060 環境報告の出発点

このところ環境報告書制作の相談が寄せられていて、相談に乗る機会が多くなっています。これまで環境報告書を作ってこなかった企業が作り始めたという時代環境の変化がベースにあるのだと思います。

通常は「今年度の環境報告書を作りたい」というニーズから始まるので、コンサルティング業務ではないのですが、始めてみると、企業の環境対応そのもののロジックができていない会社が多く、結果的に環境対応の考え方や、推進部署の役割について、コンサルティングが必要と思われることが多くあります。

今回は、このような経験をふまえて、いま企業の環境対応に何が不足しているのか、その入り口の部分にスポットを当てて、考えていきたいと思います。

■「その次」がつくれない

僕のところに来る案件では、「次の環境報告書の編集プランを考えてほしい」というところから始まるのですが、多くの場合、「このままの情報でプランを作るのは難しいですね」とお話しすることになります。その理由は、長期に渡って作り続けるためのロジックがない、という点にあります。

具体的に考えてみましょう。たとえば、前々年と前年との比較で、会社が消費した電力が5％ダウンしていたとします。我が社にも地球環境室ができたので、存在意味をアピールする意味もあって、社内にポスターを貼ったりして、省エネを訴えたことが効果を奏したりしている。冷房温度を1度上げ、暖房を1度下げたり、使っていない部屋の電気を消したりといったキャンペーンをやっていたりするわけです。

初年度の活動でたしかに5％ダウンの成果が上がっているので、さっそく環境報告書に書こう、ということになるのですが、この発想で環境報告書を作るのは非常に危険です。

この5％削減は、たしかに環境対応の活動の成果でしょう。それ自体はよいことです。しかしこの方法で、来年度、再来年度と成果を上げ続けることができるのか？　初年度は冷房温度を1度あげて成果が出たかもしれませんが、翌年さらに1度、その翌年……と考えてみると、このような電力削減案はすぐに行き詰まることがわかります。

また、電力消費が減ったというので、よくデータをみてみると、実は全社の売上が10％近くダウンしていたりする。あるいは売上は微増でも利益がかなり減っていたり。

そうなると、電力消費が減ったのは、省エネ対策の結果ではなく、不景気で全社の稼働状況が落ち、結果的にそれが消費電力の削減につながったのかもしれないという可能性もあることがわかってきます。

このような場合、景気回復、もしくは経営状況がよくなれば、たちまちエネルギー消費が拡大する可能性があり、「電力消費が減りました」というメッセージは、環境報告書に盛り込めなくなってしまいます。

■環境報告書は「報告書」ではない

このような問題は、環境報告書のさまざまな要素で起こりうることで、それが環境報告書を作る難しさにもなっています。

なぜこのようなことがおこるのでしょうか？

それは、「環境報告書」という名前にあるようです。「報告書」という名前が付いているので、その年度で行った環境活動やその成果を報告するものと考えがちですが、この考え方に立っている限り、「よい」環境報告書を作ることはできないのです。

結論を先取りしていうなら、環境報告書とは、事前にこれから行う環境活動を宣言し、その宣言した内容について、成果を報告するメディアであると位置付けることです。これが環境活動と環境報告書を意味のあるものにします。

■環境報告書が企業のイメージダウンツールにならないために

環境報告書は、基本的に毎年制作して、市民の誰もが読めるように公開するものです。その点ではIR（投資家への財務状況の情報公開）に比べられるもので、透明性と継続性が強く求められます。

IRでは、決算報告を軸に、報告すべき項目がほぼ決まっていて、たとえば業績が悪かったからと行って、利益を記載しないということはできません。また好調だったにしろ、不調だったにしろ、その理由を明確にし、来年度に向けての経営の考え方を表明するのがふつうです。

これに対して環境報告書を作るときに、「今年はこの活動をがんばったから書こう」「今年はこれについては成果が出なかったから、書くのをやめよう」といった考え方をとるなら、読み手である市民から信頼されない報告書になってしまいます。

環境報告書は、市民からのリクエストで郵送されるばかりでなく、通常はPDFファイルにしてwebで公開されています。環境関係のNGOでは、「環境報告書を読む勉強会」が行われているので、このような会で題材に使われると、その年その年で都合のいいことだけを書いている報告書は、赤字の年には利益額を公表しない企業のように信頼を受けなくなります。

特に今年からは、小中学校で「総合的な学習の時間」が本格的に始まり、そこで推奨されているテーマに環境問題があることから、小学生～高校生が主要企業の環境報告書を取り寄せ、比較検討するといったことも十分考えられます。これまでは「環境オタクしか読まない」と思われていた環境報告書が、これから一般の目にさらされる可能性がどんどん上がっていくでしょう。それだけ信頼される内容か、否かが厳しく問われるようになるといえます。

有名企業に勤めているパパが、あるとき子どもから「パパの会社って、環境を守ることには関心がないんだね」と言われてしまうという現実も、十分あり得ることです。

■目標設定をして、活動する

このようなことを防ぐためには、環境報告書というものの位置づけを変えて、「あらかじめ目標設定をして、その結果を公開する」という流れを作ることが有効です。

簡単に言えば、「環境報告書を作るために、環境活動を作る」ということです。

これだけを聞くと、なんだか本末転倒で姑息な方法のように感じられるかもしれません。そのような場合は、「環境活動を戦略的に行わないと、かえってマイナスになる」と言い換えればいいでしょう。環境活動を経営戦略に組み込め、という思想は、僕がコミトンで繰り返し説明してきたことなので、改めて説明しませんが、これを具体的に考えると、「環境報告書を作るために、環境活動プランを作り、実践し、その結果を翌年の報告書に書け」と言うことになります。

このように位置付けた上で、冒頭に電力消費をどのように考えればいいのか、考えてみましょう。

■消費電力は、どこまで減らせばいいのか？

生産工場を持たない企業が電力消費を減らすには、冷暖房の設定温度を変えることはたしかに有効です。しかし設定温度を変えるだけでは、あるレベル以上に減らすことはできなくなるでしょう。そのとき、事前に「ここまで減らす」という目標設定があれば、「目標は達成されたので、このテーマは終了」ということができます。

しかしこれでは、あまりに目標が低すぎるということはわかります。だとしたら、どこまで高い目標を設定すればいいのでしょうか？　究極的には電力ゼロならいいのでしょうが、それは不可能であれば、現状とゼロの間のどこかに目標設定する必要があります。そしてその目標が、何らかの合理的な理由で、環境経営の目標としてたしかに納得できる、というものであることが条件になるでしょう。

このような納得性のある目標設定にはいくつかの考え方がありますが、ひとつの指標として、「ファクター値」から考えるという方法あります。ファクターとは、産業の環境効率を表す指標で、たとえばある企業の消費エネルギーで考えたとき、同じ生産量を半分のエネルギーで実現できれば、ファクターは2になります。

現在、ファクター値については研究が進んでいますが、おおむねファクター4からファクター10が、持続可能な産業の条件と考えられている。ここから考えると、ひとつの到達点として、ファクター4、またはその最初の通過点として、ファクター2をめざすというのが、合理的な目標の、ひとつの考え方になるといえるでしょう。

もちろん目標地点を定めるには、「いつまでに」が重要です。たとえば8年後、2010年までに消費エネルギーを2分の1にするという目標を設定し、そのための第一歩として、今年度はエアコンや証明の無駄をなくすことで、10％の電力消費削減を行う、と位置付ければ、今年度減らせた分についての意味が明確になり、社会に対する説明としても合理性が出てきます。

ここで重要なことは、日付と到達数値の両方を宣言することです。簡単に言えば、だるまに片目を書き込むこと。ここから本格的な環境報告書の制作が始まる、ということを自覚し、もしすぐに目標設定ができないなら、いつから設定するか、そのための準備を今年度から始めなければなりません。

通常、経営的にオフィシャルな目標設定をするには、少なくとも数か月はかかるでしょう。環境報告書の制作が具体化するのは、会計年度が終わる2か月前あたりが多いので、3月末決算の会社なら、1月ごろからその年度分の報告書の制作が動き出し、年度末に集計したデータを使いながら、6月にあたりをめどに報告書を出すというタイムテーブルになってきます。となると、報告書制作が動き出す1月に時点で「目標が必要」ということが担当者レベルでわかってきたとしても、それをオフィシャルにできるのは、早くても翌年度に食い込んで夏ごろ、実際に年度の目標設定に落とせるのは翌々会計年度ということになります。その目標設定をもとに、環境報告書を月繰れるのは、3年目以降、ということになりますから、ずるずると目標設定が遅れれば、来年、再来年の環境報告書に書くことがどんどんなくなり、追いつめられていってしまうことがわかります。

つまり、目標設定（だるまに片目を入れる）ことをどれだけ早くできるかが、信頼される環境報告書がつくれるかどうかの分かれ道になるといえます。

■実現のためのシナリオを作る

もちろん目標とするからには、実現の可能性を十分検討する必要があります。

温度設定を変えるというような、細部の最適化によって減らせる量は、せいぜい10～20％でしょう。となると、それ以上についてはドラスティックな変革が必要になることがわかります。ここからが知恵の絞り方の領域で、現実的にはコンサルタントや環境関係の技術を持った企業と情報交換しつつ、高い目標を現実のものにするための技術や手法がないか、検討しなければなりませんが、環境対応おがおもしろいのは、こういうドラスティック変革の目標を設定し、その結果を出すというサイクルですが、実際に回すことが可能だという点です。

容易な目標ではないでしょうが、容易ではないことに挑戦しなければ、真の競争力はありえません。環境対応は、次の世代に企業が生き残っていくための、重要なプロセスになりうるし、そうなるように使っていかなければ、ただ金をかけて作るだけの、手間のかかるコストセンターになってしまいます。

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どのように、ドラスティックな変革を起こすのか、という点については、各論になるので、またの機会に紹介していきます。

ここで重要なことは、環境対応は、だるまの片目を入れ、何年かあとに、残りの片目を書き加えるというプロセスの繰り返しとして位置付けなければ、かえってマイナスになるという理解です。

これができている企業はすでに環境先進企業として名をあげつつあるし、できない企業は、いい成果が上がっていても、環境先進企業とは認められず、損をする。この自覚が、企業の将来を大きく変える可能性があるのです。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達力編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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