050支配と共存～パレスチナ

今回コミトンが訪ねるのは、パレスチナです。
前回はToshiがエチオピアからレポートをくれて、その前はブータンの遊牧民族でした。

本来なら、僕の回は環境問題を扱うタイミングなのですが、ここへ来て関心が国際問題に移っています。911のテロ事件以降、世界の様相が一変し、国際問題について考えざるを得ない状況になったことが大きいのですが、僕としては根っこはつながっています。

国際問題、特に経済格差・貧困の問題は、環境問題でも大きな要件でした。アマゾン川ではわずかな砂金をとるために大量の水銀（猛毒）が川に流されています。インドネシアでは手っ取り早い焼き畑によって熱帯雨林が消失しています。環境問題を解決するには、いずれにせよ経済格差や貧困の問題と向き合わざるを得ない。

テロの背景にあるのも、格差や貧困と考えることができます。経済的、政治的に満たされている地域には、テロリストは力を蓄えることができません。テロリストにとっての温床は、立ち直り困難なほどの貧困と世界から見捨てられたという絶望感なのです。

■アフガン後はパレスチナ

アフガン戦争が思ったより早く終結し、復興に向けた動きがどうやら始まっています。東京で開かれたアフガン復興会議では、数十億ドルの支援が決まり、アフガニスタンが政治的にだけでなく、経済的にも立ち直る道筋がスタートしました。

それと対照的に泥沼にはまっているのはパレスチナです。「042 アフガン戦争、後」でも指摘しましたが、結局米国の「テロへの報復」というロジックは、パレスチナに飛び火したしまいました。

そもそもパレスチナ問題については、日本ではほとんど知識を得ることができない状況です。そもそもパレスチナとイスラエルはなぜ紛争が絶えないのか、ユダヤ人、イスラム教徒、キリスト教徒は、本当に争うべき運命なのか、といった点を考えています。

■パレスチナ問題、基礎知識

先に、基礎知識を。パレスチナとは、地名です。今、日本で売られている世界地図ではイスラエルがあるあたり、北から行くと、ゴラン高原、ガリラヤ湖、ヨルダン川、死海をつなぐ線のあたりと、その線から西、地中海に出るまでの地域が、おおむねパレスチナと呼ばれる地域で、新約聖書ではイエスが活躍する舞台となった地域です。

パレスチナ人と今は呼ばれていますが、もともとパレスチナ人は「国民」でも「民族」でもなく、「パレスチナという地域に住む人々」という意味合い以上のものではありませんでした。20世紀初めまでは、この地はオスマントルコ帝国領で、民族的にアラブ人、宗教はイスラム教、キリスト教、ユダヤ教を信じる人たちが、仲良く暮らしていたのです。そう、この地域では、十字軍が終わった14、15世紀以降、イスラム教国家のもとで、キリスト教徒もユダヤ教徒も仲良く隣人として暮らしていたのです。

キリスト教徒、ユダヤ教徒といっても、白人ではありません。いわゆる中東のアラブ系の顔と体つきをした人々で、宗教は違っても、外見上の違いはあまりありませんでした。

ちなみに、日本では宗教というと「特定の神様や神学的な理屈を信じること」というように理解されますが、世界的に見ると、宗教はむしろ「生活習慣のセット」としてとらえたほうが妥当です。キリスト教徒は困ったときやうれしかったときに「主イエス」に祈り、日本人は「やおよろずの神」に祈る。イスラム教徒は毎日5回、礼拝をするけれど、キリスト教徒は日曜日に協会に行き、日本人は元旦に神社に行き、春分と秋分に墓参りをする。かつて、お彼岸に墓参りをしない日本人は「ばち当たりもの」だったけれど、今は日曜礼拝に行かないキリスト教徒も珍しくない。

もっとわかりやすく言えば、教会に行って地域の人としゃべってくる人たちがキリスト教徒であり、モスクに行って情報交換する人がイスラム教徒、という言い方もできるかもしれません。

宗教の違いは、仲良く共存している地域と時代においては、生活習慣や所属するコミュニティ、近所づきあいのグループの違いという程度であって、対立を呼ぶものではないのです。実際、今に日本にもキリスト教徒はたくさんいますが（生粋の日本人のキリスト教徒）、日常の仕事や近所づきあいで違いを意識することはほとんどありません。

■旧約聖書まで、さかのぼらない

パレスチナ問題を理解するには、旧約聖書や「バビロン幽囚」、「出エジプト記」を理解しなければだめだと思っている日本人は、これまた多いのですが、そんなことはありません。パレスチナ問題は、基本的に20世紀、それもおおむね第二次世界大戦後の問題です。

パレスチナ問題の始まりは、第二次世界大戦でナチスの迫害を受けたユダヤ人たちが、「自分の国を持たなければ、抹殺されてしまう」という危機感をきっかけに、パレスチナの地にユダヤ人の国をつくったことにあります。その国がイスラエル、建国は1948年5月。日本では戦後のどさくさがまた続いていた時期です。

ユダヤ人は、国連の決議によって国をつくる権利を認められ、パレスチナに国をつくりました。ユダヤ人たちは「誰もいなかった砂漠や不毛の地に入植し、国をつくった」と説明しましたが、もちろんそんなことはなく、パレスチナにはたくさんの人が住んでいたのです。イスラエルが建国されると、パレスチナにいたイスラム教徒が追い出されて、その後欧州での迫害から逃れてきたユダヤ人などがそのあとに町や農村をつくりました。

もちろん、そのプロセスは、「合法的」におこなれています。そのためにさまざまな法律が作られました。たとえば「不在者財産没収法」。この法律は一度でも自分の土地を離れたものの土地や財産を没収できるというもので、表向きは戦争で放棄された村にテロリストが住み着くのを防ぐ、といった理由がつけられていました。当時、村人は遠く離れた農地まで小作人として耕作の仕事に出ることが多く、この法律の適用を受けた地域では、夕方農民が戻ってくると、すでに村は破壊され、行き場をなくして難民になるといったことが頻発しました。朝まで住んでいた村は夕方にはブルドーザーで破壊され、住んでいた住民は追放された。イスラム教徒が住んでいた痕跡は完全に消され、あとにはこぎれいな村落が出来て、そこに欧州などからの入植者が入ってキブツと呼ばれる理想郷的共同体がつくられていきました。

パレスチナに住んでいた人たちのうち、イスラム教徒（アラブ人）がユダヤ人によって土地や財産を奪われ、難民となっていった。もともとはイスラム、キリスト、ユダヤの3つの宗教を信じる人たちの総称だったパレスチナ人は、この時期を境に呼び名が変わり、イスラエル人（ユダヤ人）と、パレスチナ人（イスラム教徒）に分かれて争うことになりました。これがパレスチナ問題の基本的な構図です。

■支配階層の宗教と、宗教的迫害はべつもの

ここで注意しなければならないのは、パレスチナ問題が「パレスチナ人（イスラム教徒）が支配階級から被支配階級に転落した」ことによって起きているわけではない、という点です。パレスチナ人は、もともとパレスチナ国家を持っていたわけではなく、トルコ帝国（トルコ人）の支配を受けていました。多くのパレスチナ人は不在地主の所有する農地を小作することで生活していたようです。

中学高校の歴史の教科書にある記述のようなパターンでは、「パレスチナ人はもともとパレスチナの地を支配していた」が、後から「ユダヤ人が来てパレスチナ人を支配しようとして」、結果的に「ユダヤ人が勝ち、パレスチナ人は負けて服従を迫られた」というわけではないという点です。

もともとパレスチナ人は、被支配階級でした。土地を持たない小作農であっても、その地で生計を立ててきたのであり、支配階級ではなくてもパレスチナは、パレスチナ人の故郷でした。パレスチナ人にとっては、支配階級が何人であっても、そこに住み続け、生活ができるのであれば、戦争やテロをするような民族ではなかったのです。実際、2000年前のイエスの時代にも、パレスチナ人（当時はペリシテ人と呼ばれ、新約聖書にも登場する）はローマ帝国に支配される階級であって、新約聖書では支配階級である徴税人が繰り返し登場します。支配される生活は、豊かで楽な生活ではなかったでしょうが、しかしもともとこの地域は「肥沃な三日月地帯」の一部であり、貧しくても生活ができれば、戦いを挑むことないという生き方をしてきたのが、パレスチナ人だったのです。

なので、ユダヤ人がイスラエルを建国してパレスチナ人を支配下においたとしても、それだけでパレスチナ人がイスラエルに戦いを仕掛けたり、テロを行ったりすることはなかったはずでした。しかしイスラエルは欧州や世界各国に散らばったユダヤ人をこの地で養うために、パレスチナ人を追い出し、さらに大量虐殺を行って、奪った土地をイスラエルの国土にしていきました。

■パレスチナのテロリストというが

自分の村を追われたパレスチナ人は、当初は「パレスチナ人」という共通のアイデンティティはなく、ただ「○○村出身の難民」の集まりでした。彼らは追い出された自分の家の鍵をいつも肌身離さずもち、自分の村に帰れる日を夢見て難民キャンプにいましたが、次第に組織化され、今のパレスチナ暫定自治政府のアラファト議長が頂点に立つようになっていきます。

実力で追われた地の奪還をはかろうとする動きもあり、しばしば武力衝突が起きました。大きいものは4次にわたる中東戦争であり、小さなものはテロと呼ばれます。パレスチナ人は武装集団をつくり、イスラエルで爆破や小規模な戦闘を繰り返しました。これを日本の新聞は「パレスチナのテロ」と報道します。

しかし、もともとパレスチナ人は、住んでいた土地を強引に奪われ、その土地を奪い返そうとしているに過ぎません。たしかにイスラエルは国連決議に基づいて建国されましたが、だからといって、住んでいる住民を追い出し、殺害し、難民にしてもいいという決議だったわけではありません。

もしパレスチナ人の武装行動がテロなら、ナチス・ドイツに対して闘ったド・ゴール指揮するフランス・レジスタンスもテロになるでしょう。

実は、イスラエルは建国宣言では国境を規定していません。これは米国が建国時に国境を定めなかったことにならったと言われていて、米国が西進し、先住民を蹂躙して国土を広げたように、イスラエルも軍事力で周辺に進出し、国土を広げることをめざしてきたのです。

■テロを非難する米国

911テロ事件以降も米国はイスラエルへの全面的な支持を続けて、パレスチナ側を非難しています。イスラエルはもともと住んでいた住民を追い払って建国した国ですが、その成り立ちは開拓時代の米国をまったく同じなのです。米国がイスラエルに大きなシンパシーを寄せる理由はここにあるのかもしれませんが、同時に、クモのこのように追い払ったインディアンやパレスチナ人が抵抗しても、それを「テロ」と決めつけてしまう点も共通していると言えます。

たしかにテロは、卑劣です。直接には罪のない人を巻き込み、死に追いやり、秩序を破壊します。しかしテロと非難する本人が何をやってきたかは、多くの場合、問われないのは、今のイスラエルも、開拓時代の米国も、同じです。テロリストはなんの言われもない相手にテロを仕掛けているのではなく、失われた自分たちの生活への報復として、あるいは奪還を目的として、テロを行っている。

イスラエルが4度にわたる中東戦争を勝ち抜けたのは、米国の全面的な支援があったからこそです。米国は、パレスチナ人に対しては、イスラエルと同じ罪を背負っています。だからこそ、米国はパレスチナのテロをどうしても封じ込めなければならないし、パレスチナ問題と根が同じである（近い）、イラクやアフガンの抵抗勢力も、テロリストとして破壊しなければならなかった。

パレスチナ人をテロリスト集団というなら、パレスチナ人から生活を奪ったイスラエルとそれと同じことを自国内でやってきた米国は、同じようにテロリストと呼ばれなければならないでしょう。

ノーム・チョムスキーは、「9.11」（文芸春秋）のなかで米国を「テロ国家の親玉」と言っていますが、まさにその通りだといえます。

それにしても、人間というのは、なんと恐ろしいことをする生き物なのでしょう？　同じ人間、しかもついさっきまで仲のよい隣人だった人の土地を奪い、その痕跡を抹消し（イスラエルの地図にはパレスチナ人の村の名前の横に＜破壊ずみ＞と書かれていた）、戦う意思のない女や子どもを機関銃やブルドーザーでずたずたにすることもやってのけてしまう。しかも、そうやってパレスチナ人を抹殺しようとしているユダヤ人は、つい数10年前はドイツ人によってホロコースト（民族抹殺）の対象になっていた。

■悪魔と天使

米国とイスラエルのロジックを追っていたら、たまたまTVでフロリダの「Give Kids the world」という活動を放送していました。小児ガンや難病に苦しむ子どもたちとその家族を専門に招待し（すべて無償）、1週間滞在させる特殊なリゾートで、その運営はディズニーやソニーをはじめとする多くの企業群によっておこなわれています。

この組織の創立者はアウシュビッツから生還したユダヤ人ヘンリー・ランドワーズで、戦後、米国に渡り、ホテル経営で成功しました。その後、すべてのホテルを売却し、金で広大な土地を買い、企業の賛同を集めて死にゆく（かもしれない）子どもたちに最後の思い出をつくるためのリゾートをつくったのです。

米国の「善なる意思」は、フロリダではとてもすばらしい活動として人々に感動を与えます。そこに企業群が金を出し、子どもたちも親たちも、生きる力を得ていく。そこでは死に行く子どもたちのために、毎週クリスマスパーティがもようされています。

その一方で、自分たちのためになら、そこに住んでいる人を平然と追い出し、殺し、そこに理想郷をつくったと宣伝するイスラエルと、それをいっしょに遂行する、悪魔の米国がいます。パレスチナでは、どの子どもたちにとっても、死はいつも隣り合わせ。健康で長生きできるはずの子どもたちでさえも。

僕ら日本人のもっとも近しい隣人の、これが実像です。これから、この激しく人間くさい隣人とどのようにつきあっていけばいいのか、それを決めるのはあまりに難しく、でもそれが日本の未来を大きく変えていくことは間違いありません。

あなたは、この隣人とどのようにつきあっていけばいいと思いますか？

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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