091 価値観でキャリアを考えるには

photo by paco

プロ野球の松井秀喜選手のヤンキース入りが決まったようですね。しかし彼がメジャー・リーグ志望を表明するまでには、いろいろな迷いがあったのでは、と思います。日本でやっていれば確実に結果を出せるだろうがアメリカではそうとは限らないとか、彼が抜けることによって日本のプロ野球界が受けるダメージは大きいだろうとか、彼のような性格だとアメリカは合うんだろうかとか。それでも「夢を実現」ということで彼はメジャー行きを選んだ。きっと、自分が本当にやりたいことはなんだろうと考えて選んだ、また矛盾やリスクも検討した上で、やはりそこに挑戦しようと考えたのでしょう。

価値観によるキャリアや生き方選びはもちろん松井選手だけの話ではありません。食いっぱぐれるおそれの低い社会に日本がなってきたことによって、あるいは逆に、こつこつまじめにやるだけでは将来が保証されないとわかってきたことによって、「自分が本当にやりたいことをやりたい」と考える人は増えてきています。

しかし、意外と「本当にやりたいこと」をやるのは難しい。先日もグロービスでキャリアについてのワークショップのファシリテータをやりましたが、「答えを探しにやってきたのに、ますますわからなくなった」と頭を抱えている人が結構いました。これは現時点ではきっと、そういうものなのだろうと思います。というのも、これまで僕らは「何をすべきか」についてはさんざん叩き込まれてきたけれど、「何をしたいか」についてはあまり考えてこなかった。それと、もう一つ、ここ２０年の間に僕らの周りの世界はどんどん変化している。環境が変われば「どうしたい」も変わってきます。

でも、だからこそ今、いい答えを出していきたい。というわけで今回は、「価値観を入れたキャリア・デザイン」について考えてみたいと思います。なお、価値観とキャリア・デザインについては以前にもコミトン35「キャリアビジョンが見えない時には」で書いています。こちらも合わせて再読されるとよいかもしれません。

■難しさ１－「したい」の後ろの価値観をさぐると違うものが...

まず最初に、どういう難しさがあるのかを押さえておきましょう。一つ目はそもそも自分がどういう価値観を持っているのか意外とわかりにくいということです。たとえば「昇進したい」と思っていたとしても「なんで？」とさらに考えてみると、いろいろ理由が考えられます。たとえば、お金が欲しい、できるやつだと思われたい、尊敬されたい（仕事は出来ると思われても尊敬されないこともあります）、大きな仕事をしたい、権力を持つのは気持ちがいい、人に影響を与えたい...。答えはきっと一つではないでしょう。でも明らかにこれは違うというものもあるし、だいたい優先順位がある。それをきちんと意識すると取り組み方が変わってきます。

たとえばお金は欲しいけれども人の管理とかはしたくないという営業マンの場合、マネジャーになるよりも営業として青天井に評価される道を（選べるなら）選んだ方が満足度が高いはずです。また「大きな仕事をしたい」とは思っているけれども、人を動かしてやるよりは自分自身で手を下したいと思っている人なら、なるべく少ない人数で出来ること、たとえば研究者とか、もの書きとして成功することを考えた方がよいでしょう。というように、その後ろの本質は？と考えていくと、当初考えていたこととは違ったものが見えてくるのが一つ難しいところです。

■難しさ２－価値観が変わってしまう

二つ目の難しさは、価値観が変わってしまうということです。これは本当に変わってしまう場合と、新しいものを発見している場合とあるでしょう。たとえば僕自身、仕事を始めた頃はITに興味を感じていました。これまで考えられなかったようなことがいろいろ出来るとか、手作業でやっていたことが自動でわっと出来てしまうというのに魅力を感じていたのでしょう。ところが10年くらいたつと、だんだんITに対する興味は薄れ、一方で人とのコラボレーションの方にひかれるようになりました。「やっぱり人だよ」という感じですね(^_^)。また最近のことで言えば、ちょっと前までは途上国とかには全く興味がなかったし、日本を意識することもなかったのに、世界旅行の頃からそのあたりも視野に入れるようになってきた。このあたりは1年前くらいからコミトンを読まれている方ならご存知のところでしょう(^_^)。でも、価値観がそんなに変わってしまうのなら、一生懸命見極めてもしょうがないのではないかと思いませんか？

■難しさ3-価値観の中で互いに矛盾する

三つ目の難しさは、価値観の中で互いに矛盾することがよくあるということです。たとえば前述の松井選手でも、これまで応援してくれた人の前でプレイしたいというのと、新しい世界で自分を試してみたいというのとおそらく両方思っていたのでは。僕の場合は「大きな仕事をしたい」というのと「顧客を身近に感じながら仕事をしたい」ということの両立しにくいので悩みました。また職場を離れて「やりたいようにやる」のと今の職場にとどまるのでは収入も全然違うし、せっかく積み上げてきたものについて評価されるチャンスも失ってしまう、というのをどうしようかと考えました。あるいは先日のワークショップでは「何かの第一人者にもなりたいと思うけど、一方でいろいろなことに取り組みたいとも思うんですよね」という話も出ていました。こういったことをどうクリアしていくのか。そもそもクリアできるのか？

■価値観のタイプ-何を、どのように、自分らしさ

上のような難しさをどのようにクリアしていくのかという話に行く前に一つ、そもそもどういうところに価値観がありうるかを確認しておきたいと思います。というのも、一部しか見ていない人がよくいるのです。

すぐイメージできるのは「何を」やりたいのか、ということです。野球をやりたい、歌を歌いたい、車を作りたい、というような具体的なものから、困っている人を助けたい、問題の臭いがすると寄って行って解決したくなる、美しいものに関わっていたい、というような抽象的なものまでありえます。ここでは、本当にやりたいことを発見するというのはもちろん、前述の難しさ1に関連して、自分の「やりたい」の抽象度(具体度)を見極めるのが一つのポイントでしょう。

次に「どのように」というスタイルの話があります。たとえば「カフェをやりたい」でもスターバックスのように全世界に展開するのと、自分が直接お客さんと接するカフェをやるのと両極ありえます。またここには仕事の中だけの話でなく他のこととのバランスもあります。たとえば好きなときに旅行にいけることを最優先に置いて、次にやりたい仕事を選ぶ。あるいは自然に近いところに住めることを最優先にする。友人には「小学生の娘に分かる仕事をしたい」と言っている人もいました。つまり、自分のライフ・デザインをする中でキャリアのデザインもしていくわけですね。

最後に「自分らしさ」というちょっとわかりにくいものをあげておきたいと思います。これは「好き」というのとはちょっと違って(重なることも当然あるでしょう)、そこにいて自分が自分である感じがするのかということです。得意不得意とも好き嫌いともオーバーラップするけれどもそれだけではない。たとえばキャリアの話ではないけど、僕の場合、自分がいわゆる「豪邸」に住んでいるのがあまり想像できません。かりに誰かがプレゼントしてくれたとしても(^_^)、そういうところに住んだらきっと、おとうさんのスーツを着てみた小学生のように感じてしまうでしょう。価値観と呼ぶかどうかはともかく、そういったフィットも考えていくべきだろうと思います。

■やりたいことを見つけるには？

いよいよどうやって自分のやりたいことを見極めていくのかという話です。まずは見つける話。僕は「感じる」そして「考える」だと思っています。いきなり考えてもなかなかわからないし、考えるだけだとどうしても「こうあるべき」(not こうしたい)が邪魔しがちです。一方で感じているだけだと前述のように「本当はその下に別のものがあった」となりかねない。

「感じる」ためには、まず「これかなあ」と思うことをとにかくやってみるのがよいと思います。やってみないとなかなか実際に感じられないもの。でも、すぐに「これかなあ」と何も思いつかないとしたら？　その場合は今やっていることでささやかでも楽しいと感じられる局面を押さえていく。ちょうど写真に撮るように記録していく。僕の場合も実際、会社に入ったばかりの頃は何がやりたいのかよくわからなかったので、面接では「なんでも興味を感じられると思います」とか言っていました。そして仕事を始めてみると実際、いろいろなところで「これ、おもしろい」と感じることがあった。それをまとめてみると結局、何か特定のことがやりたいのではなく、問題を解決するとか、これまで出来なかったことを出来るようにすることが楽しいという感じがしてきました。

考えるときの具体例はたとえば次のような形。これは僕がある人をカウンセリングしたときの例です。その人は「世の中を楽しい方向に変えたい」と言っていました。ただ、たとえば教育とかエンターテインメントとかを自分でやりたいかというと、どうもそうでないという感じが本人はしていた。好きだけどずっとやりたいかというと違うなあと。一方で前職で関わっていた通信については好きだと感じていた。そこでこの「楽しい方向に変える」ことと「通信」を組み合わせてみた。つまり、世の中を楽しくするためのコンテンツではなく、それをのせるインフラあるいは土管をやりたいのでは、と。料理で言えば料理と皿の関係ですね。皿をつくっていろいろな料理やコンテンツを載せたいと。この理解は彼にとって腹に落ちるものだったようです。

■価値観が変わってしまうことにどう対処する？

価値観というのはそもそも変わることを前提にやっていくべきなのかな、と最近思っています。最初から自分の「本当の」価値観が見極められればいいけど、そもそも変わっていくのなら、将来の価値観を今先取りしても楽しくないでしょう。ただありがちなのは、価値観が変わったのに気がついていない、あるいは気がついた時には手遅れだったということです。では、この対策はどうするか。

まず定期的に自分のやりたいことを見直すべきなのだろうと思います。たとえばまもなくやってくる年の区切り。やってきたことを振り返ってみて、どのくらい楽しかったか、そこに新たな要素が欲しいとしたら何か考えてみる。これは変化する価値観を捉えるだけでなく、自分が本当にやりたいことをできているのかを見極めるのにもよいことです。気がつくと「やるべきこと」や「世の中で評価されること」をやりたいことに優先していた、というのはありがちなことです。

では見直して変化が見つかったらどうすればよいのか。これまでと違うことをやりたいと感じているが直接の経験はないとしたら？　当然そこに移っていくには未経験というハードルがあります。一つにはこれまでやってきたこととのオーバーラップ(のりしろ)をさがしてそれを突破口に動いていくことでしょう。たとえば僕の場合、自分の興味がITから人・組織に移ったとわかったところで、ITのプロジェクトで人を巻き込み動かしてきたことをアピールしました。そしてグロービスの中で外部講師調達(グロービスの講師はほかに本職を持ちながらやっている人が多い)という人を巻き込む仕事に移りました。結局それをとっかかりにビジネス・スクールの経営という人材育成事業に携わるようになり、キャリア(これも人・組織の話ですね)についての本を書いたりするまでに至りました。もっともその後、またやりたいことが変わってしまったのですが(詳しくはコミトン19「僕が会社をやめる理由」)。

そして価値観が変化した時にもう一つ役立つのは、矛盾するようですが今やっていることで結果を出しておくことでしょう。たとえばこんな例があります。先日、ある人と話していてキャリアの話が出ました。その人は僕よりもビジネス界で先輩で、事業でもコンサルティングでも素晴らしい経験と実績を持っています。しかしそろそろ自分で自由にいろいろやりたいと思ったのだが、そういう方法では自分が望むだけの仕事(仕事のレベル&報酬)が出来そうにないと感じていました。

そこで話したのは、たとえば本や論文を書くということでした。その人の場合、ある重要な分野で高いレベルの経験と実績を持っています。しかも話がうまい。なので出版社等に話をうまく持ちかければ本や論文を出せる可能性は高い。本や論文にはマーケティングにつながる面がありますから、一つの突破口としての可能性が開けます。ただ、それはこの人がこれまでやってきた仕事で大きな成果を上げているから言えることなわけです。これは転職等でも言えることで、分野が違っても大きな成果を上げている人は上で触れた「のりしろ」がききやすいのです。

逆に時々見るのが、やりたいことが見つからないからといって、今の仕事を適当にやりながらやりたいことを探しつづける青い鳥症候群の人です。しかし今の仕事の中でも自分が気合の入る切り口を見つけてそこで並外れた結果を出すことが、価値観の変化にあたってもやりたいことをやれる秘訣の一つだと思います。

■価値観同士の矛盾をクリアするには

さて、最後はいかに価値観同士の矛盾をクリアするかです。僕自身、この課題にぶつかってきたことは上に書いた通りです。そして今のところ見えているのは次の三つです。

両立する方法を見つける
レベルを考える
優先順位を見極める

一つ目は両立する方法を見つけることです。一見矛盾することを両方実現する方法はないか。たとえば僕の場合、大きな仕事をしたいと思う反面、自ら前線に立ちたい、自分でやりたいという価値観があると書きました。これは矛盾するなあと思っていたのが一つの道が見えた気がしたのは911テロの後、アフガニスタンで活動する中村哲医師について知った時でした。「地道な活動から本当に大きな、あるいは意味のある変化が起きることがある」そして逆に、大きく派手な動きは短期間世の中を席巻してもブームで終わってしまうことが多かったり、変化は起こしたもののむしろ害の方が大きいというケースがあることも見えてきた。そうすると腰を据えて現場に入り思い切り楽しむことが出来るようになってきました。

二つ目はレベルを考えるということです。たとえば、金が欲しいというのと、社会にとって意味のあることをやりたい、という価値観が両立しないような気がするとします。「もうかるぞ」という感じがするのは社会をスポイルするようなことばかりだと感じるとかですね。しかし金が欲しいとして、どれだけ欲しいのか。500万？　1000万？　2000万？　1億？　そのレベルを見極めてみると、そのレベル以上に金額がなったときは、「もうカネはいい。それよりも意味のあることがやりたい」となっているかもしれません。逆にいえば、それまではもっと稼げる自分に力を高めていくことが考えられます。

なお、金の話についてはよく見るといろんなことが見えてきます。たとえば「年に2回は海外に旅行に行きたいよね」と考えたとします。当然その金がかかる。でもいくら？　僕がこの間フィジーに行った時の飛行機代は8万円でした。しかし年末年始のピークだと16万円です。ホテルにも同じようなことがあてはまるはず。家族4人で行ったら？　これは上の「両立させる」方法の話でもあります。

しかし、上のように考えても矛盾が解決しないかもしれません。その時は矛盾することのどちらを優先するのかと決めることになるでしょう。僕の場合1年半前に考えたのは、グロービスにとどまってほぼ確実に結果を出せる可能性を取るか、新しい領域に出て自分のやりたいスタイルでやることを取るか、でした。結果的には後者の方が自分にとって重要だと決めました。それは自分が得意だとか好きだとかいうよりも、それが自分らしいという気がしたからかもしれません。

さてさて、価値観という動く標的を射る手段を考えてきました。まずは小さな喜びを見出すところからスタート、そしてだんだん自分の志とスタイルにあったキャリアにしていく、その中で志の方も大きくなっていく、そんなキャリアづくりをしていく人が増えるといいなあと思います。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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