103 まず未来から考える

ついにイラク攻撃が始まりました。

日本の最終的な対応についていろいろな人の意見を見ると、よく関連情報を知っている人ほど、「日本はアメリカに防衛その他で依存しているから今はアメリカの言うことをきくしかないんじゃない」というものが多いですね。

また今回感じられたのは、「国際政治は基本的にまだまだ、何が正しいかよりも何が得かで動いている。そして弱肉強食である」ということでした。民主主義だとか平和共存だとかお題目が並ぶけれども、そんなのは狼がかぶった羊の皮だと。

■消去法では先は見えない

そんな中で今後、日本がどう動くべきか。pacoさんはNews Letter「イラク戦争、イシューの整理」の中で、

ガキ大将についていた方がトクか、近所の友だちと仲良くしておかないとやばいのか、今度のイラク戦争の結果で、僕らは本当にちゃんと考えなければならないのかもしれません。

という言い方をしていました。短・中期的にはそうなんだと思います。でもそれと並行してもう一つ考えておくべき重要なことがあると最近強く感じています。それは、まず「ありたい未来」の姿です。

今、日本は「世界の安定」と「日本の安定・発展」をにらみながら当座、最善と思われる策を選んでいます（少なくともそのように見えます）。これは上のような世界の状況に照らせば、いわば、「俺が客だったらこんな商品は絶対買わないけどさ、みんなそういうものを客をだまして売っているのが商売じゃない？」と毎日言いつつその中でサバイブする道を模索しているのに近い。一応お客さんのことを考えている「ふり」はして。

しかし、そこでありたい未来をイメージする人はたとえば、「自分が客であったとしてもこれは絶対買うというものだけを売りたい。お客さんも自分もうれしいという状態で商売を成立させたい」と考えます。それから、そのためにどうすればよいのかを一生懸命、戦略として考える。そして自分自身の体験、およびまわりに見てきたことからすると、このように「未来志向」な考え方をして少しでもうまく行き始めた時には、顧客の支持という意味でも、社内の士気という意味でも、ものすごく大きな力を得ます。

そういう「未来志向」な考え方を、日本や世界について考える時にも持ちたい、と今、感じています。また、そのように「大変かもしれないがこれはやる価値のあることだ」と何かを共有できた時こそ、日本は強いんじゃないかとも思います。たとえば戦後、戦争による大打撃から日本は驚異的な立ち直りを見せました。

■未来のイメージが前進を引き出す

では、世界のあり方、日本のあり方についてどんな未来を設定するか。僕が今感じているのは、闘い合う弱肉強食の社会ではなく、地球と自分たちのために力を合わせるような世界を作りたい、ということです。もちろんそんなことは簡単には実現しないでしょう。しかしその材料は少しずつ出てきつつあります。第一にそうしないと地球全体が破滅する危険はどんどん高まっている。第二に地球がこれだけ小さくなると、そういう規模でものを考えられる人が増えてくるはずだということです。

「でも一方でいまだに自分たちが勝つことばかりを考えている人や国の方が主流なのだから、簡単に世界が変わるとは思えない」という反論がきっとあると思います。また、仮に日本だけがそんなおひとよしなことをしたら、いいカモにされるだけだ、あるいはアメリカからの圧力につぶされてしまう、という声もあるでしょう。他にも山ほど「出来ない理由」は出てくると思います。そのリストを見るときっと「こりゃダメだ」と思いたくなるでしょう。

でも、これが今の日本が元気のない状態から抜け出せない一つの大きな理由だろうと僕は思います。つまり、すぐ問題の方に目をやってしまうから「出来ないこと」「困ったこと」しか見えてこない。そうじゃなく、やりたいこと、実現したいことをまずよぉ～くイメージするべきじゃないか。

たとえば僕の場合、1999年の初めにビジネス・スクールの運営に関わり始め、最初にやったのは「200X年　新規受講生日記」なるものを書いてみることでした。そこに書いていたのは、

……第４回のクラスの前に「キャリア・デザイン・ワークショップ」に出る。いろいろなキャリア事例を見ながらキャリアについての考え方を深めるもので、最初にホームページで確認したことをもっと現実味を持って深められた気がする。グロービスの各科目の意味もわかってきた。「学びながら使える」ことを活かす、という意味もわかってきた。次はHRMを取ろう、と思い始める。また新しい仲間とも知り合えた。このネットワークは本当にすごい。これまで余裕がなかったが、ラウンジにもそろそろ発言してみようと思う……

といった感じで、やる気のある優秀な受講生が切磋琢磨しているビジネス・スクールと、営業をせずともそういう受講生がどんどん受講していく形で数字が積み上がるビジネスの姿です。当時、問題があまりなかったわけではありません。むしろ補強する必要があったから僕がそこに入った。当然、上のような姿がすぐ手のとどくところにあったわけでもありません。でも、最初にやったのは問題を分析することでも、その解決策を考えることでもなかった。

「これを実現したい」と強く思えるものを共有できているとき、人の前進するパワーはけた違いに大きくなると思うのです。問題解決だけを考えている時には比べ物にならないほど、頭は回るし力も出てくる。そして楽しい。実際、僕らはそうでした。だからまず未来から考えたいと思っています。

■未来がイメージできると可能性も見えてくる

世界と日本のことに話を戻します。世界全体が「共存共栄型」になっている状態はちょっと遠いので、まずは日本について考えてみることにします。実は日本は「共存共栄型」の先陣を切っていくことができるのでは、と思っています。つまり弱肉強食のルールで行くのではなく、かつ文明的な生活を保ち、そして精神的にも豊かに生きていけることを実例として示せるのではないかと。たとえばアメリカの言うことをきくかわりにアメリカの傘の下に入るのでもなく、自分自身で軍備を持つのでもなく、世界からrespectされる国だから軍事を気にする必要がないという状態をつくれるんじゃないかと。

そう考える根拠はいくつかあります。一つには、これ以上「モノ」的に豊かになっても日本人はあまりハッピーにならないだろうということです。もう既に十分にモノを持っている日本です。今、優秀な人ほど、何のために生きるのかとか、自分とは何なのかということを考え始めています。となれば、単に儲けることより、何かの役に立つ、世の中に評価される、ということに最大の魅力を感じるリーダー人材が増えてくるはずです。そういう連中にとってはこれまでは「難しいから」と手をつけられていなかったことも「難しいからこそやってみよう」となっても不思議ではありません。

もう一つには、日本にいろいろな資源があることがあげられます。もちろん地下資源のことではありません。人材であり、技術であり、資金です。人については上で少し触れていますが、単にやる気があるだけでなく、高い教育レベルを持った人たちがたくさんいます。技術も資金も日本にはたくさん眠っています。「儲けよう」と思うと使う場所がかなり制約されますが、「とんとんでいい。それよりも何かの役に立つことが重要だ」と考えるとこれらは活躍の場所をたくさん見出せるはずです。

最後に、これまでの国際社会においてですら、ばりばりの弱肉強食だけが生き残る道ではないと感じられる側面があることが上げられます。たとえば日本人は海外のどこの観光地のカモの筆頭と言われるほどお人よしで有名ですが、それでも生き馬の目を抜く連中がひしめくビジネス界でこれだけ結果を出しています。また逆にこれだけ経済的に成功を収めているにもかかわらず、「謙虚」「慎み深い」等々、国民としての好感度は世界各地で高い。

というように、ちょっと未来をイメージしてみただけでも、可能性を示唆することがいろいろ出てくると思いませんか。

■「何がやれるか」vs.「何をやりたいのか」

もちろん上で僕があげたどの根拠に対しても一つ一つ反論できる人はいると思います。しかし、本当は、上のようなことは「そう感じられれば十分」だと僕は思っています。本当に重要なのは「これをやりたい」と僕らが本気で思うかどうかでしょう。そう思えば、いくつかの希望のかけらからでも相当なことができると思うのです。日本の優秀な人たちが本気で動き出せば。

重要なのは「何が得（とく）か、何がやれるのか」という発想から「何をやりたいのか、どうしたらそれが出来るのか」という発想に変わることだと思うのです。

たとえば、日本では「アメリカに生命線を握られているのだからアメリカの言うことを聞かざるを得ない」と言います。しかし世界中には日本以上にアメリカに生命線を握られている国があります。ところがこれらの国々も数多く、戦争に対して反対を表明した。彼らの方が勇気があるのかもしれない。あるいは無謀なのかもしれない。でも一番のポイントは「そうしたいと思ってものごとを考えたかどうか」だと思うのです。確かにすぐには、やりたい形にならないかもしれません。しかし、意志をもちつづけている限りは、徐々にその方向に持っていけるのだと思います。世界に名をはせている日本企業はそうやって来ました。

■未来を実現するために戦略が必要になる

もちろん、一足飛びに理想の振る舞いをすることは自殺行為になりかねません。いきなりおうような姿勢を示しては、現時点での世界ではいいカモにされかねない。軍備はともかく当初はいろいろな自衛策はとる必要があるでしょう。たとえば北朝鮮による拉致事件のようなケースに対応するためには、情報力を上げる投資は必要でしょう。また、アメリカとの間では一時的であれ、エネルギー、農業、技術といったあらゆる領域での「戦い」に備える必要があるでしょう。

それは戦略を立てるということです。「顧客も自分もハッピーになれるビジネス」を目指す事業家もやみくもに「誠意」を見せるだけではなかなかサバイブしていけません。「顧客にとって本質的な意味を持たないコストは徹底的に削る」「お互いにハッピーになれる顧客だけが来るようにコミュニケーションしていく」というように戦略を立て、実行していくことでサバイバルと理想の実現を両立するわけです。第二次大戦では戦略がなっていなかったために日本は負けました。未来を実現する戦いでも戦略が必要になります。

■個人にできること

では、日本や世界の未来をイメージし、戦略を考え、実行をしていくために個人は何をできるのか。

たくさんあると思います。まずは未来のイメージを自分で考え、いろいろな人と議論して理解を深めていくこと自体に大きな意味があると思います。各個人がいろいろな局面で未来作りに関与する局面は多くなると思います。一方で未来の姿はこれまでの常識とはかなり違ったり、時に痛みを伴う局面もあります。となると、意味のある行動をできるには未来の姿の本質を十分に理解している必要が出てきます。

次に[com2]MLでMNさんが紹介してくれた話から感じたことですが、市民運動や世論の影響力という形がありえます。ネットの発達により個人が考えたことの伝播力は大きく高まりました。一つ一つは小さくとも、いくつもの核（知恵市場もその一つでしょう）で人々の意識が高まり、それを後ろ盾にした施政者側の動きが出ても不思議はない時代になってきていると思います。

そして自分の仕事や消費生活に未来を実現する一歩としての意味を持たせられるケースも多いと思います。たとえば僕の場合は英語教育の中で「異質のバックグラウンドを持った人たちがコミュニケーションできることの意義」を来る人たちに感じて欲しい、そのように持っていこうと思っています。農業に携わっている人なら、地球環境と健康にやさしい作物を妥当な価格で提供する道をさがしていくかもしれません。反対に消費者なら、そういう作物の価値を理解することが第一歩でしょう。

■奪い合う世界から持ち寄る世界へ

少し前に[com2]MLで「学力」に関して、「米国、欧州、アジアの国々と対抗し、強調していくために、子どもたちにつけさせたい知的な力とはなんなのか」という話が出ました。するとすぐに、知的な力というものはどこかに対抗するためにつけるものではないと思う。それよりも、QOL(Quality of Life)を社会全体で上げていくためにはどうすれば良いか自分で考えられるようにするものだと考えたい」というコメントがLimingさんからありました。僕も同感です。

それぞれの文化に根ざした知とか美があると思います。これをみんなが持ち寄って、鑑賞したり、そこから学べたら、これはすごく楽しいだろうなあと思います。それが世界全体で行われるにはとても時間がかかるでしょう。でも、それをゴールに据えて動いているならば、毎日ほんのちょっとずつしか動けなくても日々のQOLは高いだろうと思うのです。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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