054 南アフリカでもらったエネルギー

今回のコミトンは南アフリカ滞在記の後編なので、今回からコミトンを購読された方はバックナンバーで前回の記事を読まれると話がよりわかりやすくなると思います。

さて、前回、この国について、行く前はネガティブなイメージを持っていたのが行ってみてポジティブに変わったと書きましたが、同時にずいぶんエネルギーをもらって帰ってきた感じがしています。なぜエネルギーをもらうことが出来たのか、これは日本や日本人の今後を考えることにも関わってくる、という気がするので南アフリカ後編はこのことについて書いてみます。

■音楽がまさに「音楽」になるアフリカ人

南アフリカの特に黒人と接していてまずエネルギーをもらったのは音楽を通してでした。それがおもしろいのは演奏会場だけでも、プロの音楽だけでもないということです。むしろ彼らの生活の中に欠かせないものになっている。またその表れ方を日本人と対比してみるとおもしろい。

たとえば職業訓練を行っているNGOを訪れたとき、ミシン(日本製)の台を叩きながら一人の女性が歌い始めました（アカペラです）。これに他の人も合わせて歌い始め、合唱になってしまいます。「あれ～、勉強中だか仕事中だかに歌なんか歌っていていいの～？」と思って我々と話していた先生を見ると、彼女は貫禄のある体で踊っています。「South Africaでは昔からこうなのよ」

ここにも歌や踊りが出てくるのか、とびっくりしたのは礼拝です。バンボのお父さんはパートタイム(?)の牧師で、日曜日の朝になると礼拝（アフリカン教会式）をとり行います。場所は自宅の狭いガレージ。近所の人を合わせて10人くらい。最初は普通の説教なのですが、途中から太鼓と鐘を伴奏にみんなが歌い始めます。荘厳に歌うというよりは、ある時はうめきながら絞り出すようだったり、ある時は力いっぱいだったり、またある時は体でリズムを取りながらにこにこ楽しそうだったり、延々2時間続きました。また太鼓の役、鐘の役、歌のリード役といるので、礼拝というよりはコンサートか劇を見ているようです。もちろんそこにいるみんながプレイヤー。ここまで本格的？ではなかったですが他のところで人が集まって「では昼食の前にお祈りをしましょう」となった時もやっぱりパワフルな歌でした。

どうもこの国の人、特に黒人たちは、音楽と踊りを重要な表現ツールとしていて、それが実に豊かな表情を持っている。これを一番強く感じたのはウモジャ（UMOJA－togetherness－わたしたちは一つだ)というミュージカルを観に行った時です。このミュージカルは、南アフリカの黒人たちの歴史をいろいろな部族や地域にスポットを当てながらその言語と歌と踊りで表現していきます。非常にパワフルで、同時に庶民的（美形の人ばかりでなく南アフリカでよく見る（日本人の基準で言えば）太った人とか出てきます）。ロンドンでも公演を行っており、かなり評判はよいものの、あまり打楽器とダンスの足踏みが大きな音を出すので近所からクレームが出て休止しているとか。でも観客として来ている分には非常に楽しく、白人黒人半々くらいに見えた観客席は最後、スタンディング・オベーションになっていました(ウモジャのサイト：雰囲気が伝わると思うのでぜひ見てみてください）。

■彼らのパワーとコラボレーションするとしたら

さて、このミュージカルを前にしてそのパワーにちょっと圧倒されながら僕が考えていたのは、「日本人はどうなんだろう？」ということでした。音楽に限らずこのダイナミックでパワフルな力にはすばらしいものを感じるし、あこがれる面もあります。でも、僕も含めて多くの日本人がこのパワーの中に放り込まれたら、あぜんとして固まってしまう、というのが普通でしょう。でも、彼らとコラボレーションをすることはやってみたい。じゃあ一生懸命ついていく？　彼らのやり方をマスターする？　なんかビジネスの世界で「グローバル・スタンダード」についていこうとしている日本人の姿と重なるものがあります。

確かにいっしょに何かをやれるためには話が通じないとどうしようもない（それこそ話にならない(^_^)）ので、そういうものは必要でしょう。でも、ただ追いかけていくだけじゃつまらないし、子供の頃からそうやって自分を表現している連中をうならせるものはなかなか出せないように思います。コラボレーションにコラボレーションとして意味を持たせるためにも、彼らが持っていなくて自分が持っているものを持ち寄りたい。もっと自分の中にずっと育ててきたもの使いたい。でもそれって何だろう？　音楽なら僕はこどもの頃からピアノをやってきたので、ピアノをやるか？

..ということでもないですね。ピアノでもいいのだけど、それは道具の一つであって、もっと底の方にあるものを自分のものとして出したい。たとえばアフリカのダイナミックさと対極を行くようなスタティックさ（静的）はどうか。静的なものには静的なものの魅力があります。また矛盾するように見えるものを併せ持てるという特徴はどうか。静的でありながら、いつのまにか全然違うものに変わってしまえる変化（へんげ）は？　あるいは何も変化していないように見えながら、ダイナミックなものの変化に全て調和できているというのは？　一見、単調なように見えても中ではふくよかな構造を持っているとしたら？　日本の文化さらには日本人の生活や行動の仕方の中にはこのような面があります。それを持ち寄ったらいいんじゃないか。

もちろん、ただそれだけ持っていったら相手は混乱する恐れがあります。典型的日本人とビジネスや交渉をして非常にいらつく欧米人のように。自分自身をよく理解し、相手との違いを押さえた上で持っていくことが出来たら、もらったパワーを違ったパワーに変えてかえせるんじゃないか、そしていっしょにさらに大きなパワーを作り出せるんじゃないか。

前に少し書きましたが、実は今回の旅行に出る少し前から、自身についてもっと知る必要性について考え始め、日本の伝統を、自分の好きな音楽の面からさわり始めていました。具体的には1月から笙（しょう）という雅楽の楽器を習い始めています。そこで上のようなことに思い至ったのでますます興味が増してきました。日本の伝統そのものに自分が携わるのかどうかはわかりませんが、こういうものから自分の本性が見えてくるのではないかと。3月10日からの行き先である「何もないけれども豊かな島」カオハガン島にも笙を持っていって練習するつもりでいます。

■彼らは楽しそうにしている

もう一つ、この国からエネルギーをもらった気がするのは、楽しそうにしている人に多く会ったからでした。まずソウェトの初日、バンボたちに連れられて夜、店を巡っている時。若者が集まる店でも、もっと年代が上の人たちが集まる店でも「楽しんでいる」「生き生きしている」感じがした。昼間の仕事の疲れを癒しているわけでもない、日ごろのうさをはらしているわけでもない、ただそこに集まって飲んだり食べたり話したりすることを楽しんでいる。この時はラッキーなことに僕らも同じでした。バンボとツァッポがやっていること、考えていることについて聞くのがおもしろかったし、僕らが日本でやっていたことについて話す時のバンボとツァッポの反応がとても切れがよかったので、こちらが話すのもおもしろかった。

翌日、ソウェトの子供たち向けに開かれているバイオリン教室を見に行った時もそうでした。このバイオリン教室は音楽家の夫婦がボランティアで開いていて受講料は無料、「興味のある子は誰でもおいで」と開かれています。楽器は日本のピースボートが寄付し、場所は市民ホールを使っていました。普通なら楽器もレッスンも高いので黒人の子が手が届くところではありません。それを、こういうものにも触れられたらいいよなあ、と考えたそうです。

彼らは訪れた僕らのために先生の指揮の元、合奏も聴かせてくれたのですが、僕が特におもしろいと思ったのは、それ以外の時間にこどもたちが各自勝手にぽろぽろ弾いていた時の様子でした。練習している子もいれば、バイオリンそっちのけで真中で踊っている子もいるんですが、どこかで誰かが少し気合を入れて弾き始めると、そこから「セッション」が始まるのです。まず近くにいた子が反応して合わせる、すると少し離れていた子も集まってきて合わせる、その周りに輪ができる、という感じです。そしてとても楽しそう。

■問題山積みでもパワーにあふれている

しかし、南アフリカにはそんなパワーとか楽しさがある半面、前回書いたように問題が山積みです。犯罪は世界で一二を争うレベル、貧困や貧富の差は前回書いた通りで国際会議が多数行われるケープタウンと空港を結ぶ道沿いでさえ今にも崩れそうなバラックが並んでいる、AIDSは世界で最も多くの感染者を抱えており成人（15～49才）の5人に1人がHIV/AIDS感染者という状態。しかし、これらの問題に取り組んでいる人々の表情が打ちひしがれているかというと、そんなことはない。

たとえばAIDS。国の存亡に関わるレベルになっているこの問題に対して南アフリカでは、より安い「コピー薬」使用を促進するための法律を作るなど行ってきましたが、まだまだやらなければならないことは多いと人々は感じています。するとそう思っているだけでなく、AIDS対策予算増やアクションのスピードアップを求めて運動をするとともに、啓蒙（たとえば感染者が「HIV陽性」と書かれたTシャツを堂々と着て歩くなど）活動を市民レベルでも行っています。

ちょうど僕らがケープタウンに行った時は予算案が出るタイミングだったので国会近くで彼らの集会が行われ、シティホールから国会前までのデモ行進が行われていました。そしてここにいるのは特別の人たちではなく、学生や主婦を含む普通の人たちがバスに乗ってやってきて、例によって踊りや歌を入れながら運動を行っているのです。そして、その表情や姿は力にあふれています。

年配者が集まってコミュニティの将来について考えているという集まりに顔を出した時もびっくりしました。そういう集まりに来ている人だから、ということも言えますが、それにしても表情が生き生きしている。僕らが自己紹介をしている時にも興味を持ってぶんぶんうなづきながら聞き（やさしいおばあちゃんが内容はわかってもわからなくてもうなづいているというのとは違う雰囲気）、帰る道すがらも並んで道を歩きながら（幅がある人が3人並ぶと迫力）車で行く僕らに楽しそうに手を振ってくれました。

表情の話をさらに続けると、NGOのスタッフも（中には長い会議の後で疲れていた人もいましたが）生き生きしていました。上に、踊りだした職業訓練NGOの先生の話を書きましたが、彼女は本当に熱心に彼女がどんなことを教えているのか、それで生徒が何をできるようになるのかを説明してくれました。案内してくれたスタッフも非常に熱意を込めて何をやろうとしているのかを語っていました。もちろん、彼らからすれば、僕らに説明すると寄付がどこかから出るのかもしれないといった期待はあるのでしょうが、それにしても生き生きとしているのが印象的。カネだけの話ではそうはならないと思うのです。

ビジネス界でも生き生きとやっている人に会いました。文字も読めない、人に命令されたことしかない人たちが自らビジネスをやっていくためには、彼らの言葉のレベルまでビジネスをかみくだいて説明すること、しかし決定は彼らに行わせ、たとえ間違ったとしてもそこからレッスンを学ぶように持っていくことが重要だと、南ア黒人初のワイナリーのスポークスマンは、物静かに、しかし力強く語っていました。実は彼自身、数年前までは学校の先生でビジネスもワインも素人だったので、パートタイムでワインやマーケティングを学びながらやってきたと言っていたのですが、ビジネスやマネジメントについての洞察の深さを見ると、それが信じられないくらいでした。

たとえばそのワイナリー（New Beginnings)はこれまで、広告宣伝に金を使わず「南アフリカ黒人初のワイナリー」という話題性を使うことでウォール・ストリート・ジャーナル（1面に載った）をはじめとする大メディアの取材を得て露出をしてきています。しかし、そのままでは本当のワイナリーとして評価されないということも彼は承知しており、ワインそのもので勝負する品質へのこだわりを求めています。また彼の展望の中にはNew Beginningsの農民のみならず近郊の農民にもそれを広げていく仕掛けも入っていました。

■日本は生き生きとしているか？

さて、僕らが会った南ア人がとても生き生きとしているという話をしてきました。もちろん全ての南ア人がそういうわけではないでしょうが、それにしても問題山積みのはずのところでこれだけパワフルな人に会えた。ではひるがえって日本を見ると、どうか。もっとずっと恵まれた状況にあるはずなのに、何か元気（人によっては生気とまで言う）がないし、楽しそうでない。どうしてなんでしょうか。どうやったら日本はもっと楽しくなるのでしょう？　この点については、まだ旅は始まったばかりなのでじっくり考えていきたいと思っていますが、こんなことじゃないかなあと思っていることはあります。

この間、ある人と話していたら「おいしものを食べたり、旅行に行ったり、おしゃれをするのは楽しいけれども、それだけじゃだめなんだよね、もう一方で自分がやっていることが世の中とか人のためになっているという感覚が欲しい」とその人が言い出しました。生きていくだけでかつかつの頃はそんなことは考えないのでしょうが、モノが手に入りやすくなった日本は「モノ」だけでは元気になれない段階に来ているのではないでしょうか。社会的欲求や自己実現の欲求が満たされないとハッピーになれない。

ところが何かの役に立つという実感が日本の中では持ちにくい。いろいろなものがすでにありすぎるのです。ビジネスにしても100点満点を越えて110点とか115点とかのところでレースをしているけれども、審査員である顧客はもう判定できなくなっていたりする。

では、そこで使っている力の十分の一でも、南アフリカのAIDSをこれ以上増やさないことや、エチオピアの不毛の地で自給型の農業が成立するように研究と導入を行うことに振り向けたらどうなんだろう？　ものすごく役に立ちますよね。

だからといって「みんな今すぐ南アフリカやエチオピアにボランティアに行こう」と行っているわけではありません。日本とは大幅に違う現地の状況を知らずに善意だけで出かけていっても足手まといや、どうかすると逆効果になってしまうのはコミトン037でアフガニスタンについて書いた通りです。したがって、

自分（日本）の強みを押さえる
世界の状況、特に自分の強みで満たせるニーズを押さえる

ことが必要です。つまり、世界（いわゆる第三世界も含めて）を視野に入れた上で、自分の強みで解決や前進に貢献できそうなテーマに取り組む、そのために世界を知り、自分を知り、日本や自分の持つ先進性を使い、自分をパワーアップすることが、日本や日本人がもっと生き生きとしたり、国際社会で評価されることにつながるのではないかな、と。

もちろん、個人レベルで見れば第三世界で経験を積んでもいざ日本に戻ってくると評価されないことも多いとか、マクロで見ても日本の持つ強みを生かすには足りないことがいろいろあるといった課題はあります。いまさら水道や電気もろくにない不便な世界、怖い病気がはびこっている世界で生活するのはとてもがまんできない、という話もあるでしょう。でもきっとさがしていけば、おおげさに構えなくとも、自分が今持っているものを使って外の世界に関わる、そしてお互いに今よりハッピーになるという形があるという気がしています。それがどんな形になるのか考えながら旅を続けていきたいと思っています。

　*ここには書ききれなかったことや、この内容に関するやりとりを[com2]MLでしていきたいと思っています。興味のある方はぜひMLに登録を。ただし3月10日から3月31日までは「何もない島」カオハガン島なのでネットにつながらない可能性大なのですが、その後にカオハガン島やその先の話も含めて書いていくつもりです。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net