051 エチオピアに必要なもの

前回に引き続き、今回もエチオピアについて考えてみたいと思います。これは言ってみれば遠い国の話です。しかも十分な情報や調査に基づいた見解ではないので、そのままは使えない。じゃあ意味がないかというと、結構いろいろ使えると僕は思っています。

一つには自分自身や日本にあてはめられることがいろいろあるということ。かなりのハンディキャップを持った状況から立ちあがっていかねばならないことはビジネスや個人の生活の中でも珍しくありません。またエチオピアと日本では経済発展のステージは全然違うけれども、よく見ると日本にこれから起きること、日本の進むべき方向を考える上で参考になることが見られます。

もう一つ、エチオピアや世界全体について考える一つのステップにできるということがあります。政治や経済といった難しいことは専門家の先生たちにまかせておこうとなりがちですが、いろいろな理由から、自分でこういったことを考えてみることは日本人のQOL向上にかなり意味がありそうだと感じています。この理由については書きだすととても長くなるので省略しますが、[com2]MLにばらばら書いていきたいと思っています。

■どこから手をつけるかが重要

さて、今回のテーマは「エチオピアに必要なもの」。前回の記事でも最近の[com2]MLにも「エチオピアには『ない』ものがたくさん」と書いてきました。なかなかぴんと来にくい話だと思うのでしつこく書くと、首都アジスアベバという密集したエリアで家にトイレがなく一番近いトイレが500m先とか、学校では教科書は数人でシェアして、机や椅子が足りないと海外からの援助に頼っています。学校に行っていない子供も結構いる。都市では表通りを除けば道路は未舗装で通りでは靴磨きが大繁盛、地方に行く道はダートです。

まだまだあります。首都アジスアベバの半分は失業状態、バス停や信号など車や人が止まるところではおとなやこどもの物乞いがやってきて小銭をせびります。しばらく前には大かんばつで飢饉が深刻だったことは記憶されている方もいるでしょう。水の問題は相変わらず深刻で、それとともに、煮炊きのために木をどんどん切ってしまうことが土地の砂漠化につながっています。

これだけないものが山積みだと、海外から援助するにしても国内で努力するにしても、どこから手をつけるか考えないと、きりがないという感じだし、「なんでこんなところを先にやっているんだ？もっと緊急なところがあるのに！」ということになってしまいます。では、自分だったらどこから手をつけるか。

■日本の評価を上げた道路だが・・

日本が行っている援助活動の中で僕らが見てきたものの一つに道路があります。地方と首都アジスを結ぶ道路でこれまでは未舗装だったものを日本政府が金を出して日本の建設会社が作っています。この道路、結構日本の評判を上げているという話でした。日本は工期を守るし他のところのようにちょっとしたらぼこぼこ穴があきだすことも(今のところ）ない。実際に走ってみましたがとてもきれいです。日本の新品の道路と変わらない。エチオピアの、ラインもひいていない舗装道路や、元は川床かと思うような大きな石のころがった道を見慣れているとびっくりします。

ただ、気になったのは車があまり走っていないということです。僕らがその道路を往復40分くらい走る間に会った車は数えるほどでした。もちろん道がまだあまり先まで行っていないというのもあるでしょう。地方都市とつながるまでになればもっと交通が出てくるでしょう。しかしそれでも気になるのは、それがエチオピアの状況をどれだけ前に進めるのか、ということです。先進国的に考えれば交通は経済の発展になんでしょうが、エチオピアにもそれはあてはまるのか？

■国語、数学、英語、理科、社会の中で何が必要？

他にエチオピアで非常に重要、そして本をはじめとする必需品が足りないと言われるものに教育があります。前回も書きましたがエチオピアの就学率は世界でもワースト・レベルにあります。しかし、こういうふうに考えてみるとどうでしょう？　日本で僕らが学校で学んできたことで、これは必須だということは何か？　国語、数学、英語、理科、社会、美術、体育、音楽、技術・家庭、どれが、あるいはその中のさらにどこが必須だろう？　ないないづくし、特に失業率が50%にもなるというようなところでは？

南アフリカのケープタウンでガイドをしてくれた人が言っていた教育の必要性とは「読み書き」のことでした。南アフリカでは話せるけど読めない人たちがけっこういるそうです。この人たちはそれによって給料をごまかされたりするそう。契約書も読めないからわからない。とするとまず読み書き？　日本でいう国語のレベルとは開きがありますね。

さて読み書きとくれば日本人なら「そろばん」(^_^)。確かにそろばんでやるような計算ができるかできないかは、ごまかされないためにも、仕事をするためにも必要そうです。しかし分数の割り算をできることはどうなんでしょう？　三角形の角度を求めることは？

英語はどうでしょうか。一つ言えるのは、英語が出来るかどうかで情報に触れる機会がかなり変わりそうです。最近増えた二つ目のテレビ・チャンネルの番組はアフリカ全般を対象にしているので英語でした。エチオピアでよく使われているアムハラ語は世界的にメジャーではないので、外国人で話せる人はあまりいません。すると海外からいろいろなサポートにやってくる人たちも普通は英語でコミュニケーションをすることになります。水資源開拓、観光ビジネス、工作機械の指導など日本からもいろいろな人が来ていましたが、このほとんどが少なくとも最初は英語で話しています。使える英語を学ぶことは現実的な意味がありそうです。

理科は？　南アフリカのジョハネスバーグで会った黒人青年（ルワンダからの難民）は大学で化学を専攻する理由として「およそもの作りをやっているところでは必ずといっていいほど化学が使われている」と言っていました。ただしこうなってくるとその道に進むかどうかで変わってくるでしょう。

社会科は？　豊臣秀吉が何年に全国制覇をしたかとか、どこの地方にある平野がなんて名前だとかということはふだんの生活であまり役に立ちそうにありません。でも、たとえば為替の概念については？　今僕らがいる南アフリカではここのところ急激にラント（南アフリカの通貨）が下落しています。この理由について考えられること、その結果どういう影響が出るかを知っていることでいろいろな動きが取れます。ただしこれは、自分自身が貿易や観光の世界にあるとか、そうでなくとも通貨価値の変化に影響を受けるビジネスの意思決定者である場合に限られる面はあります。

長々と書いてきましたが、こういうことかな、と思います。ぼくらが学校で学んできたことの中には、エチオピアのような国の発展に重要なことがけっこうある。ただし、それは単に公式を使って計算問題を山ほどすることでも、昔のことを無理やり頭に詰め込むことでもなく、「それを知っていると何になる？」というのが言えることだということです。

その意味ではたとえば地理や歴史を学ぶことよりも政治・経済の方が彼らにとっては意味が大きいかもしれません。もう一つには、集団のための意思決定をする人が学ばなければならないことは、自分自身のためだけに判断をする人よりも多いということでしょう。たとえば読み書きは皆に必要でしょうが、英語や為替の知識は地域のリーダーやマネジメントが押さえておけばよいところかもしれません。

■援助ではきりがない？

アジスアベバで現地のNGOが自分たちの活動の一つとして見せてくれたことに、トイレ（水洗ではありません）を作るというのがありました。脱線しますが、次々と活動地でのトイレを見せてくれるので、だんだん「もういいよ」という感じにこちらはなってきたでした(^_^)。しかし彼らとしては日本が援助しているところをすべて見せようと思ったのでしょう。さて、そんな中で彼らが言っていたのが「これまで一番近いトイレは500m先だった」ということでした。東京以上に家が密集していて、東京以上に一つの家に人がいるようなエリアでです。

そういう地域にトイレを作ることについて、どう思いますか？　当然、トイレだけではない。水道や電気に始まるあらゆるインフラがもっと欲しいし、家もほったて小屋が並んでいる状態から変えたい。

でも、僕が感じたのは、「これを援助でやっていたらきりがない」ということでした。エチオピアはトイレを自分で作る金がないので海外からの援助で全部作る？　仮にそこまでやったとして、トイレが出来てその人たちの生活は少し衛生的になるけど、彼らに金がないことには変わりがない。次のレベルに上げるためにはまた援助が必要です。人々の経済活動力を上げないと。

このあたりはもちろん彼らも考えています。同じNGOの活動に金を稼げるようにするプログラムもありました。具体的には地域の女性を集めてインジェラ（エチオピア人の代表的主食。ぶあついクレープという感じかな？）をはじめとする食品をつくり、それをマルカートという商店が集まるエリアに持っていって売るということをしていました。これは各人に家計の足しになるレベルの分配をできており、参加者もNGO側も評価をしていました。やっている人たちのやる気と自信を感じさせる顔も印象に残っています。

ただ気になるのは、これとて結局は持たざるものの中で分配しているだけじゃないの？ということです。自分で作らず外で買う人はある程度余裕があるといえばそうなのでしょうが、それでも豊かさのレベルはたかがしれています（また脱線しますが、ある人は「みんながまずしいこと」をエチオピアのよさとして上げていました。貧富の差が小さい分だけ社会にひずみが少ないと。特に犯罪が少ないとか人がぎすぎすしていないというところにはこれが出ているでしょう）。

話を戻すと、貧しいもの同士で分配しあっても、社会のインフラを充実させるための税金も増やせないし、各人としても豊かになれるレベルはたかがしれていると思いませんか。そして、金を払えるレベルが限られている（都市の半分の人は失業している状態です）ところに供給を増やしても、待っているのは価格競争です。

■食えるようにするには

つまり行きつくところはまず「食えるようにするには」どうするか、次に生活のレベルを上げられるくらい稼ぐにはどうするか、という話です。援助をするにしてもここにつながらないと、きりがない。

しかし、日本や欧米の後をただ追いかけることにはおそらく意味がないでしょう。たとえば歴史的には工業の一番最初の段階に取り組まれてきた繊維産業に取り組んでも、価格の点で中国に勝つのは難しい。前編でマルカートの商人が中国に買いつけに行っていることを書いたのはこの部分を示しているでしょう。かといって、より高度な産業、たとえば自動車やコンピュータのビジネスにいきなりエチオピアが入っていけるとは思えません。

つまり、

まず高度な産業においては技術やインフラにおける問題があり、そもそも行うことが難しいだろう
そして産業を立ち上げたとしても、海外での競争力には厳しいものがある
さらに国内市場ですら海外の競合に勝てなかったり、あるレベル以上の価格のものには需要（＝買える人）が少なかったりする

という状況なわけです。

■どうするか？

上のような状況から自分だったらどう脱出するかをエチオピアにいる間から南アフリカに来てもずっと考えていたのですが、現時点で考えているのは次のようなことです。

まず自給自足のための農業を強化する。買い手がいなくても食えるのは第一次産業だけです（それを産業と呼ぶのかどうかわかりませんが）。もちろんこれまでもエチオピアでは自給自足のための農業をやってきました。しかし、生活のために木をどんどん切ってしまって砂漠化が進んだり、天候不順の年に十分な蓄えがなかったために農業をやめざるを得なくなったり、土を肥やすことを十分に出来ていないために収穫が少なくかつ減っていく傾向にあったりします。

これを、持続型、むしろ発展型（時が経つほど土が肥えていく）ような農業にできないか。それができるのかどうか、僕は知りません。もちろん簡単にできることならみんなすでにやっているでしょうから、できたとしても難しいのでしょう。しかし、もしこれができれば、まず食べていくことができます。人に売って稼ぐことが難しい国としては、いろいろと模索してみる価値のあることと思います。

その点では、国や内外のNGOが行っている地方向けのプロジェクト―水資源の開発(井戸掘りと井戸の管理）、植樹、農業指導―などは非常に意味がありそうです。農民が短期的に考えがちであるとか、教育レベルが低いためにコンセプトが理解されないとか課題はたくさんあるようですが、あるときは住民参加、あるときはかなりの強制力を持って進めるべきところでしょう。

しかし、食べるもの以外もいろいろなところで必要になってきますから、輸入するか、国際援助でもらうか、自分で作ることが必要になります。農業を輸出できるレベルまで高めて（コーヒーなどはそのレベルにあります）外貨を稼ぐという手もありますが、国内の産業力向上のためにも、「作れる」ようにしていくべきでしょう。そのためには輸入制限や補助金も必要になると思います。

これを行うのは、まず技術的・コスト競争力的に追いつくことがそれほど難しくない産業にすべきだろうと思います。これにより、雇用をつくり出すこと、消費者が高いものを買わされて結果的に負担にならないこと、次のステップにつながることといったメリットを狙います。従い、教育や職業訓練もこの領域を意識して投資していくべきでは、と思います。

また欧米が回り道をしてきたところを近道して、むしろ過去がない分さっさといける産業があるなら、それも一つの手と思います。たとえば電話について有線のインフラをいまさら引くよりも、もう携帯電話に重点を置いてしまうのは一つの手かもしれません。

最後に、やはり外貨を稼げるものをつくらないといけない。ここでも一つには欧米が回り道してきたところを近道してしまえるものがないか考えたらどうかと思っています。IT関連で勝負をしたアジアの国々はそういうやり方だったのでは、と思います。エチオピアにとって何がそれにあたるのかは残念ながら具体的にはわからないのですが。

また、ものづくりであっても大量生産型でない方向を狙うのは一つの手だと思います。たとえばインドネシアの家具は「味がある」と日本で人気があります。イタリアの家族経営型アパレルも大企業とは違った意味で競争力を持っています。エチオピアにとって具体的にそれが何になるのかは、伝統や人々の性格、その他のエチオピアの資源を考えながら見つけていくのだと思います。それが値段とか性能といった同一スケールで計れるもので競争するのではなく、エチオピアにしかないもの、このテイストがいいと言われる形になるととてもいい、と思っています。

さて、最初にも述べたようにここに書いてきたことは、いろいろな人と話したことと基礎的な知識だけに基づいた仮説です。データもチェックしていないし、農業のように全然知らない領域については基礎的な部分も怪しい。だからこのままは使えない。ただ、どことどこをあとチェックすれば使えるというように押さえながらこのように仮説を立てていくことによって、どうしようもなく難しく見える問題もだんだん解決の糸口が見えてくる、そんなふうに僕は考えています。

註】エチオピアについてさらに興味のある方はこのホームページが参考になると思います。このホームページを運営する西真如さんにはエチオピア滞在中、大
変お世話になりました。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net