079 911とアメリカ人

少し前、米国同時多発テロ911の一周年でした。日本でも、この日の少し前、そして当日はいろいろメディアで取り上げられました。過ぎてしまうとほとんど目にすることがなくなりましたが。しかし僕が関心を持っていたのはどちらかというと、１年経ってアメリカではどのようにこの日が捉えられるのだろうか、ということでした。政府、メディア、そして人々のそれぞれにおいて。

といっても、とりたて多くのメディアやサイトをチェックしたわけではありません。チェックしていたのはCNNとBBC、Newsweek、BusinessWeek、その他ちょこちょこと。今回はそんな中から感じたことを書いてみたいと思います。また違った情報を持っている方はぜひ教えてもらえたら、と思います。

■神を感じている人々

まず報道やとりおこなわれている式典などから感じたのは、穏やかであるということでした。式典は性格を考えれば当然とも言えますが、それ以上の何か穏やかなものを感じました。また報道にも少し同じようなことを感じました。何がそういうことを感じさせるのだろう、と考えていたのですが、Newsweekにインタビューされたある生存者の言葉をみた時、一つはこれかなあ、と思いました。

　　I'm not overly religious, but I believe I lived for a reason.

「私は特に信心深いわけではない。しかしそれでも、今自分が生きているのはな
んらかの神の意思があったからだと思う」という感じでしょうか。

こういうことは、クリスチャンであれイスラム教徒であれ、仏教徒であれ、ふだんから神に接している人たちならば当然のように感じていることなのでしょうが、多くのアメリカ人や日本人には、縁遠い感覚のように思います。ところが911で大きなショックに直面して、またそのショックを受け入れる時間が経過して、今それぞれの「神」をどこかで感じているのかもしれない、と思ったのでした。特にその近くにいた人ほどそうなのかもしれません。そして、そのことが穏やかな雰囲気をつくり出しているのではないかと。

ただ、これは僕の願望がそう感じさせているのかもしれません。アメリカ人、とりわけそのリーダーたちは、自分が世界の神であると思っていて、それがいろいろな問題の源になっている気がするので。

■前に向かう姿勢

もう一つ感じたのは、アメリカ人たちの、前に向かおうという強い意志でした。遺族にしても、少なくとも人前では、「彼（女）を愛している。今でも彼（女）は私たちの心の中に生きている」と言いながら、「だから自分は生きていくのだ」という姿勢と笑顔を見せている人が多かった。もちろん大きな喪失感もそこにあって"I miss him/her so much."と繰り返されるのだけど、目は強いのです。

そしてメディアの取り上げ方も「客観的」に状況を伝えるものではなく、「だいじょうぶだ」「我々は進んでいる」と鼓舞するものに感じられました。たとえばNewsweekの表紙は、再会した屈強な三人の消防士が並んで立っている風景。遠くには自由の女神が見えています。アメリカ人といえば写真は歯を見せた笑顔が定番ですが、ここでは強い意志を示すかのように口を結んでいます。

BusinessWeekの見出しでは"Terrorist attacks and corprate crime shoked the nation, but through it all America's political and economic systems held steady."（テロ攻撃と企業犯罪が国をゆさぶったが、これら全てを乗り越えて、アメリカの政治と経済のシステムはしっかり立っている）とあります。これは本当にそうだからそう書いているというよりは、そう伝えなければならないと思っているように感じられます。実はこの感覚は1年前にも感じられたことでした。当時のメディアには、テロに立ち向かうという共通の目的に向けて雰囲気をつくりあげていこうという意志が感じられました。一方この頃日本のメディアは、テロの解説を行いながら、日本政府の対応の批判をしていました。どこでどれだけ時間がかかっていたとか。置かれた立場が違うと言えばそうですが。

そして、政府高官のスピーチ、特に大統領のものは、穏やかでありながら普段にましてあたたかく、アメリカ人の心を鼓舞するものだったことは言うまでもないでしょう。それは単に内容だけでなく彼の話し方からも感じられるものでした。1年前には、決意は感じられるものの、あまりに単純かつ性急な印象も受けたのですが、今回は、少なくともアメリカ人から見れば全面の信頼を置ける印象を与えたのではないかと思います。

このような、前進する意志の強さと、皆が共通の目的に向けて動くという姿勢はアメリカの文化の中で尊敬できるものだと思います。そして注目すべきは1年前も今も「アメリカは自由と正義の国であり、それを守るのだ」という信念が多くの人に心から信じられている、ということです。これはたとえば下のようなネットでの投稿にもみることができます。

（ちょっと長い上になんとなくわかると思うので、翻訳はしません）

America is Millions of people from dozens of faiths and hundreds of homelands standing together, unwilling to give up on their ideals of peace, justice, and brotherhood.

Did terrorists attack America? They attacked our buildings, they crashed our planes, and they killed many of our brothers and sisters. But did they attack America? No - they cannot....

BECAUSE WE ARE AMERICANS
What We Discovered on September 11, 2001
WARNER BOOKS　から

この本はAOLへの投稿をまとめたものですが、これ以外にも、テロ直後、こどもたちがおかしをつくってそれを近所で売り、得たお金を赤十字に送った話とか、何も出来ないので、と車がよく通る通りで星条旗を振りつづけた人の話、テロ直後に飛行機に乗った人たちをユーモアにとんだスピーチで鼓舞した機長の話など、いろいろなエピソードが載っています。

■なぜ起きたのか？はいまだに問われていない

しかしもちろん、どちらが前かを確認しない強烈な前向きさは、むしろ破滅へのフルスピードという恐れがあります。そういう前向きさを多数派が持っていた場合、これを止めるのは非常に難しい。今回の場合「どちらが前かを確認する」とはまず「なぜテロ攻撃に遭ったのか」を確認することでしょう。しかし、大統領の演説でも、CNNのプログラムでも、雑誌でも、僕の見ていた限りでは「なぜアメリカがテロ攻撃に遭ったのか」という話が出てくることはありませんでした。一年経った今でも。

しかし、これは当然のことかもしれません。政府にとっては「何かが間違っていたんじゃないか」などと（一見）気弱に見えることをやるよりも、アメリカを守るために決然と立ち上がる方が国内外に与えるイメージはずっとよくなります。

メディアについても、テレビでも雑誌でも「アメリカはなぜ憎まれるのか？」という言葉までは時々出てくるけれども、その答えが検討されることはありませんでした。その大きな理由はおそらく、そのような検討が視聴者から望まれているとも、それがアメリカ全体によい影響を及ぼすとも考えられなかったからだと思います。

アメリカが狙われたのは「アメリカが自国の利益のために世界各地で戦乱を助長してきたからだ」とは特に南の国々の人たちが考えているところです。またアメリカ国内でも、たとえばノーム・チョムスキーのような著名人が同様の主張を行っています。そしてこれにより今回のテロが正当化されるわけではないにしても、これらの主張には理があります。

しかし、一つの「可能性」としてであれ、そういうことを考えるのは、アメリカ人にとっては「正義の盟主アメリカ」像の否定であり、前述のようなアメリカのビジョンが幻想に過ぎないということであり、911直後からみんなで助け合い「だから我々は"United" Statesなのだ」と誇りに思ってきたことをふっとばしてしまうような危機です。それをこのタイミングで行うのは、メディアであれ、政府であれ仮にそうしようと思ったとしても、とてもやりにくいことでしょう。

つまり、「なぜアメリカはテロ攻撃を受けたのか」という問に対する分析は、アメリカ人たちがその解明を望まない限り、行われないのだと思います。もうそれしか選択肢はないという厳しい状況になった場合を除けば。

■ぶつかっていっても変わらない

つまり、普通のアメリカ人から見ると、世界のために理想のためにがんばっているアメリカが、ならずもの集団から攻撃を受けた、というように見えているわけです。でも、まさか場所によっては「そっちの方がならずものじゃないか」と言われているとは夢にも思わない。普通のアメリカ人（アメリカ政府とは区別して考えています）は。しかし、ニカラグア、スーダン、レバノンなどの例をあげて前述のチョムスキーが「9.11　アメリカに報復する資格はない!」で語るのは、そういうアメリカ像です。現実にはそれは、軍事を通じてだけでなく経済でも行われている。しかし繰り返しになりますが、多くのアメリカ人は知らない。

しかし、理想に対するアメリカ人の純粋なまでの思いと、彼らのパワフルさを考えると、なにかこのひずみを解消する方法はないかなあと思うのです。当然これは難しい。実際、それにトライして苦戦している人たちもいます。たとえば日本のテレビで放映していたのは、911の遺族でアフガニスタンを訪れた人たちのことでした。

彼らはアメリカの空爆後にアフガニスタンに行き、ショックを受けて帰ってきました。自分たちが受けたのと同じかそれ以上の打撃をアフガニスタンの一般市民にアメリカ軍が与えていたことを目の当たりにしたからです。そこからの行動力がすごい。ニューヨークのグラウンド・ゼロでアフガニスタンで起きていることを伝え始めたのです。しかし、これは訪れる人の拒絶反応にぶち当たりました。「気分悪い」「そいつらは当然の報いを受けているだけだ」ついには見かねた警察にその場での活動を止められます。

もはやそこから目をそらせないほどの状態に持ち込むという手を取っている人たちもいます。対象は違いますが、パレスチナで起きている自爆テロはその最も最近の例。また911そのものがそれであったという人もいます。以前にコミトンで書きましたが、南アフリカで会った黒人男性は911には「アメリカの目を覚まさせる」意味があったと言っていました。しかし現実にアメリカで起きたのはむしろ、「アメリカを守るために結束する」という動きでした。

■じゃあ、どうしたらいいのか？

正面からぶつかっていっても難しいとなったらどうするのか。結局のところ、ゆっくり話していくしかないと思います。まずは共有できるところで話をする。たとえば911では上に書いたような素晴らしいことがあった。それは「素晴らしいよねえ」と言ってあげるべきでしょう。そして心配り。「世界中ではそのくらいの目に遭っている人はいくらでもいるのにアメリカはもう十分にケアしてもらっている」という声もあると思います。そうかもしれません。でも、人の痛みはやはり大きいはず。その人たちに向かい合う時に心を配らない理由はありません。

最初はこれで話はおしまいかもしれないし、もう少し突っ込んだ話をするかもしれない。それは相手がどれだけ負荷に耐えられるかと、自分と相手との間にどれだけの信頼関係が作られているかによるでしょう。また話題も、いきなり「アメリカがテロ攻撃を受けたのにはそれなりの理由があったと思う」というところには持っていかないでしょう。

たとえばアフガニスタンのその後について、井戸掘りや農業支援をする日本のNGOの話から入るかもしれません。そしてその人たちが目にした、我々の常識とは全然違う世界の話を少しずつするのかも。そのうち、アフガニスタンだけでなく世界のあらゆるところに我々と違った価値観や環境に生きる人たちがいることを、旅行のネタから出来るかも。そうこうするうちに、とんでもない状態にある人たちの問題が、先進国によって作られたという話をするタイミングがおとずれるのを待つ。

こんな話を出来るためには、自分自身が、

ある地域がどういう経緯を経て今どういう状態にあるのか
アメリカがどのような政策を取っているのか
日本はそれに対してどうなのか

をある程度押さえている必要があります。また「自分は何が一番よいと思うのか」を見極めておきたい。たとえば単に「イラク武力攻撃反対」では「じゃあ、どうするのだ？」という問に答えていません。

そんなことを考えていたら、ちょっと前にアメリカ留学時代の友人とメールをやり取りしたことを思い出しました。実は、半分は忙しさにかまけて、半分はあまり関心がなくて、卒業以来当時のクラスメートと連絡を取ることもあまりなかったのですが、急に話をしてみよう、という気になってきました。彼自身はその時ニューヨークにいたわけではないのですが、ニューヨークで仕事をしていたこともあるので、いろいろ考えるところがあるはず、と思いメールを送ってみると、あっという間に返事が返ってきました。さて、どうなるでしょうか……。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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