──────────────────────────────────── | 知恵市場 ☆ 2000.10.15 | g - e s s e n c e | エッセンス ☆ 合計発行部数 768部 | | ES1062 ☆ (B-mail=173:Nifty=595) | | ¥200 ☆ http://chieichiba.net/ | ──────────────────────────────────── ■「仕事」はあるが「雇用」はない ■雇用者のお金は有限である ■お金はあるとき、「機能」しなくなる ■マネーの機能を補う通貨 c o n t e n t s ■80年代、カナダ発、"LETS" ■クリティバ市の試み ■日本では無理なのか? ■環境問題の解決に補完通貨を使う ■補完通貨をどう活かすか、知恵が試される □text by paco/渡辺パコ ──────────────────────────────────── 今回のテーマは、補完通貨です。最近は、「LETS」がじょじょに知られるよう になってきましたが、これも補完通貨の一種です。補完通貨ってなんだ?? ビジネスや経済とどんな関係があるのか、まして環境問題と関係があるのかと 思うところでしょうが、実はけっこうありありです。 今回のエッセンスは、ベルナルド・リエター著「マネー崩壊 〜新しいコミュニ ティ通貨の誕生」という本を枕にしていることを先に告白しておきましょう。こ のテーマをもっとよく知りたいと思ったら、ぜひこちらの本を読んでください。 なお、著者リエターは、ベルギー中央銀行でヨーロッパ統合通貨ECU(エキュー =ユーロ以前に統合通貨として使われていた)の設計と実施の責任者として、ま たベルギー電子決済システムの総裁、また通貨のトップトレーダーとして(「ビ ジネスウィーク誌」が取り上げたこともある)、世界でマネーにもっと深い理解 を持っている人物の一人です。 ──────────────────────────────────── ■「仕事」はあるが「雇用」はない ──────────────────────────────────── 著者リエターはいいます。 この地球上には、世界中の人間がしてもしきれないほどの仕事(Work)があ る。だが雇用(Job)があるかどうかは別の話だ。雇用とは「主にお金を得る ために、つまり生活のために人々が行う活動」のことである。仕事はそれと は違い、「主にその活動そのものが好きで、それによって自分の情熱を表現 できることから得られる喜びを求めて行うこと」である。 工業時代には「雇用をすべての労働者に」と叫ばれたが、いまやこの考えは 衰えつつあることは多くの兆候によって示されている。 あなたは100億円あっても、いま自分のやっていることを続けるだろうか。こ の質問に対する答えが「つづける」なら、あなたは仕事と雇用が一致してい る少数の幸福ものであろう。 ここでいう「雇用」は、単純に言えば、「生活に必要なお金を得られる活動」、 という意味でとらえた方がいいでしょう。このあと、「雇用」を「仕事によって お金を得ること」と定義で使っていきます。つまり、以下では「雇用」は単純に 社員になったりパートタイムで働くと言うことを意味せず、何か「仕事」(リエ ターの言う意味での)をして生活に必要なお金を受け取る行為、と考えてくださ い。 僕自身については「仕事」が「雇用」になっているかというと、どうかな、おお むねyesと言いたいところですが、こればかりは実際に100億円持ってみないとわ かりません。 ただひとついえることは、最近多くの人が口にする「仕事による自己実現」とい う考え方は、上記の「仕事と雇用の一致」と言うことを意味していると言うこと、 そして知恵市場が考える QOLの概念も、「自分の生き方、時間の使い方の決定権 を自分自身が握る」というという定義をしていることから考えて、同じように 「仕事と雇用の一致」をめざしていると言っていいでしょう。 ──────────────────────────────────── ■雇用者のお金は有限である ──────────────────────────────────── ではなぜ僕たちは、世の中にやりきれないほどの「仕事」があるにもかかわらず、 その仕事を「雇用=お金」にすることができないのでしょうか? あなたがしたいと思う仕事があって、それをしてほしいと思う人がいたとしても、 「雇用」があるとは限りません。それは、仕事をしてほしいと思う人(雇用者) が持っている「お金」が有限で、あなたの「仕事」に対して払う分がないからで す。 僕たちはこの事実を当たり前のように受け止めていますが、これは本当でしょう か? というより、なぜ僕たちはお金が有限なものとして受け止めているのでし ょうか? 仕事を必要としている人がいて、仕事をしたいという人がいれば、無限に支払う ことができる「お金」があれば、僕たちはもっとハッピーになれるのではないか。 それが補完通貨の考え方です。 しかし、その補完通貨について考える前に、いまの「雇用」の状況について、 リエターが語る事実をも少し見ておきます。 米国の「フォーチュン」誌も、その記事の中で、「80年代に創出された雇用 の半分近くが年収13000ドル以下(4人家族の最低貧困収入ラインを切る数字) の収入しかなかったのはなぜか」と疑問を投げかけている。 好況の米国ですら、雇用は満足な収入を用意してはいません。また同じく米国で は、教育水準もまた、十分な収入を保障してくれない。大学の卒業生がハンバー ガーを焼くような仕事をしている現実について、「96年に大学を卒業した人」の 話としてこう提示しています。 僕の大学の友人は、半分はばかばかしいほど働き、半分は深刻なほど雇用に 飢えている。まるで仕事中毒か、意気消沈のどちらかしか選択肢がないみた いだよ。その中間がないのさ。これが経済の好況期というのだからなあ。 要するに、いまの「お金」を媒体にしていても、「仕事」は「雇用」にならない (あるいは非常にゆがんだ形でしか雇用になっていない)と言うことです。 なぜマネーがこのような特徴をもつに至ったのか、その特性について、リエター は、マネーの歴史から現状までの非常にわかりやすく解き明かしつつ説明してく れているのですが、それについては、ぜひ本を読んでみてください。 ──────────────────────────────────── ■お金はあるとき、「機能」しなくなる ──────────────────────────────────── 仕事と雇用に関する限り、いま世界的にお金は次第に機能しなくなりつつあり、 その傾向は強まっています。失業率はどの地域でもじょじょに上昇する傾向にあ り、先進国、途上国を問わず、貧困=仕事をしたくても仕事がない人たちが確実 に広がっているという現実は、お金の機能不全を示すものと考えられます。 ではお金はどこに行ったのか? おおざっぱに言うと、現在のお金=国家が発行 する国家通貨は、「より多く持っている人のところにますます集まるようになっ ている」と言うことです。簡単に言えば、貧富の差が広がる性質があり、この性 質によって、お金はますます一握りの人のもとに集中し、中間層以下は「仕事を する能力はあるのにお金がない状態」に沈下しつつある。 たとえば、ドイツでは、上位10%の資産家が、残りの90%の人々から、利子の支 払という形で、莫大な資産を受け取っています。利子による富の移転は、ここの 個人の能力とは基本的に無縁で、資産のもとにさらに多くの富が集まるという構 造は、現代のマネーの(利子をかけてもよいという)構造によって起きている問 題です。 同様のことは米国でも起きていて、上流の1%の階級が92%の人々の所得を合わ せた以上の富を所有しており、また全米トップ500世帯の所得は、83年から 89年 の間に、倍増していることも、この傾向を証明しています。 このような状況は、実はいまに始まったことではなく、現在のようなマネーのし くみが確立して以降、1930年代の大恐慌機をはじめ、これまで多くの社会が経験 してきました。そしてその中で、緊急避難的な措置として使われ、機能してきた のが、今回のメインテーマ、 補完通貨なのです。 ──────────────────────────────────── ■マネーの機能を補う通貨 ──────────────────────────────────── 仕事はできるのに、お金が稼げない、という状況の中で、人々はこんなことをに 気づきました。 「お金をは結局、ある何か(なんでもよい)を交換の媒介として使うというコミュ ニティの中での取り決めにすぎない」 このような気づきから出発して、1930年代には、さまざまな種類のユニークな 「マネー」が生まれています。「ウサギの尾」「会社のシールが貼ってある貝殻」 「『神の信任にかけて』と刻まれた木の円盤」。 これらの補完通貨は、まず町の中にある仕事をしてもらうことに使われました。 たとえば道路の補修、水道の整備、森の植樹。ある自治体では、その町だけで使 われる補完通貨を発行し、それらの支払に補完通貨を充てました。 道路の補修をして「ウサギのしっぽ」を受け取った人は、それをため込まずに、 自分がしてほしいこと(たとえばパンを焼いてもらうなど)を人にお願いし、そ の支払として「ウサギのしっぽ」を支払いました。こうして地域内に補完通貨と いう血流が復活し、人々は「仕事」をすることができるようになっていきま した。 もちろん、話はここでは終わらず、結局国家の介入によって補完通貨はつぶさ れ、その後、恐慌はさらに悪化して、第二次大戦を招いていてくのですが、ここ では歴史はさておき、「仕事はあるけど雇用はない」状態の解決策として、「お 金=国家が発行する通貨」に頼らず、仕事を交換し合う媒介=補完通貨を使う ことで、解決しようという試みが、これまでもあり、機能してきた、と言うこと を確認しておきたいと思います。 ──────────────────────────────────── ■80年代、カナダ発、"LETS" ──────────────────────────────────── さて、時経て、1980年代のカナダ。東北地域では魚資源が減ったため、漁獲量に 上限を決めざるを得なくなりました。その結果、漁業によって繁栄してきたコミ ュニティは経済的に破滅し、失業率は突然40%にものぼりました。 そこに導入されたのがLETS(Local Exchange Trading System)です。 LETSを使った生活は、5ドルの入会金と10ドルの年会費を払って会員になること から始まります(金額などは一例)。入会すると、『通帳』が渡され、その残高 は最初はゼロ。LETSの掲示版には、セーラが自動車修理を、ジョンが歯磨きの指 導を提供しているなどと書いてあります。そこでまずセーラに連絡を取り、修理 を頼んで、 LETSの通貨単位である「グリーンダラー」で 30GDを払います。ただ し、これは具体的な通貨があるわけではなく、持っている「通帳」に「マイナス 30」と記載されるわけです。つぎに自分も「焼きたてパン 10GD」と書き込むと、 近所のトムが来て、パンと、ついでに家庭菜園の野菜を買ってくれたので、通帳 は「プラス10GD」になった、という具合に、仕事と補完通貨の交換が始まるので す。 このようなLETSは、すでにカナダで30程度運営されており、国家通貨を補完する 役割を果たしています。 このLETSにはいくつか特徴があります。 まず、マイナスになってもいいこと。仕事とした人がプラスを受け取り、仕事を してもらった人がマイナスになるので、システム全体では常にプラスマイナスは ゼロで、補完通貨の流通量は増えても全体は拡大しないようになっています。 またLETSには利子が付かないので、富の移転が起こることもないし、ため込むこ とにも何もモチベーションがないように設計されてるので、受け取った通貨は、 手元に置かず、必要に応じて別の人には分配されていく、というしくみになって います。一方、マイナスをため込む人に対しては、相互監視によって、仕事を提 供しないようにしたり、障害者や高齢者のように、マイナスが多くなる理由があ る人は、特例的にマイナスを認めたりすることもしていきます。 うまく設計された補完通貨は、富が集中することを防ぎ、一方で仕事をせずに 得する人も防いでいるのです。 同様のしくみは、スイスでも活用されています。スイスの補完通貨「WIR=ヴィ ア」は、1934年に16人のメンバーははじめられ、現在ではスイス全土で、年間取 引量が2000億円以上になるまで支持されています。 日本の「時間預託ボランティア」も、補完通貨の一種と考えていいでしょう。 時間預託は、介護などのボランティアを行った時間を預け、いずれ自分または自 分の家族に介護が必要になったときに、その預けた時間分を利用する、というし くみで、世代間をまたぐ補完的な通貨と考えることができます。 ──────────────────────────────────── ■クリティバ市の試み ──────────────────────────────────── さて、ここまでで補完通貨の意味づけや歴史の話はおしまいです。だいたいイ メージをつかんでもらえたでしょうか? 補完通貨は、これまでの歴史の中で、世界のあちこちで、繰り返し実践されてき たにもかかわらず、これまで大きくメジャーになることはありませんでした。そ の最大の理由は、通貨の発行権は国家の根幹をなす権限と機能だと考えられてき たからで、事実、独立を果たした国が真っ先にやることは、自前の通貨を発行す ることです。一部の国際通貨を持つ国をのぞいて、通貨の通用する範囲が、その まま国家の版図を表すのも、このような理由です。 逆に、国家の一部だけで通用する補完通貨が大きな存在意義を持ち始めることは、 国家にとっては敵対的な権限侵害と映ることが多く、支持を集めるほどにつぶさ れてきたのが、これまでの補完通貨の歴史でもありました。 このような補完通貨を、政治家自らが積極的に活用して成功している例が、南米 にあります。ブラジル南部の都市クリティバです。世界の環境先進都市として知 られるクリティバは、補完通貨をうまく活用して貧困と環境問題の両方の解決に、 前進を与えています。 クリティバは1940年代にはわずか12万人の町でしたが、ジェイムズ・ラーナーが 市長に就任した70年代には、100万人以上にふくれあがっており、その多くがス ラム街の住民でした。ラーナーの最初の頭痛の種は、このスラム街のゴミ問題で、 狭いスラムにはゴミ収集車が入れず、ゴミが山積みになって疫病を流行らせてい ました。もちろん資金的にも、このスラムのゴミをきれいにするだけの予算を取 ることは不可能だったのです。 そこでラーナーは、スラム街の周囲に巨大な金属製の箱を設置し、「ガラス」 「紙」「プラスチック」「生物分解性の物質=生ゴミ」と明記し(絵も使って)、 そこにゴミを運べば、引き替えにバスのチケットを渡すという制度をはじめまし た。 この結果、スラム街の子供たちは街中からゴミを集めて金属箱に分類し、もらっ たチケットを親に渡すようになりました。親はそのチケットを使って町の中心街 に行き、職を得て、次第にスラムの生活水準は良くなっていったのです。 この制度はスラム以外にも適用され、住民の7割がこのプログラムを利用しする ようになりました。学校でもゴミ(資源)と引き替えにノートを渡すという制度 をはじめ、最近3年間で100以上の学校が190万冊のノートを渡すまでになってい ます。 クリティバは、ゴミと引き替えにチケットやノートを渡す、あるいは街を緑化す るといった交換システムによって、低コストで、スピーディに生活水準を上げる ことに成功しました。この交換システムは、特に補完通貨と位置づけられている わけではありませんが、実質的に補完通貨として機能しています。 実際にクリティバ市民は、平均的にブラジルの最低賃金の3.3倍の収入を得てい ますが、実質的な収入は、それよりさらに3割高いと言われています。上記のよ うな補完的な通貨システムによって、ゴミと食糧、ゴミと福祉、ゴミと文化など を交換できるため、生活が安定しているからです。 ──────────────────────────────────── ■日本では無理なのか? ──────────────────────────────────── 日本ではゴミの分別と収集は、厄介な問題であり、同時に金食い虫のコストセン ターです。しかし、たとえば、ゴミと施設での宿泊券、ゴミと食事チケットを交 換する制度をはじめれば、いま、都心でホームレスとして段ボールはウスに住ま う人々は、こぞってゴミを資源センターに運び、一夜の宿と食事を求めるでしょ う。宿泊場所には、廃校になった都心の小学校をあて、給食室で食事を自分たち で作るようにすれば、彼ら自身の間で補完通貨をつくり、たがいに食事を作った り、そうじをしたりする仕事を交換し合うことも可能です。 ホームレスの少ない郊外でも、同様の「仕事」を高齢者や失業者にやってもらう ことが可能です。交換するものも、その場合は、クリティバ市のように公共交通 機関のチケットにすれば、いまは福祉予算で出している東京都の高齢者パスの予 算を削ることも可能でしょう。公共交通機関は、利用者減に悩んでいるので、自 治体はわずかなコストを負担するだけでチケットを発行することができるはずで す。 また、日本の高齢者なら、単にゴミを運んだり集めるだけでなく、自ら考えて、 最適な処理の方法を生み出す技術を持っている人もきっといるはずです。こういっ た創造活動ができる人には、技術開発のための資金を援助し、また創造活動の報 酬として、将来自分が介護を受けられるチケットや、子育て中の娘や息子のため に、ベビーシッターを頼めるチケットなどを渡せば、子育て支援と同時に、高齢 者や学生によるベビーシッターという「仕事」を生み出すこともできます。 こういった「仕事」のやりとりを、すべて「円」という国家通貨でまかなおうと すると、まず円をつくりだし(予算を確保し)、その予算を回収するまでの金利 を生み出す方法を考えなければなりません。金利がつく「円」を使えば、ひとつ のプロジェクト(たとえば込みを資源化する)のサイクルが回るまでの時間に、 金利よって資金が目減りしてしまうため、それ以上の価値を生み出さなければな らなくなるのです。 また、お金で払ってしまえば、仕事と引き替えに渡したお金が、次の人の「仕事」 のために使われずに、ため込まれてしまう可能性が大きくなるのですが、チケッ ト=補完通貨で渡せば、ため込まれずに次の人の「仕事」のために使われます。 これによって、社会の成員それぞれが自分ができる「仕事」を果たせるようにな り、停滞した社会に活気が生まれてくるのです。 ──────────────────────────────────── ■環境問題の解決に補完通貨を使う ──────────────────────────────────── 補完通貨について考えるとき、僕は人間の知恵の豊かさを感じます。資本主義は ゴミの山と環境破壊と失業とスラムを生んだけれども、同時にそれを解決するた めのしくみへのヒントも残してくれました。 さて、僕は[ecru]MLとg-essenceをはじめるにあたって、「ビジネスによって環 境問題解決を前進させる」ことを目標にしました。ここまでの補完通貨の話は、 ビジネスの基本ツールである、金利付きの国家通貨を否定するものであるかのよ うに感じるかもしれません。 しかし、実は、補完通貨はすでにビジネスの中でも活用されているのです。いち ばんわかりやすい例が、航空会社のマイレージやカード会社のポイント制度です。 顧客の利用頻度に応じて、サービスやものと交換できる擬似的な通貨であり、金 利がつかない、国家通貨との単純な互換性がない、といった点も、補完通貨と共 通しています。 ダイエーグループのOMCカードでは、「エコロジーカード」を発行しており、カ ード利用の額に比例した金額を、指定の環境保護団体などに寄付する形になって います(ちなみに僕は世界遺産に指定された石垣島白保の珊瑚礁保護に寄付する OMCカードを持っています)。郵便局のボランティア貯金も同様に、受け取り金 利の一部をボランティア団体に寄付しています。 クレジットカードのポイントにも寄付金という「プレゼント」がありますが、こ れを発展させて、標準状態でなんらかの環境保全活動への寄付になるように設計 し直したらどうでしょうか? 現状、まずもののプレゼントが先にあり、最後に WWFへの寄付がちょっとだけ載っているのがクレジットカード会社のパンフレッ トですが、これを逆転させて、特に希望がない限り、いずれかの環境団体へ寄付 されるカードにする。また自分で交換の申込をしなくても、消失してしまったポ イントを環境保護に寄付するように設計することもできます(予算上、全額寄付 が難しければ、半額とするだけでも、かなりの額になるはず)。 さらに進めて、企業が社内的に補完通貨を発行するという方法もありえます。た とえばオフィスでのリサイクルをきちんと分別して出した人(部署)には、ラン チチケットや自社製品の購入補助券を渡す。さらに発展させて、たとえば種苗や 園芸会社や自然食品会社と契約し、タネや苗、有機栽培農産物を買えるポイント を発行する。数か月分別すれば有機米が5kgと言うことになれば、本人はともか く、「奥様」に尻を叩かれる「ご主人」も多いかもしれません。 このポイントと提供できるサービスのバランスこそ重要ですが、ゴミの分別の徹 底とそのコストは、今後企業にとって大きな負担になってくる可能性が大きく、 社員が自ら行動する(「仕事」をする)ための報酬として補完通貨のしくみを利 用するのは、コストダウンと管理事務の抑制につながるはずです。 もちろん、社内だけでなく、パートナー企業、顧客との間で、補完通貨のしくみ を使うこともできます。前述のカード会社やマイレージを応用し、取引先が梱包 用資材の減量やリサイクルに協力してくれたら、ポイントを発行するというよう な方法です。 もちろんこういった活動は、これまでg-essenceで指摘してきたように、企業の 戦略的な活動と位置づけていく必要があります。企業として、環境対応という大 きな戦略とロードマップを描いた上で、そのツールとして補完通貨のしくみを位 置づけられれば、社外的に企業姿勢を打ち出すことも可能になり、より強力なブ ランドイメージ形成にも貢献するでしょう。 ──────────────────────────────────── ■補完通貨をどう活かすか、知恵が試される ──────────────────────────────────── 補完通貨について、総論から各論まで、駆け足でブラウズしてきましたが、イメ ージがつかめたでしょうか?  実のところ、僕自身、まだ補完通貨の価値について明確な位置づけをすることが できていないため、このテキストでも「ロジックの穴」がたくさんあいているよ うに思います。 しかし、おそらく補完通貨が循環型社会、持続可能な社会の実現には大きな役割 を果たすことは間違いないという予感はあり、どう活用できるか、そこにこそ僕 たち自身の知恵が試されるのだろうと感じます。 折しも、今日まで、[meta]MLでは「カードによる顧客の囲い込み」というテーマ でディスカッションが行われてきました。そこでも魅力あるカードサービスの希 少さ、また魅力的なカードシステム作りの難しさが話に登っていましたが、一方 でカードシステムは、補完通貨を機能させやすいという特徴もあり、おそらく、 カードの補完通貨機能と環境問題解決をリンクさせることができたところが、次 世代のカードシステムを成功させるのではないかと僕は読んでいます。その意味 ではダイエーOMCカードは非常に先進的で可能性の高い試みだと思いますが、現 状、それを企業戦略にまでリンクできていないことが、パワーの持てない理由の ひとつです。 環境問題とビジネスをつなぐ細いけれど強い糸が、ここにも存在しています。 20000.09.15 paco/渡辺パコ paco@suizockanbunko.com ◎参考文献 「マネー崩壊 〜新しいコミュニティ通貨の誕生」 ベルナルド・リエター著 小林一紀/福本初男訳 日本経済評論社 2300円 「コミュニティソリューション 〜ボランタリーな問題解決にむけて」 金子郁容著 岩波書店 1700円 「MBAビジネスプラン」(株)グロービス著 ダイヤモンド社 2800円 ──────────────────────────────────── ●エッセンスの転載については、知恵市場までお問い合わせください。 paco@suizockanbunko.com 知人(個人)へのエッセンスの紹介を目的としての転載は、1号限り、全文を 送っていただく場合に限り、特にこちらに許可を取らずに行ってかまいませ ん。ただし登録せずに受け取った人がさらに別の人に送ることは認めません。 ──────────────────────────────────── end of Chieichiba Essence (c)Chieichiba & Suizockanbunko inc. 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