028自動車～環境問題と非環境問題

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ソニーの取材レポートが一段落して、次のテーマをいろいろ考えていたのですが、これまで目をつぶってきたテーマに、あえて取り組むことにしました。自動車です。

これまでも何度か書いてきていますが、僕はクルマが昔から好きなので、環境問題の主要な原因とわかっていても、クルマについては批判のパワーが弱くなりがちでした。実際クルマなしには考えられない生活をしているし、その利便性を最大限に利用しているといってもいいでしょう。

しかし、クルマにはその利便性の代償として、多くの「問題」が付随しています。今回は、その問題と、解決の可能性について考えてみたいと思います。

■途上国の発展が環境危機を生む

日本ではクルマは飽和状態になりつつあり、夏休みは、お盆以外の平日でも高速道路が長距離にわたって渋滞しています。僕がよく使う中央高速では、土日、祝日の渋滞は当然と覚悟しているのですが、お盆をすぎた20日過ぎの平日、昼前から夜9時近くまで上り線が渋滞していたのには、驚きました。しかも、ふだんなら1時間ほどの区間が、3時間以上かかるという相当マジな渋滞です。

東京では石原知事がディーゼル車の規制を打ち出していて、都民からの一定の支持を得ていますが、これらの例を持ち出すまでもなく、先進国では「クルマは便利だけど、そろそろクルマのもつ負の側面がつらくなってきた」という気分が生まれてきていると思います。

しかしこれが途上国となると事情はまったく別で、経済が発展し、豊かになる象徴として、クルマはいまも市民のあこがれであり続けています。中国、タイ、インドネシア、マレーシア、インド……。最貧国と呼ばれてしまうネパールでさえも、クルマの台数は増え続けて、問題が深刻化しているのです。

たとえば中国では、1995年に230万台だった乗用車が、99年には453万台へと、約2倍に増えました。これでも自動車の普及台数で見ると、中国では280人に1台程度で、2～3人に1台という米国など先進国と比べると圧倒的に少ない台数です。

今後30年で、中国では都市人口がさらに増え続け、8億人を超えると見られています。もしこの都市住民に米国と同じ程度の自動車普及し、米国人のように使うとすると、中国の都市にある自動車から排出されるCO2の総量は、10億トン。この10億トンという数字は、現在の全世界の交通機関が排出しているCO2と同量です。

同様に、巨大な人口を抱えるインドでも、急速に自動車の台数が増えており、このまま行くと向こう20～30年で中国と同じような道をたどる可能性があります。

以上は未来の予測ですが、まだ台数が少ない現在でさえ、途上国の自動車問題はひどい状況にあります。北京や上海、バンコクなどではすでに慢性的な渋滞が起きていて、排出ガス規制が緩かったり、守られなかったりするために、スモッグもひどい状況です。北京では、速度取り締まり装置のような路上設置型の排ガス検出装置を使って、規制値を超える排ガスを出しているクルマを取り締まっていますが、実効は上がっていないようです。

中でもひどいのは、ネパールの首都カトマンズ。ほんの10年ほど前まで、カトマンズは、世界で最も空気のきれいな首都と自慢していたのですが、今では1時間も市内を歩くと、シャツのえりがべっとり黒くなるほどのスモッグに悩まされています。標高1300メートルの高地にあるため、不完全燃焼がおきやすいこと、盆地で排ガスがたまりやすいこと、走っているクルマの多くが古く、日本から輸出された20～30年前の中古車から、浄化されない排ガスが大量に出ていること、整備不良車が多いこと、などの理由が重なって、今ではヒマラヤが見えるひも年間ごくわずかという状況になってしまいました。当然、ぜんそくなどの呼吸器疾患も毎年1～2割増えていて健康被害が現実のものになっています。

■自動車がまき散らす「害」

クルマの問題は、実は、多岐にわたっていて、一筋縄ではいきません。

第一に、まず思いつくのは、CO2排出問題。現在の形のクルマがそのまま普及すれば、それだけで温暖化ガスを減らすどころか、一気に増やしてしまう可能性があります。

第二に、排ガスに含まれる有害物質の問題。CO（一酸化炭素）、NOx（窒素酸化物）、SOx（硫化物）、粉塵（浮遊微粒子）などの有害物質が大量にはき出され、スモッグがおき、呼吸器を中心とする健康被害が出る。

第三に、騒音や振動。これも健康被害につながり、社会全体で見たときには、医療費の増加、健康な働き手の減少として社会の負担になっていきます。

第四に、渋滞。どの都市でも慢性的な渋滞が起きていますが、渋滞による社会的な損失は意外に目を向けられていません。交通渋滞による時間的損失は、年間一人あたり42時間。国民全体では53億時間になり、年間8000人分の人生がムダになっています。直接の原因は、自動車の台数に対して道路が少ないことですが、しかし無制限に道路や駐車場を増やすことがいいことなのか。たとえばロスアンゼルス市では都市の面積の3分の2は道路と駐車場であり、はたして都市の資源をそれほどまでクルマに分け与える意味があるのかが問われるべき段階に来ています。

第五に、交通事故。過去10年間で、全世界での交通事故による死者は、第二次世界大戦での日本の全犠牲者数を上回り、米国の交通事故死者数だけでもベトナム戦争での戦死者に匹敵します。事故によって一家は働き手を失い、あるいは事故の補償のために大きな経済的負担を強いられているのです。

■クルマは利器？　クルマは凶器？

さてこうしてみてくると、クルマは単に環境問題の視点で見てどうかというより、人類の存亡に関する選択、という部分が出てきていると思います。

環境問題だけなら、後述するように、水素エネルギーと燃料電池を組み合わせた「水素エネルギー循環」でかなりの部分解消可能です。しかし事故の問題と慢性的渋滞による時間のロスは、それでは本質的に解決できません。特に事故の問題は、おそらく解決することは不可能でしょう。世界大戦やベトナム戦争に匹敵するような死者を招くものを、われわれは今後とも「あきらめて」受け入れていくべきなのか？　これは環境問題を越えて、新しい社会や生き方に関わってくる問題です。

もちろん、クルマはやめて公共交通に、ということは簡単です。車を日常的に使っていない人にとっても、「やめればいいじゃない！」ということかもしれません。しかしクルマに頼った生活をしている身として、またクルマに頼った生活を気に入っている人がこれだけの数すでに存在しているということを前提にすると、そう簡単に割り切れないと考えるほうが妥当だと僕は思います。

この、事故と、渋滞による時間損失の問題は、むしろ僕たちの子供世代以降に決めてもらうことかもしれない、というのが現段階での僕の見解です。僕たちにできることは、それ以外の問題点をなるべく減らした乗り物を子供たちに渡し、それでも消せない問題についての意思決定は子供たちが行う、と位置づけた方がいいような気がします。

■ハイブリッド車と燃料電池車

では事故と渋滞以外の問題の解決の方法は、というと、水素エネルギー循環で可能になるでしょう。

まず、風力、太陽光、地熱などの自然エネルギーで電力を起こす。この電力で水を電気分解し、水素ガスをつくって、保管、流通させます。クルマには水素ガスステーションで「給油」し、車載の燃料電池で発電して、モーターで走る。燃料電池からは廃熱と水しか発生しないので、前述の問題のうち、上から3つはこのシステムが一般化すれば解決するでしょう。

利用可能な自然エネルギーの総量は、現在のところはっきりしたことはわかっていないので、自然エネルギーの「枯渇」があり得るのかどうかは未知数ですが、「採掘可能」な自然エネルギーの総和は現在のエネルギー需要を上回っているので、長期的に見れば最も現実的なシステムだと思います。

もちろん、このシステムに移行するにはまだ時間がかかるでしょう。しかし、なんとか向こう30～50年で世界的にこのシステムに移行させる必要がありそうです。

石油の本格的な商業採掘が始まったのは1901年のテキサスでした。それからちょうど100年で、人類の石油利用は限界にぶつかっています。代わって水素→燃料電池の循環は、基礎技術はすでにほぼ完成しつつある。20世紀、石炭から石油への転換が数十年で進んでいることを考えれば、今回の水素エネルギー循環の実現をその半分で実現できたとしてもおどろくには値しません。

排ガス臭くない大渋滞の都市、という風景が、僕らの子供たちが生きる都市の姿かもしれません。残念ながら、そのころになっても交通事故はあまり減っていないかもしれませんね。

■都市内規制を強める

一方、そこまで先を待っていられないということで、社会的規制による解決に乗り出す都市も増えています。方法は、基本的にふたつあります。

第一は、利用方法の転換。ドイツではカーシェアリングがビジネスとして始まっています。市のあちこちにカーシェアリング会社がつくられ、クルマを使いたい人は、自分でクルマを持たずにカーシェアリング会社に登録します。一定の額を払えば、いつでもクルマを利用でき、利用時の料金は所有しているより安い。空き状況や予約の確認はインターネットを使って簡単にできます。この方法だと、用途によって大型車から小型車まで選べるも便利な点。自宅の駐車場も不要になるので、そのぶんでガーデニングを楽しむこともできます。クルマの中にいつも自分の「CDセット」がないのはちょっと悲しいかもしれませんが、MP3プレイヤーを搭載すれば、1枚のCD-Rで100曲以上入るので、めんどうもあまりないかもしれません。ケチで合理的なドイツ人には受け入れられているようです。クルマを所有しなければ無駄に使うこともなくなるし、年に1回のバカンスのために大型車を所有する必要もないので、社会全体としてみたときのクルマによる負荷はぐっと下がります。

もうひとつの方法は、都市内のクルマの動きそのものを規制してしまおうというもの。方法はいろいろあり、パリでは市内のパーキングメーターや駐車場を閉鎖し、そのぶんを歩行者用道路や公園にした。停めるところがなくなれば、クルマの利用は仕方なく減っていくという強硬手段です。ドイツでは全国的に「テンポ30」という規制が一般的になってきました。市内を時速30キロ以下に規制するというもので、安全性が高まり、スモッグも減るという成果を上げています。ただし、ドイツは平均して人口数十万人という規模の小さな町が多いので、日本のような大都市で同じことが現実的かどうかは未知数です。スエーデンのイエテボリでは市内をケーキのように数か所に分け、市街から内部に入った車両は、ひとつの「ケーキ」から隣の「ケーキ」に移れないという規制を行っています。移る場合はいったん市街に出なければならない。これによってクルマの利用が「不便」になり、利用が減っています。要するに、クルマを「便利でない乗り物」にすることで、クルマ以外の都市交通を利用する人を増やそうというのが、基本的な考え方です。

代替交通として、専用レーンを用意して定刻運転ができるバス交通や、路面電車の復活などがあります。

僕たちも、そろそろこういう規制を受け入れる時期に来ているのでしょう。クルマをもっと「不便」な乗り物にしないと、クルマのもつ負の面を減らすことは、もはやできなくなってきているのです。

■途上国への説得責任が、先進国にはある

クルマを巡る問題は、多岐にわたっているので、解決の処方箋も簡単ではありません。しかしそれとは別に、途上国の発展に伴うクルマの急増は、人類全体の危機につながる可能性があるほど重大な意味を持ちます。これからモータリゼーションが発展するアジア諸国は、特に、CO2や汚染物質の少ないクルマに早期に転換しなければ、環境問題解決の多くの努力を無にする可能性さえあるのです。

水素エネルギー循環は、今すぐ実現させることは困難ですが、そのつなぎ役として、ハイブリッド車は意外に重要な役割を果たす可能性があるでしょう。トヨタはハイブリッドを燃料電池車へのつなぎではなく、21世紀の主役と位置づけている節がありますが、今現在の技術で、1台あたり30万円ほどのコストでCO2や汚染物質を半分にできるハイブリットは、現実的な選択肢としてトヨタを急成長させるかもしれません。その主マーケットは、もしかしたら日本のような先進国ではなく、アジアの途上国かもしれないのです。

ネパールのような貧国であってもクルマが急増する現実を見ると、それ以前に自動車の整備技術や触媒などガスをクリーンにする技術を格安で提供することも急務です。

途上国の人々が、自分たちもクルマの利便性の恩恵を受ける生活をしたいと考えることはとめることができません。しかし、恩恵を受けつつ、クルマが与えるダメージを最小限にする方法をとるように説得し、商品として提供することはもっと重要でしょう。世界最大級の自動車生産国として、日本の自動車メーカーが、特にアジア各国で果たす役割は、想像以上に大きいし、それゆえ、理性と先見性のある行動をとらなければならないのです。

○参考文献

「知られざる地球破壊」石弘之小学館文庫 \495

○参考資料

TV番組「地球白書」NHK
TV番組「エネルギーシフト」NHK

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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