057カオハガン－何もなくて豊かな島

▲小学校の先生がリーダーシップをとって、森が再生しつつある

コミトン57号に書いた「カオハガン－何もなくて豊かな島」はその後、メーリング・リストでも興味深いディスカッションになっています。小さい島でものごとがある程度完結しているので、本質的なことを具体的に考えやすいのでしょう。今回は、MLでのディスカッションと、僕自身が滞在中およびその後考えていることをふまえて、カオハガンの未来について考えてみたいと思います。

■カオハガンのビジョンと現状

まずはカオハガンの現状について考えてみます。崎山さんの持っているカオハガ
ンのビジョン（目標）は、

自然との共存により豊かな生活をつくる
モノよりも心の豊かさを求めていく
自給自足とカオハガンならではの産業により島の経済を成り立たせていく

ということだと思います。そしてその発展途上である現在、どういう状態にあるかというと、(1)と(2)についてはコミトン57号で触れましたが、少し補足しておきたいと思います。

■心が豊かな自然と共存する生活実現度

まずコミトン57号では島のオーナーである崎山さんのイニシアチブについて触れましたが、特に上記(1)についてリーダーシップを取っているのは崎山さんだけではありません。たとえば数年前に赴任してきた小学校の先生。カオハガン島には他の島に比べて木が多いのも、落ちているごみが少ないのも、彼の指揮の元、こどもたちが活動し、ついで親たちが真似をするようになったものです。また、意思決定は行政組織としての村（上位にはラプラプ市がある）で行われています。

一方で、意識して(1)、(2)のようにしているのではなかったり、その結果、気づかないうちに違う方向に流れている面も感じられます。たとえば嵐で壊れない家を作るために「自然」ではないブロック積みの家を建てていることなどもその一つかもしれません。そしてそもそも島の人たちが特に(2)についてどのように（＝賛成・反対）感じているのかは正直なところ捉えきれませんでした。これは一つに、僕の中にある「モノは豊かだが心は貧しい」というような状態を経験していない島の人が理解できるのだろうかという疑問はyesともnoとも分からなかったということがあります。

そしてもう一つには、耳にした、上の目標のために設定される取り決め（制約）を窮屈と感じている人が結構いるという意見も、大多数の人は心から賛成しているという意見のどちらも「そうだな」と思えるまでに至らなかったということです。一方わかったのは、上記に並行して、モノ基準での豊かさ（豊富というより生活の安定性）は他の島と比べてもはっきりよくなっており、これを多くの人が喜んでいるということです。

■自給自足とカオハガンならではの産業の実現度

そして(3)の経済について。まず、貨幣経済に乗っていない部分があることを触れておきましょう。これは自然にあるものをとる、自分でつくる、どこからかもらうの三つになります。

自然にあるものをとる、という点では、島の人の食事にはあまりバラエティがないこともあって、おかずは海で取れるものでまかなわれています。島で取れるものとして大きいのはヤシ。全く捨てるところがなく、飲食用、燃料、木工材料など、あらゆる用途に使えます。自分でつくる部分については、島では農業をやっていないので木工が中心になります。材料さえあれば家も自分でつくるし、家具や日常生活の道具、魚をとるための道具もある程度自分でつくっています。もらう、というのはたとえば衣食住の衣。崎山さんが代表をつとめるNGOを通じて日本から古着を送るというサポートがなされています。でもおそらく、特に若い女性はおしゃれを意識して、それ以外のものを着ているという感じがしました。

こうしてみると、自給できるものは自給するというという点では、かなりの率にあると思います。ただ、たとえばプロパンガスを使ってみたり、これまで自分でつくっていたであろう道具を買ってきていたりと、自給率はやや落ちる傾向にあるように思います。

一方で、金が必要なところもあります。たとえば島の人の主食は米やマイス（とうもろこしが原料）ですが、これらや野菜（欲しければ）は外から買ってくる必要があります。またボートやエンジンも同様ですし、電気を使うには金を払う必要があります。そして娯楽・嗜好品系。テレビは島に20台ほどあるそう。また男性のメジャーな娯楽である闘鶏（ギャンブル）はかなり金食い虫です。その他、コーラ、お菓子、ビール、タバコ・・・日本に比べればずっと安いですが、買えば金がかかることには変わりありません。

こういう支出をまかなう収入は主に下のものだと思います。

(a)砂州でのおみやげ・海産物販売
(b)獲った魚を売って得る収入（外で売るほど獲る人は少なそう）
(c)キルトづくり（島の女性でキルトをつくっている人は多い）
(d)島の宿泊施設での仕事（20名程度、ただし労働時間は大体短い）
(e)その他自分が作ったものを売って得る収入（パンを売るとか）
(f)売店（昔の日本の駄菓子屋/雑貨屋から商品を減らしたイメージ）
(g)セブ・マクタン島などでの出稼ぎ（対象者は少なそう）

若干説明すると、キルト作りとは吉川順子さんという日本人が島の人たちに教えたもの。買っているのは島に滞在する人や、吉川さん等がリードする日本でのキルト展に来る人たちで、従来のキルトのイメージからすると、のびのびほのぼのが際立つ作品と言われ、約1年待ちの受注算を抱えています。金額的には大きなものだと1、2万円になり、物価は日本の十分の一あるいはそれ以下であることや数万円で家が建てられてしまうことを考えるとこれは島の人にとっては大金です。

さて上記のうち、カオハガンならではと言えるのは(c)と(d)でしょう。ただし後で述べるようにこれが機能するには崎山さんの役割が不可欠となっているのが現状です。

一方、(a)は現状よい稼ぎを生み出していますが、コミトン57号で触れたように、かなり外部要因に左右されますし、競争優位性はあまりありません。(b)も同様です。そして(e)、(f)は滞在客相手をのぞけばお互いの間での話なのでたかが知れています。(g)は出稼ぎに行く人の能力にかかっているので（仕事を得るのは簡単ではありません）、カオハガンがいわゆる「優秀な」人材を輩出することができれば、それはカオハガン独自のものと言えますが、現時点ではそこまでに至っていません。また、のどかなカオハガンで育った人は都会の競争に適応できず、現状ではほとんど帰ってきてしまっているという説もあります。

そして、上で述べた崎山さんの役割というのは次のようなことです。島に滞在する人のほとんどは崎山さんの本を読んでカオハガンのことを知り、行ってみたいと感じてやってきます。この人たちが７室ある部屋に泊まり、宿泊料（6600円/人～三食付）＋α（飲み物、アクティビティ等）を使っていきます。ここから宿泊施設で働く人の給料が出るのはもちろんですが、定置網を仕掛けている人が魚をキッチンに入れていたり、滞在客がキルトを買う、砂州でしゃこ等を食べる、といった流れもあります。さらに、宿泊施設の売上の中から村に対して医療（病院にかかるような病気の治療等）や教育（奨学金等）を中心にサポートが行われています。

■カオハガンは前進しているのか？

さて、コミトン57号と合わせて以上のようなところが僕の見たカオハガンの状況です。これ（特に意識して行われていること）について、カオハガンに行って以来、向こうで会った人や知恵市場を含めていろいろな人の意見を聞きました。このような「くにづくり」に共鳴している人、休みに訪れる場所として気に入ってリピートする人（3週間の滞在中に会った人の約半分はリピートの人だったと思います）、人々は選択肢を与えられていないのではないかという人、制限が不自然だという人、60歳を超えている崎山さんが現役でなくなったら厳しいのではという人など、いろいろいました。しかしそこに共通しているのは、カオハガンが崎山さんの目指す方向には動いているという認識でしょう。それが島の人にとって「豊か」な方向なのかどうかは意見が分かれていますが。

そして、これまで得られた情報から僕自身が感じているのは次のことです。まずこれまでの10年間は大きな前進だと思います。より正確に言えば、生活の安定性や物質面の豊かさで前進、自然との共存や心の豊かさと言う点では維持、という感じでしょうか。この「維持」というのは大きなことだと思います。この感覚にはもちろん僕の価値観が入っていますが、単にそれだけでなく、島の人を見ていてどう見えるか（生き生きとしているとか、楽しそうとか）ということも踏まえています。

上にあげたような懸念について、少なくとも崎山さんにはほとんどは既に認識されているところだと、話していて感じました。そして（現段階では）その状態は想定内という解釈をしているか、あるいは課題のクリアに向けて手が打たれつつあり、それが読み通りの結果を生むかどうかの勝負だろうと思います。もちろんこれは簡単なことではなく、特に社会として物欲を抑制していくという部分、つまり「モノであふれる世界に囲まれながらモノがない状態を豊かと人が信じつづけること」は大きなチャレンジでしょう。

■これからのカオハガン

さて、現状認識を踏まえてこれからのカオハガンについて少し考えてみたいと思います。ただし今回は、具体的にどうあるべきかを考えるのではなく、どういうポイントを押さえておくべきかの話にとどめたいと思います。これはここだけでも量があること、その先を考えるにはまだわからないことが多すぎることによります。ただ、特に自分自身や日本人にとってどうなったら「豊か」なのかという話はいずれまた取り上げたいと思っています。

■間違いなくやるべきこと

さて、まず、間違いなくやるべきことが三つあると思っています。

一つ目は、com2でpacoさんが触れていたことですが、環境を持続可能なものにしていくこと。これまでやってきた植樹はその一例ですし、他の島が続けているダイナマイト漁をやめたことも同様です。減少していた魚やサンゴが増えてきているという結果が既に見えてきています。したがってこれらを続けることはもちろんですが、今後、大きなポイントになってくるのは人口のコントロールでしょう。ここ数年、カオハガンの生活が改善されたことで、子供が死ななくなったり出て行く人が減ったり、島の人と結婚した人もいついたり、出て行った人が帰ってきたりと島の人口がかなり増えています。村長自らが13人の子持ちという状況ですが（カトリックの国でそれが「自然」かどうかはともかく）出産のコントロールや流入のコントロールは不可欠でしょう。また、実際にその動きは始まっています。

二つ目はまさにビジョンの三つ目にあった「カオハガンならではの産業をつくっていく」こと。狭い島である以上、前述のような現在買っているものを全て自給することは難しく、かといってそれら全てをあきらめるとすると、それは「豊かさ」をかなり下げるでしょう。したがって金を稼ぐ必要がある。しかし、差別化できない産業に頼り続けることは、素朴なカオハガンの人たちにとって、敗北につながったり、心の豊かさを削りながらの勝負になる危険性が高い。

その意味で今のキルトは「ならでは」産業になる可能性を持っていると思います。ただ、まだキルトそのものよりもカオハガン・ストーリーで売れている度合いが大きいのでは、というのが何人かのポテンシャル・カスタマーに聞いた印象。ストーリーがあるのはそれはそれで大きなプラスなのですが、商品そのものにも買い手が共鳴できる美学（こだわり）がもっと見えてくると、まさに「ならでは」になると思います。また、次の「ならでは」産業として木工が考えられています。

三つ目がおそらく一番重要なポイントで、崎山さんからの引継ぎです。つまり崎
山さんに頼らずとも（特に経済が）まわっていくこと。このためには強力なリー
ダーもしくは運営チームが不可欠と思います。たとえば仮にこれまでの路線を踏
襲するとすれば、一人の人もしくは運営チームが

「何もない」生活とモノに囲まれた生活の両方を知っていて、
何もないけれども豊かな生活を信じ
これを持続するための手を考えて
島の人たちを巻き込みながら行動し
かつ外にアピールしていく

ことができる必要があります。理想は島の人が一人もしくはチームでこれをできることですが、それが難しければ日本人も含めて外部から人を「採用」する必要があるでしょう。なお、現時点では「島民化」に向けて日本人マネジャーが動いています。

そして、仮に現路線を踏襲しないとしても、崎山さん後を考えておく必要はあります。特に、10年間で作られた「素朴で豊かな生活」に慣れた島の人たちが競争経済・貨幣経済下で生きていけるようにしていくことは重要な課題です。

■何が正しいかの判断は単純ではない

上の「間違いなくやるべきこと」以外にも決めるべきことはあります。どこまで競争経済・貨幣経済に参加するか、島にもそれを取り入れるのか、その度合いを少なくするとしたらどの程度規制をしていくのか、何は持って何は持たないのか。またcom2でpacoさんが「カオハガンの生活には美学があまり感じられない」と言っていましたが、このあたりは何かするのか、しないのか等々。

そして今回難しいのは、ここで考えるべきことが「私が島の人だったら」でも「私の価値観でどうか」でもない、ということです。島の人の価値観で豊かさを考える必要がある。この、文化や価値観のギャップを押さえることの難しさは、以前にコミトン37号「アフガニスタン情勢を見る」で触れましたが、今回もフィリピンの文化について聞けば聞くほど、「普遍」ということは少ないと感じたので少し書いてみましょう。

たとえば、フィリピンには相互扶助の精神がかなり強いと言います。これには日本人の考える「助け合い」よりかなり広い意味があります。たとえば金のない人が金のある人に「貸してくれ」と来たとします。こういうことは返す当てがあってもなくても結構あるようです。そして金が入らないと「金ないから」と返さない。次に他の人もやってきて「金貸してくれ」と言います。もし「こいつも返って来ないだろうなあ」などと考えて「ダメだ」というと「どうして。あいつには貸したのに。ひどい」と言われます。仕方がないので？貸す。また返って来ない。それを繰り返すうちに自分も金がなくなります。そこで自分の番が来るというのです。「金貸してくれ」と言えるわけです。誰かが貸してくれるか、かつて金を貸した相手が金はなくても面倒を見てくれる。自分で貯蓄をする代わりに人に貯蓄（投資）をしているという感覚であると同時に、金のある人は金を出すのが当然という雰囲気があるようです。

上のことは一例ですが、この他にも、従うことへの感覚（自分で決められることがうれしいとは限らない）、「なにもしないでいる」ことに対する感覚（島の人が「働いている」時間は本当に短いです）、外からの力に対する態度（嵐で家が吹っ飛んでもにこにこしていたり、またふっとぶ家を建てる）、目の当たりにしたり、説明されるまでは思っても見なかった彼らの「常識」があります。こういう違いを理解しないと、「彼らが」何を豊かと思うのかはわからないわけです。

■しかし話はできる

とはいうものの、価値観がわかるまでは何もできないということではありません。たとえば「モノを持つ」と言う意味で僕らが豊かになる過程で、何を失い、何を得てきた（と思っている）か。仮にやりなおせるとしたらどうしたいと思うか。せっかく先に経験しているのだから話はできます。まだモノをあまり持っていない人にとっては言われてもなかなか想像しにくいでしょうが、少なくとも仮にその道を進むにしても用心して進むことはできます。一種の地図ですね。

その一つ、カオハガンの人々が持っていて、最近日本ではあまり見かけないものとして印象に残ったのは、「コミュニティと子供の多重な関係」でした。子供が多いこともあり、カオハガンでは誰かが道端で幼児を抱いていたり、子供が誰かのうちで遊んでいたとしても、その人が子供の何なのか傍目にはよくわからないのです。子供の兄弟かもしれない、親の兄弟かもしれない、祖父母かもしれない、隣の人かもしれない、やっぱり親かもしれない。いずれにせよ、いろいろな人が関わって子供が育つことでいろいろな効用が得られている、めんどうな面もきっとあるのでしょうが、幼児は日本人の子よりタフに見え、もう少し大きな子はすでに育児について学びはじめ、親は日本のように24時間体制ではなく、年寄りもちゃんと役割を持って楽しそうにしているわけです。

また「貨幣経済に乗らないことの強さ」も話をできることの一つかもしれません。効率や出来を考えると自分でやるよりもプロに任せて金を払った方がいいというのは先進国がたどってきた道ですが、貨幣経済に乗らない、つまり自給自足していると、効率や出来はよくなくとも、たとえば景気が良くなろうが悪くなろうが大きな影響は受けないというメリットがあります。そんな話も、ちょっと自給率が下がりつつあるようにも見えたカオハガンの人にしたいと思ったのでした。

■競争に勝てなくとも生きられる場所

最後に、一つ、崎山さんと話していて非常に興味深いと思ったことをあげてカオハガンの話を終わりたいと思います。それは、都会で勝負できない人でもやっていけるところにカオハガンはしておきたい、ということでした。どんどん儲けることが許されていないのを不満に思う人は都会に出て行って勝負すればいい。そのための教育を受ける機会は得られるようにしてあげたい。でも、そういうアグレッシブな人でなくとも、まじめにやれば楽しく生きていけるようにしたい、と。エチオピア、南アフリカ、フィリピン、今回の旅行先のどこでも、農村では食えなくなって都市に人がたくさん出て行っているがスキルのない彼らは職もなくスラムに流れ着くだけ、という話を聞いてきました。コミトン51号「エチオピアに必要なもの」でこの解決策仮説として自給自足型の経済を上げましたが、この話を聞いて、またカオハガンでの試みを見て、この考えに確信を持ちつつあります。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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