コミトンその他で「合気道を始めた」「でも、痛い目にあっている」と書いたり話したりしているので、「どうして合気道？」という質問をよく受けます。実際、今ごろになって合気道を始める人は多くないと思いますし、ましてや自分の場合は運動神経はよい方ではない。でも、なぜ合気道を始めて、予想通り苦戦しているにもかかわらずまだ続いているのか、それは自分に合っているような気がするから。そして自分が求めているものがいろいろありそうな気がするから、なんですが、ではどういうところにそう感じるのかを今回は書いてみたいと思います。

■そもそもなぜ始めたか？－アイデンティティの道

まずそもそもなぜ合気道を始めたのか。これはコミトン67「旅を踏まえた次の一歩」で触れた「日本人のアイデンティティ」の話と関わっています。2月から5月まで世界のあちこちを旅行していて、それぞれの地の特徴を芸術、衣食住その他行動パターン等いろいろなものに感じてきました。そして固有のものを守ったり育てたりしているところほど、土地にも人にも生き生きとした様子を感じました。逆にただ「グローバル」や特徴のない富を追いかけているところには生命力を感じなかった。ここで日本について危機感を感じ、まずは自分自身が「日本的なもの」をもっとやってみよう、と思ったのです。

そしてこういう「日本を育てる、守る」ということの他に、その方が自分も生きてきそうだ、という直感がありました。あの旅でわかったのは、自分は実は思っていたより日本的だということだった。たとえば南アフリカのパワフルなアフリカン・ダンス、ブラジルのカポイエラ等、見ていて「すごくいいなあ」と思うのだけど、自分がそれにトライしてもどうもはまりそうにない。自分がぴたりとはまりそうなのは、動と静で言えば静、あるいは静の中の動。色で言えばカラフルよりも白と黒。圧倒的な力よりも理（ことわり）をおさえて受け流すあるいは斬ること、という感じがしたのです。

じゃあ、何をやろうかと考え、じっとしてやることは既に笙（雅楽）を始めているので体を動かす分野にしたくなり、合気道を選んだのでした。なぜ柔道や剣道（あるいは相撲(^_^)?）でなく合気道なのかというと「力ではなく気を合わせて相手を倒す」と合気道について当時持っていたイメージが自分に合っているように思ったのでした。

■「呼吸」－合気の気

さて、合気道をやってみて、一番「これはよさそうだ」と思ったのは実は「呼吸」でした。呼吸と言っても、普通の「息を吸って、吐いて」というのとはどうも違うようです。普通の呼吸はきっかけに使われるのだけど、どうもやろうとしているのは世界をつくっている「気」というエネルギーを体の中に満たす、あるいはそのエネルギーの動きを感じ、またそれに合わせて自分が動くということのようです。「ようです」というのは僕自身、まだわかっているのかどうなのかわからないからなのですが、自分の感覚としてはそのように捉えています（そして今、あえていろいろひもといたりせず、道場で言われたことだけで解釈しようとしています）。

「気というエネルギー」とかいうと何か怪しいもののように見えるし、霊とか超自然という取り方をする人もいそうですね。僕はそういう捉え方はなるべく避けたいと思っているのだけど、どう名前をつけるかはともかく、現実に「呼吸」を意識して合気道の深呼吸をやっていると、体の末端まで生気が入っていくように感じます。そして逆に、ふだんは体の中で停止状態にある部分が多いんだなあというのを感じています。同時に、これは運動をすれば活動しだすというものでもなさそう。イメージ的な表現ですが、特に「しんどい」タイプの運動はむしろ細胞を固めてしまうような感じがしています。合気道はその意味で（マスターすれば）体を活性化していくタイプの運動という感じがしています。なぜそう思うかというと、動きがきわめて自然なことといわゆる腕力を必要としないこと、つまり体にムリがかかっていないことからです。

そしてもう一つ、生気に通じると感じがするのは「地」を感じていることです。たとえば靴も靴下も履かずにはだしでやっていることはその大きな要素になっている気がします。足の指と裏で「地」（ビルの床の上のビニール畳なんだけど）を感じている気がするんですね。また、ふだんの椅子の生活よりも自分の頭が地に近い状況が多い。たとえば技をかけられて倒された時、座り技をやっている時、そして礼の時と。まあ、倒れたり座ったりというのは合気道に限らずいろいろなスポーツに（たとえばバレーボール？）あることだと思いますが、おそらく上に書いた呼吸のことと合わさって、地面からのエネルギーを受けているような気になるのでしょう。

■人と争わない武道

合気道に魅力を感じているのはもう一つ、武道としての姿勢にあります。元々僕は戦うのはきらいで、ビジネスでも「人がやらないことをやる」ことで戦いを避けてきました。いわんや暴力はとんでもないという感じです。なのに今、武道をやっているんだけど、合気道の場合はまず自分から攻撃を仕掛けることはないんですね。技は人が攻撃してきた、たとえば殴りかかってきたという想定で始まります。そして競技もない。競争ではなく自分の鍛錬であるという発想です。しかし大勢の相手が襲い掛かってきたり、武器をもって敵が襲い掛かってきても相手をさばくという技を持っています。

また、相手にとらわれない、という考え方も魅力を感じているところです。「相手を意識すると自分が崩れる。状況を把握はするが相手にとらわれない」という、禅問答のような考え方なのですが、ぜひ到達してみたいところです。

■学び方も日本的

と、合気道の性質はとても気に入っているんですが、前にも書いたように、運動神経のよくない僕としては身に付けるところで苦戦しています。そしてこの苦戦の原因、半分は自分の運動神経だと思うのですが、もう半分は稽古の仕方にあり、またこれが日本的なのかなあ、と思っています。たとえば...

稽古にはレベル分けが基本的にありません。最初の数回、受身などどうしても押さえておくべきところを練習したら、あとはみんないっしょです。有段者も含めたみんなでの稽古に加わります。稽古は、その日の先生（何人もいてよくかわる）が誰かを相手にちょっと説明をしながら見本を見せた後、誰かと組むなどして10分程度同じ技を練習します。そして2時間（準備体操が長いので正味90分くらい）の練習で10弱の技を練習します。なお、合気道の技は他の武道をやっている人に言わせると「まわりくどい」つまり段階が多く、その分だけ理解するのに時間がかかると思います。

で、そこに飲み込みのよくない僕が入っていくとどうなるか。先生の模範演技を見た後なんとか思い出してやろうとしますが、もうその瞬間から、どっちの足をどこに踏み込むんだっけ？　手はどこをつかんでどちらにまわすんだっけ？という状態です。運良く最初の動きを覚えていたとしても、あれ、その次の足の動きは？手は？とクエスチョン・マークが行列してしまいます。仕方がないので組んでいる先輩に1ステップずつ教えてもらいながらやっても、言われた通りにやるのが精一杯で手順を覚える余裕がほとんどない。しかもまずいことに技は左右交互、そして表と裏と毎回変えるようになっているので、その度に「あれ、なんだっけ？」と混乱してきます。そして結局その技を覚えるに至らないうちに次の技の時間になり、また同じことの繰り返しです。その度に違う人と組むのですが、それにしても自分が技をかける時は相手にとっては基本のステップを教えているだけのような感じで申し訳ないなあと感じてしまう。

うーん、これは道場でやっているだけではらちがあかないと本を買ってみることにしました。本当はビデオかDVDの方がよいと思ったのですが、amazonで検索する限りは手ごろなものが見つからなかったのです。数日後、本が送られてきたのを見てさっそく研究開始。ところが...分解写真を見て理解しようとするのですが、ワカラナイ。まず、技をかけるほうもかけられる方も正規の合気道の服装、つまり全く同じかっこうをしていて（上が白の柔道着のようなもの、下は黒い袴）、しかも途中で位置が入れ替わるのでどっちがどっちなのかわかりにくい。髪型くらいぐっと違って（片方ロンゲとか？）くれればまだわかるのですが、同じようなさっぱりした格好をしています。また、写真が白黒なので、白っぽい壁に白っぽい道着では上半身がどういう動きを取っているのか見にくい。しかも袴とあっては、脚の動きが全然見えない。やっと見えている足ですら、注意してみてようやくどちらの足が前に出ているのかわかるという状態です。分解写真の数も少なく説明もかなりおおざっぱなので、結局、「これじゃあ、既に分かっている人にしか分からない。うーん、ダメだ」となってしまいました。

それでも「せっかく始めたんだから」とがんばって稽古に行くのですが、なにしろ前述のような感じで前回やったことが全然積み上がっていないので、毎回「うーんと、なんだっけ？」となります。ただでさえ時間をかけて相手に教えてもらっていて悪いなあと思っているのにそれが続くと、ますます申し訳なく、さらには向こうも「こいつ覚えが悪いな」とあきれてきているんじゃないか、という気がしてきます。

■続く秘訣

そんな時に「でも、続けてみようか」と思わせることが三つ起きました。一つは入って半年くらいの先輩が声をかけてくれたことです。「どうですか？　慣れてきました？」「いやあ、なかなか」これに彼は「最初の5回から10回くらいが山なんですよ。そろそろ初心者扱いが終わるというのにまだ何をやっているのかつかめていないって感じて、先輩には『まだわからないのか』と見られているような気がするんで僕もつらかったです。でも、それを越えたらだんだんわかって見えてきました」と。その頃、僕は5回目くらいだったので、「そうか」という感じでした。

二つ目は上の彼以外に雑談をする相手が出てきたこと。僕は積極的に仲間を作りに行くタイプではないので稽古中も話すことはあまりないし、最初は稽古が終われば特に人と話すでもなく帰るという感じだったのですが、少しずつ話をする人が出てきました。「なかなか進歩しないんですよ」というと「そんなもんですよ」と言ってくれるのはもちろん、ただ雑談をしているだけでも自分の居場所がそこに出来つつある気がするし、わからないことを聞いたりもできるので、気の重さが緩和されるのですね。

そして最後が、これは前にも少し書きましたが、基本の技をみっちり練習する機会を得たこと。ちょうど初心者の人が僕の少し後に入ってきたので、二人をみんなの中に入れるよりは、と先生が考えたのでしょう。片手取り四方投げという基本の技を延々と二人で練習することになりました。これは、一つに、よく出てくる基本の技を一つ理解したことで「やれることが出来た」という感覚につながりました。そしてもう一つ、この技の中にあるいくつかの動作の意味を理解したことで合気道の動きのいわば基本モジュールをいくつか理解したことになり、そのモジュールを使っている他の技も少し理解しやすくなったのでした。

実は、こういう形で基本技をまず押さえるなり、モジュールを体系的に教えるなりした方が効率的なんじゃないかなあと思うのですが、わかってもわからなくても場に放り込んでみようみまねで練習して、体が自然に動くようになるまで待つというのも日本的学習法なのかもしれません。

■転んでもタダでは起きない...

アというような感じで、楽観は許せないが継続できているという状態なのですが、「うーん、しんどいぞ」という自分の置かれた状況は、自分が教育ビジネスに関わっていく上では非常に参考になっています。たとえば、雑談を出来る相手が出来ると、それが決定要因にはならないにせよ、続けて来る気持ちにプラスにはなる。これ、「盛り上がるクラスはいいクラスになる」と以前からわかってはいて、グロービス時代もクラス幹事などを置いたりしていたのですが、最近さらに注意し始めたのは静かにしている人です。講師としても元気な人や気さくに見える人の方が声をかけやすいので、そういう人と雑談しがちです。しかしそういう人は最初にちょっときっかけがあれば自分で走っていけるので、自分もスタッフもむしろ静かな人により声をかけていくようにしようと。

また、やっている内容を「難しい」と感じている人が気落ちしないように注意するというのもあります。興味深いのは、落ち込むタイプの人は実は本人が思っているよりは出来ていることが多いことです。たとえば英語のシャワーでも、もっと出来ていない人が「映画を使ったクラスは楽しい！」とか喜んでいる横で「今日のは全然聞き取れなかった。やっぱり素質ないんだろうか」とがっかりしていたりします。きっと思い悩むのは自分で定めた基準が高いからなんですが、ほうっておくと「自分は素質がない」とあきらめてしまったりする。しかし、その前に見つけて「だいじょうぶ、だいじょうぶ。けっこういい線行っているよ」と言ってあげられれば、元気になるし、元々がまじめな人なので努力して伸びていきます。

もう一つだけ「合気道苦戦体験」から学んだことの例をあげると、相互学習ではみんなにメリットがあるのだと明言することです。合気道でもよく「初心者の人たちは自分たちの中ではなく上の人たちと組むように。そうしないとうまくならないよ」と言われるのですが、これが心理的には抵抗がある。自分は教えてもらうことでもちろんメリットがあるのだろうけど、相手は自分と組むよりももっとうまい人と組んだ方が練習になるよなあと思って気後れしてしまう。これは英語でも論理思考でもグループワークなどの相互学習をする時はきっといっしょだろうと思ったので、出来ている人とそうでない人の両方にメリットがあることを必ず言い、特に出来ている人が他の人を積極的に助けるように持っていこうとしています。

というわけで、あいかわらず苦戦していますが、合気道だけでなくいろいろなものを拾いながら、粘っています。先日初めて道場主の指導を受ける機会があり、70歳を超えてなお美しい合気道の演武を見ることが出来たのもプラス要因でした。彼の「重要なのは断定なんだ」という言葉に従い、しばらくは行けると「断定」してやってみようと思っているところです。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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