057カオハガン－何もなくて豊かな島

▲ロッジの部屋から見たサンセット

セブの空港に降り、内容はどうということはないのにのんびりなので時間がかかる入国審査を経て出ると、外はもうすっかり夜。空気が少しもわっとしていて少し南国っぽい。迎えの人は簡単に見つかり、カオハガン島に行くのは僕ら二人以外は一人だけ。後ろを開け放ったミニバスや屋台付？のバイクを追い越しながら暗い道をしばらく走るとこれまた暗い船着場に到着。チノパンのすそをまくりあげサンダルにはきかえて船（ボート）に乗りこむ。スクリューを回せるところまで人が竿で押し出した後、エンジンがかかり船が動き出す。「おー、さすが星がたくさん見える」としばらく空を見上げていたら流れ星。だいぶ気分が切り替わってきた。「何もないけれども豊か」だという島での滞在に向けて。

■何もなくて豊かな島に到着

2月のアフリカに続いて3月は10日から31日までフィリピンのカオハガン島に行ってきました。カオハガン島はセブ島からボートで約30分。面積は約15,000坪、人口約400人。この島のオーナーである崎山克彦さんが書いた本「世界で一番住みたい島」「何もなくて豊かな島」を読んで興味を持ち、崎山さんに連絡を取った上で行ってみることにしたのでした。

おだやかな海を船は順調に進んでまもなくカオハガンに到着。島にある宿泊施設は崎山さんの下に運営されるCaohagan Island Club。崎山さんの本を読んで興味を持ち訪れる人がほとんどです。崎山さんやスタッフに迎えられ、すぐ遅めの夕食となりました。フィリピンの家庭料理で魚介類や鶏は島のもの、日本人の口に合う味です。大皿から自分の皿に欲しいだけ取る方式は残飯を減らすにもよさそう。崎山さんや日本人マネジャーとゲスト全員が三食を母屋のテーブルを囲んで食べます。

食事が終わるとマネジャーからいくつかの注意事項について説明。島には水道はなく雨水をタンクにためて使っているのですが、特に雨が少ない時期なので節水が必要だとのこと。シャワー（お湯ではありません）は一日一回、それも大事に使ってくださいと言われます。もう一つの注意は島民からもの（おみやげ、魚介類など）を買う時のこと。貨幣価値が日本と全然違うこと（ものにより違いますが日本の十分の一前後）、観光客と地元の人ではしばしば二重価格になっていることから、不用意に島民からものを買うと、特にそれを続けたりすると彼らの欲を無用に刺激してしまうおそれがあるとのこと。この時は「そうかあ」とただうなづいて聞いていた僕らでしたが、後でまた考えさせられることになります。

食事が終わるともう22時過ぎ。母屋で電気がついているのも発電機が回っている 23時までなので部屋に向かいます。母屋はどっしりしたつくりになっていますが、僕らの部屋は100ｍほど離れたところにある現地スタイルのロッジ。懐中電灯をかざしながら木々の間をぬっていきます。見上げると星がさらに増えています。

ロッジは高床式で材木の構造に竹の床（間から下の地面が見える）、壁は竹を薄く切って編んだもの、屋根はヤシの葉でふいてあります。部屋にはベッドと小さなテーブルだけ、トイレと洗面所は４０ｍほど歩いたところにロッジ共同のものがあります。部屋にはもちろん電気はなく、夜は小さなランプの明かりのみ。本を読むのもちょっと難しいでしょう。外は風が吹いていて（部屋の中もスース－抜けていく）ちょっと寒かったので水のシャワーを浴びる勇気はなく、懐中電灯でバッグの中を照らしながら寝巻を出してすぐ眠ることにしたのでした。すぐそこは海岸のようで波の音がちゃぷちゃぷしていました。

翌朝、たてつづけに鳴く鶏の声に目を覚まされます。時計を見るとまだ５時前。毛布をかけていてもちょっと寒かったからかトイレに行きたいのだけど、まだ眠くてあそこまで歩くのはいやだなあと、しばらくもぞもぞ。でも我慢できなくなって真っ暗な中を手探りで懐中電灯を探し、外に出るとまだ星が結構見えていました。部屋に戻ってまた眠り、再び起きたら6時半くらい。外に出て海の方を見ると潮はずっと沖までひいていて大人や子供が10人くらい、くるぶし上くらいの水の中に出ています。朝ご飯のおかずを取っているのです・・・。こうして僕らのカオハガン滞在が始まりました。

■何もない島での生活

カオハガン滞在でまず触れるべきはやはり「何もない」ことについてでしょう。僕にとって一番大きかったのは「電気がない」ということでした。上に書いたように全くないわけではないのですが、一部にせよ電気がない状態と言うのはやはりかなり違います。

まず部屋には電気がないので戻ったら寝るしかありません。夕食は6時半、おしゃべりをしながらだいたい1時間半かけて8時。さすがにこの時間に寝るのもなんなので、電気のある母屋のダイニングにいて、だいたい誰かとしゃべっていることになります。ここは二方向で外に開けたホールのような空間なので中と外両方の快適さを備えています。23時になると、ここもトイレも全て電気が切れててしまうのですが、よほど話が盛り上がった時でなければ22時くらいには眠くなってきてみんな部屋に戻り始めます。ロッジの近くは明かりがないので（治安がよいこともこの一つの要因でしょう）星がとてもよく見えます。

そして早く寝るので早く目がさめる。鶏がうるさいというのもありますが、眠いのに起こされてたまらんという感じではありません。僕にとってはこのサイクルは体にあっていたようで、朝はとても気分よく、そしてかなり腹ぺこで目を覚ましていました。島民も早起きで大人も子供も早くから外に出ており、掃き掃除をしていたり、朝ご飯のおかずを磯で集めたりしています。おかあさんが「早く起きなさい！」と布団を引っぺがしているというような光景はおそらくないでしょう。

ないといえばテレビもラジオも新聞もない生活でしたが、禁断症状はありませんでした。まあ元から僕はテレビも新聞もそれほど見ないんですが、ラジオに関しては日本にいれば常にFMをかけているかCDを聴いています。今回の旅行にもMDプレイヤーを持っていったんですが、ほとんど使いませんでした。本を読んでいる時やノートをつけている時、つまり日本にいれば必ず音楽などをかけている時でも不要、というよりは、ない方がいいと感じていました。その時に代わりに聞こえていたのは波の音や風の音・・・だけではなく、鶏の声や子供の騒ぐ声。それがむしろ「この方が生活感があっていいや」と感じられたのは予想外でしたね（朝の鶏の声はもう少し少ない方がいいと思うけど）。

特にこどもを連れてきた人が「ないのでありがたい」と言っていたのは車です。狭い島の中なので、もちろん車の必要も走れるところもありません。こどもがいくら駆け出そうがよそみをしようが、歩いていてもあそばせていても全然心配ないと言うのですね。アスファルトも全くないので歩いていて疲れないし、空気もきれい（となりのセブはかなり空気が悪いと言います）。関係あるかどうかわかりませんが、花粉症の人も全くなんともないと言っていました。

そして「こども」ということで思い出したのが、島の小さい子供はほとんどおもちゃを持っていない、ということです。ファミコンなど持っていないのはもちろんですが、アジスアベバ（エチオピア）のかなり貧しい家ですら壊れたボールくらいは持っていたのに、ここでは砂の上ででんぐり返しをしたり、追いかけっこをしたり、少し大きくなると木に登ったり海に飛び込む、女の子は花や草で遊ぶ、という感じです。これは貧富の差というより自然環境との近さによるものなのでしょうか。道具を使っているといえば、たこを作って揚げていたのと、自分たちのサンダルを使ってゲームをやっていたくらいでしょうか。しかしこれも含めて、何か「自然」な感じがしました(微妙なのはドラゴンボールのカードを使って遊んでいたものかな）。

最後に上げたいのは食べ物。別に特に何がないと感じたわけじゃないんですが、カオハガンか、せいぜいフィリピンでとれるものしか出てこない。特に魚はその日に獲れたものだけです。するといわゆる高級品的なおいしさではないのですが、鮮度とともに、バナナならバナナの味がちゃんとするのですね。

というように、ないことの不便さよりも、その代わりに得られる「自然さ」や「快適さ」を感じていることの方が多かったというのが僕の印象です。そして「自然」を意識しだすと「人工」の中に気になる部分が増えてきます。たとえば村に電気が入ったので、ステレオやカラオケをどこかから入手し、大音響でかけている人がいます。東京だったら近所から大クレームが出るところですが、島民同士はあまり言わないようです。また、かつては帆や手漕ぎがメインだったボートにも今はかなりエンジンが載っています。当然その方が楽だし短い時間で移動できるんですが、島でのんびりしている人間の身勝手な感想としては、結構うるさい(^_^)。そして「ない」というのとはちょっと違いますが、僕らが泊まっていたロッジのような従来の家は嵐に弱いので経済的に余裕が出来た人の中にはブロックを積んだ家を建てる人もいます。しかし美観的にも、そしておそらく通気性でも従来の家の方が断然よい。日本人も通ってきた道とはいえ（あるいはだからこそ）こういったところに、このまま進んでいいのだろうか、と感じたのでした。

一方「ない」ことをひしひしと感じたのは水でした。前述のように島は水の基本を雨水に頼っており乾季は特にしんどくなります。一日1回というシャワーも時には二日に1回になることもあるとか。滞在中、そこまではなかったのですが、シャワーを使う時はやはり気を使いました。貯水タンクを見せられたことも「有限のもの」と感じさせる効果があったのかも。しかしそれでも、生きていく上で不可欠な水や食べ物はちゃんとあり、清潔な部屋に滞在していた（タオルの交換は1週間に1回）ので総じて「ない」ことに苦痛を感じなかったのでしょう。便利ではないが自然にあることが快適な生活という感じでした。

さてそれとは別に、いわゆる文明の中にあるもののうち、これはあった方がよいんじゃないか、と感じたものもあります。しかしこれについては別の機会に触れたいと思います。

■何もない島の人との交流

南の島でリラックスして過ごせるというと代表例はリゾート。しかし人に関して言えば、リゾート内にいる現地の人はゲストの用事をする人だけです。一方、途上国で現地の人と交流したいと思うと、よほど慣れた人でないと、いろいろな危険に注意しながら、しかもかなり勇気を出して飛び込むというのが一般的でしょう。しかしカオハガンの場合はごく自然に交流ができる、というのが本に書いてあったところでした。

実際に行ってみると、まず身の危険をまったく気にしないでよいというのが大きなポイントでしょう。村の中をぷらぷら歩いていると最初は犬（もちろん放し飼い）に吠えられますがそれくらい。開放的な家々が並ぶ間を歩きながらその辺にいる人に「マーヨン　ブンタク！（おはよう）」「マーヨン・ハポン！（こんにちは）」と呼びかけると笑顔であいさつを返してくれます。ご飯を食べていたりするところをのぞきこんで「ウンサ　キニ？（これは何？」と聞くと、少しだけ知っている日本語とビサヤ語（この地域の言葉）を駆使して教えてくれて、食べてみろと分けてくれたりします。数人集まってだべっているところをのぞきこんだら呼び入れられていっしょに歌ったり踊ったりも。また子供がとても多く、遊んでくれそうな人だなと思うと彼らの方から寄って来て、仲間に入れて？くれます。はだしで駆け回る彼らの元気には日本の大学生もついていけないようでしたが。

ただ、こんなこともありました。いっしょに到着した学生が帰る前日、彼女がともだちになった島の若者三人（砂州でゲストやアイランド・ホッパーにおみやげを売っている）が、砂州でお別れ会をやるからおいでよと誘われて顔を出した時のことです。ギターを交互に弾いて歌ったり、村や自分たちの話をしたり（日本語をそこそこ使える）、シャコ（大きい！）を買ってあげて食べたりと楽しくやっていたのですが、飲んだビールの清算をめぐってお開きの時に一悶着になりました。「ワリカン、ワリカン」と言いながら一人が200ペソ（540円）出すことにしようというのです。僕ら二人が飲んだのが3本、学生の彼女は1本、後でわかったところではビールは島の売店で20ペソなので、合わせて600ペソはどう考えても(日本語の)ワリカンにはなりません。彼らの方は一人3本以上飲んでいます。

彼らの方が若いし(日本的な発想ですね）少しおごってあげるのは別にいいのですが、シャコを買っただけでも十分マージン取れているはず。これからの滞在も長いので「それはフェアじゃない。ホテルで20ペソ(後で確認したら30ペソだったのだが20ペソと僕は勘違いしていた）だから、飲んだ分×20ペソなら払う」と言いました。彼らはしばらく「アソビだから・・・」「ワリカン・・・」と言いつづけていましたが、最終的にはこの金額になりました。

この話を後でホテルのマネジャーにしたところ、「そうしていただいてよかったです」と言われましたが、一方で次のような話もしてくれました。彼らの側にはおそらく悪気はない。フィリピンでは金を持っている人が持っていない人に分けることが珍しくない。日本人は金を持っていると思っていて、その発想のままなのでしょう、と。しかしいずれにせよこのことは僕らの頭の中にずっと残っていました。他のところでなら200ペソだろうが500ペソだろうが「あー来た来た」くらいにしか思わなかったのでしょうが、「何もなくて豊かな島」という話と、そこのフレンドリーな人々に接した後では非常にひっかかったのです。こういうところから崩れていくのではないかと。

もう少し説明がいるかもしれません。上に観光客と地元の人では二重価格が多いと書きましたが、島にいる限りそれを感じられるのは一箇所だけです。島の中でゲストを含む観光客を相手に商売をできるのは砂州だけ。島の一部の人たちはここで貝細工のおみやげや海産物を売っています。そしてたとえばシャコ（繰り返しになりますがでかい！）はアイランド・ホッパー相手だと400ペソ（観光客価格－ホテルのゲストだと200ペソ）、地元の人は100ペソという感じの相場です。この100ペソという金額は島の人にとっては日本人にとっての1000円かそれ以上の価値があるでしょう。そういう中で特にアイランド・ホッパーは毎日入れかわりたちかわりやってきてお金を使っていきます。島の人にとってここで得られる収入はばかにならない。

一見うれしいことのようですが、いろいろ気になることがあります。売られているものも、自分で獲ったものより他から買ってきたものが多いのですが、それでかなり儲かり、そういう人がいろいろとものを買い始めると、まじめに魚を獲ったり、つつましやかに暮らしている人にも影響が出てくるでしょう。一方でこの商売はガイドがアイランド・ホッパーを連れてくるかどうかに依存しているので、ガイドの意向に左右されるし、セブへの観光客が減ればもろに影響を受けてしまいます。そしてゲストとして一番気になるのは、自分たちが人間ではなくお金にしか見られなくなってしまうのでは、ということです。結果として物質主義の世界と何も変わらなくなってしまって、住んでいる人にとっても来る人にとっても「何もなくて豊かな島」のよさが失われてしまうかもしれない。僕らの勝手な見方かもしれませんが。

そんなことを考えていると、そういえば最初に僕らに声をかけてきた島の人は上の三人の一人だったことを思い出しました。村をちょっと案内した後で彼は僕らを砂州に連れて行っておみやげを売り込もうとしていました（来たばかりなのに・・・）。

崎山さんも当然このあたりは考えていて、砂州でしかものを売れないというルールもその辺に配慮したものですし、過去10年間、繰り返し繰り返し「ものを持つことよりも豊かなことがあるんだ」と島民に話してきたことで、多くの人は理解してきていると言っていました。しかし、本当に難しい挑戦だろうと思います。

そしてまた、ものを売ること全てを否定するべきでもなく、「いい形」のビジネスならばやっていけばいい。「いい形」とは、

内容がカオハガンならではのものであること
顧客と良い関係でいられること
まじめにやるのがばかばかしくならないこと

といったところでしょうか。では自分だったら具体的にはどうするか？　そもそもそんなことができるのか？　あるいはする必要があるのか？　島にいる間、頭のどこかでずーっと考えていました。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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