088 性を学ぶ、性を教える（前編）

このところ続いてきた国際問題とはがらっと変わって、性教育の話です。

性教育？　中学生のころ、体育館で生理の映画は見たけど、それだけだったな、というような感じの人が多いのではないかと思うのですが、僕はそんな程度の理解でした。

それが、なぜ今、性教育について書こうというのかというと、きっかけは9歳になる娘から「人間の交尾について教えて」と聞かれたことでした。人間の交尾、つまりセックスです。

実は、僕は子供ができたときから、こどもに性を教えるのを楽しみにしていたというヘンなやつで、娘も9歳になり、そろそろ来るよなと思っていたので、驚きはしなかったのですが、いざ教えるとなると、何をどこまで教えればいいのか、明確な情報をもっていませんでした。そこで、「人間の交尾についてはもちろん知っているけれど、どうやって教えてあげたらいいかまだよくわからないから、調べてみる。しばらく待っててね」といって、やおら情報収集を始めたのでした。

というところから始まる今回のコミトンは、性教育とはどのようなものか、という内容と同時に、未知の領域をどうやって情報収集し、考え、実行するかの、実例として読んでもらうこともできそうです。

■「性を教える」とは、なんだろう？

娘の疑問は「人間の交尾」です。娘は自然系のテレビ番組などが好きで、NHKの「いきもの地球紀行～ふしぎ大自然」などはしょっちゅう見ているのですが、こういった番組に必ず出てくるのが、いきものの交尾。生命の営みは、食べることと増えることのふたつに集約されるのだなあと思うぐらい、このふたつがいきもの番組の中心テーマです。

テレビで出てくる範囲ですから、たとえば鳥や獣の交尾では、雄が雌の後ろから乗っかって、少しの間くっついていると、オスの精子がメスに渡されて受精し、命が生まれる、ということは知っていました。メス（女）の身体にはたまごがあり、オスの身体には精子がある。これもかなり前から知っていて、さらにメスである自分の母親のお腹の中にも卵があり、その卵から自分が生まれたことも、知っていました。これは幼稚園かそれ以前から、少しずつ教えていたので、知っていたのです。

女性の生理についても、知っています。月に1回、赤ちゃんにならなかった卵が、赤ちゃんのベッドになるはずのところといっしょに外に捨てられる。その数日間、生理痛があったり、つらかったりするけど、でもそれは健康な証拠なのだと言うことも教えていました。生理用品のことも、特にタブーにしていなかったので、ごくふつうのものとして受け止めていたと思います。

そこまで知っていたので、「人間の交尾」と言われたときに、これはもうごまかせないな、というのがわかったのですが、では何をどのように教えるのか、9歳の子供が知りたいことはどのようなことなのかというのが、わかりませんでした。

■まず、書店にいく

何か知りたいときに、どこから情報をとるか。インターネットという定石もありますが、まず書店に行ってみました。どんな情報があるのかを知りたかったからです。近くのJR目黒駅ビルにある有隣堂では、ほんの1～2冊ありましたが、1冊は幼児向けに主に生殖器の名前を教え、大事なところだと教えるもの、他は思春期の子供向けに、生殖の仕組みと、愛情、家族の社会的に意味などを教えるものでした。

予想通り、通常の書店にはたいした情報はありません。やはり日本では性教育は「タブー」なのです。

次に、webを検索せずに、知恵市場の姉妹サイト「子育てワハハ」のメーリングリストに投稿してみました。「9歳の娘に人間の交尾を教えてくれと言われているんだけど、よい本はないですか？」

さすがはワハハ、数名の方からレスポンスがあり、何冊か紹介してくれました。保健婦さんや学校の養護関係の方もいるMLなので、こういう話はスピーディで適切です。知恵市場の[com2]MLにも流したのですが、こちらではNHKの「生命」の番組がよかったと情報をもらいました。しかし、子供向けの性教育として作られたものではないし、今回の件には合わない印象です。でも試しにと思い、NHKのサイトから問い合わせてみたら、半日で返信があり、NTT出版サイトでビデオを販売中とのこと。さっそくいってみたのですが、「生命」のシリーズは数が多く、教えてもらったのがどの回だったのかわかりません。また1本5000円以上と値段が高いので、試しに買ってみるという値段でもなく、情報源としてはあまり使えないかなと感じました。

話はずれますが、ここ1年ほど、僕は関心のあるテーマ（環境問題や国際問題）については、テレビ番組をPCで録画しています。ハードディスク上にMPEG2形式（DVD画質）で保存していくのですが、これでテレビ番組の情報源としての価値が格段に上がりました。整理が用意なので、見たい番組がすぐに探せるし、その場でクリックすれば番組が始まり、スライドバーを動かすだけで、見たい場所を特定できます。量が蓄積できれば、とても有益な情報源になると思っています。しかし、これを個人のハードディスクでやるのは、いかにも無駄が多いと言えます。保存に耐える番組は、放送局がアーカイブとしてとっておき、有料でいいので、いつでも検索し、みれるようにしてほしいと思いました。

といいつつ、値段は閲覧だけでなく、ダウンロード可能でせいぜい500円と言うところでしょうか。いくらなんでも5000円は高すぎます。

さて、子育てワハハ出教えてもらった本を、アマゾンで検索してさっそく注文。
「メグさんの性教育読本」

■どんな情報があるか

同時に、アマゾンで性教育関係を検索してみたのですが、127件出てきました。多いのは学校の先生向けの事例や理論の書という感じのもので、思春期向け。つまり僕らが小学校6年生か中学生の時に、学校の体育館で見た映画にあたるものという感じです。

女子の生理の話、男子の精通の話、子供ができるしくみ、性と愛情の大切さ、そして性病予防が主な内容という感じの本です。

他には、書店で見たように、幼児向けの生殖器の名前の本、また文部省や学校関係の研究会が出している、海外の事例や、研究者の論文集のようなものもあります。

さらに、子供たち（18歳ぐらいまでの）の、性行動を調査してまとめたものや、非行と性行動を関連づけたもの（テレクラと少年犯罪など）、性病についての知識をまとめたもの、そして性的虐待について書いたもの、これは虐待の実態について書いたものと、虐待を受けないために、子供が自衛するための本の二種類がありました。

■「こどもに伝えるべき」とされているものは？

このあたりまでの情報収集を整理してみました。こどもに性について伝えるべきだと考えられている内容（つまり性教育といわれているもの）には、どのようなものがあるのでしょうか？

(1)からだの名前

基本的に、目に見える部分の名前と役割を説明する。おとなの男女のからだの違い、子供の男女のからだの違い、生殖器の名前と、そこが赤ちゃんを作るために大事な機能を果たすところであり、清潔に、大切にしなければならないことを教えます。この中には、第一次性徴から第二次性徴への変化、つまりおとなの男女の身体になるまでの外的な（目に見える）変化までが含まれます。

性教育面での議論は、生殖器の呼び名は何がいいのか、といったことがあります。おちんちんなのか、ペニスなのか。おちんちんは、もともと男女とも、生殖器を表す、などと書いてある本もあり、へ～知らなかった、となりますが、そんなことは本質ではないのですね。日本語を使えばよさそうなものですが、多くの本で、ペニス、バルバ（外陰部）、ワギナといった英語名が使われています。日本語では「陰」の字が使われることが多く、不必要に暗い、秘めごとののイメージを与えないための配慮とされています。大事なポイントは、なぜそのことがを選んで使うのか、という目的や必然性を意識することで、盲目的にペニスと教え、陰茎と教えてはいけないと考えるのは危険です。

(2)第二次性徴

からだの中の仕組み、つまり子宮や卵巣、卵、精巣、精子などがここに含まれます。生理や勃起、精通もここに含めます。「生理や精通で、赤ちゃんを作るための準備が始まります」というような記述があり、生理中の手当の方法、清潔に保つこと、またこれらを恥ずかしがる必要はなく、おとなになるための当然の道筋だと教えています。僕らが思春期に学校で教えてもらったのはこの部分です。

最近ではこの説明とセットで、自慰について説明があります。オナニー、マスターベーションは、悪いことではなく、おとなになる準備として当然のこと。罪悪感をもったり、不潔な手でするのはやめましょう、というような説明です。

ここのカテゴリーでの説明の特徴は、おとなへの身体の変化を「当然のこと」であり、恥ずかしがる必要がなく、罪悪感をもつ必要がないというように、プラスにとらえさせようとする点にあります。

(3)性についてのタブー

これらのおとなへの変化の中でおこることは、人間として当然のことではあるのだけれど、「プライベートなこと」なので、やたらに人前で話すことはマナー違反、という説明もされます。

ここのところがわかるようでわからないようで、という部分です。当たり前のことで恥ずかしくないのに、なぜ人前で話すとマナー違反なのか？　なんとなく納得できない感じがしますが、これでいいのでしょうか？

前述の「メグさんの性教育読本」では、同じように「誰の前でも話していいことではない」としながらも、家庭内では「積極的に性のことを話題に上らせてください、子供たちの知りたいことはなんでも、正しい言葉を使って答えてください」と説明しています。家庭内ならどんどん話し、家庭の外ではやたらには話さない。それはちょうど、親戚の家のごたごたのような感じでしょうか。やはりあまり「普通のこと、当たり前のこと」とは言えないような感じがします。

そのくせ、リビングのテレビに映される生理用ナプキンのコマーシャルで、青い水を吸収させるのは嘘があるからよくないといっている本があったりするのですが、テレビは家庭内で見るだけでなく、オープンな場でも見ることを考えると、生理について人前で話すことは、タブーではないのか、タブーなのか、一人の論者の意見もまだ自己矛盾を抱えていることが多いようです。共通のコンセンサスとして言えそうなのは、家庭内では隠さず説明するべき、ということでしょうか。

(4)生殖の仕組み

次のポイントは、生殖です。男女の身体に別々にある精子と卵が出会い、受精卵となり、200数十日して赤ちゃんとして生まれてくるまでのプロセスを説明します。

ここの中で成功についての説明されるのですが、実は性交そのものを図を使ったり言葉ではっきり説明すべきとしている本は、ほとんどありませんでした。「勃起したペニスから出た精子が膣を通って卵管まで送られ……」というような説明が多く、それは実際にどのようにして行われるのか、の部分がわかるようには説明されないのです。

このカテゴリーの中で、同時に男女の愛情について説明すべきとするものが多く、「性行為をするためにはお互いによく知り合い、愛情を確かめ合わなければならない、なぜなら、生まれてくる子供を男女が共同で育てるのが人間だから」というように説明されます。

性と愛をつなげることは重要です。人間の種としての特徴だから。でもここを強く出し過ぎると、男女が共同で子供を育てていない場合、つまり離婚家庭やどちらかが死亡している家庭は、あるべき状態ではないと言う意味になりますから、十分な配慮が必要です。「人間なら男女が共に育てなければならない」というニュアンスがあってはまずいのです。

あくまで、子供を作るときには、お互いの愛情があるべきだ、というメッセージを伝えるところまでにとどまる必要があります。

(5)性的虐待、望まない性行為を防ぐ

このあとは、性についての付帯的な情報になります。

ひとつは、性がおとなから見て、好奇の対象になりやすいことを知らせます。そして身近なおとなであっても、自分のプライベートな場所である生殖器や身体を、自分が望まないのに、さわらせたり、見せたりする必要はなく、そのようなことを求められた場合は断固断ること、急いで逃げて、親など信頼の置ける人にすぐに話すことなど、自分の身を守ることの大切さが説明されます。特に幼児から低学年向けには強調してあり、最近では望まない接触をどうやって拒否するかを教える特別なセミナーもよく開催されているようです。最近は、この「望まない性接触」の対象に、近親者が扱われることが多くなりました。おじ、おば、いとこ、きょうだい、両親。身近だからこそ、子供自身も問題を問題として理解できない。これは、ぜひ教えておかなければならないポイントです。

さらに思春期向けでは、特に女子向けに、気持ちの乗らない相手とは、たとえ好きだったりつきあったりしていたとしても、性行為をする必要がないことも説明されます。

つまり、ここでの性教育は、自分の身を守るための教育です。

(6)性感染症を防ぐ

次のポイントは、性感染症です。HIVだけでなく、さまざまな性病や感染症が、性行為によって移る可能性があること、望まない妊娠を防ぐためだけでなく、病気から身を守るために、コンドームの使用が必要だと説明されます。

これと同時に、男子には、自分のためと相手のために、コンドームをいやがらずにつけなさい、女子にはコンドームをつけない人はセックスのパートナーとして失格だから、必ず話し合ってつけるようにするか、それでもいやがるなら、相手を変えなさいとまで具体的に書かれています。

これも、自分の身を守るための性教育ということになります。これらの要素をさらに整理すると、

からだについての科学的な知識
生殖～子供の誕生
自分の身を守る

の3つの要素が、性教育といわれているものに、含まれていることがわかってきました。

と、いうあたりで、いつもの原稿量を超えてしまいました。まだ続きがあるので、今回はここでいったんおしまいにして、次回に続きを書こうと思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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