078日本の内なる異民族

今回は、前2回の北海道シリーズの最終回であり、そこから離れてより広いテーマに迫るという意味では、別のテーマでもあります。

日本は単一民族、という発言をしてひんしゅくを買った内閣総理大臣（中曽根氏）がいましたが、では単一民族ではなくて、どんな民族構成なのか、という点についてきちんとした理解をしている人は、案外少ないのではないでしょうか。今回は、そんな「内なる異民族」の話です。

■アイヌとの出会い

北海道に旅発つ前、森末さんは、「アト゜イ」という本を送ってくれました。トにマルがついて、なんと読むのだろう？という疑問が先に立つこの本ですが、「アトゥーイ」と読みます。

表紙からして、受け入れられない人にはまったくだめだろうという感じの本ですが、決して新興宗教じみた本ではありません。アイヌ文化をベースにした、なかなか深く、同時に先住民文化の限界も感じさせる本です。

アト゜イは本の著者の名で、アト゜イさんはアイヌ詞曲舞踏団「モシリ」のリーダーです。
http://www.sh.rim.or.jp/‾moshiri/

アイヌについては、日本人の多くがほとんど知識を持っていないので、一応簡単にまとまっているページから引用しておきます。

●アイヌとは

アイヌとは、「人間」を意味します。アイヌ民族は、「自分たちに役立つもの」あるいは「自分たちの力が及ばないもの」を神（カムイ）とみなし、日々の生活のなかで、祈り、さまざまな儀礼を行いました。

それらの神々には、火や水、風、雷といった自然神、クマ、キツネ、シマフクロウ、シャチといった動物神、トリカブト、キノコ、ヨモギといった植物神、舟、鍋といった物神、さらに家を守る神、山の神、湖の神などがあります。そういった神に対して人間のことを「アイヌ」と呼ぶのです。

●アイヌの起源

アイヌの人種所属については、かつて「コーカソイド（白人）説」「モンゴロイド説」「大洋州人種説」「古アジア民族説」そして「人種の孤島説」などが唱えられました。現在では「モンゴロイド説」が発展した一つの仮説として、次のような説があります。

古モンゴロイドには南方系と北方系の2つのタイプがあって、縄文時代前、いまから数万年前にそのうちの南方系のモンゴロイドが北に向かって移動を始め、長い年月の間にそれらが沖縄を含む日本列島に住みつき、全国的規模で縄文文化を担うようになります。やがて弥生～古墳時代になると、北方系のモンゴロイドが大挙して渡来するようになり、これらの影響を強く受けて急進化してきたのが和人（アイヌ以外の人々）、ほとんど影響を受けずに小進化してきたのがアイヌと琉球人であるといわれています。

ということのようです。

■あやうくなる「大和民族」

上記の説明によると、日本にいる民族とは、多数派の大和民族、先住民族であるアイヌ民族と琉球民族、だという説明です。

しかし、前述の書「アト゜イ」によると、アイヌは民族系統が縄文時代にまでさかのぼれるけれど、一方、大和民族はどのような系統なのか不明で、そもそも独立した民族として認知されていない、という説明をされています（というか、ほんの少し触れられているだけですが）。

となると、日本の主流は「民族」はどのような「民族」なんでしょうか？　アト゜イには詳しい説明はないし、ざっとあたった情報ではこの点についての適切な説明に出会うことができませんでした。「民族として正体不明」というのは、おそらく、アイヌや琉球の共通の祖先である日本列島の先住民族に対して（南方系）、北方系のモンゴロイドの大移動がやってきて、その混血人として生まれたのが大和なのだとして、その北方系モンゴロイドの正確な民族系島や、いつどのようにやってきたのかのルートが不明、また先住民族との関係（敵対的だったのか、調和的だったのか、など）も調査が進んでいないといった点で、「大和民族」のルーツがわかっていない、ということだと思います。

ただ、古墳時代や大和王朝の時期（4～6世紀？）には、出雲やクマソが登場し、平安時代には坂上田村麻呂の奥州（蝦夷＝えみし）征伐が記録に残っていることを考えると、平安時代あたりまでに先住民族は北海道や琉球に追いやられていったと考えられると思います。

僕らは、たとえば坂上田村麻呂の奥州征伐を、「奥州の反乱勢力の征伐」というように習っていて、その相手が「異民族」だったと、はっきりとは学んでいなかったわけですが、これが「制服民族である大和による、先住民アイヌの制圧」だと考えると、日本史の印象はずいぶん違ったものになります。

このあたりの参考情報はこちら。
※このサイトの情報が正しいとは限りません。

このように、大和民族のルーツがわかっていない理由として考えられるのは、平安以降、征服民族としての大和が、その正当性を主張するために、先住民族の存在そのものを否定して歴史を描いてきており、明治以降の近代教育の中でも、先住民族の存在をあえて無視してきたことによると考えられるでしょう。

アト゜イさんは、「古代の歴代天皇の陵墓を発掘すべき」といっていますが、わざわざエジプトまで行って発掘するなら、天皇墓の発掘も同じように扱われていいはずだし、それによって日本史の本当の姿が見えてくる可能性は大きいのでは？と思います。

もし、大和民族が、古墳時代あたりから平安末ごろまでに日本列島に新たに進出した征服民族だとしたら、その時代的なタイミングは、欧州大陸における「ゲルマンの大移動」やブリテン島（イギリス）の「ノルマンによる征服」とほぼ同時期のことであり、ユーラシア大陸の西端と東端で、ユーラシア中央部からの民族移動により、先住民の征服があった、という歴史になるのかもしれません。

イギリスでは、この10～11世紀の「ノルマン・コンクェスト」の結果として、先住民のケルト人は隣のアイルランド南部に追いつめられ、その結果として、アイルランド人（ケルト系）による、イギリス人（ノルマン系）に対する独立運動がずっと続いていること、今もイギリス政府にとって、「アイルランド独立急進派」は、テロリストとして弾圧の対象になっていることを考えると、日本の内なる「異民族」である、アイヌや琉球の問題を「歴史上のできごと」として過去のものに位置付けることはとても危険なことです。

このあたりの「歴史の真実」については、僕自身まだよくわかっていないので、今後の課題にしていきたいと思います。正確な知識は今後に譲るとして、ここでは、まず、アイヌ、大和、琉球の3つの中心的な民族がいる、と考えておきます。

■今に続くアイヌ暮らし

さて、アイヌは日本の先住民族であり、明治以降も北海道に暮らし、独自の文化を保ち続けてきました。そのアイヌの、道東最大級の集落が屈斜路湖にあるクッチャロコタンだったようです。

クッチャロとは川が流れ出る口という意味で、屈斜路湖という湖の名前はこのアイヌ語に漢字を当てたものです。コタンはアイヌ語で「村」です。屈斜路のコタンは、湖の南東岸にあり、釧路川の流出口に近いところでした。アト゜イによると、屈斜路コタンはアイヌにとって特別な聖地で、カムイ（神）を交流しながら豊かな生活を送ってきたと言います。

今、屈斜路コタンは、アト゜イさんが経営する民宿レストラン「丸木船」や、アイヌ民俗資料館などが数軒ある小さな観光地兼集落のようなところになっていますが、決して流行っているという感じのところではありません。しかしコタンの湖岸に立って屈斜路湖を見ていると、広大な屈斜路湖とそこに満ちる大量の淡水、そして湖を囲む原生の姿をそのままにした森と山々は、特別な印象を与えます。湖畔は、ここ以外の多くのところでは、山が湖に落ち込んでいて近寄れず、コタンの周辺がもっとも湖に出やすい場所です。しかも釧路川の流出口から川を下れば、100キロを下って釧路まで行ける。

特別な場所、聖地というのは、心を静かにしてみていると、それなりに納得性があるものです。

この、屈斜路コタンには、明治のはじめの調査で、17戸ほどの集落だったという説明を読みました。屈斜路コタンにいる古老（というより、おじさん）の話によると、明治はじめには200～300人の集落だったといいます。1戸あたり15～20人程度なら家族として十分あり得るでしょうから、そのぐらいの村だったのでしょう。

屈斜路コタンには、今、アイヌの木彫りや民芸品を売る小さな店が数軒並んでいます。店や家は、よくいえば質素、印象的には「粗末」で、明治期に開拓に入ったら大和人がアイヌを「土人」と見立て、差別したり、不公平な取引をしたのも、わからなくはないという印象です。

北海道は江戸時代には松前藩の所領でした。しかし幕藩体制では大名のサイズは石高、つまり米の収量で決まっていたので、米のとれない北海道は、「GDPの計れない藩」として特別な立場にあったようです。

松前藩は、いわば幕府の「特産物商社」として機能していたようです。はじめは松前藩士自身が北海道各地に出向き、アイヌから鮭や動物の毛皮などと、穀物などを交換していたようです。いわば異民族交易の前線基地で、この特産物を売って藩を経営していました。後に、交易は藩の指定業者（商社）が行い、藩自身はその間りと幕府への中継ぎだけを行うことになったようですが、藩の直営の時より、外注が進んでからの方が、アイヌへの不公平な取扱がだんだんひどくなってきました。

「アイヌは文字も持たない土人だから」という理由で、たとえば鮭の数を数えるときに「始め、1、2、3、4、5、おわり」と数え、2個ごまかしたりしていた、といいます。まったく姑息な。

アイヌ自身はというと、もちろん数が数えられないわけではなく、「シサム（アイヌ語で大和のこと）は心が貧しいから嘘をつく」とあきれていたという話がアト゜イにも出てきます。武力で勝る大和が、質素な暮らしをするアイヌから、不公正な取引で特産物を買い取ってくる。この構図、今の南北問題と共通するのがわかりますね。

先住民族の圧迫、異民族の征服という歴史は、地球のどこかの帝国が行っている圧政ではなく、僕たちのつい2～3世代上の人々が、同じ日本の国内で行ってきたことなのだと気がつきます。

■在日コリア、在日中国人・台湾人の存在

アイヌと同じことが、琉球の人々に対しても行われていました。このあたりのことは、また機会を改めて書きたいと思います。しかし沖縄が国内で唯一、地上戦の舞台になり（地上戦になることを軍部が認め）、戦後は長い間の占領、そして米軍駐留という事実を見ても、大和人が琉球人に対して、圧政を行ってきたことはわかると思います。

この、アイヌと琉球は、征服民である大和と先住民との関係ということができるでしょう。

しかし、日本の内なる異民族は、アイヌと琉球だけではありません。日本には在日コリア（朝鮮人、韓国人）が、200万人以上いる、と考えられています。

参考情報はこちらやこちらを見てください。

最近では、ハングル名をそのまま名乗る在日コリアの人も増えてきて、僕も数人の在日コリアの知人がいます。

コリアのほかにも、台湾人、中国人も、多数住んでいます。

在日コリアは、国籍を日本に変えていない「在日外国人」も多いので、「内なる異民族」といえるのかどうかという議論はあると思います。しかし、もとをたどれば、在日コリア、チャイニーズは、日本が朝鮮半島や台湾、中国東北部（旧満州）を支配下においていたという征服の歴史の中で、日本に住み着いた人々（とその末裔）です。日本の都合で日本に住み始めたのに、その地位の面で不当に扱っているのであれば、これについても僕たちは適切な目で見直す必要があるでしょう。

実際、在日コリアが感じている、日本人（主に大和人）との不公平感は無視できない大きさがあります。

■内なる国際化

今、誰もが日本の国際化を訴えますが、その一方で、日本の内部にある異民族、異文化に目を向ける動きはあまりありません。日本は単一民族という幻想が、今も日本人を包んでいるのです。

外の異文化を理解し、共に生きようとするなら、内側の異文化・異民族も同じように共に生きていく必要があるでしょう。しかも、内なる異文化・異民族は、同じ日本語を話し、すぐ近くに住んでいます。海を越えた向こうに住む人々より、理解のハードルはずっと低いと考えるのが自然です。

僕自身、まだこの問題を適切に考え、行動することができていませんが、今後も目を向けていこうと思っています。そして「内なる異文化・異民族」に触れ、理解する機会は、ちょっとした観光旅行にもあるのだということを、北海道で感じたのでした。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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