092 得るものと失うもの

photo by paco at "weekend gallery MU"

先月「知恵市場ワークショップ論理思考クリニック」を行いました。これについては、
http://chieichiba.net/raven/
をみてほしいのですが、この会の目的のひとつに、単に論理思考ができるようになるということだけでなく、論理思考を使って「自分のやりたいことをやる」「なりたい自分になる」ということを考えることがあります。

仕事がうまくできるようになりたい、というのは大事な動機だし、論理思考はその一助になるはずですが、そうやって仕事ができたとして、それで自分としてよかったのか、という点にも目を向けてほしいと思っているからです。

その中で、僕とToshiさんがそれぞれ、自分がどうやってやりたいことを実現しているか、ということを話したのですが、そういうことを話すと、なんだか僕らが本当に「やりたいことだけをやっている理想的な人」のように見えてくるらしく、これではなんだか違うなと感じました。

今回は、その話です。

■「やることを絞り込む」とは

今回のテーマは、簡単に言えば、「やりたいことをやることとは、それ以外を捨てることだ」という話です。

僕らが好きなことをやっているとしたら、好きなことを選び、それ以外を捨てているということです。あたりまえじゃないかと思うかもしれませんが、ここで、少しクリティカルに考えてみてください。

「それ以外」にはどのようなものがあるでしょうか？

通常、僕らは「やりたいことだけをやって、やりたくないことはやらない」という言い方をしてしまいます。実際、そう思っているので嘘をついているわけではないのですが、これが誤解を招くのだなと思い直しました。

もちろんウソはないのですが、少しニュアンスが違う。「やりたくないこと」のなかには、「本当にやりたくないこと」と「普通の人ならやりたいと思うだろうし、自分もほかの時ならやるかもしれないけど、今はやりたくないこと」のふたつがあるのです。厳密に言うと、後者には「普通ならやるだろうけれど、やるべきではない」ということもあります。いずれにせよ、自分がやることやらないことについて、かなり明確な理由を考えて、決めていることは間違いありません。

■論理力の本が売れて、執筆の依頼が増えた

去年のいまごろ、論理力の本が出版され、急激に売れ始めました。認知があがるにつれて、いろいろな依頼がメールで舞い込むようになりました。大きく分けると「本を書いてほしい」という依頼と「講演・セミナーをやってほしい」という依頼のふたつです。

当時、僕は、1冊目が売れたこともあり、予定していた2冊目「意思伝達編」の執筆に急ぎ取りかかるタイミングでした。でも事前に企画も準備もできていたので、執筆には正味2～3週間しか、かからないということはわかっていました。当然、そのあとの仕事を考えるタイミングです。

本が売れて、著者として知られつつあるのを感じていたので、このタイミングで本を多く書くという選択は、常識からいって良い選択です。

僕の仕事は、本の執筆を年に2～3冊ペースの他に、コンサルティングがあります。コンサルティングの案件は、当時も1件、比較的長くなりそうなものがあったのですが、ピーク時と比べれば少なくなっていました。ネットベンチャー関係のコンサルティングを得意としていたので、ネットバブルがはじけて仕事も少なくなっていたのです。ちょうど、前年担当していた関与先数件が終了し、コンサルティングの仕事は減っていくことが予想されました。

仕事を確保するには、本を書くのは悪くない選択です。向こうからの以来なので執筆時期もある程度選べそうだったし（持っている本が終わるまで待ってくれそうだったし）、打診されているテーマも論理思考やプレゼンテーションのものだったので、それほど苦労なくかけそうだったし、一定の販売量も確保できそうでした。本の場合、印税方式ですから、初版だけではあまり儲けになりません。僕はかなり短期間で執筆するので、初版だけでも気持ち的には「ペイする」額になりますが、これはあくまで執筆の「日当」ベースで見た場合のこと。「原稿用紙単価」で見れば、雑誌の捨て記事（メインの連載や特集ではない、埋め草的な記事）のほうがずっと割がいいぐらいです。それに、売れない本を書いても、たいていの場合誰も評価してくれないので、本を出しましたというメリットもあまりありません。そのときもらっていた執筆のオファは、その点からいうと、僕の一連のテーマにもあっているし、執筆期間が短そうで、それなりに売れそう、ということになると、悪くない仕事になりそうでした。というか、僕と同じ立場に立ったら、多くの人が執筆を選ぶと思います。

でも、僕はこの手の話をほとんど断ってしまいました。理由については、あとでまとめます。

■講師業も、やらない

次に、講演や講師をやってほしいという依頼です。

セミナー講師は、すでにグロービスで続けているので、それ自体は十分自分にできる仕事です。テーマは「論理力」の本に関連したもののオファが100％だったので、内容も、特に問題はないでしょう。

ギャラの方はどうでしょうか？　講演のギャラは、一般的なサラリーマンの給与と比べると、十分満足のいくものです。半日～1日の講師業で初任給以上は稼げるオファです。依頼は単発のものなので、1回やっておしまい、という形ではありますが、テーマが旬であること、他に講師をできる人が少ないこと（グロービスも論理思考系の講師確保は楽ではない）、これまでの経験から、1回で終わることは少ないことなどから、受ければ定期化するといような話に発展しそうな感じのオファもありました。月に数本をレギュラーでやれば、収入面では充実します。これも普通なら、予定さえ合えばやる、というような案件です。予定については、先方がかなり柔軟な依頼をしてきてくれているので、会わせることは十分可能でした。

でも、実際に僕が選んだのは、「講師業はやらない」という結論でした。

実は、3件だけ、やりました（やっています）。以前からやっていたグロービスのクリティカルシンキング、単発案件の「札幌講演」、それに「論理力」の版元、かんき出版の研修部からの依頼です。

ここまでの段階で、依頼された仕事を論理的に判断する基準をだし、「やった方がいい」という結論を出していました。この時点で判断する基準は「ギャラ」「スケジュール」「自分の得意分野と一致しているか」「これまでの仕事とつながりがあるか」といった点でした（論理思考のフレーム）。

■立ち止まる必要性を感じて

実は、この2002年のはじめの時期は、前述の通り続けてきたコンサルティング案件が終了して仕事が減りそうだったこともあり、グロービスに頼んで、1月期のクリシンを2クラスもたせてもらうことにしていました。ちょっとした失業の危機にあったわけです。

僕のようなフリーランスは、うまくやっているように見えて、実は常に失業者と紙一重の状態にあります。今は2～3か月先の仕事ぐらいは読めるようになりましたが、数年前までは来月の仕事がチャンとはいるかどうかも不安定、という時期を過ごしていました。それでも結果的には何とかなったりするのですが、心配になり出すと本当に不安になるような、そういう状態に定常的にいます。

そういう中で、なんとかフリーランスをやっていける人間というのは、実はとても楽観的な、脳天気な性格であることが必要です。「来月の収入はどうなるんだろう？」などと寝る間際になって考え出すような人は、フリーランスには向きません。

いたずらに不安にならないようにする反面、数か月先の仕事の確保はいつも気にかけているという状態にあることは重要です。少しでもスパンの長い仕事をねらう、自分が納期を決められる仕事を確保する。これは収入と仕事量のバランスをとるためにはとても重要なことです。

このことを考えても、本と講師というふたつの仕事は、「渡りに船」のはずでした。でも、考えたすえ、断ってしまった。

その最大の理由は、「立ち止まる必要性」でした。2001年はかなり忙しい1年でした。本の執筆、コンサルティング案件、グロービスの講師、知恵市場、そして始まったばかりの六兼屋との往復生活。スケジュールも綱渡り的でした。そして2002年を迎え、少しヒマになりそうな中での多くの依頼。このまま依頼を受け続けると、この年もまたかなりの多忙になりそうな感じでした。

その一方で、来る仕事が「論理思考」一辺倒になりつつあることに違和感を感じていました。たしかに論理思考は僕の得意分野のひとつといえるけれど、僕は「論理思考の渡辺パコ」でいいのか？という違和感があったのです。

このまま仕事を受けてやり続ければ、僕は論理思考の人として定着してしまう可能性がある。それでいいのだろうか？という自問です。

ここで、再度、イシューを立て直し、考えることにしました。「仕事」がいいかどうかを判断する枠組みだけで考えてはだめだ、自分にとっての仕事を考える必要がある。

この段階で重要なことは「自分は本当は何をやりたいのだろうか？」という問いです。もし、お金も時間も、あらゆる制約を取り払ったら、自分は何をしようと思うのか？　論理思考一色に塗り込められそうに見えるタイミングだからこそ、本当にやりたいことはそれでよかったのかを考える必然性を感じたのです。

ただ、イシューが大きいだけに、簡単に結論が出そうにはありませんでした。そして簡単に結論を出したくなかった。僕は42歳の厄を迎えていたし、ここで選んだものは、この先のこりの人生に大きな影響があるのは明らかだったからです。

そんなわけで、僕が2002年の1月～2月あたりで出した結論は、「飛び込んでくる仕事は原則的に断って、本当にやりたいことを考え、決めるための時間を作る」というものでした。半端な気持ちで前進してはいけないという思いが強かったのです。今の仕事で評価されているときほど、それが本当にやりたいことなのか、自問する。これはみなさんにも参考になる知識だと思います。

その時点での僕の予想では、本当にやることを考える時間は、4月後半からゴールデンウィークあたりになるのではないかと思っていました。年初からかかる予定の「意思伝達編」の執筆で当面忙しくなるし、少ないとはいってもコンサルティング案件もあり、さらに「論理力」のeLearning版の開発も依頼されていたからです。

■ここまでで僕が捨てたもの

さて、ここまでで僕が捨てたものは、いくつもあります。まず売れるかもしれない単行本の執筆。受けていれば、執筆は春先になり、出版は5～7月ごろ。「論理力」「意思伝達編」と来ているので、立て続けに類書を出すことで、評価を確立することも期待できます。しかしそのチャンスを捨てました。

講演や講師の依頼を捨てることで、時間的制約が少なくて収入を得る道を捨てました。もちろん講演や講師は、実は3時間をやるのに、準備が30～60時間も必要です。単純に言えば、額面通りの「効率の良さ」ではないのですが、それでも何件かのセミナーをやることで、準備（スライドなど）の使い回しができて、効率は悪くないはずです。でもこれも捨てました。

安定していて十分な収入、知名度アップのチャンス、「論理思考のpaco」の認知機会。これらをすべて捨てて、「本当にやりたいことを考える」ことを選んだのです。

「本当にやりたいことを考えることをやりたい」と決めたので、人に対しては「それ以外のことはやりたいことではないのでやりません」と言いました。もちろん、そのようにはっきり言ったわけでないのですが。

「やりたくないからやらない」というとすごく強気だし、「やりたいことだけやる」ことはすごい、と思われたと思いますが、でも僕としては、「やるべきことをやらなくては、後悔する」という感覚で選んだことなので、その時点ではすでに捨てたものに未練はありませんでした。

この「未練がない」という部分が、たぶん一番重要なのではないかと思います。ひとつのことを選べば、ほかはできない。選んだ以上は、捨てたものに未練は持たない。こういう覚悟が持てるまで、徹底的に考える。納得いくまで考える。これをやらずに何かを捨てると、いつまでも未練が残って、「あのときやっておけば」と思うのではないかと思います。

もうひとつ重要なことは、人間は同時にできることには限界がある、というあたり前の事実です。いくら効率よくやっても、それほど多くのことができるわけではない。いくら「あのときやっておけば」とあとから思っても、「本やセミナーをやる」ことと「じっくり考える」ことは絶対に両立しないということを、徹底的に知ることです。多くの人を見ていると、同時に多すぎることはできないという厳然たる事実から目をそらしているのを感じます。単位時間あたりベストを尽くした経験が少ないので、いつも「もっとできる、両立できる」というあり得ない期待を持ってしまうのかもしれません。たとえば1か月の間に、自分はどれだけのことができるのか。今目の前にあるふたつは、同時に完成可能なのか、ひとつしか無理なのか。それを自分自身でしっかり見分けられないと、「捨てる」ことはできないのだと思います。

もうひとつ、重要なことは、金銭的な持続可能性ですね。収入についてはある程度犠牲にしましたが、本の印税がある程度予想できたので、「飢える」ことはなさそうというのは前提にありました。とはいえ、たいていの場合人は「お金はあればあるだけよい」「仕事はあるうちが花」と考えて、収入を優先しがちです。どの程度の収入があればいいのか、自分が納得できる金額をおおよそ抑えておくというのは、立ち止まるためには重要なことだと思います。お金はないよりあった方がいいというのはある程度言えるとしても、お金を得るために、常に何かを失っている可能性があることを忘れてはいけないのです。

■考えの熟成には時間がかかる

さて、本題はほぼおしまいです。最後に、「やりたいことを考える」ことは結局できたのかどうかを、お話ししておきます。

ゴールデンウィークあたりにできそうと思っていた時間の余裕は、たしかにその通りでした。2002年のこの時期はたしかに仕事が一段落し、2週間以上、時間の余裕がありました。でも、僕はこの期間には結論を出すことができなかった。結論を出すだけ、集中して考えられなかったのです。

ひとつには、前年以来突っ走って仕事をしてきたので、絶対的な休養が必要だったことがあります。「本の企画を考える」というような思考なら、それほど休養は必要ないのですが、「自分自身が本当にやりたいことを考える」には、思う以上の余裕が必要だということに気がつきました。

結局、5月では結論が出ず、そのまま持ち越しの状態で、eLearningの開発などの仕事に追われるようになります。

その間も、ずっとテーマは頭の隅に置きつつ、考え続けてきたのですが、本当に気がついたのは、その次に少し余裕が出てきた11月になってからでした。

ついに1年もかかってしまったのですが、それでも「これはかなり長く使える＜やりたいことだ＞」というのが見つかったので、それを今年2003年は追いかけていこうと思っています。これについては、近いうち、みなさんにも公開したいと思いますので、お楽しみに。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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