104 第3回環境ビジネスワークショップ

▲写真は「ENEX2003」で東京ガスが展示していた燃料電池の原理模型。右の筒で水を電気分解して、水素（右の筒の左側）と酸素（右の筒の右側）をつくり、びにーるぱいぷでひだりの透明な円盤形の燃料電池に送ると、扇風機が回るしくみ。

3月7日に行われた第3回環境ビジネスワークショップのレポートです。この回は、燃料電池を扱いました。去年後半から、燃料電池の話題が一般のニュースにも登場しています。「夢のクリーンエネルギー」「脱化石燃料の切り札」などといわれたりしますが、その実態をきちんと理解できている人はまだ少数です。

今回のワークショップは、燃料電池の原理から、応用の可能性、普及の条件などを考えてみました。

■いい加減な報道

まずオープニングに、今年1月にテレビ東京で放映された「日経スペシャル　ガイアの夜明け＜エネルギー大革命燃料電池で世の中が変わる＞」のVTRの冒頭を見てもらいました。その冒頭のナレーションです。

「戦乱のたびに石油価格が上がり、経済を混乱させてきました。エネルギーを石油に頼るニッポンにとって、特に切実な問題です。石油に代わる新たなエネルギー、その大本命と目されているのが、燃料電池です。市場規模は100兆円。日本人は、1年間に一人あたりドラム缶11本の石油を消費しています。そのすべてが輸入。でも資源には限りがあるんです。しかも石油を燃やすことで地球温暖化という深刻な問題も引き起こしています。石油の代わりになるエネルギーがほしい。（＜燃料電池＞のテロップ）その期待を担って登場したのが燃料電池。ほぼ無限にエネルギーを作り出し、公害なし。21世紀のエネルギー源として注目される燃料電池開発の物語です」

民放の報道番組にしては一生懸命作っているのですが、それにしても馬脚を露出してしまっています。

この一連のメッセージを見て、何が問題かわかりますか？　燃料電池が未来を開くキーテクノロジーのひとつという理解はよいのですが、その背景、理由の説明は、かなり低レベル。でもこういった話をきちんと批判的に理解できるようになることが、環境ビジネスの出発点です。

まず、この冒頭メッセージのウソを指摘しておきましょう。

「戦乱のたびに石油価格が上がり、経済を混乱させてきました」

たしかに中東では戦争が繰り返され、そのたびに原油価格は上がっているのですが、この説明では、戦争のたびごとに上がり続けているかのような印象を与えます。実際には、戦争で価格は上がっても、ほどなく下がっており、全体としては石油価格は上がっているとは言えません。つまり経済の攪乱の原因ではあっても、石油に頼ることは、長期的に見れば、安価で安心なエネルギー源だったのです。そのため、

「エネルギーを石油に頼るニッポンにとって、特に切実な問題です」

という指摘もあまり適切ではないことになります。そして出てくるのが

「石油に代わる新たなエネルギー、その大本命と目されているのが、燃料電池です」

という言葉。これが実にいい加減な説明です。あとで詳しく説明しますが、燃料電池の＜燃料＞になるに使う水素は、ガソリンや灯油からつくる方法が有力な選択肢のひとつです。燃料電池が普及しても、化石燃料への依存がなくなるとは限りません。もちろん、なくすことも可能です。燃料電池を、どのように使えば化石燃料に頼らずにすむのかが重要なのに、一番肝心なことは言わないのです。

「日本人は、1年間に一人あたりドラム缶11本の石油を消費しています。そのすべてが輸入。でも資源には限りがあるんです。」

水素を石油や天然ガスからつくる方法は、当面、中心になるだろうと考えられていて、この方法では、資源を輸入に頼っていることも、資源の有限性を突破することもできません。また石油も天然ガスも、ここ数十年で可採埋蔵量（掘り出すことができる量）が増えており、その理由は調査が進んだこと、深いところにある資源も技術の進歩で掘れるようになりました。この結果、現在では石油で40年以上、天然ガスも50年前後と見られています。今後の調査でさらに伸びる可能性もあり、たしかに「有限」ではあるのですが、危機が迫っていると考えるには無理があります。

「しかも石油を燃やすことで地球温暖化という深刻な問題も引き起こしています」

これは事実です。絶対に見失ってはいけないポイントです。石油や天然ガスに頼っている現状が問題なのは、大きくふたつの側面があります。ひとつはCO2の増加による地球温暖化の問題。もうひとつが、特に石油が眠っている地域が中東など世界のごく一部の地域に限られていることから、世界政治の不安定要因になっているという問題です。価格は、基本的には需給関係で決まり、供給は埋蔵量が十分であるなら、長期的にはボトルネックにはならないので、燃料電池開発の主要な動機にはなりません。やはり温暖化防止が最も重要な動機になっているという点を確認しておくべきです。

「石油の代わりになるエネルギーがほしい。（＜燃料電池＞のテロップ）その期待を担って登場したのが燃料電池」

というわけで、燃料電池は石油の代わりになることはありません。あとで説明しますが、風力発電やバイオマスエネルギーなら、石油の代わりになり、またこれらを有効に使うために燃料電池が有効だという説明にならなければなりません。

このような初歩的な説明ミスをしてしまうのは、いくら民放だからといういいわけがあっても、ひどすぎます。もっとまじめに、しっかり勉強をしてからつくってもらいたいものです。

■燃料電池の基本原理

ワークショップではまず燃料電池の基本的な原理を資料を見て整理してもらい、「従来の発電方式と比べてどこが優れているのか」を発見してもらうことから始めました。

「CO2がでない?」「天然ガスや石油から水素をつくれば、CO2は出ます」「効率がいい?」「たしかに発電効率はいいけれど、火力も今はかなりいいみたい」「どれどれ……コンバインドサイクル発電なら燃料のエネルギーに対して、発電効率が50～60％」「燃料電池だと、40～60％か。たしかにあまり変らないね」「燃料電池なら廃熱が利用できるよ」「火力発電も廃熱利用で効率が上がると書いてある」「分散型発電だから？」「分散だとなんでいいの？」……

調べてみると、燃料電池が既存の火力発電と比べてよいというところが言えない状態になってしまいました。そこで、構造化をして、どこがよいところなのか、考えてみます。

燃料電池の基本原理は、とてもシンプルです。水素と酸素を電解質の膜を挟んで流すと、電気が起こり、反応熱が出ます。廃棄物としては水だけしか出ません。このとき、水素が持っていたエネルギー100に対して、電力が40～60取り出せる、という点をさして「効率がいい」と言っているのです。先に触れたとおり、「コンバインドサイクル」という発電方式なら、すでに50％を超える発電所が稼働しているので、燃料電池の優位性はないように見えます。

実は、コンバインドサイクルの発電設備は非常に大型で、数十万キロワット～150万キロワットという大型発電所でなければ、効率のよい発電ができないのです。これに対して燃料電池では1キロワット～1000キロワットクラスでも十分高い効率が出ます。この小型サイズに限れば、火力と比べてかなりよい効率が実現できるのです。小型、低出力でも効率がいい。これが燃料電池の第一の特徴です。

■小型高効率だから熱利用ができる

小型の発電設備としては、たとえば夜店やキャンプで使うエンジンによる発電機があります。効率はよくないのですが、サイズは小型。しかし、排ガスは臭いし、音もうるさいので、いくら小さくても一般家庭はビルごとにおいて使う、という使い方には向きません。しかし燃料電池は動作音が非常に小さく（動くところがないため）、排出も水だけなので、家庭やビルなど、人の多いところで使うのに適しています。実際、燃料電池が最も早く普及するのは、家庭用の「発電もできる給湯器」というタイプだと見られています。

小型で静か、高効率。これによって、家庭での利用も可能になるわけですが、なぜ家庭に発電機がおけるといいのでしょうか？　参加者のみなさんにも意見を出してもらったのですが、この問いにすっと答えるのも意外に難しいのです。

なぜ、家庭に燃料電池発電機がおけるといいのか？　それは、廃熱が利用できる、という点です。大型のコンバインドサイクル発電機からも、廃熱が出ます。しかし、この廃熱を使う場所が、ないのです。温水プールをつくるなどすれば使えるのですが、大型発電所は臨海部の工業地帯に立地しているのが普通で、そこにプールがあってもあまり気持ちがよくありません。住宅地まで温水をパイプラインで送ると言うことも考えられますが、熱は給水パイプが長くなれば冷めてしまい、使えなくなるし、遠くまでパイプラインを引くのはコスト的に引き合いません。大型発電所は廃熱まで利用できれば効率はよいのですが、実際には使い手が近くにないので、全体の効率が、高まらないのです。

これに対して小型の家庭用燃料電池では、すぐ横の壁から家の中に温水を引き込み、キッチンや風呂で使えば、廃熱の有効利用ができます。もちろん発電効率の方は大型発電所に近い効率ですから、全体としては、水素が持っていたエネルギーを、電気と廃熱で、徹底的に利用できる。これが燃料電池のメリットなのです。

今分散電源が注目されていますが、分散電源のメリットについて、適切にとらえておくことが重要です。良くある議論は「使う場所で必要な分だけ発電する」ので効率がいいと言われるのですが、現在の分散電源ではこれは「ウソ」であることがわかってきました。使う電力は、瞬時に激しく上下します。たとえば家に戻ってエアコンとホットカーペットをつければ、一瞬で3KWぐらいの電力を使います。こういう瞬間的な電力の変動は、燃料電池では無理なのです（現在見込まれている技術では）。実際には、燃料電池で常時使っている電力分を発電し（冷蔵や待機電力など）、必要に応じて上下する分は電力会社から買う（つまり電力会社が所有する電源に頼る）ことが前提になっているのです。しかし、「使う分だけ発電する」というメリットがなくなっても、「廃熱をムダにせず使い切る」ことができれば、分散型発電のメリットが十分あります。これが今想定されている家庭用燃料電池のねらいで、これを導入することで、家庭からのCO2の排出は20％程度減ると試算されています。

燃料電池の用途は、大きく分けて、家庭での「発電給湯器」と「自動車用（充電式ではなく自分で発電して走る電気自動車）」「発電所用（火力や原子力に代わる発電設備）」の3パターンがあります。いずれも、ほかの発電方法に比べて、発電能力のわりにコンパクトで、発電効率が高い（省エネルギー）であることが特徴です。

■水素はどうやってつくる？

燃料電池の特徴が見えてきたところで、燃料になる水素をどうやってつくるかを考えてみます。水素という元素そのものは、水、地下資源などを始め多くの物質に含まれているので、資源の絶対量は豊富です。しかし水素ガスそのものの形で存在していることはほとんどないので、何らかの方法で取り出さなければなりません。

どのようなものから取り出せるのか、みなで考えていきました。はじめは「天然ガス」「石油」「プロパンガス」「水」「アルコール」などと本などにある情報が羅列されるのですが、ただ羅列するだけでは、メカニズムがつかめません。環境によい、悪いを判断できるメカニズムがとらえられるように、分析的に構造化してみます。

水素を取り出しやすい物質は、水と、炭化水素（メタンやエタン、プロパン、エタノール、メタノール）などのいわゆる「炭化水素」です。

水はH2Oという化学式からもわかるように水素と酸素からできていますから、これに電極をさして電気分解をすれば、水素と酸素に分かれます。これを燃料電池に入れると、元の水に戻って電力が取り出せる。つまり水に電気エネルギーが加わったものが水素と酸素、分かれたものを元の水に戻せば、電気が出てくる、というとてもシンプルな反応です。

では電気分解のための電力はどうするかというと、今のように火力発電などから取り出すと、そこで環境に影響が出てしまうので、クリーンなエネルギーを使えばよいことになります。風力、太陽光、地熱、波力など、自然のもつエネルギーで電気を起こし、それを使って水から水素を取り出せば（酸素はいったん大気中に放出、いずれ燃料電池で回収）、燃料電池で発電できます。

この方法は、いったん風力などで電気にしたものを水素にして、また燃料電池で電気にするというプロセスなので、実質的には「電気を水素の形にしてためる」ことをしているといえます。電気をためる充電器は高価で大型ですが、電気分解で水素にすれば、保管や移動が楽にできる可能性があります（また技術的には未成熟）。しかし電気→水素→電気の過程でどうしてもロスが出るので、できれば風力などで取り出した電気は、そのまま電気として使った方がよい、ということになります。

次に、炭化水素の方を見てみましょう。炭化水素の基本形は、高校の化学でちょっとだけやった「メタン」というものです。

　　　　H
　　　　|
　　H--C--H
　　　　|
　　　　H

化学式でCH4です。C（炭素）が一つ多くなると、

　　　　H　　H
　　　　 |　　 |
　　H--C--C--H
　　　　 |　　 |
　　　　H　　H

これでC2H6のエタン。

これらと似た構造のものを炭化水素と呼び、加熱すると、水素とCO2に分かれるのが基本です。こうして炭化水素から水素を取り出す方法を「改質」と呼びます。

炭化水素は、炭化水素は、地下資源である石油、天然ガスを使う方法が有力ですが、もうひとつ、バイオマスから取り出す方法もあります。バイオマスとは植物資源のことで、たとえば小麦やイネのワラを微生物発酵させて、メタンガスをとり、それを改質して水素にするという方法です。

地下資源から取り出せば、地下に眠っていた炭素をCO2として大気に放出してしまうので、大気中のCO2が増えて温暖化の原因になってしまいます。これに対してバイオマスを使えば、いったん大気に放出されても、再び植物を育てて吸収させれば（同じ面積の田畑や森林があれば）大気中にCO2が増えることはありません。温暖化がおこらないのです。

■地下資源をつかうと、温暖化はおこるが影響は小さくなる

ここまで考えてくると、原料面で見たときの燃料電池の構造的なメリットがわかってきます。

従来のように原油や天然ガスなどの地下資源が使えるし、これまでとおなじエネルギーインフラが使えるので、火力発電などからの転換が容易です。この方法だと、CO2の発生という点では変わらないのですが、前半に分析したとおり、電気をつくる、廃熱を使うという点で効率がいいので、同じ量のベネフィットを少ない資源量から得ることができ、CO2の排出も抑えることができるがよい点です。実際にどの程度、温暖化への影響を少なくできるかは使い方にもよりますが、20～50％の削減になると考えられます。

■バイオマス、自然エネルギーなら、温暖化への影響はゼロ

これに対して、水素を取り出す方法にバイオマスか自然エネルギーを使えば、原理的に温暖化への影響はゼロになります。しかも、たとえば木くずを直接燃やして発電するより、微生物発酵で取り出したメタンガスを使って燃料電池に入れた方が、同じ植物資源を効率的に使うことができます。

燃料電池が「夢のエネルギー」になるとしたら、このバイオマスを使った水素製造を中心にできたときと考えられます。

■燃料電池の魅力

ここまでの話を総合すると、燃料電池を使うことのメリットを次のように整理できます

燃料にさまざまなものが使えるため、石油に頼るより産出地域の偏りが防げる。中東依存などのリスクが減らせる。
バイオマスや自然エネルギーの開発が本格化すれば、温暖化を起こさない、長期的に使い続けられるエネルギーになる。
発電効率がよいので、同じエネルギーを得るためには資源が少なくてすむ。
どの燃料を使うにせよ、小型で静かなので、使う場所で発電できることで、廃熱まで利用可能（大型発電所では廃熱がムダになりがち）

これに加えて、

発電設備が分散できると、災害など緊急時に強い街づくりが可能

というメリットも大きいでしょう。地震の時にも、ガスさえ来れば（十分ではな
いにせよ）電気が得られる、というメリットは大きいものがあります。

さてここまで見たところで、最初の「TV番組のメッセージ」が、ウソっぽいことがわかるでしょう。まったく間違いではないにせよ、誤解の余地が大きい。構造的にとらえられて、始めて良さと、それが実現できる条件がわかってきます。今回のワークショップの最大の目的が、こういった環境問題解決のための構造をとらえることだったので、ひとつの成果といえます。

■燃料電池普及のキーポイント

このあと、燃料電池で実際に社会を環境負荷の低いものにしていくための条件について話し合いました。紙面がオーバーしているので、ポイントだけ。

燃料電池はコストと耐久性が課題。特に水素と酸素を分ける「電解質膜」の開発が重要で、ここでの開発の進展が鍵を握る。
開発を担うのは、中小企業も可能性がある。人材の移転（人材コンサルティングビジネス）、投資・融資、技術マッチングなどのシーズを適正配分する部分に、燃料電池を通じた環境問題解決のキーポイントがある。
普及のためには水素インフラの整備が不可欠。でも危険度は高いとも言えないので（研究途上）、適切な規制緩和が必要。関係する企業は、積極的に規制緩和を働きかけ、インフラ整備の技術やコストの研究を進めるべき。
燃料電池を最初に導入してメリットのあるビジネスを探す。たとえば、マンション一棟で導入したり、スーパーマーケットやホテルで災害時バックアップもかねて導入するなどが有利。マンションやスーパーマーケットから出る生ゴミを使って、メタンガスを取り出し、燃料電池で使うといった「合わせ技」を行えば、コストメリットが出る可能性がある（廃棄物処理費用としてコストが出せる）。

燃料電池を巡るビジネスは、まだ「研究開発」の領域が中心ですが、これからの普及期を前に、「どこで使えるか」「どのように使うと環境負荷が下がるのか」「どのような予算を使うと有利か」などの視点でビジネスモデルをシミュレートしておくことで、普及価格に下がってきたときに、すぐに利用できる準備が整います。生まれつつある新しい環境技術を、早く使いこなす準備が重要、という点を確認して、ワークショップを終えました。

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★お知らせ。次号4月7日は休刊します。コミトンは月4回発行です。3月31日は第5週で、本来は休刊日ですが、今回の記事は少し早くお届けしたかったため、31日を発行日とし、4月7日を振り替え休刊とします。

渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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