064 クライアント-サーバ型組織に備えよ

▲2004年実践配備予定の米国陸軍「ランドウォリアー装備。向かって左の眼の上にかぶっているマッチ箱ほどの箱が、情報ディスプレイ。下図はそのときの組織図。

今回のコミトンは、組織の話です。コミトンになってから、企業の、現場に近いビジネスの話を書くのは初めてかもしれません。

組織が変わりつつある、という話は、10年ほど前からトピックになってきました。フラット型組織、ネットワーク型組織、ヒエラルキー構造ではない組織、など。このようなコンセプトに従って、組織の回送を浅くしたり、中間管理職を減らす企業はたくさん出てきたのですが、階層が減ったからといって、ヒエラルキー型のマネジメントスタイルそのものが変わったというわけではありませんでした。情報はいつも下（現場）から階層に従って上に上げられ、上の判断を経て、今度はルートを逆に通って、現場に降りてきていた。階層が少ない分、確かに情報流通そのものの速度は上がった面もありましたが、下から上に上がり、また戻って来るという構造そのものが変わったわけではありませんでした。しかし、この構造そのものが変える実践が、いよいよ始まりつつあるようです。

■米国陸軍の新しい組織

軍隊は、ヒエラルキー型組織の代表例とされてきましたが、米国陸軍ではこれを破壊する自己改革が進んでいます。

米軍の新しい組織と装備による先頭は、次のような形です。

地上に配置された兵士には、それぞれ高度な情報機器が与えられています。ウェアラブルコンピュータとヘッドセット型のディスプレイ。PCは無線通信で「戦術インターネット」と接続されており、双方向の通信をリアルタイムで行うことができます。

兵士のヘッドセットディスプレイには、戦場の地図、衛星からの写真、暗視カメラによる映像などを自在に表示させることができます。地図には見方の戦力配置と敵の戦力が記号で表示されており、兵士が潜んでいる物陰から見える川の向こうの茂みに敵の装甲車が潜んでいるというような情報が、目の前の風景に重ね合わせるように見ることができるわけです。

戦力の情報は、戦場から遠く離れた艦船や上空のP3C機に搭載された高性能コンピュータに集められており、戦場の兵士のウェアラブルコンピュータは、無線通信を通じてこの情報にアクセスし、兵士のディスプレイに表示させるしくみです。

兵士の目の前の道筋を、敵兵の輸送車が通過するのが見えてきました。兵士の持つ自動小銃レベルの装備ではこの輸送車を攻撃することはできません。そこで兵士はコンピュータのポインタを「ツールパレット」に合わせ、ツールの中から「地対地ミサイル」を選び、発射ボタンを押すと、その瞬間、後方の前線基地からミサイルが発射され、輸送部隊は一瞬で撃破されるのです。

このシステムは、一見、湾岸戦争以来の「ピンポイント攻撃」と変わらないようにも見えますが、流れている思想がまったく違うことに注意が必要です。

湾岸戦争では、攻撃目標はあくまで後方の司令部が決め、爆撃機や陸上部隊は司令部が指定した攻撃目標をたたくだけでした。新しいシステムによる「ランドウォーリアー」（情報で武装した兵士）では、戦場にいるまったの兵士が、多くの権限を持ち、重火器までも自分の判断で発射することができる。指揮命令系統自体が逆転しているマネジメントなのです。

この新しい陸軍組織を開発したデュイック少将は次のように述べています。「新たな陸軍組織では一兵卒までがリーダーとしての能力を求められます。いわれたことしかできないようではダメです。目の前のチャンスを生かせるかどうかが生死の分かれ目になります。そのためには、末端の兵士に多くの情報を与える必要があるのです」。

■権限が逆転する組織

同じような、権限関係の逆転は、企業でも起き始めています。フォードでは、長年続く業績不振を打破するために、ヒエラルキーを逆転させ、向上や販売の現場にもっとも大きな権限を与える組織改革を発表しました。このような組織の逆転、あるいは組織の変革の中で、ひとつのモデルとして注目されているのが、オルフェウス室内管弦楽団です。指揮者のいないオーケストラとして知られるこの楽団の、個人と個人のつながり、ぶつかり合いの中で生まれる創造活動の場に、多くの企業が見学に訪れ、学ぼうとしています。

さて、ここまで読んできて、この話、聞いたことがあるぞと思い出した人は、鋭い。すこし前、NHKで放送した「NHKスペシャル変革の世紀」が元ネタです。

■アサインメントと権限のねじれ

番組の紹介ばかりしていても意味がないので、そろそろ別の話しに行きましょう。最近、ナレッジマネジメントの分野でコンサルティングをしているのですが、これをやりつつ気がついたこと。それは、ナレッジが求められいる場とは、責任と権限のねじれがおこっている場なのだ、と言うことです。

最近の企業にありがちなパターンとして一例を挙げると、機能別組織と、それを横断する形でのプロジェクト、というスタイルがあります。たとえば、研究開発、設計、製造、販売という機能別組織があったとします。ここにはそれぞれ最前線の社員と部門長がいる。この組織の中で、組織横断型のプロジェクトが組まれ、従来の流れでは開発できないような新製品をつくるべしと課題が与えられる。

すると、このプロジェクトのメンバーは、縦割りの機能別組織のリーダーが直属の上司でありながら、プロジェクトのリーダーの配下にも入ることになる。機能別組織のリーダーはその組織を少ない人員で成果を出すことを目的にしているから、プロジェクトに部下を出すのをいやがるか、そこまでではない場合でも、組織として支援するというところまでは行かない。一方、プロジェクトのリーダーは、そのプロジェクトでの成果を出さなければならないので、たとえば研究所からプロジェクトに入っているAさんの力だけでなく、そのAさんの同僚など、研究所全体でのバックアップ、情報提供があるといいのに、と思っていたりします。

このような場合、プロジェクトのメンバーは、機能別組織とプロジェクトのどちらに軸足を置くべきか、アイデンティティを見いだすべきか悩み、そうはいっても目の前の仕事であるプロジェクトの方に力を入れるのだけれど、自分の所属組織の理解や協力が思うように得られない。そこで、両者をつなぐための知恵を働かせるようになります。

研究所のほかのスタッフをうまく乗せて、協力してもらうための説得方法を考え、ノリのいい人をうまく巻きこむようにしてみたり、いずれ協力が必要になると予想し、かなり前からそれとなく耳打ちして、根回しをしておいたりします。

このようなプロジェクトが、文字通り特命で1本で終わるといいのですが、これが成功したりして、プロジェクトが何本も動き始めると、巻き込みや根回しのうまい人とへたな人がくっきりでてくる。うまい人がいるチームはプロジェクトの進行がスムーズで、へたな人だとうまく動かない。

そこで、うまい人が自力で開発した根回りや巻き込みのノウハウ、タイミングや説得論理、先を予想する力を「形式知」として言葉にまとめ、それを新たなプロジェクトチームに「移植する」と言ったことを意図的に行う必要が出てきます。

ここで言う「形式知」がナレッジ、形式知化と移植の方法をナレッジマネジメントと呼ぶのですね。

Aさんは本来の責任と権限は、研究所での仕事とその成果ということになるわけですが、一方でプロジェクトのメンバーでもある。プロジェクトのための仕事は、どのように責任として与えられ、その責任を果たすための権限はどの程度かが、多くの場合定義されていません。ここに、職務（責任）と権限（たとえば周囲をどれだけ動かせるか）とのアンバランスが生じていると見ることができます。このアンバランスを解消するための、自覚的・無自覚的な知恵が、ナレッジになるという構造です。

もちろん、これはいささかうがった見方ではありますが、ナレッジとは、責任と権限の関係が半端にずれている場面で生じる、と考えることができます。

責任と権限が一致している場面（個人・部門）では、ナレッジとしてもすでにある程度形式知となっているか、しやすいものなのだということもできます。ファストフードチェーンのような、完全に近いヒエラルキー組織では、責任と権限関係は非常に明確で、だからこそマニュアルで管理できます。これはいままでの軍隊も同じでした。こういったマニュアルで管理できる組織では、ナレッジは必要なく、権限と責任がねじれているところにこそ、ナレッジは生まれるということができます。

別の言い方をすれば、こういう責任と権限のねじれを何とか解消する、何とかギャップを埋めようという行動が、その後の行動にとって重要であり、必死に知恵を出そうとするが故に、価値のあるナレッジになるという構造があるのだと思います。

■脱ヒエラルキー組織の権限と責任

では、このようなねじれのある組織の場合、どのような問題解決の方向があるのか、と考えてみると、本質的にはナレッジによる解決ではなく、組織そのものを変革し、ねじれをとってあげることを考えるべきです。

この会社の例では、もしプロジェクト型の仕事の方が、それまでの機能別の組織を左から右に動かしていく仕事より、効率的、もしくは創造的で価値が高いなら、軸足をプロジェクトの方にうつしてしまい、プロジェクトに大きな責任（開発を成功させる責任）と、その代わり、機能別組織を全面的に「手足のように使う」権限を与えれば、ねじれはなくなります。

これを実践したのが、最初に例に挙げた「ランドウォーリアー」です。末端の兵士に権限と責任が移った分、司令部の役割はどうなったかというと、前線の兵士が必要とする情報をいつでもなるべく多くて今日すること、ミサイルなどの重火器を、いつ兵士が発射ボタンを押しても最短時間で発射できるように、補給することになるでしょう。

このような組織は、インターネット型の組織ということができます。インターネットでは、PCをクライアント、ホストコンピュータをサーバと呼びますが、もちろんホストからサーバへの呼び名の変更は、役割が変わったからです。司令部や機能別組織のリーダーは、前線の兵士やプロジェクトに入ったメンバーが必要する情報の提供と、物量面での補給に最善を尽くすサーバ（給仕する人）に役割を変えます。

これまで企業は、組織を簡略化し、階層を減らそうとしてきましたが、権限と責任は上が握ったままでした。ランドウォーリアー型の組織では、権限も業務の責任も前線に移り、前線をベストの状態にサーブするのがリーダーの役割となります。実際、組織改革中のフォードでは、中間管理職に対して権限も役割も変わったと言い切っています。

■個人の求められるもの

さて、ランドウォリアー型の組織の中にいる兵士、前線の担当者は、権限と責任を手にすることになりました。砲弾の飛びかう戦場にあって、自分の目の前に敵の布陣、見方の状況などあらゆる情報がつぎつぎと与えられ、ミサイルや攻撃ヘリを出動させることさえできる権限を持っています。しかし実際には目の前で同僚の兵士が砲弾に吹き飛ばされ、血にまみれるという現実がある中で、この兵士は情報を使いこなし、冷静にミサイルの発射ボタンを押すことが求められてるわけです。目の前で味方5人が吹き飛ばされたからといって、見方の損傷はそれだけで、敵のしょうもの方が大きいことがディスプレイに表示されるかもしれませんが、パニックになりつつあるあたまで、ミサイルの発射ボタンをつぎつぎを押してしまう危険はないのか？　あるいは、ちょっとした悪意を持つひとりの兵士が、意図的に味方をねらってミサイルを発射させてしまうと言うことはあり得ないのか？　本当に現場の兵士が「全員リーダーとして行動する。言われたことだけやっていたのではダメ」という模範的な行動がとれるのか、気になります。

気になるというより、その成否こそが、この新しい兵士システムの成否の鍵を握っているはずです。どのように前線の兵士に、冷静な判断と的確な情報活用ができるまで、教育する予定なんでしょうか。

ねじれから解放され、権限と責任が一致し、上司や本社が自分にとってサーバとなった場合も、同じことが起きるでしょう。個人には、組織が持つ機能を自在に活用する力が出てくる反面、はたしてそれを使いこなせるのか、ミスはないのか、ミスをせずに使いこなせる個人を、どうやってまとまった数として育てていくのか。

そもそも人間は、そこまで賢いのか？

ここからひとつ、はっきりわかることは、組織改革によってヒエラルキーを反転させようとすれば、それに先だって、人材の育成が不可欠だという点です。情報を使いこなし、的確に判断し、倫理観があり、パニックになりそうな状況でも冷静に判断できる人。こういう人材が、組織全体に行き渡らなければならないでしょう。

そして、その非常にハイレベルな人材というものに、真っ先になるようにと、いまコミトンを読んでいるあなたは求められつつある。できそうですか？

僕らの仕事への意識、受けてきた教育、いまの子どもたちが受けている教育は、こういう組織に対応できるようなものなのか？　残念ながらNOです。自分で判断するようには指導されていないし、建前の影で本音＝本当の判断が裏にこもるという思考形態を、小さいころから学び続け、その枠の中で行動することをたたき込まれています（この、教育の問題は、いずれまた別の機会で論じることにしましょう）。本当に合理的な判断ができる人材の育成が、ますます重要になりそうです。

最近思うのは、ナレッジマネジメントのツールを導入する場合は、コンサルティングというより、教育研修とセットで売らなければ昨日しないのではないか、というという点です。ナレッジを使って自分で判断する人材がいないと、そしてそういうマインドがないと、いくらいいツールでも機能しないというのが、だんだん明らかになってきた気がします。

社会が求めているものに合わせて、個人のパワーアップが図れるのか？　この組織変革の流れは、むしろ「人材変革」の流れとしてみなければならないのです。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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