デュアルライフ(7) お買いもの

今週は六兼屋で10日ほど過ごしました。今日は3月31日、日曜日。あしたは東京に戻ります。今回のデュアルライフは、何をテーマにしようかとずいぶん考えていたのですが、これといったまとまったテーマにすることができなかったので、雑文的にまとめていこうと思います。

■お買いもの♪

今回、スタジオの設備を少しアップグレードしました。

まず、仕事の時に座っているバランスチェアを買い換え。六兼屋をつくったときに買ったものが大きめで、身体の小さな僕には膝が遠くて、膝当ての上にクッションを置くという形だったので、買い換えました。もともと六兼屋をスタートさせるためのイニシャルコストを落とすために安いものを買っていたので、これは織り込み済み。

バランスチェアは、ご存じの通り前傾した座面と、膝当てのある椅子で、背筋が伸びる椅子です。PCワークにはこれに勝るチェアはありません。長時間PC作業のある人には絶対お勧め。少々高いですが、価値は十分あります。

次に、PCのモニターを液晶17インチのものに買い換え。CRTの19インチモニターは奥行きがあるため、どうしても目から近い距離に画面があります。発行も明るいので、目も疲れる、ということで液晶モニターがほしかったのですが、左右の解像度が1280ピクセル（SXGA）表示のできるものがだいぶ安くなってきたので、思い切って買い換えました。使っていた19インチモニターは、web制作を外注している近くのクリエイターが買い取ってくれました。

ついでに、モニターアームを購入。オカムラ製。これでモニターが自由に動かせるので、モニターをTV代わりにも使っているここでは、リビングからも画面が見れるようになって、とても便利になりました。

と、このようなお買いもの、ぜんぶインターネットで買っています。webで検索して、商品を選び、メールや電話で在庫を確認してサイトから発注。カード決済なので支払に行く手間もありません。

以前は通販というと1週間はまたされましたが、今は在庫があれば、早ければ翌日、遅くとも翌々日には着きます。農村でも時間指定がほぼできて、宅配便やさんに朝起こされることも。でも眠い目で2階からのぞくと、「玄関の前に置いていきます！」と親切をしてくれるのも、田舎のいいところです。

1週間いるときなら、来てすぐに発注すれば、その回のうちに受け取って使い勝手を確かめることができるし、商品選びもwebでじっくり検索していけば、ほぼ全商品をあたって選ぶことができるし、値段も、安いところを選べる。ショップの信頼感もどこでも問題がなくなってきたので、あまり気にせず頼んでいます。知らないショップの場合は、在庫確認をかねて一度電話を入れておく。このときの対応で、ネット通販の本気度がわかるので、あやしそうなところは避けますが、これまでのところ、避けたいところはありませんでした。

液晶モニターの表示品質だけは、目で確認しないと始まらないので、東京にいるときに量販店の展示品をじっくり見て見当をつけてきました。これだけはスペックだけではわからないので、現物を見る必要があります。二重生活のいいところですが、車で15分ほどいって隣町に行けば、電気の量販店があり、ここでならたぶん現物を見ることができるので、地方の事情もとてもよくなりました。

ネット通販は、田舎ライフにとっては強力なインフラになります。僕のような移住組だけでなく、地元の人も通販はかなり使っているようで、家を建ててもらった建築会社の奥さんは、沖縄から健康茶を取り寄せていたり、別のおかあさんは小さな子どものために、良質なえほんを毎月送ってくれる通販を利用しています。東京の書店でも見かけないような、とてもおもしろい絵本がたくさんあるので驚きました。

こういう通販の状況を見ると、日本は本当にいい国だなあと思うし(^_^)、基本的なビジネスがしっかりできている良さを実感します。

これらを支えているのは、前にも書きましたが、クロネコヤマトを初めとする運輸ビジネスの質の高さでしょうね。今日、次の本の校正刷りをクロネコさんに渡しました。集荷に来たのは日曜だというのに7時過ぎていましたが（依頼の電話をしたのは午前中）、明日の昼までには出版社に着き、編集の山下さんはさっそく印刷に回してくれることと思います。

こういうサービスに支えられてのデュアルライフです。

■さらにお買いもの♪♪

通販のあとは、日常の買いものについて。

六軒屋に来る人がたいてい聞くことに、「買いものはどうしているの？」というのがあります。日常の食料品と衣料品は、車で5分ほどのショッピングセンターでこと足ります。中央高速の長坂IC前にあるきららシティは、いわゆる郊外型のワンストップ・ショッピングセンターで、甲府資本のスーパーマーケット、オギノを核テナントとして、衣料、文具、医薬、本、CD、靴などひとそろえそろっています。

ここができたのは六兼屋ができる前年で、それまではコンビニの倍ほどの規模の小さなスーパーが、東京でいう区ぐらいの広さのところにひとつ、それにセブンイレブンやローソンが数件という状況でした。もちろん歩ける距離に店がある家は、ごくごくわずか、クルマなしには、通常、買いものは不可能だというのは今も、以前も変わりません。

こういう買いもの環境にいると、ある種、あきらめができるというか、あるもので満足する、ということを覚えてきます。何しろ選択の余地がない。

しかし、実際のところ、必要以上の機能は果たしてくれていて、食品に関しては東京のスーパーマーケットとほぼ変わらない品揃えと価格で何でもそろいます。服についてはさすがにおとなの服はプアですが、基礎衣料、下着やダンガリーシャツ、暖かい衣料などは、値段も安く、このあたりで生活するには十分です。品物の回転も速いので、半月たっていくと、新しい服がけっこう見つかります。

驚かされるのは子供服で、普段着には十分かわいい服が圧倒的に安い。1000円札でおつりの来る服がいくらでもあるので、娘の服の「きらら比率」は確実に高くなっています。数日前はネルのパジャマ（子供用）が100円！で売っていて、生地代としてでもペイしないだろうなと思うものの、品質は実用上十分という感じで、この国のデフレは本物だと実感したりして。

結局、10日間こちらにいれば、最低でも1回、まあ普通は2回は出かけるという感じになります。

■東京でお買いもの♪♪♪

こういう中でしばらく生活して、東京に戻ると、たとえばセンター街をいきなり歩いたりすると、本当にくらくらします。ただ、何に驚くのかというと、ものが豊富にあることに対して、と言うよりは、街のありとあらゆることが「ものを買って！」と主張し続けていることについて、です。

売っているものはたしかに豊富ですが、でもきららシティのほうが似たようなものをより安く手に入れることができそうな気がすることが多い。それと裏腹に、圧倒的な広告と販促装置の量にこそ、東京という都市のエネルギーが注がれていることに気づくのです。広告の種類、スケール、量の圧倒的な多さ。センター街を歩くだけで、チラシをもらい、ティッシュをもらい、クーポン券を手渡されるそのプルのパワー。欲望を刺激され、欲望によって自分にエネルギーが注入されるのを感じます。

六兼屋から東京に帰ると、活気が違うと感じていましたが、その活気の中身は、東京にしかないものがたくさんある、東京でしかできない商売がたくさんある、というようなことではなく、街のあちこちに仕掛けられた「購買の刺激を与える装置」が、実は東京の活気そのものだったのではないか、ということに気づくのです。

逆に言えば、単に売っているもの、手に入るものという点で考えると、実は東京と農村には、もはや違いはなく、違うのは街中が「買え、もっと買え」と自分に語りかけてくるような、その声の量、大きさこそが違っていて、その声に浮かされるように、ものを買っていくのが東京だという気がします。

とはいえ、東京と農村の違いをこの程度にしか感じないのは、僕がもうすでに若くなく、細部の違いをうまく認識できないことから来ているのかもしれません。僕が中学生や高校生なら、きららシティで売っている服とセンター街で売っている服の違いは、人生を変えるほどの違いと感じられるのかもしれないのです。

■1970年代、清里

僕が最初に旅行で八ヶ岳に来たのは、1973年でした。清里の駅近辺に野菜や肉を売っている店は1軒ほどで、カレーを作る野菜をそろえるのに苦労したことを覚えています。今は清里駅から10分も歩けば、セブンイレブンも食品スーパーもあるので、何でもそろいます。

30年の年月で物流は大きく発展し、都市と農村の「ものの格差」は、実際のところごくわずかになったのだと思います。たしかに都市での買えるものと農村での買えるものは、同じではありませんが、その主たる違いはモノそのものではなく、欲望を刺激する装置の問題になってきている。その装置の違いを、「東京はやっぱりすごい」と今の農村の中学生や高校生がいうなら、たしかにその通りかもしれませんが、実際のところ、農村の中高生も、東京にそれほどのパワーや刺激を感じないのが現実かもしれません。

このことから思うのは、はたして東京でビジネスをする、特にコンシューマー向けのビジネスをする意味というのは、なんなのか？という点です。たとえばCDのメガストアは軒並み苦戦が伝えられます。若者がCDを買わなくなった、携帯にお小遣いを取られている、というように指摘されますが、はたしてそうなのか。

地方から東京にやってくる若者たちが、東京の何に魅力を感じるのかを考えると、もしかしたら東京のマーケティングパワーにこそ魅力を感じているのかもしれない、という可能性が見えてきます。広告（マーケティング）こそ東京の魅力なら、広告はただでみれるものであり、それを楽しみには来るけれど、もの自体は買わない、ということは納得性があります。

モノへの欲望を刺激しようとしてマーケティングパワーを東京に集中させるものの、結局、受け手の方は、そのマーケティングパワーだけを受け取って、満足してしまう。大量消費を押さえていくという意味では、これはもしかしたらいい方向なのかもしれませんが、ビジネスとしては重大な問題、といえるかもしれません。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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