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前回のg-essence「環境問題はCO2問題か」で、環境問題をCO2問題に特定するべきなのか、むしろ広く人間社会の持続可能性ととらえるべきなのか、という問いかけを行いました。何人かの方にメールで回答をいただき、その結果は、やはり問題を限定すべきではない、という意見ばかりでした。

今回はそこからさらに「横道」にそれて、エイズ治療薬について考えてみたいと思います。[kafe]MLなどで意見募集を行った結果、何人かの方から、回答をいただき、それをもとに編集していこうと思います。

■エイズ治療薬と環境問題

今回のテーマの発端は、次のような記事を見たことから始まります。

▼asahi.com より
■エイズの薬を最貧の50か国に無料提供
米ファイザー

【ニューヨーク6日=都丸修一】米最大の製薬会社、ファイザー社(本社ニューヨーク)のヘンリー・マキーネル最高経営責任者(CEO)は6日、国連内で記者会見し、エイズに苦しむアフリカやアジアなどの最貧国50か国に治療薬を無料、かつ無制限に提供する、と発表した。アナン国連事務総長が積極的に取り組んでいる国連のエイズ対策への協力で、同社は「すでにボツワナ、レソト、マラウイ、ナミビア、スワジランドで具体的な計画を話し合っている」と明らかにした。

これまで特許などの問題も絡んで、製薬会社の協力は鈍かった。性的不能治療 薬バイアグラで知られるファイザー社はすでに南アフリカ共和国で2年分の治療 薬を提供しているが、今回、50か国に拡大したことで、民間のエイズ対策に拍 車がかかると、関係者は期待している。

世界では2200万人の死者を出してなお3600万人のエイズウイルス感染者がいる。このうち3分の1の1200万人が最貧50カ国に集中している。

簡単に補足しておくと、アフリカ諸国を中心とする最貧国では、HIV感染者が急増して、大きな問題になっています。まず、貧しいことからコンドームが買えず、感染を防げないし、感染についての知識を普及させようにも、文盲率の高さやマスメディアが成立していないなどの理由で、困難です。いっぽう治療薬は高価で最貧国では十分に買うことができない。この結果、若年〜中年という働き盛りの世代がつぎつぎとエイズにかかり、貧しい国の生産性がますます落ちるという悪循環に陥っています。

このような状況の中で、最貧国では、海賊的な製薬会社が生まれ、欧米企業が開発した治療薬をコピーして、低価格で販売し、利益を上げている。当然欧米の製薬会社はこれを不当として、製薬会社を提訴したり、コピー会社のある国に働きかけたりしていますが、買いたくても正規薬を買えないという実情がはっきりしていて、薬があるのに命を落とす人を救えない、しかもその数が国家存亡の危機になるほどだという事情から、コピー薬を作る製薬会社を、政府が容認しているのが現状です。このような中での、上記のファイザーの決断でした。

これは人類の英知を感じさせる決定といえますが、しかし、これがいったい経営にとってなにを意味するのか、集まった意見からいくつか紹介します。

■先例がある

▼Toshi
このあたりの話、確か「ビジョナリー・カンパニー」のメルクのところに出ているよ。そこにもあるけど、結構大きいのは社内的な意味。それから考えるべきは、それをやらずに正規の価格で売ったらどうなるか、という話。製薬会社に対する風当たりは強いからねえ

「ビジョナリー・カンパニー」は知恵市場でも読書会のテキストに使ったことがあり、その中で製薬会社メルクが「アフリカの風土病で失明をもたらす糸状虫症の治療薬を開発し、それを無料で配る決定を下」したとあります(351p)。この決定の理由について、「ビジョナリー・カンパニー」の著者は、メルクは「社会的責任についての認識を実際の行動に結びつけている」と論評しています。

Toshiの視点は、ファイザーもメルクに習って、企業のイメージアップ、というより、イメージダウンのリスクを回避したという見方です。実際、買えるあてのない最貧国の人々に、「正価」を押しつけ、その結果、彼らの命を見殺しにするとなれば、それはそのまま「死の商人」としてのイメージを持たれてもしかたがないところでしょう。

■コストもムダになっていない

いっぽうで

▼Toshi
そもそも医薬品のコストの多くは開発費=固定費にある。錠剤自体の製造単価なんてホントに微々たるものだよね。

かつ、今回、無料で送るといったようなマーケットは、正規の価格じゃ買えない消費者。つまり売上はあまり犠牲になっていない。

そして、このようなコストは意味のあるやり方で利益を減らすのに役立つ。企業は税金をなるべく払いたくないと思っている。それを減らせて、かつ広告宣伝やその他のメリットにつながる。利益が出ている会社ならそういう意味もあるよね。

という見方もあります。Toshiは「以上は数字を調べたわけじゃないので推測」と断っていますが、たぶん当たっていると僕も思います。

■社内や株主の同意を取り付けられるか

hidekiさんは、こんな意見をくれました。

▼Hidekiさん
他の会社への影響は、何ともいえない部分なんですが、今回のファイザーの行動への評価が相当に社会から賞賛を浴び、成果として目に見えたもの(端的にいえば売上であったり株価であったり)が出てくれば追随する会社が出てくると思いますが、そうでない限りはどうでしょう。…結構企業って自由が利かないのです。

経営者の立場ではこういう選択もあるはずだが、実際に行動に移すとなると、社内や株主にたいする説明が重要になりそうです。

その説明のひとつとしてあげられそうなのが、

▼まつおさん
最貧国のエイズ患者たちをある意味実験台として治療薬の効果を実証できれば、実際に投資を回収する場である先進諸国での販売促進につながると考えるのが妥当ではないでしょうか

という意見。こういうメリットがはっきりしているなら、株主や社内にたいしても説得力があるでしょう。もっとも社内については、こういう見方もあります。

▼midoriさん
事業としての魅力は下がるのかもしれませんが、従業員、特に研究者には大きな誇りですよね〜。

最近、バイオ系学生や研究者とも話をする機会がでてきました。研究者にとって、特に大学では「特許」より「論文」が大事みたいです。それと「研究を通じて社会や人類に貢献したい」という意識をとても強く感じます。

特許を重視して発表を制限したり社会の問題解決に貢献しない企業姿勢には、研究者はすごい欲求不満を感じているんじゃないですか? ファイザーはこの決定でより優秀な研究者を多くひきつけられれば、将来的には差引きプラスのようにも思います。

というのもまた事実でしょう。

■特許切れと国際支援との関係

▼竹林さん
(今回提供されるエイズ治療薬である)「ジフルカン」の特許は82年に 取得され、有効期限は2004年で切れる

私は、今回の決定は極めて合理的な判断が背景にあると考えます。つまりこの決定によって次の3つのメリットをファイザーは獲得できるはずです。

    1. ジフルカンのコピー製品を作っているタイ、インドのメーカーに対しダメージを与えることができる
    2. 無期限・無償供与が好意的に報道されることによるファイザーへのブランディング効果
    3. アフリカ各国政府との強力なコネクション作りと、さらに医療機関や患者の囲い込み

しかも今回提供される「ジフルカン」は、特許切れまであとわずかであり、これは推測ですが、投資回収もほぼ終わっている製品ではないでしょうか。それならば、仮に無償提供したとしても実質的にはそれほどの費用負担にはならないものと思われます。また支援プログラムに要する5000万ドルは、政府を通じた公式ルートで医療機関から患者までを押さえてしまうための投資と考えられます。6月2日に国連のアナン事務総長が世界的な企業に対するエイズ基金への寄付を呼びかけた直後であるだけに、タイミング的にも絶好。極めて経済合理的な意志決定であり、株主も納得する判断だったと思います。まさにファイザーには勝算があったのでしょう。

今回のような判断は、医薬品が期限付きの特許に守られていること、医薬品は開発には巨額の費用が必要だが、いったん製品化されれば製造原価は極めて低いことを考えれば、期限切れが近づいた医薬品については、同じことが起こる可能性があると思います。

この意見はとても合理的だと思います。同じく、インドなどのコピー製薬会社に対抗する戦略的行動という指摘をしてくれたのは海外在住の匿名希望の方から(この方は名前を出さないでほしいというだけで、僕はよく知っている方です)。竹林さんの(1)と同じですね。

▼匿名希望さん
今回のファイザーの行動は、相手国の製薬会社つぶしも計画内だと思われます。無料で無制限に与えることで患者は利益を得ますが、ほかの製薬会社は利益獲得のチャンスを逃し、さらにネームバリューであっというまに負けますから、生き残りが難しくなります。

■倫理的な行動の裏にある、多面的な理由に学べ

今回は、製薬会社が最貧国にたいして無料で医薬品を提供するという、「倫理的な企業行動」の裏側について考えてきました。

ここで重要なことは、ファイザーが実際に何を考えて意思決定したか、ではありません。なので、ここまで上げてきたいくつかの理由のうち、どれが当たっているか、ということはあまり問題ではないのです。

いま、企業は、環境問題で、「責任ある行動」を求められています。読者のみなさんのなかにも、自分の所属する企業に、「企業市民として環境対応を積極的に行うべきだ」と考えていたり、実際に行動をとりながら提案を行ったりしているひとも少なくないと思います。

そういった「社内環境戦士」のみなさんにとって、今回のファイザーの決定にたいする推測は、応用の効くものと見ることができるのではないでしょうか。

一見莫大な損失が出るように見える今回の決定も、コスト回収の方法や考え方を組み直すことによって、単純な損失とはいえなくなります。具体的には

  1. 臨床データの取得
  2. 国際支援金の獲得
  3. 悪質ライバル企業の打倒
  4. ブランドイメージの獲得
  5. 社内のモチベーションアップ

企業で環境対応を行う際も、単純にかかるコストと直接的なメリットを天秤にかければ、まだまだ「赤字」かもしれませんが、一見隠れた新しいメリットを掘り起こせば、環境対応にかかるコストはぐっと安くなる、もしくはプラスに転じる可能性を秘めています。

いま企業にとって重要なのは、環境対応を実際に行うための、総合的なロジックです。トヨタは環境コストを1000億円かけ、環境利益を170億円上げました。この数値だけを見ると、確かに「大赤字」ですが、トヨタの計算は、もっと違う要素をきちんと数値化して想定している可能性があります。そのロジックを学ぶ場は、必ずしも環境問題の範疇にあるとは限らないのです。

■エイズ問題という環境問題

いっぽうで、途上国のエイズ問題は、直接的に環境問題ともリンクしています。

いま途上国の環境破壊は先進国以上に深刻です。たとえば、アマゾンの上流では、河床の泥に眠る金をとるために、金を吸着する性質のある水銀が大量に使われています。小型のボートで、河床から泥をくみ上げ、そこにびん入りの水銀を振りかけて、金と結びついた水銀を沈殿させ、残りをアマゾン川に戻す。しかし実際には、多すぎる水銀を入れているため、沈殿しなかった水銀が大量にアマゾン川に捨てられています。すでにこの流域では魚からも人間からも、ほかの地域を上回る水銀が検出され、「水俣病」の発生が懸念されています。

金をとるのは、貧困から脱出するためです。いっぽうでエイズなどの感染症は、途上国、最貧国の働き手を襲い、労働人口を減らし、治療の必要な病人を増やし、結果的にますます貧しくしています。

環境問題を解決するには、貧困の解決、エイズの征圧が、実は密接に関係しているのです。こうしてみてくると、ファイザーの行動もまた、環境問題への対応そのものという見方もできると思います。

 

 

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」(かんき出版)、「図解&キーワードで読み解く 通信業界」(かんき出版)、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」(http://www.pcmama.co.jp/)のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

mail:paco@suizockanbunko.com

 

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