087 反対側から見ると

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少し前、知恵市場のメーリング・リストcom2で、北朝鮮について「どうしてあんな国家が出来上がってしまったのか不思議でたまらない」という疑問が山中さんから出ていました。確かに北朝鮮にしてもイラクにしても新聞等で手に入る情報を見ている限りは「とんでもない国だ」という感じがします。

これに対してtaroさんが、自分の理解を超えた部分に思いをめぐらすと何か見えてくるのではないか、とレスをしていました。最近、この「反対側から見てみると」ということを考えることが多くなっています。というか考えてみれば昨年の９１１同時多発テロの頃からそんなことを考えはじめていて、今、北朝鮮のことや不良債権のことを見てなおさらそう思っていると言うのが正しそうです。かなりいろいろなことにおいて「自分の『ふつう』とはかけはなれたところ」に思いをめぐらす必要がある、またそうすることで新たな世界が見えてくると。今回のコミトンではそんなことを書いてみたいと思います。

■悪の帝国なのか？

隣国の人間を拉致したり、やらないと言っていた核兵器開発を進めていたりする。一方で多くの国民が飢餓に瀕している。そして権力者の批判は絶対に許されない。そんな国を見ると山中さんでなくとも信じられないという印象を受けるでしょう。

でもまず言えるのは、日本にもそういう時代はあったということです。体制の批判が許されないというのはほんの５０年ちょっと前の戦争までごく当たり前のことでした。同じくその戦争では、国民皆が飢えと死に瀕していました。いまでこそ僕らが「とんでもない」と思うことが、現実に広く行われていたわけです。

どうしてそういうことがまかり通るのか、何をきっかけに「それはおかしい」という社会や国家に変わるのか、これは重要な問題だと思いますが今回は置いておきます。そのかわりここでは、どういう領域でそういう「信じられない」ということがとりわけ起きているのかを上げてみたいと思います。

●大きなギャップ1-命についての感覚

まず、「命」についての感覚があるでしょう。僕は幸いにして「殺された」人を直接見たことはありません。おそらく多くの日本人はそうでしょう。そもそも死を間近に見ることすらあまりなくなっています。対して衛生・医療事情がよくないところでは「こどもは何人?」と聞くと「5人、でもうち3人は死んだ」と返って来ることが珍しくありません。戦いや暴力が日常的な世界でも当然、命が理不尽に消されるのは珍しくない。このような世界に住む人たちと僕らの間で命に対する感覚がきっと違う。また、違うからこそそういう状態が続いている面もある。

ただし、誤解してはいけないのは、人々が死に対してなんとも思わないわけではないということでしょう。エチオピアで会った、まだ若い娘を病気でなくしたおかあさんは、もう何年もたつのにそのことを思い出すと涙ぐんでいました。感情はある。ただ、「そういうものなのだ」とあきらめている。そして力をふるっている側はそのあきらめを前提として動いているのではないか。

●大きなギャップ2-よそものの扱い

外(よそもの)との関係、あるいは一種の世界観もかなりギャップのあるものだと思います。よそものとは食うか食われるか、支配するかされるかだと思っているなら、たとえば国として覚醒剤をどんどん作り各国のブラック・マーケットに流し込んでいたとしてもなんの不思議もありません。また、隣国の人間を拉致してきたり、戦争で打ち破った相手の人々を強制労働に使うことも同様です。またこの感覚が先の「命」の話とつながると、自分の命は大切だが、敵の命はなんとも思わないとなります。そして実はこの感覚は我々の日常の中にもあります。たとえば戦闘ものの映画を観ていて、善玉の?主人公が相手を次々と殺していくのを応援しているというようなところに。

●大きなギャップ3-自由

自由や個についても、ところによって考え方にかなりギャップがありますね。一つには「国民に自由や個を持たれると権力者が困る」という理由によって、多くのところで自由が制約されてきた。これは外から見ると「けしからん」という感じがしますが、中にいる人には意外とわからない。

しかし、日本にいる自分たちが自由の国にいるかどうかは、よく考えてみる必要がありそうです。たとえば北朝鮮に関連して言えば、今回帰国した5人の人たちは北朝鮮にいたら思っていることが言えないおそれが強い、と言われます。確かにそうでしょう。しかし、では日本にいれば思っていることが言えるのか。たとえば仮に「自分はもう北朝鮮に生活の基盤ができてしまったので向こうに住みたい」と思っていたとしてもそう言えるのか。何かいろいろなところからプレッシャーが来そうで、僕がその立場にあったら、かなり難しいように思います。そう考えると、「ここは開かれた国、進んだ国で、自由だ」と思ってしまうのは危険なことでもあります。

●大きなギャップ4-平等

似たようなことで、いわゆる先進国が進んでいるわけではない例として、平等(あるいは差別)に関する感覚が上げられると思います。たとえばアメリカで人種差別的な(=あいつらは劣っている)意識がいまだにあることは、日本人からすると理解できない、そういう人たちに向かって「きみたちは全然先進的じゃないよ」と言いたくなると思いませんか?　しかし、そういう理解不能な意識は実際に存在している。意識どころか南アフリカではつい10年前までネルソン・マンデラがアパルトヘイト反対運動のために投獄されていて、黒人も含めた選挙が行われたのは1994年が初めてだったのです。

■「悪」への対し方

ここまでのことをまとめてみます。まず命、戦い、自由、平等、といったことについて、理解不能なことが世界には山ほど存在しています。しかし、ちょっと前までは日本でもそれが「ふつう」のことだった。しかも、今の我々の中にもいろいろな「理解不能」なものがまるで「本能」のように存在している、ということです。従って、理解不能な世界を全て「悪の帝国」と決めつけるのはまずナンセンスです。

しかしもちろんそのままにしておいてよいということでもない。まず一つには、それが善人・悪人の度合いの差ではなく、世界の見方や見ている世界が違うためにそうなっているかもしれない、と考えることがあります。もしそうならば、違いを埋めることができれば共存ができます。たとえば「自分と同じなんだ」と発見する体験から差別意識や敵対意識が解消されたという例はたくさんありますね。もちろん簡単ではありませんが。

そしてもう一つには、そもそも人間にはそういう「悪」に走る傾向があることを認める必要があるように思います。というのも、悪人(の集団)にだけそういう傾向があって、自分たちにはそんなものはないという幻想がいろいろ問題の原因になっているように思えるのです。たとえば自分の理解できない世界を実際以上に「悪の世界」に仕立て上げ、互いの対立感情をあおることがあるでしょう。また相手から見ればとんでもない暴力をあまり意識せずに仕掛けていることも考えられます。911同時多発テロについてアメリカ人の友人と話をしていたら「なぜアメリカが攻撃を受けるのか、世界で一番強いから、という以外に理由が考えられない」と言われました。これなどはその例と言えるでしょう。

しかしそれでも共存できない考え方、たとえば「食うか食われるか」という考え方を相手が続けているとしたら、その時は強制力で自分を守る必要が出てきます。ヒトラーの例などはそのようなものだったと言えるでしょう。北朝鮮現政権はそうなのでしょうか。

■世の中には即断できないことがたくさんある

「悪の帝国」でなくとも世の中には理解不能なことがたくさんあります。しかし背景まで知っていくと、賛成できるかどうかはともかく、理解できるケースが多々あります。

●ありがたくない善意

たとえばコミトン037(考えるとは疑うこと-アフガニスタン情勢で見る)で書いたことなどはその例です。環境や風習が違えば「正しい」ことも変わってくる。僕らが正しいと思っていることも全く違う環境下では非常識きわまりないことになりかねません。

たとえば037で書かなかった例をあげると、かんばつに苦しむアフガニスタンでNGOが井戸掘りの支援をしたけれども全然感謝されていなかったりする。ボーリング(=先進国の方式)で掘ってしまうとポンプが壊れたら水をくみ上げることができないし、井戸が涸れたら(よく涸れるようです)手で掘りなおしはできない。一方、時間がかかっても手で掘っていれば、ポンプがなくともロープで水をくみ上げることができるし、涸れたら現地の人たちが自分で掘りなおしをできる。要はカネがないと出来ないものは現地に向いていないということです。今、現地には、水は涸れポンプも壊れたままの井戸が無数にあるということです。その井戸を作ったNGOの看板だけがそこに残って。参考:ペシャワール会ホームページ(http://www1m.mesh.ne.jp/‾peshawar/)

●何がフェアか?

前にフィリピンについてコミトンの書いたとき(コミトン059)、「カネのあるひとはカネを出すのが当然」という雰囲気があるという話をしました。日本人などの観光客にはローカルの何倍もの値段を言うのは、言われた方からすると「ふっかけられた」感じがします。まあそういうつもりもあるかもしれませんが、それ以上に「払える人はよけいに払って」という感覚があるように思います(日本でも会社で飲みにいくと上の人が多く払ったりするのは似ているかもしれません)。これは外国人に対してだけでなく、身内でも、稼いでいる人にみんながぶらさがるそう。はたから見ていると、「それはフェアじゃない」「がんばっている人はばかばかしくなるんじゃないか」という感じがします。

しかし「フェア」ということはこんな見方も出来ます。南アフリカで、ある人と話していた時、「フェアというのはけっこう幻想なんですよ」と言われたことがありました。「自分の力でやった、自分ががんばった、と思っているけど、その元ってどこからきたかっていうことですよ」と。確かに、自分で親を選んだわけでも、日本に育つことを選んだわけでもない。がんばったかもしれないけど、結果が出ているのは才能と環境に恵まれていたことが多分に影響しているかもしれない。逆に結果が出ていないのは才能か環境に恵まれなかった部分が大きいかもしれない。

95年のデータによると南アフリカでは人口の1割強に過ぎない白人が南アフリカ人の全所得の58.5パーセントを独占しているというのに、人口の8割近くを占めるアフリカ人(黒人)のシェアは29.3パーセントに過ぎないとのこと(峯陽一著　南アフリカ「虹の国」への歩み　岩波新書から)。しかもその状態には、アパルトヘイト廃止までの不公正によって作り出されたものが非常に多いはず。したがってなおさら、「いくらここから先、自由競争・機会均等だといってもそれはフェアじゃない」という声が出てきます。

しかしこれもまたアパルトヘイトを行ってきたアフリカーナ-(かつて南アフリカに移民してきたオランダ系の人々。多くは農民)からすると違った様子に見えます。リチャード・アッテンボロー監督による名作「遠い夜明け」(Cry Freedom)の中で、警察機構のトップをつとめるアフリカーナ-は、我々は南アフリカを植民地化(colonize)したのではなく、築き上げて(build)きたのだ。血と汗という対価を支払いながら。今になってただで渡せと言うのか、と語ります。黒人たちはそれを確かに手伝ったが、強制したわけではなく彼らが仕事を求めてやってきたのだ、と。もちろん、アパルトヘイト下でまさに差別を行ってきたことには大きな問題があります。しかし、慣れない土地でしんどい中「がんばった、頭も使った、そして力を合わせた」だから繁栄したという面も実際かなりあるでしょう。

●侵略者? 救世主? 両方?

外から来た人々がやったことは侵略なのかどうなのか、という話は日本にもあります。たとえば朝鮮半島におけるかつての日本の振る舞い。まずは「あれは侵略であり多大な損害を与えた」と言われています。一方、韓国では有害図書指定になったという「親日派のための弁明」(金完燮著　草思社刊)によると「19世紀後半の朝鮮社会は王室と少数の特権層があらゆる方法で民から搾り取り、私服を肥やすことに余念がなく、地方の役人と地元の両班階級も結託して無力な農民から絞り上げていた」とあります。そして日本が入っていったことにより、短期間に前近代的な要素を徹底して破壊し、学校、行政機関、資本主義経済システムなどが整備されて近代化できたのだと主張します。いわば救世主だということです。

このあたりについて、次のエピソードは象徴的です。1994年、ソウル中心部を流れる漢江にかかる橋が突然崩壊する事故があった時のことです。「橋が落ちるなんて何てことだ。日帝時代に出来た橋は今もちゃんとしているのに、われわれが最近作った橋があんなザマとは...」とつぶやいた老人に対して「おじいさん、それは違うよ。日帝時代がなければわれわれはもっとちゃんとした橋をつくれたんだ..」と答えた若者がいて口論になった。(黒田勝弘著　「日韓新考」産経新聞社刊から)

■反対側を理解するには?

さて、「見方を変えれば違うように見える」という話をいろいろしてきましたが、結局これらから何が言えるのか。一つ一つの問題はかなりややこしく、事実の確認ですら難しいものもあります。従ってここで言いたかったのは、それぞれについての僕の考えではありません。言いたかったのはまず、一見、判断が簡単に見えることでも、よく見れば違って見えてくることがある、ということです。では、どういうふうに「よく見る」のか。

まず、十分な情報を集めてから判断する必要があるでしょう。最低でも責められている相手の主張や状況をきちんと聞いたかどうか確認する必要があります。たとえば今、不良債権問題が大きく取り上げられる中、銀行の経営者はかなり厳しい目で世の中から見られています。いったい何を考えているんだと。そこで気になるのは、銀行から見たらこの現象はどう見えるのか、銀行ではどう考えているのかという情報が非常に少ないことです。そしてわずかしかない情報は「こんなとんでもないことを言っている」「これじゃダメだ」とたたくためだけにメディアが取り上げている情報に見えてなりません。結果的に「やっぱりダメだ」となるにせよ、もっと情報をもって評価する必要があります。

次に注意して考えてみようと僕が思っているのは「選択肢」です。理解不能に見える行動を見た時に僕らが「変だ」と感じるのは、その人や組織が自分と同じ選択肢を持っていると考えるからでしょう。しかしもしそうでなかったら?　北朝鮮が国ぐるみで覚醒剤を売っているということに関してcom2MLでNMさんは「なぜ麻薬なのかはともかく、米国との同盟を選ばなかった国が外貨を獲得する方法は、限られているのも事実です」という指摘をしています。このように選択肢を考えることで賛成できるかどうかはともかく、理解できることは増えます。また、選択肢が制約になっているなら、選択肢を増やせれば状況を変えられます。

最後に「意図と現象は分けて評価をしよう」と思っています。北朝鮮の行動にせよ、現在の銀行の状況にせよ、現象としては「とんでもない」ことであり、変えていくべきだと思います。また責任を取らせるべきこともあると思います。しかし、そのことと、その人が人間としてとんでもないやつかどうかはまた別の話だと思うのです。こんなことをいうと、たとえば肉親を何の理由もなく殺されたり、何十年もの苦労のたまものを企業の理不尽な対応で失ってしまったした人からは「自分がひどい目にあったことがないからそう思うのであってきれい事だ」と言われるかもしれません。その通りなのでしょう。でも、今のところは自分の基本は人間性善説においておきたいと思っています。上に書いたように人間には「悪」の部分があることを差し引いても。

イスタンブールで、悪徳商人に日本人がよくだまされるという話を宿の人たちとしていた時のこと。とんでもないだまし方をしているという話を散々した後で、「でも悪徳商人も身内にはすごくいい人なんだよね」と宿の人たちが言っていました。そういう人とは話ができる可能性がある、と今のところ思っています。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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