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5月までの旅の最初の地、エチオピアにやってきて4日がたとうとしています。まださわりにすぎないのですが、人(って自分ですが)の考えがどのように変化していくのかもプロセスとして興味深いのではと思うので、これまで見たこと、感じていることを書いてみたいと思います。

■エチオピア基礎知識

最初に基礎知識としてエチオピアの情報を少しだけあげておきます、場所はもちろんアフリカです。といってもサバンナがあってライオンがいてという感じのところではなく、特に首都アジスアベバは海抜2000メートル以上の高地にあります。これがオリンピックで長距離種目のメダルを独占する力につながっているのでしょうね。国の歴史として特筆すべきは、アフリカで唯一植民地になったことがない国だということでしょう。

人口はおそらく(ちゃんとした調査はそう頻繁に行われない)日本の半分くらい。国民の半分は20歳以下。面積は日本の約3倍。日本に輸出しているものとしてはコーヒーが有名でモカのかなりはエチオピアから来ているとか。日本からは自動車や機械類が出ているようですが、援助になっている部分も多く、貿易収支で言うと黒字と赤字を行った来たりしているそう。

GDPで言うと世界で最も貧しい国の部類に入るはずです(手元に資料がないので適当です)。数年前には旱魃による飢饉で多くの犠牲者が出ていることが話題になりました。就学率も小学校レベルで50%を切っているそうで、これは世界のワースト5に入るレベルだそうです。

なぜそういうエチオピアに来ようと思ったのかは、以前にも書きましたが、いわゆる貧しい国でありながら「人がとてもいい」と聞いていたことと、エチオピアにいる人とのコネクションがあったためにある程度深く入れそうだと考えていたからでした。

■予想していたのと違う!―日本と変わらないじゃん??

ところが、最初に出会ったエチオピアは僕のイメージとけっこう違いました。まず、たまたまその時期に日本に来ていたエチオピア人(僕らがお世話になる人のところの運転手)が同じ飛行機で帰るので、乗り換えなど面倒を見てやってほしい、と言われていました。僕はてっきり、すらりとした素朴な黒人青年がわずかな荷物で現れるのだと思っていたのですが、現れたのは30代半ばにしてちょっとおなかの出た黒人で、スーツを着て山ほどの荷物を抱えています。それはすべて日本で買ったオーディオ製品。これが世界で最も貧しい国なの? とちょっとギャップ体験です。しかし、あとで聞いたところによると、彼は運転手といっても自分でミニバスを所有して人に稼がせていたり、奥さんの実家がそこそこの家なこともあって、実はけっこう小金持ちだということでした。

次はバンコクからの飛行機でまわりに座っていたエチオピア人たち。僕は複数のところからの事前情報として「ちょっと暗くて恥ずかしがりやで素朴」と聞いていたのですが、彼らはよくしゃべり、動き、服装も含めてややアグレッシブで明るい感じ。エチオピア人も変わってきたのか?と思ったのだけど、そしてそれはひょっとすると長期的な流れとしては正しいのかもしれないけれども、考えてみればエチオピアで飛行機に乗るのは特殊な人なのですね。アジスアベバについてからは聞いていたのに近いエチオピア人たちに会うことになります。

なお、飛行機で回りにいたエチオピア人の多くは、中国とのビジネスのために出張していたようです(飛行機は北京から来ていた)。隣に座っていたエチオピア人も衣料(日本で言えばアパレル)のビジネスをやっている人で、中国から輸入していました。「自分の目で見ていないと中国人にだまされてしまう」というのが彼の主張。彼はもともと化学の先生をやっていたのが、それでは収入が少なすぎるとビジネスの世界に入ったと言います。「エチオピアでは食べていくだけならあまり金はいらない。でも、それだけじゃつまらない」と。でも、そんな彼からもどこか素朴な感じは伝わってきていました。

なお、あとで聞いたところでは、エチオピアの経済全体としては今は上り調子で、特に中国とのビジネスはそこに伸びてきているとのこと。一方で日本はこれまで商社がエチオピアとのビジネスを担ってきていたのが最近撤退傾向にあるとか。商社の経営が厳しくなってきたことで事業の見なおしをするうちに、(駐在員や事務所を置いてビジネスをするのは)ペイしないと撤退という方向にあるのだろうということです。

でも、どうなのか。確かに低価格を出すことでは中国にぜんぜん勝てないかもしれない。企業がやるのも難しいかもしれない。しかし、これからの国に、何らかの形で「投資」をしていくことは、やっておきたい気がする。それが何なのかはまだよくわからないのですが。

■いろいろ「ない」―なくても困らないもの?ほしいもの?

アジスの空港についてお世話になる人の家に向かうタクシーの中で最初に「おー!」と思ったのは信号が少ないこと。片側二車線ある道路をそこそこの数の車が走っているのに信号があまりない。あうんの呼吸で交差点を車が抜けていくのです。太かったり交通量の多い方は一応優先道路っぽくなっているのですが、ちょっと車間があくとそこに横切る車が出てきます。こちらから走ってくる方も予期はしているようで、少しスピードダウンする間にわたっていくと。

車だけでなく人も同じように渡っています。これがまた歩いている人が山ほどいる。さらには荷を積んだロバまで主人といっしょに同じことをやっている。かといって車で走っていていらつくかというと、そんなこともない。後ろも見ずに進路変更をする車(多い。だいたいドアミラーはないか倒してある)はちょっとこわいけど、基本的に(東京に比べれば)スムーズに走っています。

ある程度の交通量までしかこういうわけにはいかないでしょうが、これでも交通が機能してしまうのだなあと感心してしまった次第。ひょっとすると信号がないといけないという思い込みが自分の頭に中にあったかも。これだって設置するにはまず相当金がかかる。そして信号があるから信号に頼りすぎてしまうのかもしれない。信号などない方が、自分で考えたり、マナーもよくなるのかもしれません。

エチオピアに(少)ないものは信号だけではありません。新品のものも少ない。庶民の足として使われているミニバス(トヨタ製の大きめのワゴン車)の多くはエチオピアに入ってくる時点で中古のもで、さらにがんがん走るうちに、シートもドアもぼろぼろになります。

でも考えてみれば、環境対応とかを除くと、短い距離を走る路線バスにどれだけ快適性や新しいことが必要なのでしょう? 古いものが使われているのはもちろん車だけではなく、テレビやラジオからお菓子の空箱やペットボトル、ビニール袋に至るまで古いものが捨てないで使われています。もちろん、金がないから新しいものが買えないというのはあるのだけど、かといって必要なのか?というとどうなんでしょう。

そしてエチオピア人の家に行ってみると(まだ二軒だけだけど)、新しいものどころか、そもそもものがない。もちろん上流クラスになると日本人に負けないくらいいろいろなものを持っているようですし、冒頭の運転手のような人もいるようです。しかし僕らが訪ねたところは、ひとつは中流くらいという話で、入った時の最初の印象は「何もない」というものでした。窓のない6畳ほどの部屋には蛍光灯が一本。少し高くなったところにござのようなものとマットレスがしかれ、クッションがいくつかある(イスラムの作法のようです)。床の方には椅子が5つ。部屋に置いてあるのは小さなテレビとラジオだけ。ものがないから収納も必要ない。部屋はもうひとつ、これまたシンプルなキッチンだけで冷蔵庫もない(ちなみに洗濯機もない)。

でも、自分だったらここに何をどういう順でほしいと思うだろう? それは何のためのものだろう? こう考えていくと、何が人のベーシックなニーズなのか、改めて見えてくるような気がします。なお、僕の場合は一番に欲しいのは「窓」でした。外が見えて、そこに緑とかなごむ風景が見えるかどうかが自分にとっては大きいのですね。しかしこれもある意味自分は「食えている」ことを前提とした発想だというのは押さえておくべきところかもしれません。エチオピア人の場合、そこがまず厳しい人がかなり多いようです。

もう一軒連れていってもらった家は、もっと貧しい家庭でした。土と廃材で作られた家で、壁には新聞が壁紙として貼られています。雨季にはかなりじとじとするのでは、という感じです。明りは裸電球がひとつ。またテレビもなく電気製品は日本ならば30年前くらいに見られたようなラジカセがあるだけでした(それでも電気は通っていた)。そこの小さな子供は裂けてしまっている小さなボールを僕に投げてきて遊んでもらおうとしていました。このくらいになってくると、特に衛生・健康面からもう少し何とかしたい、という気がします。

しかし上のような家でも、逆に日本にはあまりないなあと思ったものがありました。それが始まったために、案内してくれた人の予定は狂い、僕らはこの日、三軒エチオピア人の家を訪問する予定だったのが、この家で終わってしまったのでした。

始まったのはコーヒー・セレモニーです。日本で言うお茶をどこの家庭でももてなしとしてできると考えればよいでしょう。コーヒーの生豆を炭火を使って小さなパンで煎るところから始めます。続いて小さな臼(?日本の餅つきのミニ版)でつぶして挽きますが、これはけっこう力もいりそう。でも、コーヒー・セレモニーは女性の仕事です。そして最後にセレモニー用のポットでいれてくれて、小さなカップで3杯飲みます。最初の準備だけで所要時間は30分くらい、その間、いろいろおしゃべりをしながら、セレモニーは進みます。この道具と時間。「誰でも簡単においしいコーヒーをいれられるマシン」で5分で作れるとしたらどうでしょうか。あるいはそんなものよりも日本製のオーディオが欲しい? どうして?

■そのとき人は何をやるのか?

エチオピアに来てもう一つ印象的なのは、日本だったら誰もやっていないことや機械がやっているいろいろなことを人がやっているということです。しかし、ただこれを「遅れている」とは言えないような気がしています。

たとえばさっきちょっと取り上げたミニバス。日本で言えば車掌にあたる人(だいたい十代の男の子)が乗っています。彼らの仕事は、窓から身を乗り出して(箱乗り状態)行き先や経由地を叫んでお客を拾うことと、運賃を取ること(おつりを払うこと)。日本ではバスはワンマン、電車も最近はワンマンかどうかすると無人になっていたりしますが、さてどちらが「いい」のでしょう? 失業率のべらぼうに高い(って何%なのかはよくわからないですが)エチオピアだから人がやればいいじゃないかという話もあるけど、それだけじゃなくていろいろなことが考えられるような気がします。

たとえばこのミニバスが大きな通りには10~30秒に1台くらい通るのですが、そのたびに車掌の行き先を叫ぶ声が聞こえるのは、やかましいというよりは「元気な」感じがします(もちろん、この通り沿いには住みたくないですが)。でも、彼らはそんなことをやっているよりも学校に行って勉強するべきだという声もあるでしょう。しかし、何のために? 日本でそうやって勉強したことがどれだけの人にとって「意味」を持っているでしょう?

また別の例を。乗り換え地のバンコクでエチオピア航空のチェックインをした時でした。エチオピア航空はコンピュータシステムを持っていないのか、あらかじめコンピュータ処理されている部分が少ないので、いちいち手作業でやっていたり、改めてコンピュータに入力しなおしているのです(おそらくタイ航空のシステムに間借りしているのでは)。そういえばもともと航空券も手書きされていました。これでは時間がかかります。実際、けっこう待たされました。

でも、だからといってここにかかわっている人の能力が低いかというと、そうでもないかもしれない。たとえば僕らは荷物を東京からそのままアジスアべバまでチェックインしていたのですが、これはバンコクでは手書きのノートで処理されていました。そして荷物はちゃんとアジスに着きました。

コンピュータで処理されていれば入力ミスがない限り確実かつ簡単な処理ですが、バンコクに乗り入れる多くの飛行機からアジスに向かう荷物を人力できちんと処理するにはそれなりの処理能力がいるんじゃないか。なーんて、本当のところはわかりませんが、ただ思ったのは、コンピュータには人を馬鹿にしてしまうようなところがあるな、ということです。単純作業のように見えてけっこう人が頭を使ってやってきたことを、コンピュータでこなせるようにすると確かに楽でより確実になる。でも、そこで働く人には極論すればコンピュータにカードを差し込む仕事と同じことを乗客に繰り返す仕事しか残らない。

さらにこんな話はどうでしょう? 僕らが世話になっている人(日本で言えば普通のサラリーマンの所得でしょう)の家には六人の使用人がいます(時には七人になることも)。メイドが二人に門番が二人(交替していたりする)、運転手に書生のような人がそれぞれ一人ずつ。このような形が日本にも普及したらどうか? 前述のように日本では人間によって処理される部分が減っていて、今後もさらに減っていくとしたら、人口は減るにしても雇用は厳しくなっていきます。その中で生き残るのは「頭脳労働者」だと言いますが、本当にそうなのか? 特に「机に向かって仕事をする」のが苦手な人はどうするのか?

最後に人について、もうひとつ。日本にはなぜ物乞い(乞食)がほとんどいないのか。アジスでは人が止まるところにはだいたい物乞いがいます。信号待ちの車やバス停の近く、マーケットの中。やっているのは身体障害者、年寄り、小さな子を抱えた女性、そして子供。見ていると小銭を上げたり果物の袋の中から一つ上げたりしている人がいます。途上国では珍しくないことだと思いますが、日本では珍しい。なぜだろう? これから出てこないのか?

【註】今回の旅行についての記事においては、書いてあることすべてが正しいとは限らないことにご注意ください。僕自身、「ひょっとしたら違うかもしれない」と疑いを持ちつついろいろな判断をしたり人からの伝聞をそのまま書いているところがあります。あえてそれをしているのは、ちゃんと確認してから判断したり、書いたりするのはそれはそれでやるとしても、まず今見ているものについて感じたこと、考えたこと(仮説)を書いてみるのがよいのでは、と思っているからです。

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Toshi/高橋俊之(たかはしとしゆき)。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」(ダイヤモンド)、「ビジネスリーダーへの キャリアを考える技術・つくる技術」(東洋経済新報社)。

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