042 アフガン戦争、後

知恵市場コミトンでは、911事件（9月11日の米国同時多発テロ）以降、30号、 32号、37号でこの問題を扱ってきました。テロ事件後のアフガン戦争以降も知恵市場[kafe]MLでこの問題を継続的に追ってきましたが、今回は、[kafe]での議論をふまえて、アフガン戦争後の世界二度うたい謳歌するべきなのか、いま考えるべきことを提示しておこうと思います。

■戦争は終わりに近づいているのか？

2001年12月16日、イスラム世界ではラマダンが明けにともなって米軍の作戦行動が最終局面を迎えようとしています。もし米軍が期待するように、ビンラディンがアフガン東部のトラボラ地区にいるなら、今日にもビンラディンは最後の日を迎える可能性がある、というのが、こうしてコミトンを書いている今日のようすです。

911事件後、米国政府と米軍は非常にスピーディに行動し、「アフガンの厳しい冬を越えるだろう」という大方の予想に反して、2か月ほどでアフガンでの主要な作戦行動を終えることになるかもしれません。

僕はコミトン30号で、「この戦争は米国政府とビンラディングループ（アルカイダ）」との私的な戦争であり、だからこそ、速やかに、米軍のみの力で終わらせるべき」と指摘しました。その意味で言うと、米軍の行動はまさにその通りに進みつつあり、世界に対する「責任をとった」と見えます。

では、もしビンラディンが生きて、もしくは死んで捕捉され、米国市民の「報復欲」が満たされたとしたら、それで911事件は終わりを見るのでしょうか？

■ついでに、パンドラの箱を開けちゃった？

たしかに911テロと、その犯人への報復、というシナリオなら、テロによってひどい目にあった米国が結局は勝利した、というハッピーエンドで終われるかのように見えます。しかし、本当の勝者が米国なのか、それともビンラディンなのかは、まだ簡単に言えることではなく、むしろ、実はビンラディンこそ勝者だったという歴史さえ、描ける可能性がある、という様相が出てきています。

まず、ここではビンラディンがテロ事件の首謀者だという米国のアピールを受け入れるとして、米国は戦争の結果、ビンラディンをこの世から抹殺することに成功したとします。もし米国が本当に勝者なら、このビンラディンの氏を境に、世界は秩序を取り戻し、テロリストは根絶やしにされるはずですが、実際の動きは必ずしもそうはなっていません。

まず、アフガン。ボン会議を受けて、暫定政権づくりの前段階の「暫定統治機構」がスタートしようとしていますが、これが本当に機能するかどうか。タリバン壊滅の主役を演じた北部同盟と、多数民族のパシュトゥン人勢力との権力争いの行方は、まだまったく不透明です。たしかにこれを機に戦争のないアフガンを創ろうという意欲は見えてきていますが、意欲だけで国造りができるほど容易な国ではなさそうです。

北部同盟の中にはすでにボン会議の結論を受け入れないと公言する勢力もあり、パシュトゥン人勢力がどの程度民族の意思を代弁しうるのかもまったく不透明です。暫定統治機構に関わる閣僚のポスト配分に、多数民族のパシュトゥン人が少ないということが問題になり、戦功のあった北部の少数派民族に厚く配分されているポストをはずし、パシュトゥン人に配分するという報道も、今朝（12月16日）の新聞にありました。

「単一民族」と言ってしまう人も多い日本のような国では（日本も決して単一民族国家ではないけれど）、戦争が終わってみんな復興を願っているとつい考えてしまいがちですが、勢力争いに敗れて屈辱的な立場におかれるよりは、戦う道を選ぶという勢力が出てきてもまったく不思議ではないのです。

特に怖いのは、世界の目がアフガンから離れていく時期で、おそらくそれは、来年2002年の春～秋ぐらいになるでしょう。米軍が勢力を絞り、治安維持目的の多国籍軍の受け入れをアフガン人が拒否すれば、アフガンが再び内戦状態に戻ることも、現状十分あり得ます。タリバンがかろうじて保ってきた秩序を、わざわざ壊して、内戦状態に戻すという結果を生んでしまう可能性があると言うことです。

アフガンが流動化すれば、隣国のパキスタン、イラン、タジキスタンなどが影響を受けて政情が安定しなくなってきます。パキスタンがあやしくなれば、国境紛争を抱えるインドも中国も黙っていないかもしれません。西アジアが一気に秩序を失っていくことさえ考えられます。

具体的には次のような事態です。

戦争景気で浮上していたパキスタン経済が失速し、経済不振を引き金にパキスタンに政情不安がおこる
インド・パキスタンの紛争の地、カシミールでの戦闘が加速し、危険になる。最悪の場合、両者とも原子爆弾を発射できる力を持つ。
アフガンにタリバンのようなイスラム原理勢力が再び大きくなり、それがイランに影響を与えて、イランが再び先鋭化。イラクとの緊張が高まる。
タジキスタンやチェチェンなど、旧ソ連邦のイスラム国家が流動化する。
今朝（16日）の報道では、中国の西安にあるマクドナルドで爆破事件があり、テロの可能性も指摘されています。中国もイスラム教徒を含む多民族国家で、周辺国との国境紛争を含む爆弾をかかえている。

などです。ここで重要なことは、実際に上記のような場所で大規模な紛争が起こることだけが問題ではない、ということです。中国・西安での爆破事件が、仮に単なるガス爆発などの事故であったとしても、報道は「テロの疑いもある」となってしまう。そこに「イスラム教徒の多い地域」と補足される。「爆発」と「テロ」「イスラム教徒」が簡単に結びつく状況がすでに世界を覆っていて、そういう視点で人々が世界を見始めている。そしてその見方を背景に、少数派を弾圧しようとする人々が「テロリストを撲滅しろ」と主張し始めれば、その主張には簡単に納得性が与えられてしまうという構造が生まれつつあることが、実は一番問題なのです。

[kafe:2716]で、Toshiさんが

> これは「テロ撲滅」というとみんな賛成だけど、何をテロと呼ぶか、誰が「こい
> つはテロリストだ」とどうやって決めるのか、というところが甘いととんでもな
> いことになる、という話の方か。

といっていますが、まさにその点が、現実味を帯びてくる可能性があります。日本ではあまり無い話だと思いますか？　実は日本でもこれと同じことをやった経験があります。1923年の関東大震災のあと、「朝鮮人が暴動を起こす」「朝鮮人が水道や井戸に毒を入れた」という根も葉もないデマが流れ、それを真に受けた人々がなんの罪もない朝鮮半島の人々に暴力を加え、虐殺したりしました。こういう構造による暴力は、日本人にとっても決して他人事ではないのです。

■パレスチナへの飛び火

しかしもっと重大な問題が、すでに始まりつつあります。

[kafe]でも僕はずっと情報を流してきましたが、イスラエルとパレスチナです。

[kafe:2687] イスラエル、自治政府を「テロ支援体制」に認定
 [kafe:2703] パレスチナ：自治政府とハマスが衝突
 [kafe:2709] イスラエル政府がアラファト議長との断絶

イスラエルのシャロン首相は、パレスチナ暫定自治政府のアラファト議長と断絶し、パレスチナ人との対立を深めています。そのさいに使われているロジックが、「パレスチナ暫定自治政府はテロリスト撲滅に力を入れていない。つまりテロ支援勢力であるから、＜世界の敵＞なのだ、よって攻撃する」という主張です。

実は、Toshiさんが指摘する「誰が『こいつはテロリストだ』とどうやって決めるのか」という話以上にいまの世界を覆っているロジックで問題なのは、「テロリストと戦っていない相手はテロリストの仲間だ」と決めつけるロジックで、米国政府がタリバンと交戦する理由もそこにあるわけです。同じ理屈がシャロンによってイスラエル軍にもたらされ、パレスチナが攻撃されています。

もしこのロジックが世界を覆い出すと、誰でも簡単に、相手をテロリスト支援国家や支援組織だと決めつけられるようになる。もし同じことを、たとえばインドとパキスタンがやり出したらどうなるか？　原爆が飛び交う事態にも発展しかねないあやうさを秘めています。

ブッシュJr.が持ち込んだロジックの危険性は、まさにこの点にあると僕は考えています。つまり、このロジックこそ、世界に災いをまき散らす「パンドラの箱のカギ」ではないかと。そして現状、米国さえ、イスラエルがこのロジックを振りかざすことを止めることができない。

これこそ、ビンラディンがめざした「世界の秩序の崩壊」ではないのか？　自由主義と市場経済という米国流の理念が世界に蔓延するのを実力で防ぐ。それこそがビンラディンのメッセージでしょう。そして米国の911事件の対応は、結果として、このビンラディンのメッセージを世界に実現することにならなければいいのだが、と僕は危惧しています。

■和平交渉と日本のリーダーシップ

さて、こういう状況のなかで日本と僕たちになにができるのか、という話をしておきましょう。結論を先に言えば、現状、日本の実力から言って、すでに「出る幕じゃない」と言うところまで世界は複雑化してしまったという感じがしています。ですが、それではおもしろくないので、どの時点でならなにができたのか、という点を考えてみます。

僕は、すでにアフガンで戦争が始まってしまった以降の日本が果たせる役割として、ふたつのポイントに注目してきました。

[kafe:2620] ボンで開催、アフガン代表者会議
 [kafe:2624] アフガン復興会議の東京開催

アフガン和平に貢献できないかという点と、アフガンの復興に貢献できないか、という話です。ちなみにここでの貢献とは、日本がリーダーシップをとって和平や経済復興の先頭に立つという意味です。

その前に、和平と復興の違いをはっきりさせておきましょう。和平は武装を解除し、中央政府をつくり、民意に基づく政治が実現することをさすと考えていいでしょう。もちろんその政府の完成度にはいろいろあるでしょうが、戦争状態を終結し、勢力争いのない国になるということです。一方復興は、主に経済面や諸制度づくりの面で国造りに協力するというもので、和平が十分に成立していて、国を代表する政府に対して行うことが前提になるでしょう。つまり似ているようで別のプロセスなのです。

さて、僕はボンで「アフガン代表者会議」が開かれたことについて、「なぜ日本ではできないのか」と問いかけました。それに対してToshiさんは

> 総論では賛成なのだけど、各論では「できるのだろうか」という気がしてしまう。
> 理由は二つ。一つは「現地のことをわかっているの？」。もう一つは「違う思惑
> に振り回されない？」

と問いかけていて、これについては僕もまったく同意しています。しかし、できないからといって手を出さなければ、永遠にやれないし、今回の和平プロセスから何かを学びながら、次の紛争のと記に何らかの和平への貢献ができる国に育っていく、ということはねらっていくべきなのではないかというのが僕の考えです。

なぜドイツでは会議が開催できて、日本ではできないのか。会議開催国の役割はどのようなもので、なにがかけているのか。実際ボンでの会議を主導したのは、ドイツ政府というより、国連だということになっています。もちろんドイツ政府も、単に場所貸しをしたわけではなく、何らかの動きをして言うのは間違いないでしょうが、それはどのようなものなのか、知りたいと思っています。

また、世界の大きな流れとして、政治的な活動も含めて、公共の活動を政府が行うだけでなく、NGO、NPO組織が主導し、政府や国際機関が後押しする、というスタイルもおおいに可能性があって、その点では、上記の「アフガン復興の東京会議」は、政府だけでなくアフガン関連のNGOも多数参加するという意味で、新しいスタイルになる可能性があるでしょう。

■日本がなぜリーダーシップをとらなければならないのか

最後に重要な問いかけをしたいと思います。

なぜ日本が、アフガンという遠く離れた国の和平や復興に貢献し、リーダーシップを発揮しなければならないのでしょうか？

日本は平和憲法をもち、戦後50年以上、戦争をしてこなかった国です。憲法9条を改正するという考えの人たちもいますが、彼らの改正案を見ても、「自衛のための軍備は認めるが、侵略戦争は認めない」というスタンスの案が多く、その改正案の真意はともかく、平和を求める国にしたいというコンセンサスはあると考えていいのではないでしょうか。

※「自衛のための軍備」というロジックの危険性についてはまた機会を改めて論じたいと思います。かつてのどの大戦争も、自衛のために始められました。

911事件直後も、なぜ米国がアフガンで戦争をするのかわからない、戦争反対の署名がたくさん集まりました。しかし戦争を防ぐことはできなかったし、実際アフガンでも多くの無関係の民間人が義性になってしまった。では、大きな紛争や事件を、どのようなプロセスを踏めば平和的に、義性を出さずに解決できるのか。そのために、国際関係のなかで日本が役割を果たせなければ、「戦争反対」と署名が集まっても、現実を動かす力にはならないと僕は考えています。

平和を愛し、戦争のない世界を望むなら、戦争という手段をとらずに解決するための道筋を示さなければならないし、始まってしまった戦争なら、一刻も早く終わらせ、平和と豊かさを取り戻すためのリーダーシップをとらなければならない。平和は「願って」得られるものではなく、行動しなければ得られないものだと思うからです。

そしてもうひとつ、日本は日本人が考える以上の力、特に経済的な力をすでに持ってしまっていて、それに見合ったリーダーシップを生み出すことを世界から期待されていることに、気づいていいと思っています。

アフガンという、ちょっと遠いところでの紛争解決で、ぜひともこういうリーダーシップの発揮にノウハウをつかんでおきたい。日本の周囲も決して安定している政治状況ではありません。隣国北朝鮮は、いつ米国から「テロ支援国家」に指定されてもおかしくない政治状況です。朝鮮半島の動乱が日本の平和に影響しないわけはありません。そのとき、翻弄されずに平和を守るノウハウを、今回のアフガン戦争の経験から獲得すべきなのです。

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渡辺パコ新刊書出版のお知らせ
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著者：渡辺パコ
出版社：かんき出版
ISBN：4-7612-5975-2
本体定価：1400円
B6判　並製　232ページ

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渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

mail:paco@suizockanbunko.com