前回予告したように、以前に書いた「日本の英語教育を変える？」のその後がどうなったかを今回は書きたいと思います。「日本の・・」を読まれていない方のために少しだけ説明すると、僕の大学時代の恩師である酒井邦秀さんが中心になって最近提唱されている英語学習法が、10年も勉強しても「使える」ようにならない受験英語的英語学習に替わるものになりそうなので、それを広めるところにビジネス屋として貢献できないかと考えている、ということでした。その方式は一言で言うと英語をシャワーのように浴びること。やさしいレベルの本からスタートして本を読みつづけるとともに、英語を聞いて間髪いれず繰り返すshadowingということを行います。こどもが言葉を覚える方法に非常に近く、大量のインプットをすれば、自然な英語が身につき、結果としてアウトプット（話すこと、書くこと）も自然にできるようになる、というものです。

（詳しくは次のホームページを参照されるとよいでしょう →SSS英語学習法研究会）

■とにかくやってみよう

しかし、正直なところ、本を読んでいるだけで英語ができるようになる、というのは僕自身、100%最初から納得できたわけではありませんでした。読んでいるだけでレベルが上がるの？」「分からない単語を辞書をひかずに分かるようになるの？」自分がやってきた努力を考えると、なんか納得できないのです。でも、実際にそうやって「電車の中で外人が話しているのがわかるようになった」という人や「文法的に間違いはあるが自然な英語のホームページを自分でつくれている」という人が出ている。しばらく酒井さんのクラスに通ってもう少し見てみるか、とも思いました。でも、本当にできるなら、そうやって時間を過ごしてしまうのももったいない。

結局、自分が納得し切れなくても、結果が出ているのだからとにかくやってみよう、と決めました。酒井さんには昔からいろいろお世話になっていて「この人はおおげさなことは言わない」「この人ができるというのなら本当にできる」と思えたこと、もう一人、判断力と英語力の点で信頼している友人が実際に酒井さんのクラスを見て「正しいと思うよ」と言ったことも後押しになりました。

■具体的に決めるのは意外と悩む

ということで、まずは一つ社会人向けのクラスをやってみようと思ったわけですが、具体的に決めるのは意外と悩みます。「平日にやるの？　土日にやるの？」「価格はどうする？」「場所はどこで？」「講師料は？（酒井さんには好きに決めて、と言われた）」

毎四半期1000人以上の受講生が来るビジネス・スクールを何年もやってきたんだから、そんなことで悩むなよ、と思われるかもしれませんが、やはり違うのですね。ゼロからやるのと自分が自分が受け継いだ時はすでにある程度あったという状態でやるのとは。決まっていることが多いというだけでなく、何をすればどうなるという予想が過去のデータから立つという点でかなり違う。

固定費をほとんどかけずにやっているのにこんなに悩んじゃうとすると、教室やオフィスを借り、設備投資もして人も雇い、そのために人から金を集め、などとする場合の悩みはとてもたまらんな、自分はやっぱり起業には向いていない、と思いました。

とか言いながら、とりあえずいろいろ決めていきます。曜日は平日。実は最大の理由は土日にすると自分のプライベートが犠牲になるからということ。一方で平日にしてもグロービスを含めていろいろな学校を見る限り、平日でも来られる人はいるだろうという読みがありました。これにあわせて場所は大手町に。多くの人が来やすいだろうこと、レンタル料がリーズナブルだった(自分ではよくわからなかったので人に聞いた）こと、先方の感じがよかったことで決めました。

価格は、ベンチマークとして英語学校を見ると、時間あたり2000円～3000円。ただしこれに入学金と教材費が加算されます。違いと言うと、僕らは25人で開催すること。英語学校は多くても8人くらい。少ないところはそれだけ高くなっています。また、向こうは規模があるだけに振り替えや曜日の選択ができるのに対して、こちらは一つしかありません。また、目に見えないことでいうと、英語学校はだいたい有名だったり、行っている人がまわりにいたりします。一方で僕が集客する人はおそらく酒井さんを知らないので、知恵市場かグロービス、そして僕のことを知っていて来るという感じでしょう。すると僕の仕事に対してどのくらいの評価をしているか、ということにもなります。

最後に重要なポイントとして、来る人に絶対に満足して欲しかったというのがあります。それがないと先につながらないからです。特に「読むべき本を指導する」だけのことに、来る人がどれだけの値段をつけてくれるのか、よくわからない。これらを総合して考えた結果、初回キャンペーン価格と銘打って、12回（1回2時間）で5万円としました。約2000円/時間です。当然、コストはカバーできるように計算していますが、イメージの中では下限の価格でした。

■そして募集開始……ふたを開けてみると

そして募集開始。オープンには全く広告せず、いくつか入っていたグロービスでのクラスの同窓会メーリング・リストと、知恵市場で紹介しただけでした。すると、知恵市場での案内送信から30分後には、25名の募集定員一杯になってしまいました。あわてて知恵市場のホームページには締め切りの案内を載せたのですが、それでも結局、100名近くの人がメールをくれました。

これを見て思ったのは次のようなことです。今回の案内文の出来は悪くなかったと思うし、トピックとしてもツボに入っていたと思う。でも、「3ヶ月でハリーポッターが読めるようになる」なんてことを言っている人は世の中にたくさんいる。その中で申し込みがこれだけ来たのは、これまで僕がやってきた仕事について「次に何かやるときも言ってよ」と感じてもらえるレベルをなんとかクリアできていたのではないかと。そして、今回もそれだけの結果を出す必要性を強く感じたのでした。

■いろいろ助けられた……

そして第1期が（いろいろあるにはあるのですが）ここまでいい感じで来れている理由として、いろいろな人からサポートをしてもらっていることをあげないわけにはいきません。教室探しに当たっては、「この人なら知っているのでは」という人にあたったところ、あっという間にいくつかの候補をあげてくれました。そして教室を提供してくれた会社では、ビジネス目的の場合と自主勉強会の場合で料金体系が違ったのですが、見積もりは自主勉強会の価格でした。確認したところ「わたしたちも立ち上げの時はいろいろな人に助けてもらいましたから」という返事が返って来ました。

その他にも、急だったのに知恵市場のボランティア・スタッフがすぐに開催の案内を送ってくれたり、教材である本（大量に使うのです）が足りなくなると前述のＳＳＳ英語研究会が購入したばかりの本を分けてくれたり、クラスの参加者も（自分の役には全然関係なくても）今後のために役立つ情報を上げてくれたり、とさまざまに助けられているのでした。

ただ、一方で気をつけないといけないのは、好意には値札がついていないということです。当人たちの微妙な感覚と気配りの中に成り立っている。バランスを間違えたり、忙しさにかまけて気配りをしきれなかったりすると、悲しいことになる。特にビジネスが走り始めるとなかなかそちらに気が回らなくなるし、そもそも僕は昔から「ありがとう」を言うのが得意な人間でないので、けっこう、苦労しています。

■で、英語は進歩しているのか？

そして肝心の英語ですが、進歩しているのか、というとまだ1ヵ月半なので断言はできません。ただ見ていると、進歩のために必要なステップは順調に踏んでこられています。つまり多くの人が本を読みつづけ、またその本のレベルが上がってきている。自然な英語をある程度使えるのに1000語が必要で、これをつかむために100万語を読んだり聞いたりする（まさにシャワーのようにあびる）ことが必要だそうなのですが、速い人は40万語になろうとしています。ペースはそれぞれ違いますが、借りられていく人気の本がだんだん上級にシフトしているのを見て、また各人の読書リストが増えていくのを見て、前に進んでいるのを実感しています。また、音についても多読とshadowingを続けるうちに、ハリー・ポッターの朗読テープで聞き取れる部分が出てきた、という声が出ています。

そして中でもいいなあ、と思ったのは、学ぶ感覚について「自分の身の丈と同じ位の『英語君』と付き合おうとしている」という受講生の言葉でした。彼に言わせると、世の中では「巨大な『英語怪獣』をいかに倒せるかを考えている様な気がする」というのです。まさに言いえて妙と思います。

■変わったこと－小さくても本当に意味のある結果を出すことから始める

さて、このプロセスの途中、僕の中でけっこう大きな変化が一つありました。それは、大きな目標に向けて最高速で走ることを考えることから、小さくても意味のある結果を着実に出すことをまず考えるようにだんだん変わって行ったということでした。

当初は「日本の英語教育を変える」と目標設定して、どうしたら最も速く受講生数を増やせるかとか、どうプロモーションしていくか、とか考えていたのですが、今は、少なくても（たとえばこの1年で50人）よいので、この方法で進歩した人を確実に出すことを考えています。と言っても、人の発想は一気に切り替わるわけではなく、両方ちらちら見ながら確実な結果の方は確実に出そう、と考えているのですが。

こう考えが変わってきたのにはいくつかの理由があります。おそらく一番大きいのは、アフガニスタンで活躍するNGO「ペシャワール会」代表の中村哲氏の動き方を見て、きちんと結果を出していくことの価値と、それが結果として大きな動きにつながることを感じたことでしょう。彼は「人がやらないことをやる」というポリシーの元、行くのに1週間もかかるような山岳地に入っていったり、みんながやりたがらないらい病の治療を地道に進めていたりします。PRも地味なものです。しかし、時間はかかっているけれども、着実に大きくなり、結果を残している(ペシャワール会サイト)。

一方で、派手だし本人たちは満足しているけれども、害にこそなれ益になっていない大きな国際援助の動きがたくさんあることをこの時期いろいろ調べていて知りました。考えてみればビジネスの世界でもこういうことはたくさんあります。

そして、中村さんと同じような動き方を実践している酒井さんを間近に見ていて、自分がどこまで真似をするかどうかはともかく、スピードや規模に比べて、着実に結果を出すことをもっと大事にしてもいいなという感じがしてきました。たとえばあるとき、2回連続して欠席していた人について、酒井さんがさーっと多読用の本を数冊選び「これをＡさんに送って欲しいんですが」と僕に言ったことがあります。僕の頭にさっと浮かんだのは「そんなことをやっていたらビジネスにならない」ということでした。教室を常設で持っているならまだ、取りに来てもらうことも考えられますが、場所も人もジプシーのような運営です。

しかし、その場は一応、本を預かって帰りました。帰って「このままほうっておいたらＡさんは来なくなるだろうなあ」と思い、Ａさんにメールを送り、どこかで本の受け渡しをできない？ということを聞きました。結局、二人が落ち合えるところがあることがわかったので、そこで本を渡しました。Ａさんはその後、またしばらくお休みでしたが、この間のクラスで「再スタートしようと思って」と顔を出していました。

これをどこまで続けられるのか、正直なところわかりません。グロービスでやっている時は常に全体的なインパクトを大きくすることを考えていました。もちろん顧客に対して最大の価値を提供することは考えているのだけど、個々人と言うより、顧客の集合体に対して最大の価値を提供することを考えていた。そしてコストとのバランスや、プライオリティを瞬時に判断できることが自分の強みでもあります。しかし、もっとしっかり個人と付き合ったり、もっとじっくりものごとを進めていくこともしばらくやってみようか、という気になりかけています。どちらの方が結果が出せるから、というよりも、それって実は楽しそうじゃない？という感じですね。

■なんとかして、やりたいことだけをやる…ようにできないかなあ

さて、そんなわけで第一期クラスはほぼ順調に走っているのですが、次をどうしようかという話をするタイミングにそろそろなっています。そしてご存知の方もいるでしょうが、これをリアルタイム・ケースとして知恵市場BTQメーリング・リストで話しています。BTQで何が出てくるかも楽しみなところなので、ここでは、今、僕が実現したいと思っていることだけ、あげておきます。

まず、最終目的と自分のスタイルに固執して、つまりかなりわがままになって、
どこまでできるか考えてみようと思っています。それは、

ちゃんと英語をできるようになる人を出す
その結果、この方法を広める
広まったときに、やめたければすぐやめられるようにしておく
自分が常にいなくとも回るように最初からする
自分として満足の行くリターンを常に得る。ただしそれは金銭だけでなく、人の評価、何かの役に立ったという自己満足も含む

というあたりです。

一方で、株式公開してキャピタル・ゲインを得たいとか、大企業にしたいとか、他が同じことをやりだしたときに競争に勝ちたいとは思っていないので、かなり普通と違うやり方をできるのではないかと思っています。

たとえば、現状は、オフィスがないどころか、電話もホームページもなくメールだけで事務その他連絡いっさいをやってしまっているのですが、電話とベーシックなホームページはともかく、オフィスは必要ないかもしれません。そうすると、どこかアクセスの良いところに教室のスペースだけ確保できればよいことになります。25人用教室1室が確保できれば、平日夜と土日フルに使ったとして単純計算では3ヶ月のクラスで250人程度、つまり年間1000人を受け入れることができます。そして隣にもう1室確保できればきっと、継続する人のための対応ができるでしょう。

年間1000人が通うというのは売上的には大したことはありませんが（現状の5万円だと5000万円、2倍に値上げしても1億）、それだけの人がある方式に取り組んでいるというのは大きな動きです。同じようなことをやってみようという動きも出てくるのではないでしょうか。

当然、その前には解決すべき課題はあります。

★教材を毎回持ち込むのはつらい（教室を定常的に借りれるようになる前）

各人が自分にあったレベルでかつ読んでいて楽しいと感じられる本をたくさん読むことが必要なため、300冊程度の本（25名程度の1クラス用）が必要になります。僕らは今、これを毎回教室に持ち込んでいるのですが、コスト（1冊約600円）の点でも機動力の点でも課題になります。もっともこの課題さえ解決できれば新たに何か教材を開発する必要はないというのは、強みです。したがって、教材を置いておけて必要な時だけ安く借りられる教室スペースを確保できないか、というのが当面の大きなポイントです。

★講師はどうするのか？　酒井さんだけができるのでは、限られている

このクラスの場合、一般の英語教室のように先生がネイティブである必要はあり
ません。要件はむしろ、

趣旨を理解していること（同じ手法で習得してきた人がベスト）、
使っている本の中身をある程度押さえていて、
各生徒のレベルや傾向を見極めて適切なアドバイスをできること（そもそもそういう意思のあること）、そして
話していて楽しい人であること。

というところでしょう。特に最初はフルタイムで人を雇って固定費化するのでは
なく、週に1回、夜や土日に英語を教える気があって上の要件を満たす人を見つ
けられないかと思っています。

★集客は？－年間1000人は少なくない

広告宣伝に金をかけることはいっさいしないでいけないかと思っています。となると年間1000人を集めるのは決して簡単ではないでしょう。でも、なんとか金をかけずにいけないかと思っています。良いクラスを展開することによる口コミとか、紹介キャンペーンとか、知恵市場とか、グロービスと組むとか。

と、まだまだ始まったばかりですが、いろいろ考えています。しかし、あせらず、楽しめるペースできちんと結果を出しながら行きたいと思っています。

☆この記事に対する感想はこちらからお願いします。ちょっとした感想、思い、これはちょっと違うと思う、という意見など、いろいろお待ちしています。

【お知らせ】この号で、2001年の発行は最後になります。7月にコミトンがスタートして以来、読者も増えてきています。来年は更なる飛躍をめざしたいと持っています。ぜひ引き続きご購読をお願いします。2002年の発行は1月7日号からになりますのでお楽しみに。（コミトン編集長/渡辺パコ）

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net