024ソニーの環境対応から学ぶ(2)

前回に引き続き、ソニーの環境経営についてレポートします。前回もソニーをちょっとほめすぎ、という感じもあったかもしれませんが、実際、ソニーの環境戦略・戦術は細部にまでよく考えられており、かつ実際に効果を上げるという点にもしっかり配慮されています。もちろん企業ですから、いい面ばかりではないでしょうが、少なくとも「意図的に環境対応をする」という姿勢をもち、しかも実際に実行に移しているという点は、現段階では文句のつけようがないところまで来ているように思います。

■ロジックが支える

まず「意図的に」という部分を見てみましょう。これは、環境宣言や環境理念の部分に当たります。ソニー環境報告書2001年版のなかで、「ソニー環境ビジョン」の一部分として紹介されている理念の冒頭には、「ソニーは地球環境保全が21世紀における人類の最も重要な課題のひとつであると認識します」ということばから始まり、

気候変動（温暖化防止）
地球資源（省資源・リサイクル）
化学物質（有害化学物質の管理）
自然環境（生物多様性の保全）

の4つの領域について、「コミットメント」する、つまり関与し、責任を持つ、と宣言しています。そしてそのコミットメントの範囲を、原材料調達からユーザーのもとでの製品利用、最終廃棄まであると定めている点も注目に値します。ソニーの工場とオフィスについて、インプット→アウトプットの間の環境負荷だけでなく、ソニーブランドのついた製品が最終的に廃棄（もしくはリサイクル）されるまでを含めて、ソニーがコミットメントすべき領域であると宣言している点は、先進的と言っていいと思います。

領域の設定も、非常によく整理されていて、広範囲にわたる環境問題について、ソニーらしい枠組みで、全領域をカバーしていると考えていいのではないでしょうか。

たとえば、化学物質面での「環境対応」を強調した「領域」の設定にとどまれば、樹脂を使わずに紙や金属を使えば「環境対応」はすんだことになってしまいます。しかし一方でソニーは「自然環境」という対応領域を設定することで、森林資源の乱伐を認めるような、安易な樹脂から紙への転換は、自らストップがかかるようになっているわけです。実際、後述するように、ソニーでは包装材料にスチロールをどんどん減らし、段ボールを使っていますが、その段ボールは再生紙で作られているので、森林の乱伐にならないよう配慮しています。このような行動をとるのも、「化学物質」と「自然環境」というふたつの関与領域に照らして、最適な企業行動を決定した結果であると考えられるのです。

■数値化してゴールを定める

領域を設定して努力目標を定めるだけでなく、実際に「どこまでやるべきか」まで、具体的に示しています。その指標が「環境効率」。ソニーの環境効率は、

環境効率＝売り上げ÷環境負荷

で表され、この環境効率を、2005年までに2000年度比で、1.5倍、2010年までに2倍にすることを目標として設定しています。

環境効率を2倍にするには、同じ環境負荷で2倍の売り上げを上げるか、同じ売り上げで環境負荷を半分にする必要があります。概念的には「ファクター2」に当たる考え方であり、これが実現されれば、最終的に、地球の浄化能力内で生産活動を行う「持続可能社会」に近づく大きな一歩になるでしょう。

ちなみに、持続可能になるための事業効率では「ファクター4」～「ファクター10」あたりが必要ではないかと考えられていることが多いようです。

ここで注意が必要なのは、上の式のなかの「環境負荷」の部分です。ソニー環境報告書によれば、設計・製造工程だけでなく、製品がユーザーのもとで使用され、廃棄されるまでの負荷を含めるとしてあり、たとえばCO2の指標では

　　製造工程二酸化炭素排出総量
＋製品使用時の二酸化炭素排出総量
－温暖化ガス排出削減貢献量
────────────────
　　二酸化炭素による環境負荷

となっています。

式のなかの「温暖化ガス排出削減貢献量」とは、風力発電による電力購入を行ったような場合、そのぶんはCO2排出量から差し引きしてよいということを示していて、実際ソニーでは東京電力などが出資してつくったグリーン電力の販売のための企業を通じて、風力による電力を購入しており（料金的には割高になる）、そのぶんは差し引きすることになっています。

ほかにも、環境負荷には「資源指標」「水指標」「有害物質指標」について計上することになっていて、この総和と売上高との比が、環境負荷だということになります。CO2負荷を2分の1にするには、生産段階の省エネルギーと製品使用時の省エネルギーを進めるという方法と、グリーン電力の購入量を増やすという方法の両方があり、10年後の目標達成のために、3つの手法を組み合わせることになるでしょう。

■事業そのものの変質さえ、検討される可能性

この環境効率2倍の実現可能性については、ソニースタッフのクチから直接は「できそう」「難しい」という声として聞くことはできませんでしたが、説明してくれたニュアンスからすれば、十分実現可能という気持ちを持っているようでしたし、実際、不可能ではないという印象を持ちました。

ただ、可能性はあるとはいっても、今のままの技術で実現することは不可能であり、また技術だけで解決できる問題でもないということもまた、感じられます。

ソニー環境報告書の15ページにあるデータからひとつの仮説を考えてみます。
CO2の排出量で見ると、テレビの生産と使用に関わる排出が、ソニー全体のCO2排出（生産と使用）の75％を占めていることがわかります。また資源使用量においてもテレビは50％を使っている、「環境負荷の重い製品」であるわけです。

しかしそのテレビがソニーの売上に占める割合は、わずか13％。

つまり、環境負荷の公式のうち、分母である売上には13％分しか貢献していないテレビが、75％のCO2と50％の資源を使い込み、分子を大きくしているということがわかるはずです。別の言い方をすれば、テレビの生産という事業は売上のわりには環境負荷が重い事業であることがわかります。ちなみにパソコンなど情報機器では、CO2負荷は1％、資源では2％しかないのに対して、売上は21％分と、大きく貢献していることがわかります。つまり情報機器は分子が小さく分母が大きいことから、環境効率を上げるという点では貢献度の高い事業と見ることができます。

（ちなみに、売上の大きさと利益への貢献度は異なり、情報機器よりテレビのほうが利幅のある商品である可能性もあります。しかしソニーは環境効率の指標に＜売上＞を掲げたのであって＜利益＞ではない点に注意が必要です。）

さてこのような環境効率についてのデータを考えると、環境効率2倍を実現するために、テレビ事業から撤退する、もしくは大幅に縮小するという選択があることがわかってきます。この結果、2010年までに環境効率2倍という目標をクリアするために、売れているテレビの事業から撤退する、という選択肢もありえるのではないかと思っています。

もちろん、このような事態を防ぐためには、ブラウン管中心のテレビをプラズマディスプレイのテレビを主力になるように事業を展開するという方法もあります。

ここで、上記の表現をソニー宛確認を求めたところ、次のようなコメントをもらいました。
「ソニーは技術でこうした問題を解決するというのが基本的な考え方です。現状のビジネスにおいて一定の位置を占め、お客様からも評価をいただいている分野に関して現時点で撤退するというのは私どもから見てあまりに極端に映ります」（広報センターの藤田直樹さん）

となると現実的なシナリオとしては、次のような形になるかもしれません。テレビ事業の環境負荷が重いのは、ブラウン管を使っているためでしょう。造るにも輸送するにも使うにも資源を使います。環境効率を2010年までに2倍にするという目標をクリアするために、たとえブラウン管のテレビが売れているとしても、ブラウン管のテレビ事業をじょじょに縮小していく。その代替事業としてプラズマディスプレイによる薄型省電力のテレビ事情を推進していくことによって、環境効率をあげることができる……。

ブラウン管によらない薄型テレビは、いわば21世紀のイメージを象徴する製品でした。それを、単に未来を実現するという理由ではなく、環境効率を高めるために推進していくとすれば、そのことのほうがむしろ21世紀的です。

ユーザーから見放された製品だから作らなくなるのではなく、夢のある製品だから造るのではなく、環境負荷がかかるから造るないという、非常に未来的な事業の選択になる可能性もあります。

いずれにせよ、一口に「環境効率が2倍」といっても、あらゆる事業で2倍にするべきだというよりは、同じソニー内部でレバリッジが効く事業と効かない事業があり、それぞれを戦略的に意思決定しなければならないというという仕組みを作り得た点は、注目に値します。

以上は、あくまでデータから考えた僕の仮説であり、ソニーの戦略であるというわけではありません。念のため。

■前進する仕掛けがある

さてソニーではこのような目標設定を形骸化させないための重要な手段を用意しています。「教育」です。

会社としていくら環境効率の目標を定めたとしても、それを実現する実際の力はミドルマネジメント以下の意思と行動にかかっています。

その「意思と行動」を支えているのが、社員教育で、すでに全社員を対象に、ソニーの環境対応を伝える教育を行っています。新入社員研修では知的財産権などと並ぶ重要な柱として環境対応が教えられ、中堅社員、マネジメント層向けの教育も進められているようです。

具体的には、環境戦略全体の説明によって理解を深めることと、実際に環境戦略を仕事で実現した社員によるレクチャー（体験談）とを組み合わせ、ソニーの環境遺伝子とでもいうべきものをタテに、ヨコに広めていく。当然個人の目標管理と人事考課にも入っていく。こういった仕掛けによって、環境効率2分の1という大きな目標を、実際に実現する素地ができてきているといえます。

★☆★

さて、今回はこのあたりまでにしておき、次週、さらにつっこんで、具体的な製品開発のなかで、どんな努力が行われているかを見ておきたいと思います。

ソニー株式会社社会環境部企画室係長鶴田健志さん

▲ソニー環境報告書2001 15ページより

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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