039 35歳は転職の上限か？

「35歳を超えると転職は難しい」とよく言われます。実際、募集広告を見ても年齢制限が書いてあることは多い。特に初めての転職は難しいと言われます。でも、なぜなのか？　仮にそうだとしたら、そこに近づいている自分はどうしたらよいのか？　今回は特に、日本の大企業から初めての転職を行うことについて考えてみたいと思います。

--なぜ35歳を超えると転職が難しいのか？--

■典型的日本大企業と新興企業・外資ではやっていることが違う

まず一つの理由は、典型的日本大企業（略して日本企業とします）と新興企業・外資（つまり転職者を必要とするくらい伸びている企業）ではやっていることが違う、ということが上げられます。この二者を比較すると、前者はすでにビジネスの基盤がかなりある状態でビジネスをしているのに対して、後者はそれを作っている段階です。

したがって人材に対しても、日本企業では基盤の上でスムーズかつ勤勉に動くことが求められたのに対して、新興企業では基盤を作ったりビジネスを切り開いていくことが求められます。さらにいえば、日本企業では、膨大な会社のやり方と資源を熟知して使いこなす「会社のプロ」が求められるのに対して、新興企業では特定分野の「仕事のプロ」か、基盤も含めてビジネスを作り上げていく「ビジネスのプロ」が求められるわけです。

その結果、会社のプロとしてがんばってきた日本企業のベテランは、外に出ようとして「仕事のプロ」や「ビジネスのプロ」であることを求められても困ってしまいます（考えてみるとこれは、日本企業が変革を迫られて苦労しているのと根が同じですね。レールの上をより速く走ることを続けてきた人にレールを引きなおすことを求めているわけですから）。一方、若い人については、プロであることよりもこれからのポテンシャルも合わせて考えて採用しますし、給料も安いですからまだ移れるというわけです。

■二倍のスピード差があるエスカレータ

彼と話をする前にも気になっていたことですが、国際紛争を何が「正しいか」「正義か」次にあげられるのは、組織の中で上がっていくスピードの差です。日本企業ではだいたい、主任になるのが30前後、課長になるのは40前後、部長50でトップには 60代でというのが標準的なスピードです。これに対して新興企業では30でミドル、 35でトップ一歩手前、40でトップという感じでしょう。つまりエスカレータのスピードに二倍の差があります。

となると、若手ならエスカレータの位置がそれほどずれていないし、むしろ日本企業が得意とする「基本の教育」を受けている分だけ飛び移りやすかったりするのですが、年齢が上がるほど、エスカレータの位置がずれ、能力的にも意識的にも適応するのが難しくなる、ということです。そして、同じ仕事をやらせるなら、若い人間を雇った方が、これから伸びたり、新しい環境に適応する可能性も高いからいいだろうと考えるのはごく自然です。そして実は35才どころか、30才でも扉は狭くなりつつあることがわかると思います。

■バリバリの戦士に見えない－子供か年寄り？

これはおそらく上のことが原因になっているのですが、キャリア・カウンセリングなどをしていてどうも気になってしょうがない、そしておそらく採用責任者も同じことを感じているであろうことを次にあげてたいと思います。それは本来はバリバリの戦士であるはずの30代以上の人の顔が、日本企業人においてはあまり戦士のように見えないということです。子供のように見えるか、逆に年寄りに見えるか。

子供というのは、本人が「まだ一人前ではありません」とどこか思っているせいではないかと思います。そのことは会社であれ自分のことであれ、自分がコントロールできるとか、すべきだとかあまり感じていないと言う現象にもあらわれています。また身の安全は誰かが守ってくれると思っている風もあります。ここで「だからそれは日本企業だと30代になっても・・・」と声が上がるものと思います。確かにそうなんです。でも、上で書いたように外の世界とはあまりにギャップがあります。

ちょうど、草原やジャングルの社会と、よりできあがった（と言われる）社会の違いのようですね。草原やジャングルの社会では15歳にもなれば成人と認められる、またそうなれないといけないわけですが、新興企業が戦っている世界はそんな世界です。そして日本のビジネス界には少しずつ、そういう世界が広がっている。

一方、年寄りというのは、自分の役割は威厳を持って座っていることで、動くのはまわりの若い連中という感じが見られるということです。新興企業の世界ではそんな年寄りがたくさんいても足手まといになるだけです。

ところで今回のテーマからすると余談になりますが、いったい子供と年寄りばかりでどうして会社が動いていたのか、いったい誰が会社を動かしているのかと考えると不思議になります。おそらく、しくみができあがってしまうと誰も意思をもたなくとも慣性に従ってものごとは前に進むのでしょう。もちろんこれはそこにいる人が何もしていないという意味ではありません。舵は自動制御の状態で、ペダルをみんな一生懸命踏んでいるということです。しかし、バブル前はこれでよかったのが、もうそれではすまない時代に日本企業も突入しつつあります。

--ではどうするか？--

悲観的な話はこのくらいにして、ここからは、ではどうするか、という話をしたいと思います。上に述べたように日本企業が置かれている環境も変わりつつありますから、転職をしないとしても、ここを考えておくことは役に立つと思います。

■ビジネスの公用語（＝マーケットの言葉）をマスターする

まず一番目は、ビジネスの公用語をマスターすることです。これは最初の「ビジネスのプロ」というところに対応します。たとえば自分がやっていることやできることを人材マーケットの言葉で表現できるようにします。当然、単に用語だけでなく、買い手側のニーズまで分かっている必要があります。たとえば自分が情報システム担当だとしましょう。では、マーケットではシステム担当のマネジメントには何が求められているのでしょうか？　ミドルでは？　トップ(CIO)では？

しつこいようですが、気をつけて欲しいのは、「自分の会社では」という話ではないということです。たとえばCIOは経理等管理部門から来ているという日本企業は少なくありません。「ITの連中はカネとか業務の話とか全然わかっていないから・・」ということなのか何なのかわかりませんが、下の人間からすると「なんで全然ITをわかっていないのがトップにいるんだ？」と感じます。しかしこういう姿を参考にしてはいけないのですね。「これがベスト」という姿をまず知っておく必要があります。そうするとCIOに求められるのは、
　・ITを使って会社の競争優位を築く方法を考えられること
　・そのための資源（カネ、人）を適切に動かせること
です。技術についていえば、今の技術を使って何を出来るのかを考えられるだけの知識は不可欠です。

一方で、35歳以上の人にLANをひいたり、JAVAをいじる知識が求められるかというと、エンジニアでなければそうはなりません。プロジェクト・マネジャーやコンサルタント、企画といったポジションを狙うなら、下の項目の中の★の部分が求められると考えるべきです。つまり、これらにおいて自分の能力を高めるとともに、実績を積み上げて見せられるようにしておくわけです。

ビジネス・コンサル★
要件定義★
仕様定義
システム構成
開発
現場導入（指導含む）
運用管理
プロジェクト・マネジメント★
システム計画（予算獲得含む）★

さらに、自分の能力が汎用的なことを示すためには、適用領域についてもマーケットに合わせて話せるようにしておく必要があります。たとえば、顧客管理、販売管理、生産管理、財務・会計、人事という見方もありますし、キーワードでERP、 SCM、CRM、ECを使って、「自分がやってきたこういうことは、要はCRMなんですが、特にここで工夫したのは・・・」と説明できるようにしておくということです。これは上の★をつけた項目についても言えることで、単に「担当しました」ではなく、何を自分が一番ポイントと考えて仕事をしているのかを理由とともに
説明できる必要があります。

これらによって、マーケットのニーズや仕事の仕方といった「公用語」をマスターし、外に出たらすぐそれでしゃべれるようにしていくわけです。

■ビジネスをやれるようにしておく！？

次は「ビジネスをやれるようにしておく」ということです。「冗談じゃない、自分は毎日ビジネスをやっている」と言われるかもしれません。であればよいのですが、ひょっとするとやっているのは「ビジネス」ではなく、「仕事」かもしれません。ちょっとチェックしてみてください。

まず、「ビジネスをやっている」と言うためには、ビジネス全体を視野に入れている必要があります。たとえば「経理（カネ）のことは全然わからん」ではダメだ、ということです。これには会計を分かっているという必要もありますが、自社がどうなっているかを経営者の視点で見ていることも不可欠です。「経営者」というとおおげさですね。「店主」でもいいんです。要は自分のこととして見ているか。今の会社ではともかく、新興企業では35歳超えたら会社の運命を決める側にいるのですから。ということは、「なんとかする」ことができるというのも「ビジネスをやっている」と言える要件です。自分の職務範囲はやりましたではなく、会社がやるべきことをやれるまで追いかける。他部署を動かし、外部を動かす。それも自分の力で（今の会社でしか通じないことでは外で役に立たないですから）。これを日本企業でやるのは難しいことですが、まずそういう気持ちを持つことが必要です。気持ちとしては大人になる、ということですね。

■腹をくくれるようになる

三つ目です。腹をくくれるようになる。これは「意思決定を出来るようになる」ということです。これには二つの意味があります。一つには、今の職位以上のことを（シミュレーションでもいいので）決められるようになるということです。たとえばこんなことです。

以前、あるベンチャーで社長とある事業部長（といっても小さなユニットのですが）の議論を見た時のことです。事業部長は自分のところの人材が役不足であると言っていました。すると社長は「じゃあ、どうするんだ？」と聞きます。事業部長は「彼らを育てていくということならその中でやるしかないです」といい始めるのですが、社長は「育てていくなら、じゃなくて、そこから決めるのが君の仕事だ」と切り返します。そして「ただし人はすぐ取れるわけじゃないし、やめさせるならそれなりの話もしないとならない。それもふまえてどうするかだ」と付け加えたのですが、事業部長は「ということは、やめさせないというのが会社の方針でしょう」と言い返します。

社長が決めるようにと言っていることをこの事業部長は結局決めずに（意識しているかどうかはともかく）逃げているのです。日本企業の中ではよく「任せてくれない」という不満をききますが、この積み重ねのせいか、いざ「決めて欲しい」と言われたときに、リスクを取るどころか判断のために考えることすら放棄してしまう人が結構多い。

ちなみに上の場合、決めるというのはたとえば、「彼らの育成にはこれ以上の時間はかけられないので、やめさせます。ただし採用に4ヶ月はかかると思いますから、それまでは彼らにもやってもらった方がいい。彼らもいきなりやめさせられるのは困るでしょう。一方で「仕事が見つかったからすぐやめる」と言われても困るので、彼らにとっても4ヶ月残ることがプラスになる条件を出します。具体的には・・」と言うことです。このように具体的な意思決定をシミュレーションでもよいので、ふだんからやっておくとよいでしょう。

さて、腹をくくるということにはもう一つあります。それは、切り捨てることができないといけないということです。逆に往々にしてあるのは、みんなの意見を入れていったら、目的には合わない妥協の産物が出来上がったという事態です。

たとえばある飲料メーカーは小売のチャネルとしてこれまでは業務店や問屋を重視してきた、ところが最近業界ではコンビニやディスカウント・ストアが伸びている。このような状況でありがちなのは、みんなにいい顔をしようとするということです。でも結局それは、誰も満足しない結果になることが多い。「戦略とは捨てることである」と言います。この意思決定を出来るかどうか。

もちろん短期だけを考えようとか、ドライになれという話ではありません。「勝って行くための戦略として意味のある選択をする」ということです。非常にドライな選択になることはもちろんあります。その時は、実行をウェットに行います。たとえば少し上の例で仮に「やめてもらう」とドライな決断をしたとして、実行の段階では、きちんと説明した上で最後まで誠実にチームを組むなどするわけです。これまた横道ですが、日本企業で時々見るのは、決断はウェットで実行はドライという逆のパターンですね。「やめさせる」となかなかきちんと決められず、なんとなく決まった後はなかばいやがらせをして退職に追い込む。こういう切り捨て方ではありません。

■ビジョンと戦略（＝次の姿）を打ち出せるようになる

最後はおそらく一番難しいことです。しかし、これはトップ・マネジメントとしての仕事で一番重要なことです。ビジョンと戦略（次の姿）を打ち出せるようになること。たとえば自分が人事の担当であれば、当社の人事のあるべき姿とそれを実現する時のポイントを常に描けるようになっておくということです。ＩＴの担当であれば、ＩＴを使って当社の持続的優位をどのように築くか考えられる、ということです。理想的には、やりたいことは山ほどあるけれども、なかなかそこまで追いつかない、という状態ですね(^_^)。

当然最初からそんなことはできません。でも、前の方のポイントとしてあげた「ビジネスをやれる・・」という視点を身に付けた上で自分の専門領域のトレンドの意味合い（implication）を常に考えていると、何をやるべきかが見えてきます。たとえばＩＴではどうでしょうか。

これは僕の場合ですが、以前、「受講生がうちを訪れる頻度を増やせば学んだことの活用度合いが増えるので、愛着を増せるはず」と考えていました。そこにネットがあらわれました。その意味は、コミュニケーションの変動費（たとえば電話代）を下げ、時間と場所を超えるということです。そこでまず、顧客とのコミュニティをネット上に作り、次にはメルマガを発行、さらにはネット上で自習ドリルの提供を行うということをしました。こういったことを積み重ねていくと、さらに先が（いやでも？）見えてくるようになります。

「戦士」になるためのポイントは以上です。当たり前と言えば当たり前ですが、戦士としての力を備えていれば、35歳だから転職できないということはありません。むしろ貴重な人材であるだけに引く手あまたであり、昔であれば50、60にならないとできなかったことがどんどん出来る時代になっています。もちろんそれが自分のやりたいことであれば、という話ですけどね(^_^)。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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