デュアルライフ(6) ぞうきいしょく

デュアルライフシリーズもだんだん各論に入ります(^_^;)。
去年の1月にこの生活を始めてから1年と少し。2001年は、結局130日ぐらいを六兼屋ですごしました。

ところで僕らは六兼屋に行って何をしているんでしょうか？
「コミトン036 デュアルライフ(2) 仕事～ワークスタイル」で書いたとおり、六兼屋にいても僕は通常通り仕事をしているので、パソコンに向かって原稿を書いたり、メールであれこれやりとりをしたりといったことをしていることが多いのですが、目の前に自然がたっぷりのここにいて、パソコンばかりやっているわけはありません。

季節ごとにやっていることは変わっていくわけですが、去年と今年、この冬の終わり～春先の季節にやっていることと言えば、ぞうきいしょくです。漢字で書くと雑木移植。

■雑木ってなに？

雑木移植のシーズンは、なんと言っても冬です。

雑木は、11月のおわりに葉を落とし、今の季節は裸です。裸でスカスカしているおかげで、日の出が遅いこの季節でも、東の雑木林の、枝の隙間から、朝日が差してくる。庭にも早くから日が入ります。葉が落ちてくれるから、雑木林は冬の生活をじゃましない。夏はたっぷり葉をつけて、涼しくすごさせてくれる。雑木は人間の生活ととても仲良しの木です。

ところで雑木とはなんだかわかりますか？　そもそも木の名前をいくつぐらい知ってます？　木と名前が一致するものは？

桜、ツバキ、イチョウぐらいはわかるでしょうか？　ケヤキがわかる人は、けっこう木が好きな人かも知れません。ケヤキは、ほうきを逆さに立てたような樹形になるかなり大きく育つ木です。

かくいう僕も、木は好きだったものの、名前を知っているものはもう少しあっても、実物と一致する木はほとんどありませんでした。六兼屋を作り始めた2年前の夏頃から、これじゃあいかんと家族で猛勉強。ありがたいことに目黒には林業試験場の跡地が公園になった「林試の森」があり、まずそこにいって勉強しました。シラカシ、アラカシ、クスノキなどの常緑樹、クヌギ、コナラ、リョウブ、エノキなどの落葉広葉樹。とにかく身近な街路や山野にはえていそうな木を見る。葉をとってきて押し葉にしてジップロックにいれ、昔の単語カードよろしく、葉を見せて木の名前をあてるゲームをやったり。

こうすると木の名前は覚えられるのですが、いざ六兼屋の周りの林に入って名前を考えようとすると、とてもだめ。落葉広葉樹、というところまではわかるのですが、それ以上はお手上げです。実際、木を同定する（名前と木を一致させる）のは、専門家でもけっこう難しいと聞き、ホッとするやら、前途を案じるやら。

で、雑木というのは、日本の風土にあった落葉広葉樹で、雑木林の代表種というと、クヌギ、コナラ、リョウブ、イヌシデ、アカシデ、カエデ、山桜、などの総称です。

■冬の雑木

11月の末に葉を落としたあと、雑木は冬の眠りにつく、といいます。たしかに冬の雑木は乾ききって、さわればぽきぽき折れてしまいそうです。でも、12月にはひからびて見えた枝も、1月になると、小さな小さな芽が出ていることに気づきます。実は葉が落ちたときに、すでに翌年の芽ができているのです。2月になると気温は下がるし、雪も降るけれど、芽は確実に大きくなって、今の時期には遠目にもわかるほどふくらんできます。冬枯れに見えても、木はちゃんと体を大きくする仕事をしていたのです。

春になり、雨が降る季節になると、植物は一斉に根から水をあげ始める。水をあげ始める前が、雑木を移植する一番いい季節です。

水をあげ始めてしまうと、土も木も重くなって移植が大変になるし、土から水を取り入れるためにぐっと広がった根を移植で切ってしまうと生長力も落ちてしまう。水をあげ始める前に移植を終えておけば、水をあげるタイミングで新たな根を伸ばしはじめ、木は移植されたことをあまり苦にせず、生長を始められるというわけです。

■秋のお仕事

雑木移植の季節は、そういうわけで早春ですが、実は秋にやっておかなければならない仕事があります。翌年移植する木を見つけておくこと。前述の通り、木を同定することはとても難しいのですが、手がかりになるのが葉と樹皮、そして実です。冬になり、葉が落ちきってしまうと、樹皮だけしか頼りがなくなってしまう。

去年は11月に林に入り、移植できそうな木を選んで赤いテープをつけておきました。雑木林の代表種というとなんと言ってもクヌギとコナラ。特に葉がやさしい卵形のコナラは、どうしてもほしい木でした。去年、六兼屋に来てすぐのころに移植したときは、コナラだと信じて移植した木を「これはコナラじゃないよ、シデだ」と言われ、がっくり。コナラだ～といいながら5本以上移植してしまったので、ほんとうにがっくりでした。そんなわけで今年はなんとしてもコナラを移植したい。

去年は入らなかった北の林に入り、探してみると、200メートルほど上に行ったあたりでひょろひょろとした若木が見つかりました。葉っぱの形、樹皮、そして下にドングリが落ちているので、まず間違いありません。念のため葉っぱを持ってかえり、白金の国立自然教育園で聞いたら、学芸員のお兄さんが「コナラですね」といったので、間違いなし。よかった！

ちなみに六兼屋の東と北にある雑木林は、やはりコナラが中心。でもなぜか若木のほとんどはヤマザクラで、コナラの若木は案外少ないのです。

■穴を掘る

さて、移植。まず六兼屋の庭で、どこに植えるかを考えます。移植する予定の木は、高さ5メートルはあるし、コナラは生長すると20メートルにもなる木なので、慎重に場所を選ばなければなりません。

場所が決まったら、まず穴を掘る。直径、深さとも70センチぐらいあればいいでしょうか。土の悪い六兼屋なので、場所によってはひどい粘土だし、水はけも悪い。こういうところにはなるべく植えない方がいいのですが、そうも言っていられないので、条件が悪ければ、大きめにほって、よい土をいれます。

穴が掘れたら、山の際から自然の腐葉土でできたよい土をネッコにいっぱい。これも結局、掘る仕事。掘ったあとには落ち葉をいれておく。移植場所に土を3分の1ぐらいいれ、そこにそば殻をいれて排水のいい土にします。薪ストーブの灰とか、化成肥料とか、鶏糞とか、手近にある肥料を少しいれておきましょう。

ちなみにそば殻は、近くのハーブガーデンで教えてもらったのですが、安くて軽く、水はけがよく、いずれ自然に返るので、とてもいい土壌改良材です。暖かくなると、脱穀しきれなかったそばが芽を出すのもご愛敬。出た芽は、そのままほっとくと白い花が咲き、そばの実がなるし、芽のうちにとってそばもやしとして食べてもグッド。

■いよいよ抜きに行く

さていよいよ目当ての木を抜きに行きます。持ち物はスコップと、剪定ノコ（ギリ）。さくさく枯れ葉を踏みしめて上っていくと、去年つけた赤いテープが目に入ります。

めざすコナラは根本で太さが5センチほど。親指と人差し指でOKサインをつくっても指が足りないぐらいの太さです。高さは、5メートルは超えていそう。

根の周りの枯れ枝やクマザサを払ってから、幹の周囲を50～70センチぐらい離してスコップをまっすぐ、深くいれる。雑木林の土は軟らかいので、最初はわりと簡単です。順に周囲を回っていれていくと、ざくざく根をきる感触になり、ところどころスコップが入らずに引っかかるところも出てきます。こういう場所は、太い根が通っているので、場所にアタリをつけて剪定ノコをいれて根をきる。ちなみに剪定ノコは、ふつうののこと違って刃に厚みがあって目が立っているぢ、片刃で片手で使いやすい形をしています。

根が切れたらさらに深くスコップをいれていきますが、このあたりでスコップが浅くすくう角度になってくるので、意識して深くいれるようにします。うまく根がきれてくると、だんだん幹が揺れてくるはずです。このとき、幹を引っ張らないこと。スコップで根ごとすくい上げるように掘り起こしていきます。できれば根にたっぷり土が残ることが理想ですが、根の状態によっては土が落ちてしまうかもしれません。

根気よく根を回りながら掘り上げていくと、根が浮き上がってくるので、そっと上に持ち上げると木が抜けます。幹が手のひらで握れる細さでも、高さがあり、土があると、ずっしり重い。根本を持ち、いったん近くにあげてから、空いた穴を周囲の土や葉で埋めておくことを忘れずに。

さて抜けた木は、土と合わせて、たぶん20キロ近い重さがあるので、スコップとノコはその場に残し、根本近くを持って寝せた状態で下におろしていきます。その際、根を前にし、枝が後ろになるようにしないと、周囲の木に引っかかって枝が折れるので注意して。

■枝を落とし、植え込む

移植予定地まで来たら、高さを測っておきましょう。このコナラは、予想を超えて6.5メートルありました。しかし、根をかなり切ってしまったので、枝をすべて残しても養分や水分を供給しきれないでしょう。この木の場合は、幹にかなり脇芽が出ていたので、脇目の成長を促すことにして、上の細い枝の部分は切り落としてしまうことにしました。この剪定（枝を切ること）が吉と出るか凶と出るかは、新緑の季節を待たないとわかりません。

掘っておいた穴にたて、向きを調節したら、林のヘリからとってきた軟らかな土をかけて埋めていきます。しっかり踏み固めて木がぐらつかないようにしながら、本来の地面の位置より少しあがるぐらいまで土をいれます。雨が降って表土の流出するのを防ぐためにそば殻をまいて植え込みは完成。たっぷりを水をやっておきます。この木はやや植え込みが浅かったので、念のため、風で倒れないように、支えをつけておきました。

■3年たたないと、成果はわからない

去年のいまごろ移植した雑木は、無事に根が付いて5月ごろ新緑を迎えました。でも葉の量は少なく、紅葉して散るのも林の木より1か月以上早かった。やはり根が、おそらく半分以下にきられてしまい、環境が変わったので、根の力が弱って葉を維持できなかったのでしょう。根とはのバランスというのは本では読んで知っていたのですが、実際、1年たってみて始めてそのことが実感できました。

でも去年の移植組の多くはほぼ根が付いて、今年は幹から新しい脇芽も出て、準備完了しています。アカシデもリョウブもヤマザクラも、今年はたくさん葉を出してくれるでしょう。そして今年伸びた新しい枝に、本当にしっかりした葉がつくのは、来年になるのだと思います。木の移植は3年立たないとわからないと隣に住む先達に言われましたが、たしかにその通り。

今年は枝を落としたりしているし、移植の時にいれている土や肥料もいいので、去年よりはうまくついてくれるのではないかと期待していますが、自然相手の仕事はわかりません。

そして、植えた木が本当に根付き、その木本来の太さ、羽振り枝振りになるのは、少なくとも5年かかるでしょう。10年たつと、今のようすは思い出せないぐらいのスケールになっているはずです。木登りができるぐらいの木になっているでしょう。今は木登りが大好きな娘は、10年後、18歳になっても、木登りをしてくれるかな。僕はまだのぼれるでしょうか。

■自然を相手にするということ

今回、10日ほどの滞在中、半日×2回ほどの時間を使って、6メートルクラスの雑木の移植を3本、買った苗木の植え込みを5本、しました。コナラ、リョウブ、ヤマボウシ、ライラック、アンズ、ミモザ。根が付くか、葉が出るか、育つか、花が咲くか、実がなるか……。今日の日が、この先何年もの間の楽しみを提供してくれます。

もちろんうまく育つものばかりではありません。去年植えたミズキの苗木は、湿地に沈没して枯れてしまいました。枯らしてしまった花は数知れず、種にいたっては、育ったほうがわずかです。

こうしたいと思ってはいるけれど、思ったようにいかない。土質を問わず、どんな荒れ地でも育つと言われて買ったブルーベリーも、一時は枯れかけていました。その一方で、今年は2年目になるチューリップの球根から早くも芽が出て、早春の日差しの中、ちょっと恥ずかしそうです。

自然を相手にしていると、僕たちは「思うようにいかない世界に住んでいるんだ」と言うことがわかってくる。

きれいにパックされた野菜ばかり食べていると、野菜は清潔な工場のベルトコンベアにのって出てくるような気がするけれど（実際そういう野菜もあるけど）、そうじゃないことがわかります。そういう観点からみると、最近の有機野菜のすばらしい品質に、農家の人たちの努力と苦労がしみじみと伝わったりするのだけれど。

■自然時間をどうやってビジネスに持ち込むか

さて、唐突にビジネスの話。といっても決してこじつけではありません。

先日、ある企業の環境対策の取材をしていたときのこと。地下水の浄化をするプロジェクトで、地下の水に予定外の流れができて、ちょっとした事故が起きてしまったそうです。その結果、その浄化プロジェクトはいったん中断するのですが、その中断の間も地下水のデータをとり続けていたら、さらに予想外のデータが出てきて、驚いたという話を聞きました。この話で重要なことは、たまたま事故があったことによって1年のブランクができ、そのブランクによって新たな知見が発見され、浄化の方法についていろいろなことがわかってきた、という点です。

以前から、僕は、科学技術の進歩を止めるのではなく、スピードを落とそうと主張してきました。このことは、実際の技術の適用で行くと、新しい浄化技術を使うときには、テスト的に実行し、その後、評価の期間を十分にとる。この企業の場合は3か月程度の期間はとっていたとのことですが、自然を相手にするときには、それでは足りない、ということがわかったわけです。偶然1年ブランクができたころから、発見されることがたくさんある。

では、1年ならいいのか、3年ならいいのか。逆に、自然相手ではなく、工場内で使う技術なら、ブランクは要らないのか？

またまた話は飛びますが、六兼屋で東芝製の掃除機を使っています。この掃除機のできがよくない。コードに癖がつきやすく、あちこちにやたらにからむし、ホースが吸い込む負圧に耐えきれずに短く縮んでしまい、腕の動きですぐに掃除機本体がひっくり返ってしまう。

こういうのをみると、開発したひとはこの掃除機をちゃんと自分の家で毎日使っているのだろうかと思ってしまいます。図面の上で、あるいは工場内の、温度湿度が管理された部屋でほんの30分使っただけではわからないことが、毎日使い続けるとわかってくる。そしてそのわかってくることについて、つくった人は気がつかないまま、次の製品、その次の製品と作り続けてしまう。それが今のビジネスではないか？

人々の生活から自然と向き合う時間が減ったことの弊害は、ビジネスの細部に現れているのではないか。そしてその細部こそ、今問われているのではないか。差異化する部分の発見という側面もあるし、企業の環境対応という側面もまた、この細部が重要な役割を果たしそうです。

開発の速度は上げつつ、適用の速度は落とす。もしかしたら、そんな技術マネジメントが、今の人類には求められているのかもしれない。木の姿を見つつ、そんなことを考えているわけではないのですが、僕にとってはつながっている話だったのでした。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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