074道東というライフスタイルその1

今週は旅行記です。8月初旬に北海道を回ってきました。札幌で仕事があったので、少し時間をとって、道東を見てきました。このところ、里山を軸にして持続可能社会を考えてきたのですが、北海道には里山がありません。その意味では、日本の中の異質な土地柄ということができそうです。

というような話がまとまってできるといいのですが、今回はもっとランダムに書いていくことになりそうです。

■森末邸を見たい！

今回、札幌のついでに道東に、と思ったのは、森末さんが新築中の家を見たかったからです。森末さんは知恵市場の常連で、以前は環境系MLの[ecru]（えくりゅ）でホスト役をやってくれるなど、環境問題にも造詣の深い人です。森末さんとは、以前彼が東京に仕事に来たときに、羽田に行くモノレールの途中、天王洲アイルで会って、あれこれ話をして以来の再会になります。

森末さんは東京で編集の仕事をしていたのですが、北海道に住もうと決めて、前進基地としてまず札幌に移住。札幌で編集などの仕事をしながら、道東への移住の準備を進めてきました。時間をかけた準備が少しずつみのり、新居の工事が春にはじまり、もうすぐ竣工というところまで来ています。この家造りがまたユニークなのですが、それについては後ほど。

彼が道東に家を建てたいという話を聞いたころは、僕の六兼屋も計画が進行中のころで、僕らの方が一足先にできたものの、苦戦しているという点ではまったく同じ「境遇」でした。苦戦する点は似たようなもので、まずお金。即金で払えるほどお金があればいいようなものの、人があまりやらないことをやろうとするような人間はもともと大金や貯金とはあまり縁がないもので（もちろん例外はある）、どうしても金融機関からお金を借りる必要があります。しかし、金融機関は借り主の信用を形式で担保しようとするのが常で、僕や森末さんのような、フリーランスは、当然まったく信頼されません。第一の拠点（僕の場合は東京、森末さんの場合は札幌）の銀行をあたる、家を建てる地域の銀行をあたる、公庫など公的金融機関をあたる、などなど、あれこれやって、イヤミをいわれたり、つぎつぎと降りかかってくる面倒な手続きの山をばっさばっさと片づけて、ようやく家ができあがるわけです。森末さんの場合も同様で、あれこれ苦労したようですが、このへんは、EastSide誌に彼が書いている「引越ing」というコラムに詳しいので、そちらに譲ります。

そんなわけで、僕にとって森末邸は、自分の娘と同じ時期に生まれためいっ子というような、ちょっと切り離せない存在だったわけです。北海道の仕事の依頼が来たときに、森末邸がみれるから、この仕事は受けようとふたつ返事で決めたのはいうまでもありません。

■森末邸の前にはとうとうと釧路川が流れていた

「田舎だと思われるんだけど、僕のところは完全に町中ですよ」という森末さんからのメールの通り、森末邸は道東の内陸部、弟子屈町（てしかがちょう）のちょっとした郊外、という感じのところに建っていました。郊外といっても、もともと弟子屈が小さな町だし、市街地らしい範囲がはっきりあるわけではありません。しかし町から一歩はなれるとそこは北海道らしい原野になるので、やはり町は町で、森末邸の前の川を挟んで、住宅が並んでいるし、ちょっと離れた中心部らしき方向には、ビジネスホテルらしき建物が見えたりしています。といっても、一番高い建物で5階建てが1、2軒という感じです。

目の前に、釧路川。川幅は20メートルという感じですが、日本有数の大きさを誇る湖、屈斜路湖から流れ下る釧路川の水量は豊富で、森末邸の前で大きくカーブしているので、いかに護岸工事がしっかりしていても、心配性の僕としては、大雨の時ちょっと心配？と思ったりして。もっとも、源流が屈斜路湖なので、いわば大きな水瓶から少しずつあふれ出る水。大雨が降っても、山から鉄砲水が駆け下るというような川ではないようです。この川を見下ろし、弟子屈の町を一望する3階建ての展望塔が乗っているのが、森末邸の特徴。この塔はインパクトがあります。

この川を表側とするなら、家の裏手というか、家が面している通りは、新興住宅地といった感じの歩道に街路樹が並ぶ道で、道の一方は市街地を経てJR摩周駅に1.5キロ、他方は阿寒湖に抜ける国道につながり、木工店や雑貨店が数軒ある、小さな観光地のような感じになっています。町の郊外の新興住宅地の雰囲気と、ちょっとした観光地の雰囲気が混ざった空間です。

この立地のイメージはなかなかつかみにくいので、さらに言葉を重ねます。道東に限らず、北海道の町は、古くても明治までしかさのぼらない開拓の町です。実際のところ、開拓のころのバラックに近い家が、じょじょに建て替えられ、今の家は古くても築30年といったところでしょうか。自然環境が厳しく、本州にある「庄屋屋敷」のような、100年以上の歴史のある大きな建築物を造るだけの経済力が育ってこなかったために、基本的にどの家も新しいのです。町自体が、古くない。その点、町の雰囲気は、本州の田舎町というより、むしろ多摩ニュータウンのような、ちょっと古くなりかけの新興住宅地に近いところがあります。家の区画が1軒100坪程度あるのか、妙に土地利用に余裕がありつつも、家は防寒重視で新建材を多用しているので、少し古くても、古びていない。街中、どこにも古ぼけたものがない感じが、新興住宅地っぽいのですね。雑然とした町の中心地や、ほこりっぽい街道筋がない点も、本州の田舎町とは雰囲気が異なる点です。

自然の豊かさはそこここに感じさせながらも、町のたたずまいは新しく、人工的な感じがします。その町はずれに、森末邸はある。この立地が、今回の話のひとつのポイントになります。

■ハーフビルドの家造り

森末邸は、間もなく、8月下旬に竣工予定で、つい昨日「足場がとれました」というメールが届いたので、いよいよ引き渡し間際です。

でも、家の完成度としては、80％の出来、と言ったところでしょうか。外壁は米末の無垢材がはってありますが、僕が言ったときには塗装がされておらず、森末さんとパートナーのヤスヨさんが足場や屋根に上って壁にオイルステイン（浸透性の木材用塗料）を塗っていました。始めていった日より、帰る日の方が確実に塗装面が増えていたので、毎日塗り続けていたのでしょう。

内装も同様で、壁は石膏ボードや集成材がむき出しの状態。キッチンは業務用のシンクがひとつ据え付けてあるのみ。1階の床はコンクリートのままです。生活ができる空間というにはまだ遠く、夜露と寒さがしのげる箱、といったレベルです。引き渡し後、彼ら二人でひとつひとつ仕上げていくというやり方です。

ハーフビルドの家は、仕上げをやってもらわないので、確かに低コストです。しかし実際には、設計者も工務店も、ハーフビルドでの引き渡しはやりたがりません。僕らも、六兼屋を建てたとき、ハーフビルドを考えはしたので、なぜ建築会社がハーフビルドをやりたがらないのか、わかるのです。

最大の理由は、引き渡し後、施主である森末さん夫婦が本当に家を仕上げてくれるか、信用がないとやってくれないのです。

ハーフビルドの家を引き渡してもらって、さあここで生活するぞ、とわくわくするわけですが、その日の晩から、実は呆然とした気持ちに襲われるのがふつうです。なにしろそれまでしていたふつうの家の生活が何一つできないのです。壁が仕上がっていないということは、食器棚もないし、ちょっとしたものを入れるクローゼットもありません。もちろんカーテンレールもないので、自分たちの生活は外から丸見えです。カーテンをつくり、カーテンレールをつけ、なんとか風呂に入れるところまで持っていくことから始めなければならないのです。食事を作るのも同様です。

新居ができたはずなのに、楽しい生活はやってこない。これがハーフビルドの家です。この厳しい状態をものともせずに耐え、日々家の奴隷になったようにはたらき、家を仕上げ、生活の空間を作り上げるという精神力、あるいは意思がないと、ハーフビルドはできるようにならないのです。

家を造る人にとっては、どんなに小さな家であっても、家は作品です。その自分の作品が、引き渡し後、完成を見ることなく、放置され、傷んでいくとしたら、作り手としては耐えられない気分になるのは間違いありません。だから、はんぱで引き渡しても、この人なら確実に家を仕上げてくれるなという確信がないと、ハーフビルドは建てないのがふつうなのです。

実際、森末さんたちも、建築家と出会ってから、1年以上のあいだ、家の図面を書いてもらえなかったと言っていました。弟子屈の地でどんな生活をしたいのか、どんな住まいをつくりたくてハーフビルドなのか、仕上げる技術はあるのか、学ぶ気持ちがあるのか。彼らが依頼した建築家の染谷哲行さんとは、僕も偶然、弟子屈の現場でお会いし、少し話をすることができたのですが、そのあたりの信頼がつかめて、初めてハーフビルドという家造りに協力してくれたようでした。

ここまで信頼関係がつなげればしめたもの、建築家はアイディアを出して、安くて品質のいいものを探してくれます。結局、建築家に払う設計料（ギャラ）より、建築家のアイディアでコストダウンがはかれた金額の方が多い、と森末さん、染谷さんとも、うなずいていました。

僕らもこういう家造りにはあこがれていたはずなのに、なぜやらなかったのかなと思ったのですが、最大の違いは、子どもがいるかいないか、だったように思います。こどもを持たない森末さん夫婦にとっては、がらんとした未完成の空間にいるのはそれほど苦ではないのだと思うし、僕らももし子どもがいなければ、できたかもしれないと感じました。

間もなく引き渡しになったら、週末、札幌からやってきては家の仕上げをして生活基盤をつくる、という作業が、おそらく春までは続くのではないでしょうか。

■日本中を見て回って、弟子屈

今回の旅でぜひとも知りたかったことは、森末さんがなぜ弟子屈を選んだのか、という点でした。僕らもなぜ八ヶ岳なのか、なぜこの土地なのかとよく聞かれるのですが、僕らの場合、東京拠点というのははずせない条件だったので、ある意味では楽でした。弟子屈という、大都市圏からもっとも離れた土地を選ぶようなひとの選択の理由は何なのか、余計に気になります。

森の中のレストランで食事をしながら、実際その辺をあれこれ聞いてみたのですが、彼らが二人で、本州～北海道のあちこちを放浪のように旅してきた経験から、弟子屈を選んでいることがわかり、改めて人が住みかを決めるふしぎを感じました。

で、なぜ弟子屈なのか、という本当の理由は、実のところ、はっきりとは聞けなかったし、多分、森末さん夫妻自身も、まだ人を納得させるだけの理由を言語化できていないのだと思います。それはべつに不思議なことではありません。

ひとつ彼らが上げていた理由が、「ここには人の気配が薄いから」というものでした。田舎町とはいえ、川を挟んだ向こう側には家が並ぶこの立地で、人の気配や生活がないというのも妙な話なのですが、彼らに言わせると、美しいパッチワーク模様の畑が丘にうねる美瑛や十勝平野でさえ、「人に近すぎる」というのです。

こういうときは、あれこれ追求して聞くよりはイマジネーションをはたらかせた方がいいというのは、僕のインタビューアーとしての経験値で、そのほかの話を総合して考えると、こういうことなんだと思います。

美瑛や十勝は確かに広々しているし、目の前に見える風景の中にいる実質的な人口密度は、弟子屈より少ないのだと思います。しかし問題は人口密度ではなく、風景の中に人が関わったものの密度なのです。緩やかな丘を覆うラベンダーやジャガイモやトウモロコシや小麦の畑は、どれも人間が関わって作り上げたものです。人間の手が入った風景です。いくら人の数が少なくても、目の前に展開する風景の多くが人間の手によるものなら、その点では、都市とあまり違いがないのではないか？

これに対して、弟子屈は、家から出て車で5分走ると、そこには原野が広がっています。文字通りの原野です。確かに農地もあります。森を切り、開墾し、美瑛や十勝のような、広々した農地になっているところもありますが、その周囲には手つかずの森や湿原が広がっています。

実際、弟子屈から釧路を結ぶ県道を走ると、原野が延々と続き、農地が現れる外町になり、また町を離れると原野が続き、という風景が1時間以上（距離にして100キロ近く）続きます。人の手が入っている領域が、人の手が入っていない領域よりかなり小さい。これが道東の風景です。

森末さん夫妻がほしかったのは、この、手つかずの自然が人間を圧倒している感じなのだと思います。

■二種類の自然

「コミトン068里山FAQ」で、手つかずの自然よりも、人間の手が入っている自然の方が豊か、と書きました。里山の自然は確かに豊かな自然だと思いますが、しかし、それは確かに手つかずの自然ではありません。管理され、人間によって維持され、生かされている自然です。

一方、道東にある自然は、手つかずの自然であり、人間に頼らずに生きている自然です。そういう自然が周囲を囲んでいる空間というのは、すでに本州の平地では全くなくなっています。それだけ古くから細部まで土地利用を進めてきたのです。北海道でも、道南（函館～支笏湖あたり）、道央（札幌、旭川、富良野など）、そして道東でも十勝あたりまでは既になくなってしまった（農地になってしまった）。あるのは、道東の東の方か、道北の北の方に限られる。

この広い日本の中でも。その範囲の中で、出会えたのが今の森末邸の土地です。やはり非常に限定された、彼らにとって特別な土地なのだと思わざるを得ません。このように、一見理由がわからないようで、実はしっかりした必然と少しの偶然によって選ばれた土地は、聖地と呼ぶにふさわしい、特別な意味を持つ土地なのだと僕は思います。

話は戻って、その道東の自然ですが、気をつけなければいけないことは、手つかずの自然が「豊かな自然」であるとは限らないという点です。北海道の原生的な自然がどの程度豊かなのか、僕は知識がありませんが、少なくとも森末さんは、豊かな自然がほしくて道東を選んだのではないのでしょう。ほしかったのは、人間を圧倒する原生的な自然を感じる風景だったのです。

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さて、このあたりで原稿があふれてしまいました。今回はここまでにします。次回（再来週）、この続きをお届けします。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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