107 イラク攻撃～意見の分かれるところ

知恵市場でもずっと話をしてきた「イラク攻撃の是非」ですが、今回、日本では少ない戦争支持の立場を取る大久保雄一さんを交えて顔を合わせたディスカッションを4月23日にしてみました（参加者10名）。これにより、戦争支持の考え方について理解を深めること、その結果、今後の同様な状況にどう合意を作っていくのか考えることが狙いです。

まず論点は今回、次の二点に絞りました。

フセイン政権を外部から武力行使でつぶすべきだったのか？
アメリカの独断専行は認めてよいのか？

なお、(1)を「結論」の問題、(2)を「プロセス」の問題とも言えます。

■結論の問題－フセイン政権を外部から武力行使でつぶすべきだったのか？

これに対する大久保さんの論は「イラクの状況は狂人がやりたい放題でしかも誰も止められない状況。このままでは非常に危険だが、武力以外でつぶせないのだから武力でつぶすべき」というものです。一方で武力行使反対の人の考えは「武力行使で生まれる危険やコストの方が大きい。査察等でもフセインの危険は抑え込める」というものです。もう少し詳しく見ていきましょう。

■狂人独裁国家はつぶさなければならないか

まずここでの狂人の定義ですが、残虐行為や破壊が「目的」にまでなっているということだと僕は解釈しました。国家による残虐行為や暴虐はイラク以外でも世界のあちこちでいまだに起きていることですが、それが権益の保護等のための手段であればまだ狂人とは呼ばないというのが大久保さんの定義だと。また狂人であるかどうかはともかく、おかしな政権が交代する可能性が十分にあるなら武力行使にまではならないと。たとえばアパルトヘイト時代の南アフリカは国際的にいろいろな制裁を受ける状態にはありましたが、外から見てこの二つ

残虐行為は目的ではなく手段だった
よりまともな政権に変わる可能性がある

で武力行使の対象にしなくてよかったと。

残虐行為や破壊が目的にまでなってしまっている場合、仮に今は大量破壊兵器など持っていなくとも手に入れようとあらゆる手段を尽くすだろう、またテロリストに隠れ場を提供してしまう可能性も高い。要はいくら穴をふさいでも穴を探し回り続ける相手なのだから押さえきれない、という考え方です。

一方の反対論。なおサダム・フセインは本当に狂人なのか、またそういう定義で言うと誰が狂人独裁者なのか、という議論は入らないことにして、仮にそうだとして考えてみました。

反対論の考え方はまず、それだけの危険があるとは思えない、というものです。大量破壊兵器も見つかっていない、湾岸戦争以降、対外的な戦争もしかけていない。このまま対外的な脅威は抑え込めるはずだと。確かに国内的にはかなり理不尽な状況が続いてきたわけですが、それは外からの武力行使を正当化するまでのものではないと。

■武力行使はテロを増やすか

さらに、「大量破壊兵器は見つかっていない」という状況下で武力行使をすることは新たな憎悪を生み出すおそれが高い。それではテロを鎮めるどころか、かえって激しくしてしまう危険大だ、というのが反対論のもう一つの主張です。これに対して大久保さんからは、第二次大戦時の日本のように徹底的にたたかれることで悪は善に生まれ変わるのではないか、という意見がありました。確かに一時的には憎悪が生まれるかもしれない、しかしだんだん収束していくだろう、と。

これに対して反対論の側からはまず、日本の例はむしろ特殊な例で、パレスチナのようにたたきあいが延々と繰り返され、憎悪が増幅される方が多いだろうという反論が出ていました。そのリスクをとるよりは、査察等で抑え込みながら時が来るのを待つべきだと。

*この部分について、ディスカッションの時には言わなかったのですがちょっと考えていることがあります。同じ武力行使でも憎悪の度合いは状況によって違いそうだということです。自分たちの方が正しいと思っている時や相手に正当性がない時に攻撃を受ければ恨みは大きくなるでしょう。一方で、自分たちにもよい結果をもたらすものや、攻撃される理由にある程度納得性があるなら恨みの度合いはその分小さくなると。

さて、もう一つの反対論はpacoさんによるもので、つぶしても悪はなくならない、つぶそうとして危険を冒すよりも最小限に封じ込めておくべきである、というものです。ここは僕が説明するよりもpacoさんに書いてもらった方がよいと思うので、あげるにとどめておきます。

ここでいったん意見の分かれる大きなポイントを確認しておきます。フセイン政権を外部から武力行使で排除するべきかを判断する基準として、

「存続させた時の危険や問題」　と
「武力行使した時の危険や問題」

のどちらが大きいのか、というのがまず大きなポイントだということです。

■プロセスの問題－アメリカの独断専行は認めてよいのか？

次はプロセスの問題です。結果の問題は一部の状況にしか当てはまらないのに対してプロセスの問題はすべての状況にあてはまります。ということはより重大と言えるかもしれません。

今回、国連安保理での合意を見ないままアメリカ、イギリス等が武力行使に踏み切りました。しかしディスカッションで議論したのはアメリカについてでした。今回に限らず国連の決定に従わないケースはいろいろありますが、あらゆる意味でダントツに力を持っているアメリカが合意に従うかどうかは大きなポイントだと考えられるからです。

なおアメリカとイギリス以外の国は一貫性がなく、かつ目先の利益で動いているという指摘が大久保さんからありました。そしてより信頼するにたるアメリカやイギリスの判断を採用した方がよいというのも一つの考え方として上がりました。その場ではフランスをはじめとする他国がアメリカやイギリスほどには信頼できないのかどうかも議論の対象になったのですが、ここでそれを取り上げる意味はあまりないと思うので省きます。つまり、イシューは「超大国の独断専行 vs. 「自国利益を最優先する国々の」合議による決定」だと考えます。

■民主主義の意味

大久保さんの考えは、あのまま議論をしていたら手遅れになるから、正しいと信ずる行動に出た方がよい、というものです。これに対してそもそも民主主義に意思決定の速さを期待するのは間違っているという反論がされました。独裁者が決めれば速いがそれをせずに議論と採決で詰めていくのが民主主義。そしてアメリカのやろうとしていることは矛盾していると。つまり、アメリカはイラクに民主主義と法治国家を導入すると言っているのに、自分がそれを国際社会では守っていない。

これに対して国内と国際関係では強制力のあるなしが違うので同じようにはならない、という声が出ました。しかし強制力はなくともルールを作ることで誰がルールを守っているのか、誰が守っていないのかはわかる、それは一つの意味ある力になる、という意見が出ました。なおこれはアメリカについてだけでなく、他の国がルールや合意を守らない場合にもより大きな抑止力になると僕は考えています。

アメリカの独断専行に対する次の反対論は、そうなるとアメリカの判断力と善意（公平性）に世界が依存することになるが状況はそれが危険なことを示している、というものです。

判断力についてはpacoさんから人間とはミスをするもの、単独の判断はそれだけ危険という指摘がありました。その危険を違った背景を持ったものたちが集まって決めることで下げると。たとえばヨーロッパは自分たちの国を舞台に戦争を何度も繰り広げてきた。このような経験はアメリカには少ないと。一方でこの場ではありませんでしたが大久保さんが以前からよく言っているのは、情報にせよ知見・技術にせよアメリカはダントツに進んでいるので他の国は並ぶべくもない、ということです。

■アメリカは力を公器として使おうとしているのか

一方の善意（公平性）については特に時間を使いました。まず、「イラクにせよビンラディンにせよ、もともとアメリカが肩入れをして大きくしてしまったものだ」という批判が以前からあります。これについて大久保さんから、世界が変わってきているのだ、という説明が提示されました。以前は敵の敵は味方ということで善悪には目をつぶって悪も利用する時代だったのが、悪が極悪化していることもあってよい悪も悪い悪もなく撲滅する時代になってきていると。

この論についてまず（現在のイシューからはそれますが）、悪であっても敵の敵は味方というようなことを他国（アメリカではなくアフガニスタンやイラク）で展開してきたのは問題であったと世界は認識しておくべきだ、という反論がありました。言い方を変えると、仮にイラク攻撃が正義の戦いであったとしても、アメリカにとってはそれは過去に問題を大きくした償いであって誇るようなことではないと。

次にイシューに関していえば、アメリカが以前より善悪や公平性で動くように変わったという証は不十分という指摘が出ています。大久保さんからはアメリカにおいて白人以外が政府の要職を占めるようになっていることが変化の一例として挙げられました。しかし国際関係について見れば証は不十分で、たとえば京都議定書に対してどうして拒否したままなのかという指摘が出ています。それ以外にも経済を含めて自国の利益のためにはアンフェアな要求を他国にしてきたり、正当性の主張のために情報を捏造したりしている、これらがわかっている状況ではアメリカに世界や自国の将来を預けることは危険すぎると。

一方で短い期間ではあるがブッシュ大統領は信念を持って行動しているという説が出ました。これでたとえばイスラエルに対してルールを守るように強い態度に出続ければその信念は世界にとって望ましいものであるということになるでしょう。しかし反対論として特に強力なのは、仮にそうだとしても、政権が変わっても同じ方針で行くどうかはわからないので独断専行を認めてしまうのは危険が大きすぎるというものです。

このあたり、具体的な危険としてたとえば日本がアメリカから目をつけられたらどうなるのか。北朝鮮で現体制が崩壊すればアメリカにとって東アジアで気になるのは中国と日本くらいになる、という話が出ました。しかしこれについてはまだ僕自身が十分に消化できていないのでまたの機会にします。

では合議制で手遅れになることはないのか、何も前に進まないという問題はどう考えるのか。実はここはディスカッションの中で指摘されなかったのですが、僕は次のように考えています。まず世界にとって手遅れになるような事態はどの国にとっても不利益なので自国の利益で考えていたとしても動くでしょう。次に前に進まないという事態は確かによく起きるが、現状の米国が独断専行するよりは危険が小さいというものです。ローリスク、ローリターンの考え方ですね。

■意見の分かれるポイント

最後に、もう一度意見の分かれるポイントをまとめておきます。

一つ目は結論の問題で武力行使の是非。

「存続させた時の危険や問題」と
「武力行使した時の危険や問題」

のどちらが大きいのかの判断で違っている。

二つ目はプロセスの問題で、超大国アメリカに独断専行を認めるか、効率が悪くても合議制を続けるか。

アメリカの能力と判断基準（善悪＆公平性 vs. 自国の利益）
合議制を続けた時のデメリット（手遅れ、進まない等）

を見てメリットとリスクをはかりにかけた時に違いが出ているのだと思います。従って、これらのポイントについて支持派あるいは反対派の片方だけにしか見えていない情報や考えていなかったところがないのかを詰めることが次のステップになります。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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