081 論理思考にまつわる誤解

Illustration by いのうえびび

今回のテーマは、最近だいぶ注目されるようになってきた「論理思考」です。といっても「論理思考って何?」という話ではなく、今回書きたいのは論理思考にまつわる「誤解」についてです。注目されているのはよいことだと思うのですが、どうも根強い誤解がいくつかあるようです。それによってせっかく取り組んだのになかなか習得できない人が多いばかりか、ひどい場合にはむしろ学ぶ前より考えられなくなってしまっている人もいる様子。これでは残念なので、ありがちな誤解について書くことでスムーズな習得の助けになれば、と思っています。

■事前の期待-期待しているものと違う?

まず最初に、特にこれから「論理思考でも勉強してみようかなあ」と思っている人のために、事前にありがちな誤解について書いておきましょう。正しいイメージを持っていれば、戸惑わずに取り組んでいけると思うのです。

★すごいテクニックやノウハウがあるわけじゃない

まず最初にあげたいのが、「論理思考をするためのテクニックやノウハウがいろいろある」という誤解。論理思考のための何か「秘訣」のようなものを教えてもらえると期待して教室にやってくる人がけっこういます。確かにツールやちょっとしたコツもあるのですが、いざ見せられると「当たり前だよね」とか「大したものじゃないな」ときっと感じるものばかりです。そしてツールを知っている/知らないだけで、大きな差がつくこともありません。じゃあ、どこで差がつくか、という話は後ほど。

★思考のスピードがすぐ上がる

次に上げたいのが、論理思考を学んだとたん思考のスピードがびゅーんと上がるという誤解。現実には、その逆の方が多く、特に最初は、ちゃんと取り組めば取り組むほど自分がバカになってしまったのではないかと思うほどいったんスピードが落ちます。

これには三つの理由があります。一つ目は、考える方法をこれまでと変えるため、慣れないうちは時間がかかるというもの。二つ目は、これまで考えていなかったことを考えるから時間がかかるというもの。これはちょっと説明しましょう。

論理思考の特徴の一つに「なぜ?」を常に自分や他人に問い掛けるというのがあります。日本人はもっと「なぜ?」を考えるべきだ、という批判がよくあることも考えると、これは正しいことに思えます。でも、それならどうしてこれまで「なぜ?」をいちいち考えなかったのでしょう?　それはその方が速いからです。そして状況にあまり変化がなければそれで全く問題ない。だから、考えるようになって「結論を出すのに」時間がかかるようになるのです。それは正確には「考える」のに時間がかかっているのではなく、「結論を出す」のに時間がかかっているのですが。

そして三つ目は、そもそも考えるという行為が本来、時間をかけるべきことで、これまでそうしてこなかっただけ、ということです。確かに考えるのが得意な連中-クリティカル・シンカー-は一見、短い時間で結論を出します。しかし、彼らは単に考えるのが速いだけでなく、普通の人以上にふだんから考えているのです。

こんなことを聞くと、がっかりしてしまう人もいるかもしれません。しかし、こういったことを踏まえても、正しい訓練と実践を続けていれば、短い時間で人をうならせるようなことを言えるようになります。一つの理由は思考のスピードがあがることです。もう一つには思考の達人同様、ふだんからそのことについて考え、頭の中に「地図」を構築することによって、局面であっという間に結論を出せるようになります。

★人って理屈だけじゃないから...?

三つ目に上げておきたい誤解は、解けるとうれしくなるやつです。「論理思考は理屈で攻められる世界でしか通用しないから、使えるところが少ない」という人がよくいます。たとえば「うちの会社はロジックで動いていないので」とか「人って理屈だけじゃないじゃないですか」というわけですね。しかし、そういう局面でも論理思考が使えることは非常に多いのです。

確かに、正しいことを完璧に示しても主張が通らないことは多々あります。しかしそれは論理思考の責任ではなく、正しい論理を使っていないことが問題なのです。「理屈で動いていない」と言われる時でも、人はブラウン運動(=ランダムな動き)をしているわけじゃありません。口にはしない理由=ホンネで動いているだけです。そいつをさぐりあてて論理を組み立てればよいのです。たとえば「この提案を受け入れれば自分の過去の決断を否定することになる」ために反対している人がいるなら、その懸念を取り払うように考えればよい。言い方を変えると、相手の論理、相手の思考回路に合ったロジックを組み立てればよいのです。自分が正しいことを主張するのではなく。まあ、「今日、何を食べる?」とか「どの服が好き?」というように理由を説明しにくいものもありますが、そういうものはおいといても、論理思考を使える局面はけっこうたくさんあります。

■学び始めたら-力の入れどころに気をつけよう

学び始めてから起きがちな誤解は力の入れどころを間違えるというものです。

★言葉の定義や前提にいつも厳密でないといけない?

論理思考を始めたばかりの人が陥りやすい最初のポイントがこれ。言葉の定義や前提に厳密になりすぎてしまうのです。以前にクラスでこんなことがありました。

先入観を取り払っていろいろな可能性を考えることを学ぶ単元で「東京から大阪に行く方法を考えよ」という課題がぽんと出ていました。これに対して「何のために行くのかがわからないと答えられない」「誰が行くのかにもよりますよね、人か会社かとか...」といった声が出てきました。冷静なあなたは「そんなの適当でいいじゃん、なんでもいろいろ上げてみようよという課題なんでしょ」と思ったかもしれません。その通りです。でも、その場にいると意外と冷静になれないようです。

確かに論理的に考えるためには、言葉や前提にこだわる時があります。しかし、いつもこだわるのではなく、重要な時だけこだわります。重要な時とは、それを共有して議論しないと困るという時です。たとえば顧客「サービス」について考えようという時、うちではどういうことを「サービス」というのかを共有しておく必要があります。たとえば客のわがままにとことん応えることがサービスなのか、一般的に妥当と考える範囲でのみ行うのかとか。でも、上のようにどうでもいい時も多々ある。実は、どういう時にこだわるかがクリティカル・シンカーとしての腕の見せ所です。

★借り物ばかりで考えたことになる?

次に出るのが、借り物オンパレードになってしまうというものです。考えるべきことを考えずにどこかから持ってきてしまうのですね。たとえばこんな例。論理思考では、考えるために「枠組み」というのを先に作ります。言ってみれば建物の骨組みのようなものですね。思考の骨組みを先につくっておいて、そこに中身を入れていく。ここは、正しい答えを出せるか、説得力のある構造を作れるかというキモですから、じっくり考えて作るべきところです。そして作った後でも「これでいいの?」としつこく検討するべき。ところがここに、有名なフレームワーク(3C、4P、ヒト・モノ・カネ等)を持ってきて、チェックもせずに枠組みとして使ってしまう人が多い。これでは「できるだけ考えないで論理的な結論を出せる方法はないかなあ」と言っているようなものです。

★何のためにそうするの?

言われたことをまじめにやるタイプの人が一番陥りやすいのが、三つ目の問題です。「何のため」にそれをやっているのかを忘れてひたすら作業をしてしまう。たとえばピラミッド・ストラクチャやロジック・ツリーといったツールを使った作業。両方とも目的を理解して使えば強力なツールです。ただ、なぜそういうステップを踏むのか、何が出来たらOKなのかを理解していないと、ピラミッド型をした図を苦労してつくっただけで終わってしまいます。そして、そういう人が非常に多い。

■で、論理思考って何?

ここまで来て、うーん、本当の論理思考ってどうすることなんだろう?と確認したくなった人がいるかもしれません。その話は今回しない、と書いたのですが、少しだけ書いておきます。ポイントは次の三つです。

★イシューを押さえて離さない

第一のポイントは、イシューを押さえて離さない、ということです。「イシュー」とは「今、何を議論すべきなのか」ということです。これは簡単そうで実は難しい。初歩的なところでは、いつのまにか違う話をしているというケースが特に会議で多々見られます。そしてこれまた会議で多いのが、猛烈に賛否を議論しているけれどもなんか論点が食い違っているよなあというケース。これはイシューがずれているということです。

たとえば最近話題の「公的資金投入」について朝日新聞10月3日「一からわかる公的資金投入」にあった記事を題材にしてみます。問題は不良債権処理のために銀行に公的資金を投入すべきか否か。賛成派は「やらないと銀行は貸出金の回収や貸し渋りに走り、それが経済を一段と悪くする」と言っている。反対派は「銀行への補助金となったり銀行の経営責任をあいまいにしかねない」と言っている、とのこと。しかし、これだけでは読者は「なるほど、それぞれ理由があるのね」としかわかりません。

ではどういうふうにイシューを押さえるか。たとえば、「企業が資金調達で困らないようにすることが銀行への公的資金投入以外で出来るのか」というところに議論のポイントを持ってきたらどうでしょう?　これでこの二つの主張は同じ土俵に乗ってきます。答えが「ノー」ならばデメリットがあっても公的資金投入はやるべきで、なるべくデメリットを減らす方法を考えるわけです。答えが「イエス」ならば、そちらを取ればいい。

※もちろんこの問題には「投入したとして効果があるのか」といったことをはじめとしてまだまだいろいろ議論すべきことがあるのでしょうが、ここでは新聞記事だけを使って考えています。

★ものごとを構造で捉える

次のポイントとして、ものごとを構造として捉えることがあります。構造にもいくつかあるのですがここでは少し簡略化します。車のメカニックをイメージしてください。メカニックは車の構造を理解しているので、何か問題が起きた時に修理ができます。クリティカル・シンカーはものごとの構造をつかむことで問題を解決したり、戦略を成功させようとするわけです。機械相手と違った難しさは、構造がそもそもつかみにくいこと、また変わらないと思っていたことが変わってしまうことがままあるということ。しかし、だからこそ腕の見せ所とも言えます。

★解釈をする

三つ目のポイントは「なぜ?」「だから何?」といった解釈をするということです。これは誰でもやっていることですが、それを人一倍、いや三倍くらいしつこくやります。「なぜ?」「だから何?」「ホントに?」と。

たとえば「なぜ仕事がうまくいかないんだろう?」「コミュニケーションが悪いから」で終えてしまうのが普通の人だとしたら、クリティカル・シンカーはそこからまた「なぜ?」を投げかけます。「なぜ、コミュニケーションが悪いんだろう?」「相性が合わないから」「どうして相性が合わないんだろう?」「仕事の優先順位が違うから」ここまで来れれば、「コミュニケーションが悪いから」で止まった場合よりも適切な手を打てそうですよね。「だから何?」の方は長くなるのでまたの機会にしたいと思います。

■最後まで見過ごされている最初に押さえておくべきこと

さて、誤解の話に戻ります。最後に上げておきたい誤解は、非常に重要なことなのにずっとないがしろにされがちなこと。論理思考などやる前から「当然じゃないの?」と感じられるはずのことだけれども、実はできていない人がけっこう多いこと。そして、論理思考を学び始めるとさらに出来なくなってしまう人が多いことです。

それは、「わかりやすい文章を書く」ということです。

なんだ、そんなことか、と思いますか?　でも、これが出来ていない人が信じられないくらい多いのです。「わかりやすくない」どころか、「超わかりにくい」。あなたはだいじょうぶ?　試しに自分の、けっこう気合を入れて書いた報告書や提案書を持ってきてチェックしてみてください。少し読み手の目で見られるので1か月以上前のものの方がよいでしょう。自分のものがなければ他人のでも実態を理解する助けにはなります。

どうも見ていると、一生懸命考えれば考えるほど、わかりにくい文章を書いてしまうようです。きっと一生懸命考えていると、いろいろなことが見えるようになり、みんな盛り込みたくなるのでしょう。しかし、その気持ちのままに書いてしまうと、読み手が報告書を開いた瞬間に

　　　　　　　　　「なんじゃこりゃーー!」

と叫んで「見なかったことにしよう」と閉じたくなるような恐ろしいものが出来上がります。おおげさに言っているのではありません。字がぎっしり詰まっていて分厚い。どこに何が書いてあるのかわからない。何度も読み返さないと言っていることがわからない。たくさん考えたのはわかるけれども、要するに何が言いたいのかわからない。日本語を読んでいる気がしないこともしばしば...。論理思考を勉強したい理由として「説得力を高めたいから」と上げる人が多いことを考えると、非常に残念な状況です。でも、しつこく繰り返しますが、論理思考をさんざん勉強したはずの人にこういうことをよく見るのです。

では、そういう悲劇を避けるためには?-「わかりやすく」を意識する。その通りなんですが、それだけではなかなかうまくいかないようです。なので、いくつかこつを上げてみます。実はこれ、論理思考などと取り立てて勉強したことがない人にもすぐ使えて、論理的に考える癖も少しつく方法です。

★「。」まで3行以上になることは禁止

第一は、一文を短くすることです。一文が長くなると、てきめんにわかりにくくなります。どこが主語なのか、どこがどこにかかっているのかがわからない。そこで長い文を自分に禁止する。最初は思い切って「。」まで3行以上になることは禁止するくらいでちょうどよいでしょう。短くする方法は二つ。

分ける-長くなりそうな文は途中でいったん切る
削る-なくてもわかる、定義・いいまわし・言い換えを削る

なお、もともとつなげたかったものは何かのつながりがあるからそうしたかったはずです。ならば切った後の文頭に、前の文との関係を表す言葉を入れてあげるとわかりやすくなります。「たとえば」「加えて」「しかし」「つまり」などですね。削るというのはけっこう強力で、一文が短くなるだけでなく文章全体を短くすることになります。たとえばこの間のクラスでは16行の文章を3行(3文)にできたという例がありました。

★骨子の分かる小見出しを必ず作る

二つ目は骨子の分かる小見出しを作ることです。すると読み手は幹となる考えが一発で分かります。また何がどこにあるのかも分かりやすい。なお、骨子が分かるためには、たとえば「市場について」というような見出しではダメです。市場について「一言で言うと何が言えるのか」を見出しにする必要があります。

※この記事ではそうしていないところもあります。たとえばこのパートの見出しは「最後まで見過ごされている最初に押さえておくべきこと」。これは「何?」と思ってもらうことで中身を読む気を高めようとしています。でも最初はこういうことよりも「わかりやすくする」ことを優先してよいでしょう。

★正しい日本語にする

「えー、そんなのあたりまえでしょ!」と言われそうですが、正しい日本語を使っていない人は非常に多い。英語では三単現のsがとか冠詞がとか気にするのに。試しに自分の報告書やメールで下のことをチェックしてみてください。　

主語・目的語が読み手に分かるか。
助詞(いわゆる「てにをは」)が合っているか。
代名詞が何を指しているのか読み手に分かるか。
修飾語(節)がどこにかかっているのか読み手に分かるか。

★黒い文字をなるべく使わない

「黒い文字ではなく、白い文字を使う」これはpacoさんが使っている表現で「いいなあ」と思ったので僕も使っています。音読みの単語が多い文章は抽象的・概念的になる傾向があり、読み手にとっては理解しにくい。なるべくひらがなで書こうとするとふしぎと噛み砕く必要が出てくるので、読み手にとってはわかりやすくなります。音読みの単語が多くなると画面で見たときには黒っぽく見え、逆にひらがなが多いと白っぽく見えることからこう言っています。

ここまで読んで「わかりやすくする」ことは実は論理思考なんだな、と気がついた人は鋭いです。わかりやすくすることはまさに、「ものごとを構造で捉える」ことと「解釈すること」をやっているのですね。

結局、実用的な論理思考とは、難しく考えることではなく、深く考えることです。そして、ややこしい理屈を並べることではなく、難しいことでもわかりやすくすることです。やるのはけっこう難しいんですが(^_^)。でも、ここに上げてきたような誤解から自由になるだけでも、かなりやりやすくなると思います。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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