083 教育はエンターテイメント？

photo by paco

「今日も楽しくて時間があっという間だった！」「もっと本を読もうという気になった」僕が主催している英語教室「英語のシャワー」ではいつも、クラスの最後に感想を書いてもらっているのですが、それを読んでいてこういうコメントにでっくわすと、思わずにやっとしてしまいます。

自分はどうも教育に興味があるみたいだ、と感じ始めてから、英語のシャワーでも論理思考のクラスでも、「いかにクラスを楽しくするか」を以前にまして強く意識するようになりました。楽しければそれだけ吸収がよくなるし、何よりも、勉強が続けられると思うからです。

しかし一方で、受講生が予習・復習をあまりしていなかったり、クラスを休みがちだったりすると「努力はしてくれないとねえ」とか「忙しすぎて時間が取れない人が勉強するのは難しい」とか思ってしまう。それでも「ついつい予習・復習してしまう」「忙しくてもこの時間だけは取ろうと思ってしまう」ようにしてやろうとかかげているキャッチフレーズが「教育はエンターテイメントだ！」。まだまだ研究途上ですが、今やっていることを少し書いてみたいと思います。

■まずは「お勉強モード」を崩す

まず、どこのクラスでも最初にやろうとするのが、「お勉強モード」を崩すことです。お勉強モードとは、せっせとノートを取ろうとしているとか、バカな発言をしちゃまずいと緊張しているとか、まわりの人より出来なかったらいやだなーとか、そういうやつです。

特に論理思考のクラスは「しんどい」「発言に対して厳しく突っ込まれる」という前評判が広まっているためか、最初みんなすごく緊張した顔をしています。教室に入って見ると、しーんと静まり返っていて、みんなじっと目の前のテキストをにらんでいる、というのが典型的なパターン。

そこでだいたい５分くらい前に教室に行き、あいさつもなくいきなり話し始めます。「えーと...いつもクラスの初回にここに入ってくるとですねー、教室が静まり返っていて、みなさん隣の人と目を合わせないように気をつけながらじっとテキストをにらんでいるんですよ」。ここでクラスによっては大笑いになるし、そうでなくても苦笑いくらい出ます。そこで「まだあと５分くらいありますから、まわりの人と名刺交換とかしてはどうでしょう。いまさら５分予習しても変わらないし」と言うと、みんな立ち上がって話を始めます。そして５分後に戻ってきてみると、みんなの顔から険しさがだいぶ抜けています。

※ただし今期のクラスはすごくて、事前に名簿は作っているし、早めに集まって名刺交換会はやっているくらいだったので、上の演出は不要でした。

しかし、これくらいでは「崩し」が全然足りないことが多い。もしここでいきなり本題に突入してしまうと、ただひたすらノートを取り始める人が出てきたり、質問に対して言葉は仰々しいが内容はない国会答弁のような答えが返ってくる、という事態になります。おそらく勉強というのはそういうものだと経験から思い込んでしまっているのでしょう。しかし、これでは本当の勉強は出来ないので、ウォーミングアップから入ります。

たとえばクイズはよく使う手です。「マッチ棒を６本使って４つの三角形を作る方法を思いつく限り上げてください」とか「僕のプロフィール情報はこんな感じです。さて年齢を当ててみましょう」とか。こういう課題だと「前向きに検討する」なんて答えは絶対出て来ない。ちゃんと「考えて」答えが出てきます。

そしてもちろん、クイズはこれから勉強することにつながっています。たとえばマッチ棒の問題で「三角錐を作る」という答えを誰かが上げられると、他のみんなは「そう言われてみると、二次元で考えなきゃいけないという思い込みが自分にはあったな」と気がつく。そして「これが考えるということか」と一つ実感するわけです。

ついでに状況を見ながら言うのは「みなさん、すごいですねー。僕は実はこういう問題は苦手（本当です）なんですよ。でもみなさんクイズの時はできるのに、いざビジネスの課題になると頭固くなっちゃうんだな。僕はビジネスの時なら出来る」といったこと。またどっとわいて、場がほぐれるのと、「先生は常に正しい、先生は堅苦しい」といった思い込みが少し崩れてきます。

英語のシャワーの場合はまたちょっと違った崩しが必要になります。「わたしは英語が苦手だ」と硬くなっている人が多い。でもやらなきゃ、と思って来るまじめな人が多いのですが、まじめなだけに苦手意識もまじめ（よくわからない？）。

そこで、これまでやってきた英語は実は英語ではない、だからそれが出来ていなくても心配はいらない、ということを話します。そのために自分自身の「英語は得意だったはずなのに英語が通じなかった！」という失敗談を持ち出してきたり、ベストセラー受験参考書に出ている例文がいかにナンセンスなものか、というのを紹介するのですが、他人事としてみると笑ってしまうような話ばかりなので、みんな大笑いして「なーんだ」と感じ始め、一番苦手意識を持っていた人もだんだん「できるかも。まあやってみよう」という気にもなってきます。

■「どうしてか」が楽しい

そうやってほぐして本題のクラスに入った後、クラスを楽しくするために僕が一番使うのは「どうして？」の話です。どうしてかというと(^_^)、まずは一番得意だからです、というのは冗談みたいですが本当の話。講師はそれぞれ得意技を持っています。たとえばノリがむちゃくちゃいい、その分野に関しての知識がすごいなど。で、僕の場合は「どうして？」を考えたり説明することが得意。しかし、その得意なところが生きてくるのは、「どうしてか？」を考えたり知ったりすることを受講生がとても楽しんでいるからです。

たとえば「どうして先に市場参入した企業が有利なのか」と聞かれると「え、あたりまえじゃん」とも思いつつ「でも、なんでだろう？」と考えてしまう。そして「いったん使うと切り替えがめんどうなソフトウェアとかはお客を先に取った方が有利になりますよね。逆に言えば切り替えが簡単なら先行しても有利じゃないかも」と説明を聞くと「なるほどー」とうれしくなるし、自分で考えて分かった時はもっとうれしくなる。という感じです。

「そういえば歴史や理科でも『どうして？』に重点を置いたらもっと楽しいはず」と思った人がいると思います。僕も同意見です。年号や人名、ややこしい言葉を覚えることに血道を上げるのではなく、現代から歴史の授業を始め「どうして今、こうなっているのか？」を考えるために過去にさかのぼるという方法を取るべきだと思います。

「でも、英語のクラスでも『どうして？』の話なんてできるの？」という質問が出てくるかもしれません。確かに英語は覚えるしかないもの、という感じがします。ところが英語でも「どうして？」の話は可能です。

たとえば次のような感じです。今やっている「音のクラス」では映画の１シーンのセリフを書き取ってもらうということをよくやります。繰り返し聞いた後で、書き取ったものと実際に言っているせりふをつき合せると、みんなが聞こえないところがあるのがわかります。言っているはずなのに何度回しても聞こえないのですね。たとえば映画「スピード」の中でキアヌ・リーブスがWe got him.（おれたちはやつを捕まえた）と言うシーン、普通の日本人にはhimが聞こえません。

それで、どうしてそこが聞こえないのかを説明します。するとみんな「あー、なるほど」と思い、「今度は聞き取ってやるぞ」と闘志を燃やします。「理由がわかったからって聞こえないものは聞こえるわけないじゃん」と言われそうですが、理由がわかって、かつそういう状況に何度も出っくわすと、だんだん聞こえるようになってくるのです。「どうしてか？」って？それはまた機会があったらにしましょう。

そして、「どうして？」を説明する一番の場所は、「どうしてこういうやり方で勉強するのか、やるとどういうメリットがあるのか」です。さらに言えば、「そもそもどうして自分はこの勉強をしているのか」を強く感じられることは、クラスの重要な役割だと思っています。なぜなら、それができれば教室を出てからも勉強が続くからです。

英語のシャワーは１週間に１回２.５時間で計１０回、論理思考は２週間に１回３時間で計６回。どちらもたったこれだけの時間では何も身につきません。クラスとクラスの間の時間に何もしなければほとんど忘れてしまうでしょう。そこで間の時間の使い方、そして教室と教室外の役割分担が大きな鍵を握ります。

たとえて言えば、教室では種をまいて、どんな花が咲くのかを話すという感じです。そのあと受講生が自分で毎日水をやったり雑草を取ったりするようになれば、成功です。だから教室で「その花を咲かしてみたい！」と思ってもらったり、毎日水をやるのが楽しみ、と思ってもらいたい。教室でやろうとしている二大ポイントの一つが「続けようと思ってもらうこと」だと言っても過言ではありません。そしてもう一つは「種をまくこと」つまり「何をやったらよいのかを理解してもらうこと」です。

という感じなので、単語やフレーズをいくつかその場で覚えることよりも、知識は全然得られなくとも映画を半分楽しみながら解説付で観て「日本語字幕と実際のセリフってこんなに違うんだ。そのまま聞き取れるようになりたいなあ」と感じてもらうことの方が意味があると思っています。

■楽しい題材を選ぶのは楽しい……こっちの話？

みんなが続けるためにも、教室で楽しいと感じるためにも、教室内外で使う題材には気を使います。たとえばこんな小道具。ある日の英語のシャワーのクラスでいきなり「これからペーパー・テストをやります」と言います。一瞬みんなぎょっとした顔をしますが、その前にさんざん受験英語の弊害を話しているので何か裏があるのだろうとみんなにやにやしています。みんなの推測は当たりでこれはいたずらです。

数分後、みんなはティッシュ・ペーパーを顔の前にかかげて発音の練習をしています。日本語と英語ではティッシュの動き方が全然違うのですね。このノウハウは僕の先生である酒井邦秀さんに教わったのですが、単純にもかかわらずみんなうちに帰ってもおもしろがってやるし、しかも本質をついているので毎度活用しています。こういう小道具をどこから集めてくるかというと、人に教わるのもありますが、多くはその辺で拾ってきます。

たとえばこの間はFMでした。J-WAVEを聴いていたら「わたしはスーパーでいつも時間のかかるレジに並んでしまうのだけど...」というリスナーの話が紹介されていました。これは最近のコミトン「論理思考にまつわる誤解」で書いた「ものごとを構造で捉える」のいい題材だと思ったのでさっそく論理思考のクラスで使わせてもらいました。「この人が何か見落としているとしたら二通りしかないですよね。重要な要素を見落としているか、量の見積もりに失敗しているか。で、要素としては並んでいる人数、かごの中の量、それから？...」　使ってみて「なーるほど」となることもあり、あまりみんなぴんと来ないこともあり、と試行錯誤なのですが、ネタを探していること自体でけっこう楽しめます。

特に英語の場合、中心に持って来る題材の楽しさを追求するのは僕自身にとっても楽しい仕事です。英語のシャワーでは生の英語で書かれた本や映画に触れることで英語をマスターしていくのですが、本も映画も内容的におもしろいものだと、勉強とか関係なく、みんなのめりこんできます。

たとえばFROG AND TOAD ARE FRIENDSという子供向けの本があります。この本はやさしくて、みんな好きで、ある人は「生まれて初めて英語を読んで声を出して笑った。笑いが止まらなかった」と一言感想を書いているほどです。また映画では「パッチ・アダムス」を教室で途中まで観て気に入り、さっそくレンタルして続きを観て「久しぶりに映画で泣いた」と言っている人がいました。他にも「５回観た」と言っている人もいます。

内容がよい、英語が少しでもわかることでさらによさが感じられる、そんな体験ができれば、英語の力もつくし、内容を楽しんだことでも得した気分になれる。もちろん「さらに前に進もう」という気にもなる。そんな題材をさがしてここ数ヶ月はかなり映画をレンタルしました。さすがに時間に追われてくるとしんどくなってくるのですが、そうでない時は選んでいる僕自身が楽しい思いをできるので、こちらにとっても教育がエンターテイメントになっています。

■いっしょにやるのが楽しくなってきたら……

最後に上げたいのが、いっしょにやることによる楽しさです。これにはいろいろなパターンがあって、それぞれを促進できたらいいなあと思っています。まずは自分が感じたことに誰かが同調してくれるだけでも楽しい。たとえばメーリングリストでの発言にコメントがつくとか。そこで感じたことをメーリング・リストに上げたくなる雰囲気、それにコメントしたくなる雰囲気を作り出したいと思っています。

あるいはちょうどいいライバル意識も楽しさにつながります。ここは受験時代の悪夢を思い出させない調節が難しいので、個別に人を見ながらある人には焚きつけ、他の人には「人は気にしない」と言っています。

さらに協力関係や役割が出てくればクラスに参加する楽しみが一つ増えることになります。特に英語のシャワーの場合は最初の段階で「いっしょにクラスをつくってもらえる方」という募集の仕方をしているので、そういう意欲の高い人が参加しているという恵まれた状況にあります。あとは具体的に参加・協力しやすいものがいろいろ見えてくること。みんなかなり忙しい状況にあるので、ここのところがうまく出来るかどうかがポイントだろうなあと思っています。

今、教育をエンターテイメントにするべくやっているのはこんなところです。それにしても思うのは、本来、学ぶということ自体が楽しいこと、自然なことだったはずだよなあということ。それがいつのまにかおもしろくないものやしんどいもの、普通にやっていたのではできないものになっている。しばらくは「教育はエンターテイメントだ！」とかかげていきたいと思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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