094 シュフの料理

photo by paco at Rokkenya

今週は料理の話をします。

日常的に料理をするようになって、もう15年以上になります。自分の家を出て妻と住むようになってから、料理は僕の担当になりました。というか、結婚する以前から旅行に行くときはよく貸別荘なんかを使っていて、そのときにも僕がよくやっていたので、結婚しても僕の担当になったんですね。それでも結婚するまでは、「結婚したら彼女がやってくれるかな」と淡い期待を抱いていたわけですが、見事に期待は打ち砕かれ、結局僕がずっとやっています。つまり、ふつうのシュフとしての料理です。

■できる方がやる

そもそもなぜ男の僕が料理の担当なのか？　理由はわりと簡単で、僕の方が早くてうまいからです。彼女も料理はできるのですが、要領が悪くて時間がかかるタイプなのに、やたらに手間のかかる、しかもその割にできたものにボリューム感のないものを作るので、結局日常の食事としては向かないのですね。彼女の名誉のために書いておくと、おせち料理の煮物は毎年彼女の担当です。こういう料理は結構うまいのです。

でも、正直言って、結婚した当初は自分がやるのがなんだか苦痛でした。何で仕事をしている自分が料理をして、家にいる彼女は料理がでてくるのを待っているだけなのか？　もちろん、これを巡って喧嘩になったこともあります。でも結局は僕が作ることに落ちつききました。だって自分で作ったほうが食べたいときに食べられるから。というより、彼女に作ってもらうと、寝るのが異常に遅くなる。まあ、背に腹は代えられずという側面と、でもそれ以上に、やってみておもしろかったというのが大きいかもしれません。

■料理は最高の創造活動

そんなわけで、毎日料理をつくって、けっこうな年数がたつわけですが、僕の料理はまあけっこう評判がいいんです、自分で言ってしまうのですが。要するに、おいしい料理をつくる。

僕にとって料理は、もしかしたら一番たのしい創造活動かもしれません。僕は仕事も含めて、とにかく何かをつくることをしているわけですが（本を作ったり、こうしてwebサイトをつくったり、六兼屋の庭に「あずまや」をつくったり）、料理はやっぱり特別な創造活動です。何しろ毎日、必ずやることで、その結果が楽しい食事になり、しかもそれが5年10年と積み重なれば、僕と家族の健康をそのままつくることになります。来客のために料理をつくることは、楽しむことでもありますが、それ以前に来客のみの安全を保障するものでなければなりませんから、衛生状態や品質は特に重要です。O-157がはやったころは、特に気を使いました。うちに来て料理を食べて、食中毒で死んでしまったりしたら、本当にひどいことだしなとか。そういう意味では、料理というのは、人の生死や人の長い期間の健康を「つくる」、という意味でのクリエイティビティと、おいしいものをつくるというクリエイティビティと、いろいろな要素が入っている創造活動なんだと思います。

キッチンにいるのも大好きです。時間に余裕がないときやあまりに忙しいときはつらいと思うこともあるのは事実ですが、まあおおかたの場合、キッチンに立つのは好きです。だから、六兼屋の家を設計したときも（家造りも自分でやったなあ、設計だけだけど）、家の中心はキッチンと決めていました。キッチンにいるのが一番楽しくて気持ちよくなるような家を建てたかった。それは言い換えれば、自分と家族の生活が一番気持ちよくなる方法でもあります。

六兼屋のキッチンは文字通り家の中心にあって、「キッチンの収納庫」のような家です。シンクの前に立つと大きな窓ごしに庭が見えて、その向こうに雑木林、田んぼ、林。外を見ながら、家族の様子を見ながら、ゆとりを持って料理ができるキッチンです。六兼屋ができて2年になりますが、ここで料理をするのは僕の最大の楽しみのひとつで、特に気の置けない友達が来て、僕の料理を待ってくれている中で料理をするのは、ちょっとした「キッチンスタジアム」気分です。

■何でもつくる家庭のシュフ

さて、そのキッチンに立って何をつくるか？　もちろん、一介の家庭のシュフとして料理をするので、ごくふつうの料理をつくります。和洋中、肉魚野菜、バランスよく。

朝はたいてい和食です。ご飯、みそ汁、ほうれん草や春菊など葉物のおひたし、根菜類の煮物。ジャガイモやにんじん、ちょっと豚肉、ゴボウなんかを入れた筑前煮や、里芋と油揚げの煮付けなど。きんぴらそれにやっぱり定番のあじの開きや塩ジャケ。もちろん、冷や奴や納豆なんかもよくだします。ご飯＋みそ汁＋魚＋野菜2品＋コーヒーというの基本ですね。和食でも、やっぱり朝はコーヒーです、目がしゃきっと覚めるし(^_^;)

お昼は軽めで、パンとサラダ。それに卵料理かハム、ソーセージのいずれかがつくこともあるし、つかないことも。ちょっとこだわりは、パンをなるべく毎日買いに行くこと。今のマンションに引っ越してからダイエーが近くなって、ここの1階には造りパン屋が入っているので、自転車3分で買ってきてからお昼をつくるというようにしています。

晩ご飯は日によっていろいろです。基本は肉料理。おおむねふつうの料理です。豚のしょうが焼き、餃子、シチューやカレーやハヤシライスのような煮込み料理。フライや唐揚げも造りますが、天ぷらはあんまりやりません。これは苦手意識のような感じかも。沖縄料理のらふてー、ゴーヤちゃんぷるーや、エジプト料理の魚のスープ仕立てや、スペイン系の肉料理もまねしてつくったりもします。そうそう、カレーも、欧州風景のシチュー仕立てと、ときどきはインド系のルーを使わないものもつくります。

得意料理というか、やっぱり人気があって人に出す機会も多いのがパスタ。トマトソース、プレーンなオリーブオイル、ホワイトソース、何でもつくります。スパゲッティ、フィットチーネ、ペンネなど、パスタのほうもそのとき似合わせて。サラダ仕立てにもよくします。

六兼屋ではキッチンガーデンとしてハーブ園があるので、ハーブが育つ春から秋はパスタはとってもグッドです。たっぷりのエキストラバージンオリーブオイルに薄切りのガーリックを入れてこんがりさせて、そこにローズマリーとセージ、タイムで香りを付け、生トマトを入れて一煮立ち。塩コショーで味を調えて、ゆでたてのパスタにさっとのせて熱々の上に生バジルをたっぷりのせて、テーブルへ。緑のバジルが熱で黒くなる前に食べる最初に一口はたまりません。おいしそうでしょ(^O^)

■料理は素材

僕の料理がおいしいかどうかは、僕が決めることではなくて、たぶん食べてくれた人が決めることなので、あえていいませんが、もし僕の料理がおいしいとすれば、それは僕の力ではなくて、ほとんど80％は素材の力です。良い素材があれば、シェフの腕は、まああんまりいらないのです。

食材は、基本的に生協で買います。頼んでいる「東京マイコープ」は、ほどよい「エコ感」がなかなかいい感じの食材を持ってきてくれます。

「生活クラブ生協」や「らでぃっしゅぼーや」「大地の会」クラスになると、有機もので安全性がとても高い、品質最優先の食材を持ってきますが、こういう食材は季節性が強いので、冬にトマトなんかはあまり手に入りません。農薬や肥料を使わないと育たないものはあえて用意せずに、持ってこない、旬のものを食べてください、という発想です。あっても高かったり、品質が悪かったりします。もちろん、そういう考え方はまっとうだと思うのですが、僕は根っからの都会っ子だし、冬だってフレッシュトマトのパスタが食べたいので、あまりオタッキー度の高いエコ食材は荷が重いのです。

「東京マイコープ」（首都圏全域に系列あり）は、量を確保しつつ、品質を確保するために、提携生産者に低農薬や有機肥料の使用についての基準を段階的に設けて、チャレンジしてもらうと同時に、「エコ・チャレンジ」「ザ・フード」などのタグを付けて、品質表示と価格の納得性のある商品提供をしています。「エコ・チャレンジ」のほうれん草より「ザ・フード」のほうれん草のほうが、少し高いけれど、後者は完全な有機栽培なので、当然品質もよくなります。

ここで、有機野菜などを使ったことのない人は、「有機や低農薬品は本当にいいの？」という疑問を投げかけてくるわけですが、僕の答えは「僕の料理がおいしいと思うなら、それはちゃんと育てた食材だから」と答えます。必ずしも有機栽培（完全無農薬、無化学肥料）にこだわるわけではありませんが、低農薬や有機肥料で栽培しようという生産者は、生産物に対する愛情が違うので、やはり味も品質もよくなるのです。これは間違いありません。ただし、有機野菜と多少の農薬や化学肥料を使ったものと比べた場合は、どちらがいいとは言い切れない気がします。今はさまざまな野菜や肉をさまざまな条件で育てるので、完全有機でできる季節、できる生産地は限られています。そこを無理に有機にすれば、育ちが悪かったり味が悪かったりするのでしょう。土地と作物をよく知る生産者が、最大限の努力をしている範囲で使う化学肥料や農薬は、作物をおいしくする可能性があると僕は思っています。

以前は有機系の野菜は、虫食いだらけ、ぼろぼろだったりしたのですが、今は栽培技術と流通技術が上がったので、有機だからぼろくてもしかたがないという生産者は販売店があれば、それは怠慢です。鮮度の良いものを、適切な流通方法で持ってくる「東京マイコープ」では、葉物でもちゃんと1週間日持ちがするんですね。もちろん、早く食べた方がおいしいし、栄養素もきちんと残っていると思いますが。

ちなみに価格ですが、最寄りの「平和通り商店街」と比べれば割高ですが、ダイエーと比べれば同水準というレベル。平和通りの八百屋はたしかに量も多く、安いのですが、味ははっきりしないし、もちろん有機系生産物ではないし、何より日持ちがしないのですね。毎日買い物に行って毎日食べるぶんにはいいと思いますが、僕のような「働くシュフ」にとっては、これは無理な相談です。おいしいもの、安全性の高いものを、ほどほどの値段で買う。それほど難しいことではないと思っています。

■料理はよい調味料

野菜や肉などの食材と並んで重要なのが、調味料の品質です。基本になる塩、醤油、出し、香辛料。こういったものには、けっこうお金をかけます。

野菜や肉と比べれば、調味料の使用量は少ないし、倍の値段の醤油を買ったとしても、差額は500円ないわけです。生協の上級品なら、もっと差額はわずか。これを2か月かけて消費するのなら、1か月あたりの差額は100円玉2～3枚でしょう。これで味のレベルが大きく変わります。

塩も良いものを選びます。ふだんの塩は沖縄の天然塩、「シママース」や「ムーマース」を使っているのですが、最近、ゲランド塩を手に入れました。これは本当にすばらしい塩で、ぞっこん、惚れ込んでいます。フランスでは「ゲランド塩を使うと料理の腕前が3割上がる」といわれていますが、これは本当ですね。

ゲランド塩とは、フランス・ブルターニュ地方のゲランドでつくられる天然塩で、1000年以上前から同じ製法でつくられています。近代以前はヨーロッパ中に輸出されていたのですが、1970年代に工業塩に押されて衰退、塩田はリゾートに変わっていきました。しかし新しい塩職人たちが中心になって塩田を復活させ、昔ながらの製法によって増産されつつあるのが、ゲランド塩です。

ゲランド塩の特徴は、ほかの天然塩にはない高緯度地方にある塩田でつくられていることで、気温が低く、日照が弱い悪条件を、塩田の工夫と職人のワザで克服して、ゆっくりじっくり熟成させてつくられている点です。

というようなうんちくは、実は昨年末に放送された「すてきな宇宙船地球号」で放送された内容です。そのゲランド塩が、例の生協に登場したので、これはグッドタイミングと買ってみました。で、これがおいしい。これまで僕のイチオシは、沖縄の微細で美しい塩「ムーマース」だったんですが、これは手に入りにくいので、普通はシママースを使っていました。赤穂の塩だのより、シママースの方がずっとおいしいのですが、ゲランドは完全にこれらを超えています。本当においしい。ごはんにのりをまいて、醤油ではなくゲランド塩をつけて食べたくなる、といえば雰囲気がわかるでしょうか。トマトやきぬかつぎ（蒸かした小粒の里芋）も最高です。

他に、僕の定番調味料というと、「ヒチフクの白だし」。七福とかいて「ヒチフク」と読ませるのですが、数ある出し調味料の中で、この白出しは飽きのこない味と、料理に濃い色を付けない薄い色の「白醤油」のおかげで、万能の調味料です。和風の煮物はこの白出しとみりんだけでほとんどパーフェクトな味になるし、魚介系の洋風料理にも隠し味で使います。

あとひとつ、僕の料理に欠かせないのが、メープルシロップです。メープルシロップは、カナダ名産で、砂糖カエデの樹皮に傷を付け、取った樹液を煮詰めてつくったシロップで、普通はホットケーキぐらいにしか使いません。僕はこれを、おひたしなんかに使います。ほうれん草をさっとゆでて、水でさらし、軽く絞って、白出しとメールシロップをかけた小皿は朝ご飯の定番。ちょっと甘い味が付いていると食欲が増すし、ただの砂糖よりコクがあるけど、はちみつほどクセがないので、野菜の味もくずしません。このおひたしにごま油とすりごまをかけてさらにあじをのせることもあるし、生卵の卵黄をのせて、食べる直前に箸でつぶしてパクッというのもけっこう絶品です。

■料理は集中力と舌の記憶力

では、食材、調味料がそろったら、人間の方はなにができるのでしょうか？　いくつか大事なことはあるのですが、僕はうまい料理をつくる資質は、集中力があることと、舌の記憶力があることだと思っています。

料理は、一定の限られた時間に、複数の品を作り、タイミングよくテーブルに並べる必要があります。どんなにおいしい料理でも、食べる人の食欲がなくなるほど時間がかかっては意味がないし、食卓に3品並べて食べるときに、1品しかできていなくては、やっぱり食卓は豊かになりません。

料理の場合、やはり食べどきの瞬間があるので、パスタならできたてだし、冷や奴ならぬるくなる前でなければなりません。おいしいタイミングで食べてもらうには（食べるには）、予定している料理を、まったく同時に、一気に作り上げる集中力が不可欠なのです。

もうひとつの舌の記憶力というのは、料理のレパートリーを広げたり、質を上げるのに重要です。レストランでおいしい料理を食べる、海辺で取れたてのサザエを焼いていたので、買って食べる。こういうときに、どんな味だったかを覚えておくのは、努力と同時に才能が必要だと思っています。レストランで食べた料理がどのようにつくられているのかを想像し、覚えておく記憶力。そして自分がまねしたときに、食べた味に近いかどうかを判断する力があれば、自分の料理を少しずつグレードアップすることができます。本当によい食材を食べた記憶があれば、目の前の食材が質の面で勝負できるのか、調理でなんとかしなければならないのかがわかり、適切な料理ができます。舌の記憶力は、料理を成長させるのです。

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そろそろ予定の量に達してきたので、今回はこのへんで終わりたいと思います。

日々料理をしていると、「料理は人生そのものだ」と思えてくるし、実際、自分が選んだ食材で自分がつくった料理を食べて大きくなった娘を見ると、この子をつくったのは僕だ、となんか妙な感慨が湧きます。

まあそんなこととはべつに、家族や友達のために食事を作り、おいしいねと一緒に食べることこそ、たぶん人生でもっとも幸せな瞬間なんだと僕は思えるのです。

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★「092得るものと失うもの」の最後で、「これはかなり長く使える＜やりたいことだ＞が見つかった」と書いたのですが、それについてはこちらをごらんください。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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