071英語のシャワー＝見えてきたこととこれから

今回はコミトン69に続いて英語教育「英語のシャワー」についてです。前回同様、「やりたいこと」を仕事やビジネスにしていく一つのリアルタイム事例として読んでもらえればと思います。

■本当に何がやりたいのかは少しずつしか見えてこない？

まず今回、改めて感じているのは、自分が本当に何がやりたいのかというのは意外と少しずつしか見えてこないんだな、ということです。

元々僕が英語のシャワーを始めたきっかけは「正しい英語教育を日本中に広めたい」という大学時代の英語の先生－酒井さん－の言葉でした。そしてそれは、当時、自分が持っていたキャリアビジョン－「変化のプロデューサー」－に向けても、ちょうどよいプロジェクトだと感じられました。そこでやってみよう、と思ったわけです。ところがしばらくやって今改めて考えてみると、どうも自分が本当にやりたいのは「プロデューサー」や「広める」という言葉からイメージされる「仕掛け人」ではないようです。あるいは、それもいいけどナンバー1プライオリティはそれではない。

今、やっていて何が一番楽しいかというと、自分自身が教えることが楽しい。英語を学ぶ上でみんなの持っている課題について考えて（けっこう年がら年中考えています）、その解決策を考え出すのが楽しい。そしてそいつをクラスでやってみてみんながハードルをクリアしそうな感じがしてくるとすごく楽しい。特にそれをみんなが喜んでいる感じが伝わってくると楽しいし、また新たな課題にぶつかっているのを見ると思わずそれについて考えてしまう。つまり、実際に自分でやって結果が目の前で見えているのが楽しいのであって、あんまりプロデューサーとか、広めるとかって感じじゃないのですね。

これは自分にとっては結構意外な発見でした。ずっと自分はプレイヤーであるよりもプロデューサーであるのが好きであり得意であると思っていたのです。しかし、また考えてみると兆しがなかったわけではありません。グロービスで仕事していた頃のマネジメント・スタイルも全くの司令塔だけになるのではなく、ポイントとなるところで教室に出てクラスをやっていたし、それがけっこう楽しかった。今、この部分に思う存分時間を注げるようになったのでますます楽しくなっているようです。

それともう一つ。自分の価値観との折り合いが出来たことも、やりたいことがちゃんと見えてきた一つの理由のようです。自分の価値観には「結果は大きいほど、よい」というのもずっとあり、それが「プロデューサー」にこだわらせていました。しかしアフガニスタンで地道にやってきたのが大きな結果につながりつつあるペシャワール会の中村哲さんや、「日本中に広めたい」と言いながら目の前の生徒にも出し惜しみしない酒井さんを見ているうちに、

本当の結果はかなりじっくり腰を据えた取り組みの中から出てくる
本当の結果が出ていると、どこかでブレークする（こともある）

と感じられてきた。それで、プレイヤーとしてじっくり取り組むことと「大きな結果を出したい」という自分の価値観がかみあってきたように思います。

「でも、だったらプロデューサーとプレイヤーの両方をやれば簡単じゃん」という人もいるでしょう。でも仕事以外にもやりたいことがたくさんあるのでそんなに仕事に入れ込みたくない。まあそれでもプレイヤーに徹していない面もあって、たとえば気がついたことをすぐ記録している自分を見つけたりする。形式知化しようと本能的に動いているのですね。

また、まだ自分の価値観と完全に折り合いをつけたわけではなく、「新しいことに取り組むのが好き」ということと、上の「じっくり腰を据えてやる」ということがどう折り合いがつくのかはまだ様子を見る必要があるな、と思っています。

■プロジェクトのビジョンがだんだん見えてきた

もう一つ最近の変化として、プロジェクトのビジョンがよりはっきりと見えてきたことがあります。やってくる人が英語を出来るようになるのはもちろんあるのだけど、それだけでは満足できないということにだんだん気がついてきたのです。英語を出来て、それでどうなんだ、と。

これについてはコミトン067「旅を踏まえた次の一歩」で「...映画や本を原語で楽しむのは楽しいことだし、英語を使えることでキャリアの機会が広がるのももちろんよいことだけれどもその先、世界のあちこちの人と話をしてみたり、何かをいっしょにつくりだすことができたらさらにおもしろい」と書きましたが、最近、もうちょっとここがクリアに見えてきました。それを一つの表現にすると、

受講した人が日本人以外の親友を持つようになる

という感じです。それもいわゆる先進国だけじゃなく、いわゆる途上国にも。まず、全然違う世界の人同士が親友であるということ自体なんかわくわくするのですが、これがいずれは平和や世界全体のQuality of Life向上につながるんじゃないか、とも思うのです。たとえば911テロを見ていると、親友の国にミサイルを打ち込まれたら人はじっとしていられないんだ、ということが感じられました。かんばつでも地震でも同じでしょう。でも知っている人が誰もいないようなところでもっと悲惨なことが起きても、やはりぴんとこないし行動にもつながりにくい。

まあ数十人、数百人から世界の変化、というのは気が遠くなるような話なんですが、どうせやるなら世界をそのようにとらえる日本人が増える一助にしたいなあと思い始めています。

■「場づくり」も楽しい

さらにもう一つ最近見えてきたのは、「場」をつくり、そこにいることを楽しんでいるのだなあということです。これはある友人をクラスに連れてきたときに、楽しそうにわいわいやっている（もちろん勉強もしているんですが）人たちを見て彼が「やっぱりみんな場を求めているんだね」と言ったことで、自分の中から明るみに引っ張り出されたようです。

彼が言ったのは、そこに来ている人が単に勉強することを求めているだけでなく、職場や家庭とはまた別の「場」を楽しんでいる、ということでした。その場はきっと、テーマ（たとえば英語）があって、さらに具体的にクリアするべき課題があると生き生きしたものになる。つまり、テーマも重要、場も重要。

というわけで、入ってきたばかりの人たちには仲間とわいわいやりながら英語を学ぶ場として機能し、ベテランになるほど世界各地の親友とつながっていく基地として機能する場をつくっていきたいのじゃないか、と思っています。

■教室は起点－たかが起点、されど起点

「やりたいこと」についてはこのくらいにして、次に改めて教育に関わって最近感じていることを少し上げてみます。

まず、勉強における教室の位置付けは「起点」だということです。そこで勉強を完結させようとするのではなく、そこで始まり、よい方向に進んでいくようにするべきだと。しかも学ぶ人が自分で進んでいくように。教室での時間なんて本当に限られているということと、自分で学べるようになった人はものすごい吸収力高くなる、ということがその理由です。しかしけっしてそれは教室での時間に意味がないということではありません。

「起点」として果たすべき役割は大きく分けて二つあると思っています。一つは「こいつはおもしろそうだ」と思ってもらうこと。たとえば「映画の日本語字幕と実際のセリフってずいぶん違うんだよ。だって字幕ってすごく制約があるでしょ」と実際に見せると、受講生は「やっぱり元のセリフをわかるようになりたい」とやる気になり、実際に自分でもDVDを借りて好きな映画を観てどんどん勉強してしまったりします。極論すれば「後で思い出してみると教室で勉強したことは何もなかったけど、とにかく行くのは楽しかったし、行くと自分で本を読んだり英語の音に触れようという気になったよなあ」となっていれば、半分は役割を果たせていると思って、クラスに「楽しみ」や「来たくなる」要素を入れようと常に意識しています。

もう一つの役割は正しいメソッドを理解してもらうこと。これは勉強の分野によっては不要だと思いますが、有害な癖（和訳、辞書引き、誤発音等）を受験英語で叩き込まれてしまった英語の場合はすごく重要なところになります。この面では「とにかく言われたとおりにやって」の丸暗記型ではなく、納得＆理解に向けてしつこくトライしています。ここは自分の論理思考、駆使しまくりですね。

■基本は叩き込まれるべき

次に思ったのは基本を「体に叩き込む」ことの重要性です。「記憶偏重はダメで考えさせる教育がよい」とした結果、体に叩き込むべきことがなおざりにされているケースを時々見ます。留学していた頃、アメリカの教育に疑問を感じたのもそこでした。もちろん考えさせる教育は不可欠だし暗記は僕も大嫌いなのですが、こと言葉のように、考えていたんじゃ実際に使う時には処理スピードが追いつかないことについては体に叩き込むべき部分が必ずあります。

実は僕がこれを「そうだよなあ」と思ったのは、英語自体よりも最近始めた合気道からでした。合気道に限らずスポーツはみなそうだと思うのですが、理屈だけ覚えてもとっさの瞬間には体は動きません。投げられた時の受身、かかってこられた時の流し方やその時の足さばきは、体が自動的に動いてしまうくらい叩き込まれている必要がある。言葉も同じです。「英語の子音は音が強い」とか「英語を話すときはリズムが重要だ」とか頭でわかっているだけではあまり役に立たなくて、夜中にたたき起こされてもその瞬間に正しい発音が出来てしまうくらい自然に出るよう叩き込んでおく必要があります。

でも、全部叩き込んでいたら大変だし時間もかかりすぎます。そもそも多くの人は途中でめげてしまうでしょう。ということで、上に書いたように教室を「起点」に、教室を出ると思わず自分で自分に叩き込んでしまう（叩き込む、というとイメージがよくないので「はまっているうちに癖になってしまう」という方がいい？）ような設計をトライしているところです。

■合気道から学ぶ？

さて、上に合気道から得たと書きましたが、合気道から得られたものは他にもありました。それはゼロからスタートして全国さらには世界50カ国に広まるまでになったということから学べそうだということと、自分が教わる立場になってみると見えてくることがある、という二つの面があります。

たとえば、上に書いた「楽しい」という面と「叩き込む」ところのバランスの取り方。武道の場合、理想的には足さばきや受身などの基本を叩き込んでから技に入るべきと思いますが、実際にそれをやると普通の人は途中でつまらなくなってやめてしまうでしょう。少々あぶなっかしかったり変な動きをしていても、若干進歩がジグザグになったとしても、技を入れて「人を倒せたー！」という体験をするとおもしろいので続けようと思い、並行して基本練習もやりつづけると徐々に基本も押さえられていくと。

そういったバランスの取り方は英語にもきっと必要だろうと思っています。たとえば英語を学びたいという人には「話すことをやりたい」という声が非常に強い。本当は、いきなり話すことをやってもあまりプラスにならないどころか、むしろ受験英語の弊害で使い切れていない英単語をかき集めて不自然英文をつくり続け、むしろそれを変な発音と共に定着させてしまうおそれすらあります。しかし「話せるようになりたいんだ」という人に「今はがまんで黙ってインプット」ばかりでは、じれてきそうです。そこで、たとえば日常のシーンを使った劇をやって「話すこと」に触れながら、でもセリフは正しい英語をあらかじめ用意しておいて、また発音を「それっぽく」聞こえるまでしつこく（でも楽しく）練習するなどが考えられます。そして実はこの発音練習、話す訓練でもあるけれども、自分の中に英語の音とリズムをつくることで聞き取れるようになる、つまりインプットのお膳立てにもなる、というわけです。

また合気道では「精神」あるいは「考え方」を表にはっきり出しているのですが、これがしかるべき人だけをひきつける役割を果たしているように感じています。たとえば、自分からは攻撃しないことや、「礼」についての考え方、「気」についての考え方などにそういったものを感じます。

合気道に通ってみると他にも、段位制度がもたらしていることや「教室」や「学校」ではなく「道場」であることなど、いろいろ興味深い点があります。すべてを応用できるわけではないのですが、それも含めて考えながら見ていると、ただ合気道を学んでいる以上におもしろく感じられます。肝心の練習は、のみこみが遅いのと怪我をしたりでなかなか進歩せず、なんとかぼちぼち通っているよ、という感じなんですが(^_^)。

というわけで、昨年11月に「まずはやってみよう」と1クラスをスタートさせた英語のシャワーにもいろいろ具体的な形やらぼんやりした将来の姿が見えてきました。といってもまだまだこれから、

いかに英語の基礎（あるいは核）をもっと楽しく確実につくるか、
いかにその核のまわりに楽しく血肉をつけていくか、
いかに各自の興味を突破口に「親友作り」を進めるか、
いかにお互いが刺激しあえる「場」にしていくか

などでいろいろ考えたりやることはいろいろあるのですが、それをまた楽しみつつ進んでいこうと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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