101 大企業でもベンチャーでもなく社会に影響？

今回から時々、「論理思考でライフデザイン」的な記事を書いてpacoさんと話しています。これまでのコミトンにもそういう趣向の記事はあったんですが、これからちょっと意識して書いてみようと。仕事、結婚、育児、趣味、衣食住等々、人生のいろいろな局面・側面で、一見、あたりまえに見えることをぐっと論理的に迫って考えてみると、いろいろ見えてくることがあると思うのです。その結果、自分で考えた自分らしいライフデザインをつくれて、実践できる可能性が上がるんじゃないか。そんなことを思っています。今回のコミトンはその第一弾です。

「まずは大企業で組織というものを勉強したいです。そしていずれは自分でベン
チャーを立ち上げたいと思っています」

やる気にあふれた人と話していると、こういうことをよく聞きます。「なぜベンチャーなんですか？」と聞くと、「これまでなかったものを世の中に打ち出したい、それによって社会に影響を与えたい」と。もう一つやる気にあふれた人からよく聞くのは、「大きな組織を動かす、あるいは変えることで世の中に影響を与えるようになりたい」ということ。

確かに、ビジネスの世界で世の中に影響を与えるという欲求を満たす方法として、上の二つの道がよく取り上げられます。よく言われる「創造に関わるか、変革に関わるか」というのもこの領域です。だからこの二つのいずれかをイメージする人が多いのはわかるんですが、「これしかない」と考えてしまうのはもったいないように思います。でも、他にどんな方法でビジネスから世の中にちょっとでも影響を与えられるのか。今回はそんな一例を取り上げてみたいと思います。

■第三の道？

今回、取り上げたいのは嶋崎周治さん（３０才）の例。コミトン41で取り上げた「メディアな眼鏡屋さん」の話を覚えている人もいるかもしれません（この時はＡ君でした）。彼がそれを狙っているかどうか、成功するかどうかはともかく(^_^)、彼が考えていることは第三の道につながる可能性があると思います。

コミトンに前、書いた時はまだコンセプトの段階だった眼鏡屋さんはその後、「コンティニュエ」という名前で２００２年７月、恵比寿にオープンしました。ビジネスとしての調子はどうかというと、先日会った時に聞いてみたところでは「立ち上がりつつあります。でもいろいろやりたいことをやるにはもうちょっと伸ばさないと」という状況だそう。

これがベンチャー（＝大成長を狙う）で「新しいタイプの眼鏡屋をどーんと展開しよう」ということであれば「そんなのんびりしたことでは困る」となります。しかし、嶋崎さんは以前に話した時も先日会った時も、どんどん展開しようとかどーんと大きくしようという気はないと言っていました。では、それが何かにつながりそうな感じがするのはなぜか？　その話に行く前に、彼のそれまでの歩み自体、「道を選ぶ」ことを考える材料としてとても興味深いので、そこからまず見ていこうと思います。

■これといってやりたいことはなかった

よくキャリアの話をしていると「これといってやりたいことはないんです」という人がいます。そして「これじゃまずいですよね」とか「やりたいことってどうやってさがしたらいいんでしょう」と聞かれます。そういう人がイメージしている「やりたいこと」とは、車が好きとか、服が好きとか、マーケティングをやりたいといったことです。

しかし実はそういう意味での「やりたいこと」は持っていない人が多いのです。迷っている人だけでなく、自分の道を確実に歩いているように見える人でもそうです。そして嶋崎さんの場合もそうでした。「やりたいことっていうと特になかったですね。自分はあまりものに動かされないんです。たとえばアフリカで夕日を見て感動して涙を流す人がいますが、自分はきっと涙を流さない」

ここで「じゃあ、自分が涙を流せるもの、寝食を忘れられるものを探しに行こう」というのも一つのやり方ですが、考え方はそれだけではない。たとえば嶋崎さんの場合は次のように考えました。「でも、そうやって夕日を見て涙を流す人を見るとなんか心が動くんですよ。そこで自分は、ものよりもものと向かい合っている人に興味があるんだろうなあと思ったんですね」

そんなことを思ったこともあって、彼は大学を卒業すると、ある料理研究家のところで仕事をするようになります。料理、特にその研究家が取り上げるような家庭料理にはいまだに個人的な関心はないそう（もちろん、仕事としての知識はもっているでしょうが）。しかし、眼鏡屋を始めた今もそこでの仕事は続いているのは、その人にひかれたからだと彼は言います。

彼がそこでやっている仕事はいわばその料理研究家のエージェント（代理人）です。まず依頼人から持ち込まれる仕事の案件について聞き、プリンシパル（代理されている人　料理研究家ですね）と依頼主の双方が満足できる仕事にできるのかどうかを判断します。もちろん依頼そのままではそうならない場合もあります。その場合もただ断るのではなく、どういう形だったらよいのかを依頼主と話し合うとのこと。そうすることで、たとえその時はいっしょに仕事を出来なくても、向こうがまた考えていろいろ提案してきてくれるそうです。このような役割を嶋崎さんが果たしていることで、料理研究家は仕事をすることそのものに集中できます。またその結果が彼女にとっても依頼主にとってもイメージしていたものになる可能性が上がるわけです。

■人が好き、といってもいろいろある

「じゃあ、嶋崎さんの場合は、やりたいことがないんじゃなくて、人が好き、とはっきりしていたんじゃないですか？」と思った人がいるかもしれません。確かに彼は「人が好き」なんですが、もう少しきっちり定義しないと、本当にやりたいことにはならないようです。

たとえば「じゃあ、マネジャーみたいなんだ」と聞いたところ、「そうですね。でも違うところもあります」と返って来ました。「マネジャーって言うと、付き人だと思う人がいるんですが、僕はあまり同行はしないんですよ」これは必要ないから行かないというよりは、やりたいことではないから行かない、行かないでいいようにしているということのようです。では何がしたいのか。

また少し話をしてわかってきたのは、嶋崎さんが自分のプリンシパルとの関係だけでなく、依頼主側の人、つまりその時にいっしょに組んで仕事をする人とのコラボレーションも楽しんでいるということでした。別の言い方をすると、人がある意味自立して光るようにサポートしたり、人とコラボレートするのが好きなのであって、人にぴったりついて面倒を見るのが好きなわけではない、ということです。

それともう一つ重要なことがあります。「人」のことを仕事にしているからといって、人のことばかり考えているわけではないということです。「料理研究家の仕事をしている時は、バランスとして、むしろ彼女が苦手な部分、金銭的なことが常に頭にありますね」と嶋崎さんは言っていました。彼はまた、その部分を強化するためにビジネス・スクールにも通った。ただ、学んだことをさっそく仕事にぶつけてみたら「ああこれは全然違うんだとわかった」とも言っていましたが。

言いたいのは「やっぱりエージェントは金儲けが仕事なんだ。でも彼がやっていることはビジネス・スクールで扱うような普通のビジネスとはあまりに違うから役に立たなかったんだろう」ということではありません。後ろの方から先に説明すると、次のようなことだと思います。おそらく嶋崎さんは最初、ビジネス・スクールで学んだことを元に、料理研究家の「価値」を最大化することを考えたのでしょう。ところが、そこでいう「価値」とはカネの世界での価値で、料理研究家の価値観は少し違うところにあった。だから（最初は）かみ合わなかった。

しかし、ここに気がつけば、ビジネスについて学んだことは活用できます。嶋崎さんはこれについて「お金はプリンシパルの選択肢を増やす」という言い方をしました。プリンシパルのやりたいことを、やりたいやり方でやれるように、カネを稼ぎ、カネを使う方法を考える。目的はカネではなくやりたいことの方。でも、それを実現してプリンシパルが「活きる」ためには、手段としてのビジネス戦略を考える力がエージェントに求められる。人について知っているだけでなく。

■眼鏡屋で成功するには遅いのでは？

さて、ようやく眼鏡屋の話です。上のように仕事をしてきた嶋崎さんが眼鏡屋をやってみようと思い立ったのも、人、つまり現店長に会ったことがきっかけでした。実は嶋崎さん自身、以前から眼鏡のビジネスについては考えていたそうです。ただ、しばらく見ていた結論として、もう遅いと判断していたのだそう。それをやることに変えたものは何だったのか。

まず一つには、現店長にひかれたことが大きかった。人間的な魅力はいうまでもないとして、眼鏡について思い入れとセンスを感じたことが大きかった。思い入れだけでも、アイディアだけでもダメですが、その両方を備えていると感じたのでした。しかし業界を見ると、少し前のファッショナブルな眼鏡ブームは落ち着きをみせ、そういう感覚の眼鏡を模倣して低価格で売る店も珍しくなくなっています。いわゆる3C分析などすれば「出るべきではない」となってしまいそうな状況です。

でも彼がやることにしたのは、目的が「ベンチャー立ち上げ」ではなかったからでした。確かに一儲けしよう、あるいは眼鏡王として名をなそうというには遅いかもしれない。でも、嶋崎さんが店長と一緒に「やりたいこと」を実現するには、一軒の眼鏡店が成り立てば十分です。嶋崎さんによれば、いまだにファッション面でのニーズを特に女性の場合は満たせていないとのこと。そこに一人のセンスある店長と彼らがもともと持っていたクリエーター達とのネットワークとがあれば「そうそうない」眼鏡店をつくれると考えたのでした。

■一軒の眼鏡屋が「社会への影響」になるわけ

しかし、「一軒の眼鏡屋でも嶋崎さんのやりたいことができそうなのはわかったけど、社会への影響というのは難しいんじゃないの？」という疑問を持っている人もいそうですね。確かに、ただファッショナブルな眼鏡屋を一軒作り、広告を打ち、店長ががんばれる範囲でいい眼鏡を売ったとしても、一部の高い美意識を持った人たちが楽しいだけに思えます。まあすごくうまく行って、日本人のファッションセンスが少し上がるきっかけのきっかけくらいになるといったところでしょう。

それが、もう少しおもしろいことができそうだ、と思ったのは「メディアな眼鏡屋をやりたい」という彼の言葉からでした。下は最初に彼からこの件について最初に来たメールの一部です。

「クリエーターとユーザーのコミュニケーション・メディアとしてのショップを目指しています。最終的には若いクリエーターを育てられるようになれば、いいなと思っています」

これを読んでぴんときますか？　実は僕は最初、よくわからなかった。しかし今回話をして、いろいろ考えて、だいぶわかってきました。

最初これを読んだ時は、嶋崎さんが、クリエーターとユーザーの間に双方向コミュニケーションをつくりたいのだと思ったのですが、そうではなく、彼が特に起こしたいメディア機能は片方向なようです。クリエーターにとっての発表の場、といってもよいかもしれません。これを感じたのは、彼と別の話をしていて、「夢を売る人と買う人は別」という言葉が出てきたからでした。そしておそらく嶋崎さんは夢を買いに来る人たちと直接関わるよりも、夢を売る人たちの方に関わっていきたいのでしょう。

そう考えると、たった一つの店をつくるだけでも、世の中にちょっと影響を与えられる可能性がイメージできませんか？　店を、嶋崎さんが「リスペクト」するクリエーターにとっての発表の場として使うわけです。実際、コンティニュエではたとえば、ちょっとおもしろいCDや小物を売っています。あるいは嶋崎さんや店長がよいと感じているところで作ったソファが、妙に存在感をもって空間の雰囲気をつくりだすことに貢献していたりします。

まあものすごくたくさんのお客さんが来るわけではないでしょうが、数を狙うのとは違うアプローチもありえます。たとえばお客さんとしてファッション関係者が多く訪れれば、数以上のインパクトがありえます。また一般の人でも口コミの震源地になるタイプの人が来ているなら同様です。嶋崎さんは「眼鏡を買いに来るだけじゃなく、そこの空気を楽しむつもりでやってきてもらえる「場」をつくりたい」と言っていましたが、しかるべき人たちにとってそういう「場」が本当に作れるなら、そこからクリエイターの世界が広がっていく、ということも起こりうると。

■やりたいことをやるためにビジネスをする

つまり眼鏡屋さんコンティニュエを始めるということは、店長という人をプロデュースすることであり、店長や「リスペクト」するクリエイターたちと店という「場」づくりをすることであり、クリエイターたちに発表の場を提供することである、という三重の楽しみを持っていたのでした。

しかし、こういう場合にありがちなパターンは、夢は追ったけれどもビジネスとしては成立しなかったというやつです。嶋崎さんの場合は、どうなるかもまだわかりません。ただ、前述の「夢のためにカネの動かし方を考える」ことができれば、これは彼が成功する可能性を上げます。

これに関連して、おもしろいと思ったのは次の話でした。「普通の成功している眼鏡屋は広告にお金を使うんです。でも、うちはそれをやりたくないんですよ」広告にカネをたくさん払ったりそのために時間を使うのだったら、イメージしている“場”をいろいろな人たちと作ることに時間もカネも集中する、という考え方です。これはやりたいことをやっているだけとも言えますが、やりたいことをやるための戦略とも言えます（「戦略とは捨てること」という有名な言葉もありますね）。

さて、そろそろまとめに入りますが、その前に一つだけ。「そういうことをやりたいのだったら、眼鏡なんてたまにしか買わないものじゃなくて、カフェとかのようにしょっちゅう行きそうなものにした方がよいんじゃないかなあ」という意見もあるかもしれません。これを彼にぶつけたところ「きっかけは現店長に会って、彼を核としたショップをプロデュースしたいと思ったことだったので」という返事が返って来ました。とすると「出会い」というのが彼の中ではものごとの決め方として重要なのかもしれません。そういえば料理研究家との出会いも「中高の同級生のおかあさんだった」ということでした。

■これまでの話から言えることをまとめてみます

★やり方はいろいろありうる

「新しいこと→ベンチャー」、「大きなインパクト→大企業」だけではない。インパクトだとか変化というのがどういう形で起きたり伝わったりするのかを考えてみると、いろいろな形がありうるし、一般的に言えることはむしろ成立しないかもしれない。こういうことは他のこと、たとえば「自由にやりたい」→「独立」（だけ）じゃない、といったことにもあてはまりそうです。

★いろいろな切り口で見てみると見えなかったことが見えてくる（ことがある）

たとえば「やりたいこと」が見えないと思ったら、「こと」の概念をひろげてみる。「人が好き」で終わらせずに、人をどうしたいのか、人とどうしたいのか、どういう人と関わりたいのか、考えてみる。すると自分のやりたいことがだんだん見えてくる。

★目的をしっかり押さえるといろいろなオプションが見えてくる

たとえば嶋崎さんの場合は事業が大きく成長することよりも、人が生きることに関心があった。だとすればベンチャーのような急成長は必須ではない、と考えるとやれる可能性が拡がった。また、目的を押さえると資源をあるところから削ってやりたいことに集中するということもできる。

最後に...眼鏡屋さんについて「もっと店長の個人としてのブランドを確立したい」と嶋崎さんが言っていたのが印象的でした。「僕が目立ってしまうとか、僕の店のように見えてしまうのは居心地が悪い」と。これは別に彼が控えめな人というわけではないでしょう。自分のやりたいことが「人をプロデュースする」「人が生き生きとするの見る」ことなんだ、と彼自身確認できる一つの現象なんだろうと思います。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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