038森林ビジネス

photo by paco

今回のテーマは、森林です。
森林についてはこれまでエッセンス～コミトンで何回か触れていて、一部重複する話も出てくると思いますが、今回は森林とビジネスの関係について考えます。

■日本は世界一の森林国

意外に思うかも知れませんが、日本は世界一の森林国です。日本の国土面積に対する森林面積の割合がどのぐらいか、知っていますか？　67％、国土面積に対して70％弱が森林です。この数字は、世界の主要国を大きく上回っています。

日本の木材の輸入先であるアメリカやロシア、カナダでは、30％前後。欧州もほぼおなじ32％、アマゾンを持つ中南米でも473％に過ぎません。アフリカやオセアニアでは20％前後になります。隣国中国は、12％ほどしかありません。

もちろん分母である国土面積が違うので、絶対的な森林面積は大きくなりますが、歴史が古く、これだけ文明化された日本がいまだに7割近い森林面積を維持していることは、世界的にみれば奇跡に近いのです。僕たちは、ふだん暮らす街を出て少し山に近づけば、そこには必ず森があるという環境で暮らしています。しかしそれは、世界的にみればとても貴重なことで、全体としては人間は地球の森林を急速に「食い散らかしている」のです。

■森を失えば、人類は滅びる

人類誕生のころ、地球にどのぐらいの森林があったのか、今となっては正確に知ることはできませんが、陸地のかなり多くの面積を森林が覆っていたということは間違いないようです。しかし地球は、人類の「発展」とともに、森林を失ってきました。

歴史上、文明が存在した場所の多くは、今は森林がありません。人類最初の文明の地であるメソポタミアはチグリス川とユーフラテス川の流域にあたり、広大な森林に覆われていました。しかし人間は燃料をとるために森を切り、小麦畑に変えてしまいました。

そもそも、人間はなぜ木を切って燃料にする必要があったのか？　寒さをしのぐためなら、動物の皮を服にすればかなりの保温力があり、火をたき続ける必要はありません。人間は火を使って調理することで、初めて十分に栄養をとることができるようになったと考えられています。人間の消化器はほかの動物と比べて優秀ではなく、植物を十分に消化することはできなかった。しかし肉食獣としては力が弱く、採集能力も弱かった。そんな人間が、火を手に入れることによって、種としての生存の危機を脱することができた、という説があります。たとえばイモ類を生で食べるのと、加熱して食べるのとでは、おなじ量を食べても、摂取できるエネルギーは、加熱する方がずっと高かった（消化能力が悪くても、加熱することで摂取しやすくなる）。火による調理を発見することで人類は自分の身体を養うのに十分な食べ物を得られるようになったのです。

人類は火を使うために森を切り始めました。森を切り、平地に麦を植えて、その麦を加熱してパンを作る。このサイクルが確立したのがメソポタミア文明であり、これがその後の文明の原形になりました。

メソポタミアでは、燃料の木を切りすぎて森が失われていきました。一方、農業の生産性を上げるために、川の水をひく灌漑農業が行われるようになりましたが、それまで木を切った裸地に大量の水を送ったために、地中から塩分がしみ出し、水の蒸発とともに地表を白く覆って、塩害を起こしてしまった。これとおなじことは、中国の黄河河口域の塩害について、「コミトン021 水資源は21世紀のアキレス腱」で紹介しました。同じように、灌漑による塩害で農業が衰退する例は各地にあり、旧ソ連圏では「社会主義は自然を超克した」と豪語したものの、その後、塩害に悩まされるようになり、大穀倉地帯である米国中部でも、地下水の組み上げすぎによる地下水の消滅に伴って、塩害が起こり、農地の放棄が起きています。

メソポタミアでは、森林がなくなりのうちが使えなくなったため、文明の中心は次第に西に移動し始め（メソポタミアは放棄され）、地中海沿岸の中東を経て、ギリシャにたどり着き、さらにローマから中欧、西州へと移動してきたのが、人類の文明史です。同じような歴史は黄河文明やインダス文明でも起こっていたことがわかってきています。

森を失った場所に、人類は住めない。文明の歴史は、そう教えています。

実は、人類以前に地球に反映した生き物である恐竜も、増えすぎて森林を破壊し、絶滅したのではないかという説が出てきました。人類は、恐竜とおなじ運命をたどっているかのようです。

森が減るのと反比例して、人類は繁栄してきました。しかしついに地球の森の消滅が、人類自身の目にもだんだん明らかになってきた。それが、前述の森林面積の数字です。

■森林喪失の原因は、商業伐採ではない

さて森林破壊というと、一般的には日本のような木材消費国が世界中から木材を買いあさっていることが原因、という認識があります。たしかに日本は大量の木材を世界から買っているし、商業的な伐採も続いていますが、世界の森林消失の全体像からみて、こういった商業利用による森林消滅は、どのぐらいの割合を占めているのか、わかりますか？　世界の商工業用の木材消費量は、森林の喪失量と比べて、わずか2％に過ぎません。商工業の木材取引は、たしかに森林破壊の一因ではありますが、仮に森林貿易をいっさいやめても、2％の消費量削減にしかならないという事情は理解しておく必要があります。

では人間はなんで森を切っているのかというと、今も変らず、地元住民の燃料目的の伐採が3分の2を占め、残りの3分の1を焼き畑農業による消失です。

■日本は森林資源を自給できる

ひるがえって日本の状況はどうか？　日本の森林の年間生長量（森林が1年間に育つ量）は0.9億立方メートル。一方消費量は1.2億立方メートルで、現状では75％の自給率が実現できることになり、林業の工夫次第では自給も不可能ではないと考えられています。

これに対して現実はどうかというと、量的には75％自給できるはずの森林資源がある日本が、実際には消費量の80％を海外からの輸入に頼っている、という現実があります。日本の木材輸入量は、世界トップで、2位の米国を大きく引き離している。世界の森林破壊の元凶と言われることもありますが、現実には前述の通り、世界の森林資源を破壊している現況は、日本の輸入ではありません。また日本人一人あたりの木材使用量はアメリカより少なく、古紙回収、利用率は世界の優等生という点からも、日本は決して世界の森林を「ムダに破壊」している国ではないということはできます。とはいえ、高い自給率が可能になる森林を持ちながら、それは使わずに海外から木材を買っているというアンバランスな国が、日本なのです。

ではなぜ国内の木材を使わないのかというと、「高いから」ということになります。日本の森林は急峻な地形で、労働力コストが高く、また林業作業は3K職としてなり手がいない職業のひとつになっているため、海外から勝った方がやすくて便利、というのが現在の日本なのです。

このような状況は、しかし、ここ30～40年ほどのことに過ぎません。1970年ごろまでは、日本の長者番付には、多くの林業家が載っていました。山村の山持ちの多くは金持ちで、林業は「儲かる職業」だったのです。

日本の山には、古くからスギやヒノキなどの針葉樹が植えられてきました。スギやヒノキ、ヒバなどの針葉樹は、材として優れているのはもちろん、林業家にとっても「育てやすい」というメリットがあります。これらの針葉樹は、「陽樹」と呼ばれ、完全に木を切り払った土地に苗木を植えても、そのまま育つという性質があります。「陽があったった状態でも大木にまで育つ」木が陽樹です。陽樹が育つ自然環境は、森を完全に切り払う皆伐ができるので作業がしやすく、更地にしてから再度苗を植えるという作業を順に行うことで、資源が枯渇することなく、行として成り立たせることができるのです。

これに対して、熱帯雨林を構成する樹木の多くは陰樹であり、うっそうとした森の中で発芽し、育たなければ、大木にまで育たないという種類です。60年代にフィリピンなどの熱帯雨林を切って木を買った日本人は、熱帯雨林を皆伐し、そこにおなじ木を植えようとしましたが、植えた木はひょろひょろと伸びるだけでまるで太らないことに気がつきました。森の日陰で育たなければ大木にならない種類の木であることに、森を切り払ってしまうまで気がつかなかったのです。こうしてフィリピンのラワンの森は10年ほどで完全に消滅して、今は裸の山しか残っていません。日本はたしかに木を切り、森を裸にしてしまいましたが、それは「切りっぱなしでいい」と考えたわけではなく、「日本と違う」ことに気がつかずに、切ってしまったことが原因だったのです。

ちょっと話がずれてしまいました。

日本では、江戸時代以前から林業が成立して、木を切り、そこに植林して、持続的な林業を行ってきたのですが、それも安い輸入木材に追われて成り立たなくなってしまいました。その結果、人手が入らない日本の森はどんどん荒れて果ててしまい、すでに全国で「美林」は失われています。たしかに今も日本の国土の67％は森林ですが、その中身はというと、手入れが行われていないために、死に絶えようとしている森林になってしまったのです。

■総合林業という21世紀産業を興せるか？

では日本では、コスト高や3K職を敬遠する労働者などが原因となって、これからも林業は成り立たないのでしょうか。

日本と同じように先進国の一因で、労働コストも高い北欧諸国では、今も林業は十分成り立っています。米国でもカナダでも、林業できちんと利益を上げている企業がたくさんある。なぜ日本だけ、林業が成功しないのでしょうか。

最大の原因は、日本の半数を占める国有林と県有林の管理システムが旧態依然としていて市場原理が働かないことにあるようです。この点についてはまだ情報収集が十分ではないので、また機会を改めますが、北米や北欧の林業がどのように成立しているかについてみておきましょう。

これらの林業先進地では、林業は株式会社の手で行われており、森林資源を軸に徹底した利益追求が行われている点が異なります。

日本では切り出した原木のうち、商業的に利用されるのはわずか30％。幹のうち、根から8メートルほどの部分を製材して木材（建築用）とし、細い幹の部分や枝は、根などの部分（70％）は産業廃棄物として捨てられるか、そのまま焼却処分されている。北米や北欧では、林業企業は、原木のほぼ100％を商業的に利用しています。枝葉や木の皮はチップにしてパルプにしたりバイオマス燃料にしたりする。太い柱のとれない細い枝や幹の部分も細く短く製材し、それを集めて接着し、集成材にして太くて強い柱にして利用しています。

日本で新築現場を見たことのある人はわかると思いますが、日本の木造家屋に使っているのはみな切り出しただけの無垢材です。材木は節（ふし）があると強度が落ちるので、通常は2.7メートル～3.6メートルは節がない柱でないと商業価値がないのです。これに対して欧米では、ほとんどを短い木材の集成材として建築に使います。集成材なら、節のない部分だけを集めてつくれるので、細い幹や枝の部分でも十分木材として価値があるし、材としての強度も無垢材より高くなるのです。

そう思って街をあるいていたら、先日東京で集成材を梁（はり）に使った在来工法の家に出会いました。柱（垂直の構造材）は無垢材でしたが、梁（水平の構造材）は太い集成材で、いかにも丈夫そうでした。

欧米の林業企業は、森の管理、樹木の切り出し、植林のいわゆる林業の他に、樹木の100％を使い切るような製材会社、切った材を集成材やベニヤ板にする加工会社、ウッドチップを使った発電所や製紙工場などを経営し、立地によっては管理している森林の中でキャンプ場を経営したり、森林リゾート、観光やキノコの栽培など、多くの事業を手がけるコングロマリットになっているのが特徴です。

日本では国鉄がJRになって収益をあげることに成功しましたが、これは鉄道だけでなく、鉄道を軸に多くの事業を手がけて、シナジーを起こしたことが理由です。専売公社も、タバコと塩専業から脱して農業などを手がけ、収益をあげています。林野庁が管理する国有林であっても、そこから生まれる木材資源を軸に、市場原理に基づいて徹底的に利用しきれば、収益をあげることは十分可能だと考えられます。

このように林業を軸とした新しい産業を興すことに成功すれば、過疎に悩む山村や農村に新しい産業が生まれ、人が戻ってきて、40年前までは当たり前のようにいた「山持ちの富豪」が各地に誕生し始めることも夢ではないでしょう。森林国である日本は、森林で裕福になる人がいなくなってしまったことが、地方の活力を失わせてしまった大きな原因だったのです。

■日本の森を健全化することは、世界の「よい見本」となる

日本の森林が健全に商業ベースにのることは、世界にとっても大きな意味があります。世界最大の木材輸入国である日本が輸入を減らせば、全体としては2％とはいえ、森林伐採のなにがしかを止めることができます（もちろん今日本向けの林業で生活している国の人々には何らかの代わりの産業が生まれるようにサポートするべきです）。

しかしそれ以上に重要なのは、先進国で産業が発展し、人口が多くても、森林を保ち、森林で経済を活性化することができるという実例を世界に提示できれば、森林を切ることしかしてこなかった国々にとっては、「よい見本」「よい目標」になるはずです。もちろん日本の歴史のある林業技術を世界に提供することもできます。

林業は、今はまったく見向きもされない産業ですが、もし日本と世界が21世紀に持続可能を実現できるとすれば、日本の林業を生まれ変わらせる事業は、必須の条件になるのではないかと思います。

現段階では僕自身林業について知らないことが多すぎますが、今後、実践も含めて林業の可能性については情報をとっていこうと思っています。ある意味、風力発電や燃料電池以上に、林業は未来を開くカギではないかと思い始めています。読者の方からの情報提供もおまちしています。

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●参考文献
「森林破壊と地球環境」
大石眞人著
丸善ライブラリー 680円

●参考資料（Webサイト）
「森林と人類（会報「山」３月号より）」
岩坪　五郎

『中国環境保護史話』訳注久保卓

「林業白書」林野庁

渡辺パコ。1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。88年に独立して、UPU社をはじめ各社にコーポレートコミュニケーションプランを提供する。90年に有限会社水族館文庫を設立、94年から執筆活動を開始し、雑誌などへの執筆活動も行う。執筆先はリクルート、アスキー、日経BP社など。著書に「手にとるようにわかるIT経営」（かんき出版）、「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。Webサイトの設立・運営に積極的に参画。
●人がつなぐ知恵の検索サイト「Kスクエア」(http://www.ksquare.co.jp/)のビジネス・インキュベーションに参加、コミュニティ設計、ビジネスモデル展開、マーケティングビジョンの設計・運営を担当。
●主婦によるPC教室フランチャイジー「PCママサロン」（http://www.pcmama.co.jp/）のサイト設計と制作・アドバイザリーを担当。
●台湾のハイテク企業の製品を日本に紹介するB2Bサイト「ウィン台湾ドットコム」(http://www.win-taiwan.com)のビジネスモデル設計のアドバイザリー。

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