085 不良債権処理で変わること

photo by paco

ここのところしばらく、不良債権処理が国家的話題になりました。しかし新聞やテレビを見ていても、どうも話がよくわからないと僕は感じていました。特に与党や銀行が大騒ぎをしている内容を見ると、不良債権の存在が問題なのではなく、不良債権処理を「進めること」で大問題が起きるように見えてきます。だったらなぜやるのか。それだけの価値があるのか。新聞には「今やらなければ」と書いてあるけれども、それと経済の回復とのつながりがどうも納得が行かない。銀行にとってこのカネはもう返って来ない」とふんぎりをつけることがどうして、カネを貸しやすくするのか。

そこでふだんより新聞を注意深く読むようにしたのですが、どうしてもよくわからないので知恵市場も含めて回りの人に聞き出しました。すると「こんな感じではないか」とだんだんわかってきた。おそらく僕と同じように感じている人はけっこういるのでは、と思うので、今回はこの内容を書きたいと思います。新聞やテレビでは「誰がどうした、何が起きた」という事実（事実でないこともよくありますが）は伝えていますが、「この問題をどう見るべきなのか」は伝えていないことが多い。しかしこれが見えない状態では「どう思うか？」と聞かれても意見の決めようがない。そこで自分でそこを解き明かしていく例として読んでもらうとよいと思います。なお僕はこの分野の専門家ではないのでまだ理解を間違っていることがあるかもしれません。その意味でもこれはフツーの人が情報を解釈し、深めていく一つの例としてみてもらうとよいと思います。

■不良債権処理とは？

そもそも不良債権処理とは何なのか？僕の理解では、今、次の二つのものが不良債権処理と言われています。この二つをよくごちゃごちゃにして議論しているのが混乱の一つの原因でしょう。

●１－貸し倒れ引当金の計上（会計処理）

まず一つは、貸し倒れ引当金を計上することです。これは、貸した金（の一部）が返ってこないおそれが高い場合、その金額をあらかじめコストとして計上することを指します。したがって借金が棒引きされるわけではありません。銀行の帳簿では貸した金はそのまま１００％回収するべきものとして残っています。でも「返ってこないと思っていた方が安全」と考えるわけです。どうして「安全」か？返ってくることをあてにして後で「ないじゃないか！」となるよりは安全ということです。

ではこちらの意味で「不良債権処理をもっと進めよ」と政府が銀行に言うと何が起きるのか？つまり「現状の見積もりでは甘い、もっと厳しく見るように」というとどうなるか（今回出てきたDCFによる査定はその例）。

まず「計上」自体は上に書いたように帳簿の上だけの話です。（正しく行われれば）「より実態を反映した」資料が出てくるだけのことです。銀行の金庫からお金が減るわけでも、どこかで会社がつぶされるわけでもない。しかしもちろん、数字を出すだけで終わっては処理も資料も意味がありません。資料に出てきた数字によって銀行内外が動き出すことが予想されます。特に内部は、正式な数字を待たずとも予想だけで動き出すでしょう。ここに今回の大議論の一つの理由があります。この話は少し後にします。

●２－不良債権先に対する大手術（再建もしくは清算処理）

もう一つの「不良債権処理」とは、不良債権先企業の経営に大なたをふるうということです。経営陣を入れ替える、大量解雇・事業所閉鎖を含むリストラをする、会社を完全に清算する等々。銀行は大きな債権者として会社の運命に発言権を持っていること、そしてその会社の資金源を握っていることから、このような動きのトリガーを銀行がひく（たとえば貸付金を引き上げる、債権を売却する）ことは多く、プロセスに関わる（たとえば経営者を送り込む、建て直しい計画の策定に加わる）ことも多くあります。

２の「処理」は１と違って、多くの場合失業者増やその会社の取引先へのダメージ(場合によっては連鎖倒産）を伴います。それでも行うのは、放っておけばもっとまずいことになると考えるからです。しかし「もう少しがんばれば景気がよくなるかもしれない」「この策が効を奏せば状況が変わる」「この契約が取れれば...」というように「もう少しがんばればやらずにすむかもしれない」と関係者ならば思いたいところで、現実にはタイミングの見極めと宣言は非常に難しいと聞きます。

ところで２の場合、銀行の財務状態にはどういう影響があるでしょうか。もし１の処理が正確な読みで行われていれば、２では利益の面ではほとんど影響はありません。また話題の「自己資本比率」の分母に使われる「リスク・アセット」※についても１の処理の際にやはり差し引かれるので変化はありません。

※リスクアセット
銀行の自己資本比率は一般の企業と違ってリスクアセットを分母としています。リスクアセットとは資産ごとに危険負担割合（リスクウェイト）を掛けて算出した金額の合計で、国債や日本銀行への預け金は0%、抵当権付住宅ローンは50%、一般の貸出金などは100%を掛けることになっています。これをみると、自己資本比率が危険ラインに近づくほど銀行は貸し出しを減らして国債を買うだろうと予想できます。なお、この話を読んで「資産って少ない方がよいの？と混乱した人がいるかもしれませんが、これは実際の資産ではありません。安全性をはかる時の分母となる計算上の数字であり、これは小さい方がよいということです（かえって難しくなったかな(^_^;）。

■不良債権処理を進めると世の中にどういう影響があるのか？

●１の場合の影響

では、不良債権処理を進めると世の中にはどういう影響があるのか？１の場合、繰り返しになりますが出てくるのは数字だけなので、直接的には何も起きません。ただその数字が銀行内外の人を動かします。まず銀行は貸しはがし・貸し渋りに走るだろうという説があります。これは次のようなことです。

不良債権処理を進めると、おそらく貸し倒れ引当金の積み増しになる
↓
これで赤字になると自己資本が減り、自己資本比率が下がる
（分母と分子が同額減るので分子の方が影響が大きいということでしょう）
↓
その銀行は自己資本比率がBIS規制の基準を下回ってしまう
↓
そうなると国際業務が行えなくなるので、銀行は
貸しはがし・貸し渋りに走る（＝自己資本比率の分母を下げる）

国際業務が行えなくなることが銀行にとってどれだけ重大なのか僕はよくわからないのですが、銀行の経営者たちがやっきになるところをみると重大なのでしょう（彼らにとって？銀行にとって？）。またBIS規制がなくとも銀行の安全性にはより疑問がつくので、その銀行にとってはビジネスがいっそう厳しくなるでしょう。

もちろん自己資本比率を上げるには増資するとか利益を稼ぐことも考えられます。しかし利益を稼ぐには貸し出しをしなければならないこと、増資するには株価が下がりすぎていることは銀行にとって苦しいところです。

まとめると、不良債権処理１の影響として一つ重要なのは、これを進めると貸しはがし、貸し渋りになるおそれがあるということです。これは、必要なところにカネを回すために不良債権処理が必要なのだという一般的な説明に矛盾するように見えます。そして銀行もそのように指摘しています。

一方、出てきた数字を見て政府はどう動くか？自己資本補充のため「公的資金注入」というのがぱっと思い浮かぶところですが、政府についての話は少し後にしたいと思います。

●２の場合の影響

では２の不良債権処理、つまり企業の整理をどんどん進めるとどうなるのか。前述のように、銀行にとっては状態を確定させるということになるだけでなので、貸し出しを増やせるわけではありません。

推進派の人たちが言うのは次のようなことです。まずい経営をしていた企業や経営者が「退場」することで、新興勢力が伸びやすくなる、再出発した企業が新たな経営者の下によい企業に生まれ変わる可能性がある、人材が世の中に出る、せっぱつまった不良企業が無茶なビジネスで市場をかく乱することがなくなる...。

しかし一方で、次のようなことから、２の不良債権処理が新たな不良債権を生み出すという人もいます。前述のように不良債権先企業の整理は、失業者を増やしたり取引先企業にダメージを与える可能性があります。処理する不良債権の量が少ないうちは人も取引先も「まだ他に行くところはある」と他に吸収されます。しかし一時に起きると、吸収されずにむしろ波及してしまうということです。またそうした光景を見て先行きが厳しいとわかることで、個人も企業も金を使うことにさらに厳しくなり、結果として不振に陥る企業が増えると。

で、結局どうなのか？結局は上のプラスとマイナスどちらもありうることですから、「どちらが正しい？」という議論には意味がありません（新聞はよく両論併記だけをしていますが）。どちらが大きいかを評価するか、その中で何は守らなければならないかで決めるしかない。１００点満点のプランはないわけです。

ということで結局、不良債権処理が銀行の自己資本比率に与える影響を見る限り、思い切った処理は一時的であれカネが銀行から出やすくするよりもむしろ貸し渋り・貸しはがしにつながる可能性が高いということだと思います。一方、不良債権先の大手術を見ると、２によって生まれるものが大きいのか壊れるものが大きいのかを判断しなければなりません。つまり、はっきり「不良債権処理を進めれば状況はよくなる」と見えているのではないし、少なくとも短期的には厳しくなることの方が多そうです。

■そもそも不良債権処理で問題が解決するのか？

ここまでのところを読んで「なにか重要な議論が抜けている気がする」と思った人もいると思います。そう、まだ「不良債権はどうして次々と出てくるのか」という疑問に答えていないのです。これまでも散々、不良債権処理は行ってきたはずです。なのに後から後からどんどん出てくる。このまま出てきたものを「処理」しつづけることで不良債権「問題」を解決できるのか？不良債権が生まれるメカニズムを解明しないといけないのではないか？しかし少なくともここ最近、そういう情報を新聞で見た記憶はありません。

これについてデータを元に考えたわけではないのですが、次のようなこともありうると僕は考えています。不良債権で銀行が身動きできないことが経済を停滞させているのではなく、経済の停滞が不良債権を増やしているのではないか。そしてこの停滞は本格的な「ものあまり」という大きな変化を意味しているのではないか。

「ものあまり」というのはもう結構前から言われています。それまではどんどん出ていた家電製品の売れ行きが鈍りだしたこと、これを挽回しようと消費者に理解不能な機能がついたり、やたらと商品にバラエティが増えたのはその象徴と言われました。しかししばらくはコンピュータやネットワークが経済を引っ張りました。ベンチャーブームも主にこの関連で起きています。しかしこの世界も牽引車としての勢いは失っています。携帯電話も人々の生活を変え、新たなビジネスを生み出しましたが、急速な普及が急速な飽和につながるのでは、と思います。ボーナスのたびに「これはぜひ新たに手に入れなきゃ」と人々が考えるような時代ではなくなったのでは、と。

このような中、多くの産業で競争のポイントは価格、あるいはコスト・パフォーマンスになっているように思います。しかし「ものあまり」であったり、安いからといってそれだけ大量に消費するものではなかったりで（半額になっても牛丼を一気に二倍食べる人は少ない）、結果として業界全体では単価が下がった分、金額は下がっていっているのではないか。そして、強い企業はそれでもコストを下げて利益を出すけれども、他は利益が圧迫されているのではないか。

そして企業はコストにますます敏感になり、企業からの発注金額が減ることになる。企業が意識するコストの中には人件費もあるので、給料が下がったり、下がらないまでもこれまでのように上がらなくなる。これは結局、消費をさらに減らすことになる。このようなことがビジネスの停滞をもたらし、株価を下げ、結果として不良債権を増やしているのでないか？

もしそうだとすれば、上で書いてきたような不良債権処理を行っても状況はよくなりません。銀行がカネを出せるようになっても、儲けるためにカネを必要としている企業は少なくて、ビジネスが厳しいのを当座生き延びるためにカネが必要な企業ばかりということです。また、処理する先からまた新たな不良債権が生まれます。そして、不良債権問題は銀行が元凶とは言えないわけです。

■政府の狙いは短期的な景気回復ではない

上のような仮説が正しいとしたらどうすればよいのか、という話はいったん置いておき、政府、特に竹中さんたちがいったい何を狙っているのかをちょっと考えてみたいと思います。というのも、竹中さんたちの本当の狙いは不良債権の解消ではない、という気がしています。僕が感じる狙いは、業界再編と新旧交代です。これは銀行だけの話ではなく、不良債権が大量に発生している流通や建設のような業界も含めてです。

仮に「不良債権の根は他にある」という僕の仮説が間違っているとします。しかし上に書いてきたように、今推進されている不良債権処理はカネの動きをすぐに起こすものでなさそうです。むしろ、特に１の場合には逆のことが起きるかもしれない。また、もし今回延期された繰り延べ税額の見直しが実施されていたら即「日本の銀行は危ない」ということを公にしかねなかった。そういったことをあえて行うのは、現体制のままでは危ないと世間に見せること、つまり大手術を開始する理由作りが目的だったのではないか、と。そのように１は銀行にメスを入れるためと考えると、２の処理を進めるのは不良債権先やその業界の再編が狙いであると思えます。なお不良債権の根に関する僕の仮説が正しい場合には今の処理を進めても直接景気回復にはつながらないことになりますから、ますますこの考え方が成立してきます。

つまり、やや繰り返しになりますが、目の前の景気回復が目的というよりも、業界の再編や経営体制の入れ替えという大手術が目的だったのではないかと。ということは大げさに言えば日本のビジネスのやり方を変えてしまうことが目的と言ってもよいかもしれません。そして不良債権問題はそのよい突破口であると見られているように思えるのです。公的資金注入や国有化が目的化しているという非難が出ていますが、これらはその先に経営権を現経営陣から取り上げることを含んでいると考えられます。とすれば、公式発言はともかく真の狙いを見れば「だってそれが目的だもの！」という感じです。

もし政府の狙いがそうだと読むと、自分の意見のあり方もそれに即したものでなければなりません。たとえば不良債権処理は賛成だが企業がいくつもつぶれる事態は避けて欲しいという意見は乱暴に言えばおかしいわけです。いくつもの企業や経営者に退場してもらうのが目的なわけですから。そしてこのことについて、先の「真の景気回復」は別にしても僕は今の不良債権処理に賛成です。これら業界や企業は大きく変わる必要があると思うし、体制を一新しないとそのような変化は起こせないとも思うのです。

なお、体制を一新する理由として「経営責任」ということを上げる人もいますが、「あなたが悪い」という意味での経営責任を追及するのではなく、「あなたでは現状を変えられない」→「誰が変えられるか」「どうなるべきか」というところを僕は重視しています。そちらの方が大事だし、経営責任にこだわると現経営陣からの抵抗がよけいに強くなって処理が進みにくくなります。

■何に注目するか

しかし、この前のポイントで書いてきたように、大手術だけでは不良債権問題の本質は解決しないと僕は思っています。そしてこのことがそのままでは、新体制も苦しむことになります。では、どうすればよいのか。ここまでひきずっておいてなんですが、ここについてはもう少しいろいろな人と話したり、考えてみたいと思っています。一つ持っている仮説は、ものはあまっていても満たされていない基本的なニーズ、たとえばもっと広い家に住みたいとか、自然ともっと近くにありたいといったところを満たせるようにしていくことが考えられるのではないか、ということです。しかし、これは（まだ）僕の願望にすぎないかもしれませんし、ここに手をつけようとすると人々の生活を大きく変える必要が出てきますね。

さて、以上のことから、次に自分としては何に注目するかを最後に整理しておきたいと思います。「ふつうの人」としては、この調査を仕事にするわけにはいかないので、このような視点でものごとを見ながら毎日を過ごしていくという感じですね。

注目点：

不良債権がどうして増えてきているのかを解くための情報
時代は「ものあまり」だとした時の解決策を考えるための情報
銀行や不良債権の多いところの問題の構造をもう少し理解するための情報
会計や経済について、自分の基本的な理解が正しいのかどうかの確認

これらのことに注目しながら解釈を進め、公私において自分が取る行動を決めていくわけです。

この記事に関する感想や意見、またこの記事に対する評価をおまちしています。こちらのページから、お気軽にお寄せください。コミトンはあなたの意見でもっとおもしろくなります。

★コミトンHTMLメールサービスをご存じですか？

コミトンは、web上で読んでいただくwebマガジンですが、毎週月曜日の更新ページをメールで受け取れるサービスもあります。

こちらからご希望のメールアドレスを登録してください。HTMLメールなので、ご注意ください。

Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

mail:toshi@chieichiba.net