065 クウェート－砂漠、イスラム、石油

4か月に渡った旅もいよいよ最後の地、クウェートとなりました。トルコに比べるとずっとイスラムの「制約」を守っている国であること、「アラブでは何が起きるか分からない」というイメージがあったことから、ちょっと緊張していたのですが、入国審査は何も聞かれずあっという間、荷物も全く開けられなかったのでちょっと拍子抜けしました。まあサウジアラビアに比べれば全然楽ちんとも聞いていたのでこんなものなのかな？

税関を出たところで知恵市場com2でもおなじみのtaroさんにご対面。以前からアラブ人とバシバシ闘っている話を聞いていたのでゲリラのような人？かと想像していたら、さっぱりした感じでどちらかというとおとなしめに見える人でした。しかし後で、ちゃんと？taroさん流バトルを見ることになりました（この話をしだすと長くなるのでcom2に書こうと思います）。もう一人インド系と思われる男性がいてあいさつ。誰だろ？と一瞬考えてしまいましたが車に乗ったところで合点。taroさんのところの運転手さんでした（この、「運転手」や「メイド」「乳母」といった役割を持った人々がいることについて、日本人はなかなかすっきりしないのでは、と思います）。

車は立派な道路を走ってクウェート・シティへ。直前にtaroさんから同じアラブのサウジでの手記を送ってもらっていて、車の運転について「やたらあおる、後ろを見ずに車線変更する、赤信号なのにじりじり進む」といったこわそうな話が書いてあったのですが、ここはそれに比べると全然よさそう。確かにウィンカーを出さずに車線変更したり、奇妙なところ（追い越し車線とか）に停まっていたり、120キロで走っているのに「ビュン！」と風圧とともに抜かれたりはあるのだけど、まあその程度。走っている車にベンツ、BMW、ジャガー、ポルシェ等々いわゆる高級車が多いのは石油立国であるこの国の特徴でしょう。

「この国の特徴」と書きましたが、日本とはかなり違い、しかもあまり知られていない面もあるので、この国の特徴を簡単におさらいしておきたいと思います。

■砂漠、イスラム、石油の多層構造

日本の四国よりやや狭い面積のこの国、ほとんどは砂漠地帯で山や河川はありません。実際に行ってみてまず感じることは「暑い」。taroさんの車に外気温計がついていたのですが、行っていた間に最高55度を示しました。風が吹いてもちっとも涼しくなく熱風です。しかしクウェート人に聞いてみると「まだまだ」だそうで、あと10度くらい上がるそう。そして雨がほとんど降らない。数日にして「四季とは言わないまでもやっぱり変化は欲しいよなあ」と感じます。まあ同じ天気や同じ風景でも絵葉書のようなものだったら違うのでしょうが、砂漠と同じような色をした建物が立ち並ぶだけの風景にはすぐ飽きてしまいました。といっても緑が全くないわけではなく、石油から得た金のパワーで水をまき緑を育てています。でも炎天にさらされてかわいそうな感じ。

石油の話が出てきましたが、石油はクウェートを大きく変えました。石油は1938年に発見され、1946年から輸出が開始されます。そして、それまでは小さな港に過ぎなかったこの国が飛躍的に豊かになります。石油依存の体質は今でも続いており、輸出総額の90%、GDPの50%を石油収入が占めています。その収入の余剰資金は国内投資にではなく海外で投資・運用される一方で、国内の消費は輸入に大きく依存しています。またクウェート経済はレバノン、エジプト、インド、フィリピンなどからの外国人労働者に支えられており、人口の2/3は外国人という状態にあります。⇒参考：在日クウェート大使館

そしてもう一つの大きな特徴は、この国の国教であるイスラム教です。サウジほどではないけれども生活に大きく影響を与えており、一日5回のお祈り、ラマダン（断食）、いろいろなところで男女の場が分かれていること、顔と手以外を覆った女性が多いこと、酒、豚肉が禁じられていること、返事に「インシャー　アッラー」（アッラーがお望みなら）と言われて「うーん・・」と外国人は思ってしまうことなどが表面的なところ。しかしおそらくもっと深いところでいろいろと考え方に影響を与えているのではないかと思います。

つまり、砂漠という厳しい環境に遊牧や商業を営みイスラム教をいただいてきた小さな国につい最近、石油という宝くじが見つかり、外国人労働者の力を借りながら猛烈な勢いで経済が発展してきた、という多層構造にあるわけです。さらにこの他にも湾岸戦争の原因にもなっている植民地としての歴史、世襲制を取る首長制などあるのですが、長くなるので省きます。

さて、上のような特徴を持った国だなあ、と最初に感じたのはホテルでチェックインする時でした。夫婦であることを証明するものがいると言うのです。苗字が違うので特にそのように聞いたのでしょうか。僕らの横にいてすかさず答えたtaroさんの答えも(上の話とはダイレクトにつながらないかもしれませんが）アラブでよく聞くものでした。「そんなドキュメントは日本人は持ち歩かない」と言った後、"Don't worry, no problem"。アラブ人にこれを言われると日本人は「no problemなわけないだろ！」と激怒する状況が多いという言葉ですが、担当者はちょっと不安そうな顔はしたもののそれでおしまい。もっとも彼はクウェート人ではなくインド人でしたが（彼らは彼らでトラブルになると自分たちのせいにされるので、そうなりそうな危険については神経質であるという話です）。この四つ星ホテルで会ったスタッフはマネジャーに至るまで外国人で、一人もクウェート人には会いませんでした。

■衣装がかもしだす威圧感

クウェートに着いて最初に行ったのは、今回の旅行で定番となっているスーパーマーケットでした。正確に言うと僕らが行きたいところはスーパーに限らず庶民の買い物の場だったのですが、都市ではこれが、にぎやかだけどごちゃごちゃした市場やほこりっぽい道端の商店からこぎれいなスーパーに移りつつある、というのはあちこちで見たことでした。クウェートの場合は経済発展のスピードがあまりに速かったせいか、こんなもんまで売るかと思うような市場も、きれいなスーパーも両方ともばりばり現役に見えたのがおもしろいところ。それ以外に目にとまったことが二つ。一つはスーパーの入り口に民族衣装を着て鋭い目つきをしたクウェート人がいたこと。どう見てもスーパーの店員には見えないんですが、そうなんですね。たとえて言うなら、明治になったばかりの頃に商売を始めた武士はきっとこんなだったろうというところ。もう一つは野菜・果物のほとんどが輸入品であること。砂漠の国だから当然なんですが、ブラジルやトルコで土を感じる野菜・果物に目が慣れていたので、工業製品のように見える目の前のものに何か違和感を感じます。もっとも日本は砂漠の国でもないのにやはり輸入や温室栽培が増えているんですが。

そして夜はtaroさんの知り合い、サウードのアレンジでクウェート人の集まりに行きます。最初に行ったところでは立派な建物の中に民族衣装（これは彼らの制服なんですね）を着たクウェート人男性が200人くらいいて、あちこちで立ち話をしています。これは壮観でした。外人が日本に来てパーティに行ったら着物の人が200人くらいいた、という風景を想像してみてください。会の趣旨は主催者の息子が軍で昇格したお祝いだとか。サウードからは「女性は握手をせずお辞儀だけで」と言われます。サウードや彼の友人は問題ないがここではそうでない人もいるとのこと。会場にgirl friend以外の女性はもちろんゼロ。しかし、僕ら男性ですらその中ではかなり浮いて見えていたことでしょう。でも、みんな感じよくあいさつをしてくれました。

次に行ったところはドゥワニヤと言われるもっとフランクな場です。これはクウェート人男性の習慣で、週に1回とか定期的に仲のよい人と集まって（そのための部屋が家に設けられていたりします）雑談をしたりテレビを見たりします。ドゥワニヤを開けるということは一つのネットワークのオーナーであると言えるでしょう。ここではgirl friendも握手したのですが、それでも他に女性は皆無。向こうもどこかぎこちない感じがするし、アラブに来たての僕らもなんかおっかなびっくり。いろいろ厳しいイスラムの国というイメージがあって気をつけなきゃという感じがしていたのだと思います。お寺で失礼なことをしてはいかんと気をつけているのがもっと強い感じですね。また、後でわかったのですが、それを強く意識させるのがアラブ人の服装のようです。本来、あれはアラブであってイスラムではないのですが、白という色やかぶり物、ゆったりした裾が威圧感そして宗教のイメージにつながるように思います。後日、またサウードに別の集まりに連れて行ってもらった時には、みんな「制服」を脱いでもっとくつろいだ格好になっていたので、僕もずっとくつろぐことができたのでした。

■おしゃべりすることが生活？

ドゥワニヤという場の話に戻ると、これはクウェート人男性の生活で大きな役割を果たしているようです。一つには娯楽として。イスラム教で制限される（男女関係、飲酒－ちゃんと守っている人は、という限定ですが）ことと、強烈に暑い砂漠の国であることから、他のところよりも娯楽の種類が限定される中で、集まってしゃべることは一つの主要な娯楽になるようです。もう一つにはビジネスの機会として。サウードの話からも、分野のエキスパートから情報を得たり、商売のコネクションを紹介しあったりということが出てきそうだと感じました。もっともこういう「何のため」という見方も日本やアメリカ的かもしれません。ドゥワニヤでなくとも仕事場ですら、クウェート人のところにはともだちが訪ねてきて日がな一日おしゃべりをしている、またなぜかこの人たちが他人の商談に口を出してひっかきまわす、という話を何度も聞きました。日本人からすればむちゃくちゃに見えますが、彼らにとっては「そういうもの」なのかもしれません。仕事やビジネスを主役に据えず、砂漠の中のテントや商店での生活を中心に考えれば、全ていっしょくたになっている方が自然だと。それで給料を要求されてもなあ、というところはありますが(^_^)。

■よい宗教とは？

コミトン063「トルコ－オープンな人たちの国」で、イスラム教がかなり柔軟に適用されていることについて書きました。それが本質重視の表れならばいいことだよなあと思う半面、それにしてもこれだけ甘いところと厳しいところの差があるのはどうして？というのは大きな疑問でした。もちろん他の宗教の中でもいろいろ差はあります。しかし「禁止」とか「必須」レベルのことを国を挙げてやっている宗教は珍しい。また現代において戦争にまで宗教が持ち出されることも同様です。そこで「本当のイスラム」を確認しておきたいと思っていたのでした。もっとも唯一の正しいものが見つかることを期待していたわけではなく、イスラムについての理解を深める材料が見つかればよいというレベルです。

そんなところにtaroさんがよい機会をセットアップしてくれました。Islam Presentation Committee (IPC)という、イスラムについて正しい理解を普及させようとしている団体とのアポです。会ったのはそこのスポークスマンでウガンダ人（またクウェート人じゃない・・・）。彼の話から受け取れたところ、またもらった資料から感じられたところは、真のイスラム教徒ならば隣人になるのは悪くなさそう、ということです。自分がイスラム教徒になるとか、イスラム教が厳しく守られる国には住みたいかというとまた別の話ですが。

彼は、コーランに拠れば、mind (brain－頭脳)、body（身体）、soul（魂）の三つを高めていく必要があると言います。つまり教育は重要であり（無知なままでは正しい判断が出来ない）、酒、豚肉等が禁じられているのは体を健全に保つためで、「魂」というポイントについては、形式的なことを守るだけでなく心が伴わなければならないと。またコーランには他者との関係について語っている部分が非常に多く、他人とよい関係を保つことはイスラムにおいて重要なのだ、ということでした。

また彼の説明でよかったのは、イスラムのいろいろな掟について、それが何を目的としているのか、どういう効果があるのかを説明してくれたことです。たとえばラマダンの期間の断食は世俗の欲望を横に置いて神について強く意識する目的があると同時に、あらゆる人が断食を共にすることで同胞意識を高め、人に優しくなる効果があると。説明されてみると、単なる心がけではなく具体的な行動が規定されているというのは、よい面と悪い面の両方があると感じました。

よい面とは、具体的な方がやりやすいということです。こんな例を使うと信者の方には怒られそうですが、サッカーで強くなるのに「一生懸命練習しなさい」と言われるより、（よいプログラムであれば）具体的なトレーニング・メニューをつくってもらった方が成果につながりやすいのと近い。そして信者の方の体験談を聞いてみると、たとえばラマダンは上のような効果を実際に上げているようです。また個人の徳を高めるだけでなく社会制度として機能している面があるのもすごいと思います。たとえば収入の2.5%を喜捨するということは、個人の人格を高めるとともに、社会保障と社会安定につながるという（宗教というより社会制度ですね）効果がありそうです。

しかし、具体的であるということには問題もあります。一つには具体的であるほど形式にこだわって肝心の本質を忘れやすいということです。以前にtaroさんが、メッカに巡礼をした後の人々が空港で傍若無人な振る舞いをしていると怒っていたことはその例でしょう。もう一つはその時代や地域にしかあてはまらない可能性があるということ（信者の方からはそんなことはないという反論を受けそうですが）です。

では（勝手ながら）このような特徴のよいとこどりをするにはどうしたらよいのか。特に隣人としてうれしい、ということで考えてみると、

時代や風土にも合う具体的な掟（というよりガイドライン）があり、
本質（目的）がきちんと説明・強調され、
押し付けることはない

ということだと思います。最後のポイントは上では説明しませんでしたが、宗教（の運用）で大きな問題が起きる時の主要な原因ではないでしょうか。

■クウェート人が変？　日本人が変？

さて、イスラムについて少し書きましたが、前述のようにクウェートでは、宗教のみならず、自然環境、歴史などの経緯からも、日本とはかなり違うことがあります。taroさんのはからいで何人もの日本人の方からクウェートについて教えて生の印象を教えていただく機会があり、「こんなことがあるのかと思った」「とんでもない話だと思った」というエピソードをたくさん聞かせてもらいました。これはこれでおもしろかった（旅行者だから気楽にそう言っていられる）のですが、一方で「ここにはここのロジックがあるから、それを踏まえて考えるべきで自分たちの物差しだけで考えてはいけない」という話も興味深いものでした。

たとえば、クウェート人や約束やルールを守らない、という話がよく出ていました。しかし、日本人はしかるべきタイミングで決まったようにやることが不可欠な農耕で生きてきた人々であるのに対して、アラブ人は猛烈な暑さや砂嵐の起きる厳しい環境に生きてきたわけで、やれることしかやれない、あせってもしょうがないという考え方がどうしても強くなりがち。もちろん現在のアラブ人はエアコン完備の中に住んでいるのですが、行動様式は今も引き継がれている。お互いにこういったことを理解していれば、知らない場合よりもずっとよいだろうと。

また実は自分が標準だと思っていたら違ったということもありえます。たとえばクウェートに限らずこれまで僕が行ったあらゆる国で日本人たちが「この国の人は時間を守らない、ルールを守らない」と言っているところをみると、日本人の方が少数派なのかもしれません（少数派が悪いとは限らないけど）。

その他にもクウェート人については、働かない、傲慢である、行儀がなっていない、win-winのビジネスをしようとしない等々いろいろ出ていました。なかには「優しいよ」「オープンでいい」「戦争の後は力を合わせて働いていた」というポジティブな話もあったのですが、これほどネガティブな話ばかり聞いた国も珍しいので「そうなのかー」と思いかねない。ただ、「だから嫌いだ」と判断を固める前に、「ひょっとして自分たちとは違うロジックがあるかもしれない」と疑ってみることは必要だと思っています。なお僕らについてどうかというと、道端で声をかけたクウェート人も含めて、taroさんのはからいで会えたクウェート人は全て感じの良い人たちだったので、今のところ悪い印象はもっていません。

それから「いやな仕事を外国人に押し付けている」という説も出ましたが、奴隷制の時代と違って強制的に連れてきているわけではないので、「押し付けている」とは言えないでしょう。また日本でも３Ｋと言われて嫌われる仕事があり、それらを出稼ぎの外国人がやっているという現象はあります。ただ、なんとなく腹が立つ気持ちもわからないではありません。それはきっと、クウェート人がそういう仕事をやらずに済んでいるのは、たまたま石油というドル箱を持っていたから、つまり自身の努力の結果ではない、という部分が多分にあるからでしょう。もっとも今の日本人が得ているものも自身の努力より先達の努力の賜物じゃないか、と言われたらどうでしょうか？

■恵まれている？　恵まれていない？

上に書いた「石油」がもたらしたものはプラスなのか、マイナスなのか。金銭的富という意味では明らかにプラスです。石油のおかげで財政が潤い、クウェート人は結婚すると国から家がタダでもらえ（それも日本人の尺度からするとデカイ）、医療費も教育（国営の場合）もタダ、水道光熱費も安い。つまり他のことへの可処分所得がかなり残ります。その結果、高級車を乗り回す等の、僕らから見れば贅沢な生活をしている人も多い。また人気のある職場である役所に行くと、ぶらぶらしているだけのクウェート人がたくさんいるという話もあちこちで聞きます（国も仕事がないのに雇用を作り出さないといけないから雇っている）。でも、それって恵まれていると言えるのか？自分がそういう環境に置かれたらハッピーなのか？あるいはどうすればそこでハッピーになるのか？

上のような状況に対して、サウードは自分の子供に金は天から降ってくると思わせないため自分の会社でアルバイトをさせ、その報酬をたとえばスイスの学校に行く費用にあてさせていると言っていました。一方で彼は子供への麻薬の脅威を非常に警戒していました。

一見、日本と全然違う国ですが、どこか通じるところがあると思いませんか？

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。成長期の事業マネジメントを中心に外部からグロービスに関わる一方、「日本人のQuality of Life(QOL)アップ」をキーワードに知恵市場に続くプロジェクトをプロデュースしていく予定。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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