025ソニーの環境対応から学ぶ(3)

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ソニーの環境対応、最終回です。
今回は、ソニーの主力製品のひとつ、ビデオカメラで何が進んでいるのか、そこから何を学べるかを見ていきます。

■主力商品で環境対応てんこ盛り

今回の取材で何度か出てきたのは、ハンディカムの主力製品、DCR-TRV30です。この製品は、ソニーのwebサイトのハンディカムのコーナーでも上から二番目におかれている製品で、いちばん上が高価格のイメージリーダーモデル、そしてこのTRV30がコンシューマー向けの主力商品という位置づけです。

このTRV30のひとつ前のモデル、TRV20で、ソニーは環境に配慮した「開発」に大きな力を注ぎました。そしてその後継機種であるTRV30では、さらに環境重視の技術を投入し、ソニーのもてる環境技術を「てんこ盛り」にした機種に仕上がったのです。

具体的にTRV30に投入されている技術は

無鉛はんだを99.7％使用（使用総量に占める無鉛はんだの量）
レンズに無鉛ガラス
ハロゲンフリーの難燃剤を使ったプリント基板と樹脂筐体
メカ部分に塩化ビニールを不使用
動作時の消費電力の低減（3.8W/155万画素）
発泡スチロールを全廃し再生紙原料の段ボールクッション
外箱の表層に100％雑誌古紙再生紙を使用
印刷に有機溶剤を使うインクを廃止、植物系インクを利用
同梱アクセサリーや取扱説明書のポリ袋を廃止し雑誌古紙を使用した紙を使用

などがあります。
鉛は毒性が強い重金属類で、製品が通常のゴミとして廃棄された場合（ハンディカムのサイズではそのまま不燃ゴミとして出されてしまう可能性も高い）、長い年月がたつうちに雨水によって腐食し、鉛が溶けだして川を汚染する危険もあります。危険な素材を使わないというのは、廃棄物処理やリサイクル以上に重要な環境対応です。

配線とはんだは切っても切れない関係であり、はんだと鉛も長年不可分の関係でしたが、ソニーでは鉛を使わないはんだの開発に成功し、製品に積極的に使ってきました。前モデルでは無鉛はんだの使用量は28.3％程度でしたが、TRV30ではさらに増やし、 99.7%（使用総量に占める無鉛はんだの量）を無鉛はんだにしています。さまざまな技術を投入して、実際に減らした鉛の量は、1台あたり1グラム以下。しかし生産台数が多いコンシューマー製品では、この1グラムの積み重ねが結局環境への影響を減らしていくことになります。

またハロゲン（臭素等）の使用も極力減らす開発を行っていて、プリント基板、筐体
（ボディ、構造材）の樹脂にハロゲンフリーの難燃剤を使った素材を使っています。

前々回も紹介した包装材のスチロールに関しても、再生資源を使った段ボールクッションを使い、スチロールを全廃した上に、外箱の表層に100%雑誌古紙再生紙を使用し、外箱やマニュアルの印刷に有機溶剤を使ったインクをやめ、植物油系のインクを使用しています。

■主力商品に環境技術を投入する意味

ソニーの姿勢で評価に値する点は、主力商品でこれだけの環境チャレンジを行っているという点です。

無鉛はんだを使えば、振動や熱で回路不良がおきやすくなる可能性があります。長年使い慣れた有鉛はんだと比べて、品質管理は難しくなり、開発のハードルはずっと高くなるのです。もちろん生産段階での不良発生の可能性もあがるでしょう。

ハロゲン素材についても、難燃性が落ちたり、時間経過による変形や変色などの未知のリスクも含めて考えれば、使い慣れた素材を使うよりもずっと難易度が高い開発になります。

これらはすべて、コストに跳ね返り、またソニーブランドへの信頼をくずすリスクも背負った開発になります。まして投入する製品は、ソニーの主力カテゴリーであるハンディカムの、中心機種です。開発するエンジニアチームの緊張感は非常に高いものになることは容易に想像できるでしょう。

しかしソニーでは、これらの開発テーマを、あえて「次世代への開発課題」として前向きなテーマに位置づけています。ソニーは性能で世界一である。だったら環境性能でも世界一であるべきだ、という考えが前提になっているわけです。

■エンジニアに次のハードルを用意する

経営やマネジメントの視点で見ると、エンジニアへの課題賦与という観点が出てきます。

エレクトロニクス製品は性能、機能面では成熟してきているものが多くなってきました。ハンディカムにしても、さまざまな付加機能は付いているものの、基本機能で大きな技術革新はそうそういつもおきているわけではありません。

そこに、環境対応で世界トップに立つという課題を与えると、エンジニアの意識はどうなるか？　前モデルの改良版の開発、という課題よりも、はるかにチャレンジングなテーマに見えてくることがわかるでしょう。

もちろんそこには会社として環境対応を重要な優先テーマにしているというビジョンの提示や、前回例示した教育を行っている点が不可欠な条件になってきます。

つまり、環境対応は決して後ろ向きな開発ではなく、ソニーが世界一になるための重要なテーマであるということをマネジメント層とエンジニアがしっかり理解していることによって、モチベーションに変えることができるのです。

別の言い方をすれば、「プライド」です。ソニーは環境対応のための開発テーマを、エンジニアの「プライド」にすることに成功した。だからこそ、主力製品に思い切った環境対応技術を投入することができたといえます。

この「プライド」は、おそらく環境対応を考えるほかの企業にとっても重要な意味を持つでしょう。製品の機能技術の開発と同じように、環境技術の開発に関わることはプライドの持てる仕事であると位置づけてしまうことによって、社員のモチベーションが大きくチェンジしていくという点を各社の環境リーダーは学ぶことができます。

■そのほかの環境技術

ほかにもソニーが取り組んでいる技術開発は他分野にわたります。

リサイクル時に樹脂の種類を見分けるための「プラスチック判別装置」。これは樹脂に赤外線を当てて反射してきたスペクトルを分析することで、樹脂の種類を見分け、リサイクルを容易にするというもので、ソニーはセンサーがとらえたスペクトルから樹脂を見分けるためのソフトウェアを開発しています。これによって、リサイクル工場では、分解した素材を装置に当てるだけで、簡単に種類を判別することができます。

また工場建設にあたっても、建築廃材のリサイクル、重油タンクの地上化（通常は地下だが、万が一の漏洩時に回収などが困難なため、地上に配置）、排水をいったんためてリスクを管理する排水遊水池の設置など、さまざまな配慮を行っています。

■ソニーにおける環境コストの考え方

さて最後に、環境コストへの考え方を見ておきます。
工場の環境配慮などの環境リスクマネジメントについては、以下のようなデータを公表しています。

ソニーは全世界でコストを投下下金額→1億8000万円
過去の環境事故から計算された、回避されたリスク金額→2億8900万円

投資は必要だが、リスクが回避されたので、放置するよりも1億円以上の黒字であるという考え方です。

もちろんこの回避リスク自体は、「事故が起こらなければかからなかったコスト」ですから、投資した年度ではコスト負担のみがかかっていることになります。しかし経営にとっては、いつ起こるかわからない事故の負担をするより、利益の中からあらかじめ戦略的に投下するコストのほうがはるかに「かけやすい」コストであることは間違いないでしょう。

このあたりは、経営の安定や経営リスクの回避についての管理能力に、どの程度価値をおくかに大きに依存することになるでしょう。しかしたとえば投資家の立場で考えてみれば、事故のリスクが大きな企業の株を持つことは、それだけ株の暴落リスクの高い投資だということを意味し、利益の範囲内で環境リスクを回避できるなら、そのほうが投資価値も高いという説明ができます。

現状ではソニーとしては、これらの環境リスクマネジメントによってエコファンドなど有利な資金を集めるといったことまでは想定していないようですが、多国籍企業として特に欧州のような環境への関心が高い地域でビジネスを展開することを考えれば、「当然の対応」であり、また環境保護団体などから不意の批判を受けるリスクを回避するという意味も大きいと思います。

■ソニーの環境対応から何を学ぶか

結局のところ、ソニーの環境対応を理解するには、単に費用対効果で見るのではなく、あらゆる部分で世界トップでありたいという「プライド」や社会的な責任感が大きな役割を果たしており、それをリスクマネジメントの費用対効果や環境効率のような数値が、達成の後押しの指標として機能しているという構造は見て取れます。

しかし、ソニーの取材から感じられたことは、「いいことをしよう」というような正義感よりも、「この分野でもやれることあるよね」「できるんだからやろう」という自然体の姿勢でした。ある意味、余裕があるというか、日常業務だけで視野がふさがっていない、ゆとりです。それは、おそらく日常業務の中でけっこう高いハードルを越えるよう常に求められており、越えてみれば「意外にできるよね、オレたち」という経験が文化として積み重なっていることが理由になっているのではないかと感じました。

つまり、環境のような「プラスアルファ」に見える課題が来ても、上から下まで、ある意味うろたえずに「じゃあやってみようか」と取り組んでしまうような文化。そしていざやってみると、「これは意外に可能性のある分野だぞ」と気づいてしまう文化が、背景にある。実際、あるエンジニアは、リサイクル技術が未開拓であることに気づき、「これは最高におもしろい分野だ」と乗り気になっているとききます。

こういった企業文化の背景が、大きな役割を果たしているのは事実としても、これまで見てきたとおり、ソニーの手法から他社が学べることはたくさんあります。あなたの会社で応用できそうなことをぜひ考えてみてもらえればと思います。

ソニー株式会社社会環境部企画室係長鶴田健志さん

▲ハンディカムDCR-TRV30

▲前モデルDCR-TRV20の環境対応を示した広告

●参考：ソニー環境報告書2001

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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