066 米国による＜世界征服＞

今回は、インターネット上で高い評価を受けて活躍するジャーナリスト田中宇（たなかさかい）の著書「仕組まれた9.11」をタネ本にして、田中仮説からわれわれが学べることについて考えてみます。

■9.11は米国政府が仕組んだ自作自演である～田中仮説

田中宇の仮説を先に概観しておきましょう。

田中宇の仮説の根幹は、9.11テロ事件がブッシュ政権自身が自ら計画し、自らの国民を攻撃させた自作自演のドラマではないか？という部分にあります。

もともとブッシュ政権はアフガニスタンへの攻撃を予定していた。アフガニスタンの北西、トルクメニスタンのカスピ海沿いで産出する天然ガスをインド洋側に運び出すためのパイプラインをつくりたかったが、そのためには途中アフガニスタン領内にパイプラインを通さなければならない。しかしアフガニスタンは米国のいうことを聞かないタリバン政権に支配されており、パイプライン敷設が難しかった。そこで、タリバン政権を倒す必要性があったため、オサマ・ビンラディンのテロが発生するのを見過ごし（もしくは引き起こさせ）、ワールドトレードセンターとペンタゴンを攻撃させた。この攻撃によって米国民の感情を「報復」に傾かせて、一気にアフガンに軍を送って、タリバンを崩壊させ、目的を遂げようとしている－－－これが田中仮説の中心的なストーリーです。

■田中仮説に賛同するかどうかは、問題ではない

さてこの仮説には、おそらく賛否両論があるはずです。たちの悪いフィクションで信じがたい、という感じる人もいれば、十分あり得ることだと思う人もいるでしょう。僕の考えは、どちらかというと田中説賛同に傾いていますが、しかしあくまで「あっても不思議ではない仮説」というレベルにとどまっており、まだほかの情報の出方によっては、「やはりデマゴークの域を出ない」と宗旨替えすることは十分にあり得る、と逃げを打っておきます。正直言って、本当のところはよくわからないのです。

ただ、それでも僕がいったんは「信じてみるかな」という気になったのは、この仮説の論証が適切だったからというだけではありません。田中仮説のような見方で僕たち自身がいる世界を見直してみたら、新しい見え方ができそうだと思ったことが大きい。

つまり、この本を読んだ人の中で、田中仮説は単なるフィクションだと感じた人も、仮に受け入れたらどんなことがわかるのかという視点で、以下の議論につきあってみてほしいと思っています。

■国家は、何ものかと、自国民の大量の死と引き替えにできるのか？

第一の論点として考えたいのは、田中仮説の中で、もっとも重要で、かつ受け入れがたい部分、

政府は、何かを得たいがために、自国民を犠牲にしたりするもの
するものだろうか？

という点です。

田中仮説では、少なくとも米国政府は、そういうことを歴史的に行ってきたと指摘します。9.11ではWTCとペンタゴン、そしてハイジャックされた航空機の乗客など数千人が犠牲になったわけですが、米国がその前に大きな犠牲を払ったのは、真珠湾だと田中はいいます。

米国は、日本軍の真珠湾攻撃の可能性をよく知りながら、「ハワイの米軍を十分な防御策をとらないままの状態にしておいたことが、日米の多くの専門家によって明らかにされている」（18p）と指摘しています。なぜこのような行動をとったのか、その理由を考えると、米国政府は日本の攻撃によって多大な犠牲が出たことを国民に示すことによって、米国民に日本との戦争を納得させたという考えが、田中仮説の骨子のひとつです。

田中宇は、米国のような移民国家は、意見が多彩で、ひとつのまとめるのが困難なので、大きな戦争を国民的スケールで合意させるには、自国が大きな脅威にさらされているという証拠を示す必要がある、と指摘している。

そして今回の9.11テロも、アフガニスタンやイラクとの戦争を国民に納得させるために、テロが起きるのを知りながら、特にそれを防ぐ手だてをとらなかったというのが、田中説です。

この仮説が正しいかどうかを考えるとき、田中宇が分析に用いた情報や論理展開のひとつひとつの妥当性を追うという方法もありますが、田中自身が仮説として提示しているとおり、「証拠」としてあげているものも確実に仮説を支持するものではありません。ですから、田中の論理展開をいくら追っても、仮説は「正しいともいえるし、正しくないともいえる」という結果になってしまうでしょう。

そこで、もうひとつ別の視点から、この仮説を考えてみましょう。

そもそも、国家や政府は、自国民を犠牲にしてまでも、戦争という目的の実現を図るものなのでしょうか？

ここでひとつ確認しておきたいのは、戦前の日本も含めて、戦争は、経済的、政治的な権益の拡大という「国益」を高めるための手段として使われてきた、という点です。武力で相手を打倒したあとで、相手から自分たちに有利な譲歩を引き出し、それによって自国に有利な権益を得ることは、軍備の中心的な役割です。自衛隊のように防衛だけのために存在する軍隊というのは、歴史上とてもまれな存在です。

さてもとの問いに戻りますが、

国家や政府は、意図的に自国民を犠牲にしてまでも、それをきっかけに戦争を
起こし、国益を増大させるという目的を持って行動するものなのでしょうか？

結局、田中説を受け入れるか、受け入れないかは、この問いに対するyes/noとイコールなのだと思います。

■「真珠湾」にいたる米国の事情

ここで、米国と日本の近代史を再度復習しておきましょう。

米国は1848年にカリフォルニアを獲得して太平洋まで達し、1865年に南北戦争を終えて国内を再統一しました。開拓時代が終わった米国ではさらなるフロンティアをめざして太平洋に乗り出し、1898年にはハワイを併合して、太平洋からアジアへの進出を伺うまでになっています。

一方日本は、米国がカリフォルニアに達して5年後の1853年にペリー来航を迎え、南北戦争を終えて3年後の1868年に明治維新をおこし、米国がハワイを併合した時期は日清戦争に勝ち、日露戦争で中国の権益を本格的にねらう時期に当たっています。

つまり、19世紀終盤には太平洋に進出した米国が、鎖国日本をたたき起こして近代に向かわせたものの、日本はほかのアジア諸国のように簡単には植民地にならず、逆にアジアを植民地化し始めた。そのことが米国の対アジア戦略と正面からぶつかりつつあったのが、20世紀初頭の状況だったと言うことです。

米国は、日米和親条約で、日本を米国の言いなりの国にしたかったのに、日本はそうはならず、米国やイギリスのまねをして中国や朝鮮半島をねらって国益を伸ばし始めた。実際、1905年には日露戦争に勝ち、1910年には朝鮮半島を併合するなど、米国のアジア戦略とぶつかり始めていた。

米国は1918年の第一次世界大戦の勝利に主導的な役割を果たしたことから、世界の指導国としての立場を欧州から勝ち取り、いよいよアジア戦略を強化しようというところで、アジアに進出し始めていた日本と直接、目的が重なるようになっていきます。

こういう歴史的経緯の中から、田中は次のような仮説を出します。

米国は、日本を本格的に米国の影響下に置かなければ、世界戦略が思うようにならないと考え、日本に米国の言いなりになる政府を誕生させるために、日本の当時の体制を戦争によって破壊しようとした。しかし日本との戦争はタフで長い戦いになる可能性があり、米国民が納得しないと考えて、真珠湾を日本に攻撃させるままにして、＜卑怯な日本と戦え＞と喧伝して太平洋戦争への国民的な支持を得た。

米国政府は、日本に「親米的な政権をつくる」という目的のために、長い戦いを必要としていた。そしてその長い戦いを国民に納得させるために、真珠湾攻撃を「されるまま」にしておいた。これが日米開戦の大きな構造だといいます。

もし、日米開戦がこのような米国の意図のもとに行われたのが事実としすれば、今回の9.11テロも同じように「テロリストに攻撃されるがまま」に置き、その結果としてテロ組織とテロ支援国家への戦争をフリーハンドで行えるようにするライセンスを手に入れた、というシナリオもまた、合理性があるといえるでしょう。

田中は米国で9.11を真珠湾と比較する表現がなされるのは、「米国本土が攻撃された」という対比ではなく、「米国を攻撃させた」という意味で、9.11テロ事件は真珠湾以来の大きな成功だという意味だと指摘します。

■日本は米国に、よくない成功体験を与えた？

では再度もとの問いに戻って、

という点について、さらに考えてみましょう。

もしこの仮説が、太平洋戦争についてあてはまるなら、米国は真珠湾という自国の犠牲を払って、どのようなメリットを得ることができたのでしょうか？　この結論は明らかでしょう。米国は日本に、米国に従順で屁理屈をこねない政府をつくることに成功したし、防衛はするが、米国に牙を向けることのない軍を持たせることに成功しました。僕が育った1970～80年代には、日本は米国の浮沈空母などと失言する政治家がいましたが、これは決して失言ではなかったのだと思います。米国は日本のみならず、韓国やフィリピンにも親米政権をつくることに成功し、東アジアが全面共産化することを防ぎ、さらに日本の繁栄によって西側陣営の経済力全体を底上げすることにも成功しました。これは大成功といえるはずです。田中仮説のもとで考えるなら、米国にとって真珠湾の犠牲は、それをはるかに超えるメリットを得たといえます。

ではもうひとつの論点、政府、特に民主的なプロセスで選ばれた政府が、自国民の生命や財産と引き替えに、何らかの国益を獲得するという行動をとりうるのか、という点を考えてみましょう。

これについては、米国のみならず、世界中に例があります。1945年以前の近代日本では、民主的な手続きによる選挙によって選ばれた政府が、軍隊を動かして行ったことは、国民を守ることではなく、国体、つまり天皇を守ることでした。

司馬遼太郎の経験談のなかに有名なエピソードがあります。司馬遼太郎は、太平洋戦争末期、北関東の戦車部隊の伍長で、いよいよ本土決戦というときに、上長に聞きます。

司馬「米軍が東京に上陸した場合、東京から市民が北に向かって押し寄せると思います。戦車はその市民に阻まれて進めません。」

上長「その場合は、市民をひいてでも東京に進め」

日本帝国軍は、市民を守る軍ではなく、天皇を守る軍だった。だから天皇に対して砲を向けることはできなくても、国民に対してはいくらでも銃を向けることができたのです。

ナチスドイツも、民主的な手続きに従って生まれた政権ですが、行ったことはユダヤ人を始め市民への弾圧でした。

民主的に選ばれた政府であっても、自国民を意図的に犠牲にして、政府の権力拡大を図るということは、歴史上決してまれなことではないのです。米国政府が、真珠湾と9.11テロ事件で、自国民の犠牲を意図的に容認していたとしても、それ自体、人間の行動として、起こりえないような残忍な行動とはいえず、むしろ、比較的よくあること、といってもいいのです。

■米国は、WTCの犠牲を払ってまで、「何か」を得ようとしている？

ここまで考えてくると、田中仮説は、田中宇自身が論証している論理構造とはべつに、原理的に起こりうることがわかります。

さて、それでは、米国が9.11でのWTCやペンタゴンでの犠牲と引き替えに意図的に獲得しようとした国益とはなんだったのでしょうか？　田中宇がいう「カスピ海沿岸地方の天然ガス資源」というのもたしかに説得力がありますが、しかし9.11が本当に真珠湾と並ぶような作戦だとすれば、それはもっとスケールの大きな目的があるべきだという気がしています。

そして僕が考える目的とは、「米国による世界征服」です。

もし9.11が、田中がいうような構造で起こされたものだとしたら、その目的は「天然ガス資源」というようなみみっちいものではないのではないか？　もっと大きな目的が意図されているとすれば、僕は納得がいくし、その大きな目的に「米国による世界征服」が置かれているなら、それと引き替えにする「貴い犠牲」として、WTCとペンタゴンがあっても、十分やる価値があると考えるかもしれない、と思えるのです。

「米国による世界征服」というとすごく大げさに聞こえるかもしれませんが、実際のところ、それは現実に起こっていることを端的にあらわしているのではないかと僕は思っています。9.11後、ブッシュ政権は「われわれにつくか、テロリストにつくか」と世界各国の指導者に単純な二者択一を迫りました。この単純な選択肢は、世界を米国に味方するもの、つまり渋々でも米国に従うものと、米国に従わないもののふたつに分けるという考え方であり、さらに米国の圧倒的な力を考えると、従わないものは即座に抹殺されることを覚悟しなければなりません。もし、従わないといったものが、タリバンのように短期間に抹殺されてしまうとすれば、そのあとに来るものはまさに「米国による世界征服」そのものでしょう。

このような単純な二者択一が事件の真相がまだ明らかになっていない早期の段階で出されたという点を考えると、米国政府が9.11を、「世界征服のための最初の犠牲になった事件」と考えていた可能性が十分あり得るのではないかと思えます。

改めて僕の仮説をまとめておきましょう。もし米国が「世界征服」をはっきり意図していて、それを実現する軍事行動を容認させるために、9.11を引き起こさせたとすれば、この動機と目的の関係は納得がいく。

しかしもし米国のねらいが、「たかだかパイプライン」ぐらいなら、それに対する米国の犠牲としては、WTCもペンタゴンも、大きすぎるのではないかと思えます。

つまり、田中仮説が真実かどうかは、今後の世界が「米国による支配」という方向に向かうのか、もしくはそういう意図がはっきり米国から感じられるようになるのかどうかで、決まってくると思います。

■有事法制単独で議論することに意味はない

さて、最後に日本の問題について少し考えておきます。

日本ではいま有事法案が国会で審議中で、反対があっても、おそらく成立すると思います。自国内に反対があっても、政府が法案を成立させるのは、日本が米国の支配下にある属国であることのひとつの証明だと僕は思っています。

共産党などがいうように、有事法制は米国のいいように日本が軍事協力をするための法案です。そんな米国の言いなりになって軍事行動をとるような法案を通すな、という共産党の意見は、たしかにその部分では筋が通っているのですが、視野を広げてみれば、そのことが何を意味するのか、共産党はわかっているのかな？と疑問を感じます。

有事法案を日本の国会が通さないということは、日本が米国の制圧下から出る、という意思表明になります。つまり、「テロリストの側につくんだな？」といわれることになる。

それに対して、共産党を始め反対勢力は、回答を持っているのか？

日本が米国の属国になっているという現実を受け入れれば、有事法制が通過することの意味が見えてきます。逆にもし有事法制を成立させたくないなら、どうしたら米国の支配下から脱することができるのかという戦略を持たなければならないでしょう。

つまり、有事法制を単独で考えることには意味がなく、米国の直接の支配下からどのように出ればいいのか、それができれば、有事法制の自主性も少しずつ日本の主体のもとに入ってくるでしょう。

僕自身は、では米国とどのような関係になればいいと考えているかについては、また機会を改めて考えたいと思っています。しかしいま見えている結論だけ言っておくと、日本は米国の支配下にある国であるなら、米国議会に「議員」を送ることを考えなければならないでしょう。それによって米国政府の意思決定に、直接的な影響を与えられるようになる必要がある。

ただ、実際のところ、いまの米国を中心とする世界の状況から、何をすべきなのかは、それほど簡単ではありません。単純隷属ではなく、議員を送り込んでの関係でもない、第3の道がきっとある、という気がしています。

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▲仕組まれた9.11
田中宇著/PHP

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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