5センチというようなものです。冬枯れの林に入り、樹皮だけから見当をつけて木を選び、スコップ1本で根の周りを掘っていく。なるべく毛根を切らないように掘り上げ、土を残すように持って斜面を下り、今度は庭に穴を掘る。庭の粘土の土はとても硬く、やはり裏山から天然の腐葉土をほって何度も往復しながら木を植えていきます。1本を移植するのに、2～3時間はかかる。3月いっぱいはこれをやりました。

4月頃になると、どうしても地面に緑がほしくなる。田んぼのまわりにはつくしが出て、スギナが出て、ヨモギが生える季節です。どうしてうちの庭だけは不毛などろどろの荒れ地なのか？

そこで、農協に相談に行き、クローバーやレンゲ、マルチ麦の種などを買ってきて、まいてみます。早く芽を出せ、と思っても、これがぜんぜん芽を出さない。土が悪いので、「荒れ地でもだいじょうぶ」という品種でも芽が出ないのです。一方、田んぼのあぜではタゼリが生え、緑が濃くなっていく。植物は、土で育つというのを身をもって体験した気がしました。日当たりも水も十分あるのに、土が悪いと雑草一本生えない。移植のために林の腐葉土を掘ってみると、背の高い木でも根が張っている深さはせいぜい30～40センチ程度。林の土でも、土らしい軟らかな土は、ものの30センチほどしかないのです。その下は、固く締まった土になってしまう。その固い土が（工事によって）表面まで上がっている六兼屋の庭では、種をまいても水をやっても芽が出ない。自然の強さと、自然の弱さを同時に見ていた早春でした。

こうして僕自身の予想に反して、僕はすっかり庭というものにはまってしまった。庭といっても、そこはまだ原野というようなもので、自然を改造することにはまった、というのに近いかもしれません。

■仕事ができない

さて、今回のテーマはワークスタイルでした。ここまでの話でわかるとおり、外でやりたいことが出てくると、天気のいい日はそわそわしてうちにいられません。家の中にいると、妻や娘が「今日は外に行かないの？」と誘惑しにきます。

僕は木を植えにここに来たんじゃない、日当たりのいい部屋で外を見ながら仕事をしに来たんだ、と思うのですが、少しずつ春めいてくる季節には、なかなか勝てず、晴れた昼間はつい外に出てしまうのでした。

となると困るのが仕事で、予定の仕事を片づけるのはどうしても夜になります。妻子が寝てからの深夜が僕のワークタイムになりました。明かりを落としたリビングで薪ストーブを燃やしながら、リビングにつながる仕事場でせっせとパソコンに向かう。MP3にしてハードディスクに入れてあるお気に入りのアルバムをイヤホンでガンガン聴きながら、キーボードを叩き続ける夜が続きます。寝るのは、2～3時。妻子が9時に寝てくれれば、正味5～6時間仕事の時間がとれます。これは集中できる時間でした。昼間も、メールのやりとりはするし、天気が悪ければ外に出ずに仕事ができるので、なんとか帳尻が合う。それでも5月ぐらいまでは、生産性は思っていたほど上がらない状況が続きました。

■タスクリストと時間制限

なんとかmustの仕事はクリアしていたものの、やはり六兼屋での生産性が悪いということは気づいていました。東京に戻ると、外出とオフィスワークでかなり負荷がかかるのです。これは何とかしなければと感じたのが5月ゴールデンウィーク明け。もう少し実働をあげた方がいいと思い、考えたのが、タスクリストをパソコンのデスクトップに貼るという原始的な方法でした。

付箋紙というフリーウェアを手に入れ、六軒屋に着いたら、東京にもどるまでに何を終わらせるかを、1テーマ1枚でデスクトップに貼り付けてしまいます。大きなフォントを使い、デスクトップにべたべた、大小のタスクを合わせて、毎回10枚ほどになる。1枚1時間もかからないものもあれば、2～3日かかるものもあります。優先順位の高いものから上から並べ、終わったら消していく。O型の僕にとっては、こういう「ひとつづつ消えていく」という方法は、とても効果的。達成感がある方法だと、意欲がわくという単純なタイプです。この方法に娘が真っ先に気づき、付箋が減ってくると「仕事がどんどん終わるね」とかいってくれるので、これもなんとなくウレシイ。

次にやったのが、外に出る時間制限です。それまでは、「山の天気は変わりやすい」というようないいわけをして、条件がよければ外にいたのですが、基本的に1日2時間と決めました。実際には3時間になったりするわけですが、ベースを決める。確実にするためには、日没の時間を見計らって、2時間前に外に出ればいい。そのころには、日没の時刻や、日没前どのぐらいで薄暗くなるのかがわかってきていたので、やりたい作業に合わせて外に出ました。翌日雨の予報の時は長めに、というように、このへんも臨機応変です。

この結果、仕事時間もだんだん満足のいくものになっていって、付箋の減り方も予定したとおりになってきました。昼間も仕事をするので、もともとの念願だった「明るい窓のある部屋で仕事」も達成でき、全体的な充実感が上がったというのもあります。

■内容の濃い毎日がどんどんすぎる

六兼屋での標準的な1日を追ってみます。起きるのは、窓から日が入って寝ていられなくなる時刻。六兼屋は東側が尾根状の雑木林なので、朝が遅いという僕らにはぴったりの立地なのです。だいたい8～9時ごろ起きることになります。起きるとリビングにおり、カーテンを開けて、新しい空気を入れる。冬ならストーブに火を入れて暖めます。ここで朝一のメールチェック。急ぎのものがあることはまれなので、ここでは読むだけ。

続いて朝ご飯をつくる（食事を作るのは一家の主の役割）。我が家では基本的に朝は標準的な和食です。冷凍ご飯を電子レンジで戻して、干し椎茸の戻し汁をだしに使ったみそ汁、あじの干物や鮭の切り身を焼き、野菜を1～2品。ほうれん草のお浸しや根菜の煮物など。つくり始めるころに家族が起きてきます。

食事のあとは、メールの返信、食器洗いと掃除機で部屋をさっぱりさせて、午前中の仕事を1～2時間ほど。昼ご飯は基本はパンです。庭のハーブガーデンからバジルやミント、ルッコラをとってきて、買ったレタスやキュウリをいっしょにサラダに。パンを焼いて、天気がよければ、デッキにテーブルを出して外で食べる。たまに、妻がパンを焼いてくれることもあります。新築祝いに友達がプレゼントしてくれたナショナル製の自動パン焼き機、通称「リビィさん」が活躍する。

午後は食器を洗ってから、仕事を2～3時間。ひと仕事を終えて、ノビをしたくなるころにワークブーツか長靴を履いて外に出ます。これが午後3時～4時ごろ。ここから日没まで庭であれこれ過ごし、日没頃に家に戻って夕食のしたく。夕食は日によっていろいろです。基本は洋食系ですが、刺身から中華、シチューまで家庭料理はなんでもつくる。ちなみ食材は、東京の冷蔵庫から持ってきたものと、六軒屋周辺に届けてくれる生協で頼んでいます。鰹のたたきも冷凍で来るので、食材には不自由しません。

食事が住んで片づけたら、風呂に入って、さて、と夜の仕事の時間。2時までに寝られると、睡眠時間も6～7時間とれるので、ほどよい加減かな。

と、こんな感じの毎日が、曜日に関係なくどんどん過ぎて行きます。仕事の時間は正味8～10時間とれるので、やりたい仕事はこれでほぼできるようになりました。規則正しい、と言うよりは、やや普通の人と時間帯がずれているので、不規則正しいという感じですが、これはなかなか快適なリズムで、このリズムになれると日にちはあっという間に過ぎてしまう。遊びに来た友人たちも、はじめは2日で帰ると言っていたのに、なんとなく4日5日となって、休暇ぎりぎりまで泊まっていく人がほとんど。これはクォリティオブライフだ。

■どんな生活をしたいか

さてこうしてセキララに私生活を告白してしまったわけですが、ではあなたは自分の生活に満足しているでしょうか？　満足していないとしたら、どんな点でしょうか？　どんな生活をするのが理想なんでしょうか。

僕の今の生活は、望んで獲得したものです。もちろん、六兼屋だけが僕の生活ではなく、この原稿は深夜3時に東京で書いています。ちょっとしたスケジュールの関係で、11月中旬まで六軒屋に行けないのです(;_;)。今六兼屋はいい季節のはずですが、望んでもうまく得られない時もある。

でも、そもそも望みもしない「理想の生活」を偶然手に入れることは、まずできません。もし、もっと満足度の高い生活を望むなら、それがどんなものなのか、具体的に想像することから始めてください。具体的にイメージできるものはなんでも手に入れられるとはいいません。これは実感。でもイメージすることは理想に近づくための、重要な第一歩であることは間違いないようです。僕の場合、それは「窓のある明るい仕事場」であって、今原稿を書いている東京の仕事場は、「窓がないちょっと息苦しい仕事場」なのです。

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さて、予定では今号は環境系コミトンだったはずでしたが、情報収集の都合で、デュアルライフになりました。僕が担当の号では、038で久しぶりに環境ネタを、040でデュアルライフ（理想と現実）をお届けしようかなと思っています。

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▲六兼屋スタジオ

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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