109 英語教育－問題解決を英語でやる

ちょうど3か月前に「店主の実験」をしていると近況を書いた英語のシャワー、その後、いろいろやってみて、またいろいろ見えてきて、興味深い状況になっています。今回はまたこの話を書いてみます。

■勉強してしまうしかけ

まず、前回書いていた「みんなが発音をもっと練習するようになるための工夫」は予想以上にうまく行っています。一つは毎回のクラスでMDを配布すること。もう一つはTA(Teaching Assistant)を置いて個人指導の頻度を上げること。まずMDは帰り道から即練習できることがハードルを下げたようです。さっきクラスで映像とともに聞いたばかりのフレーズを、シーンも思い出しながら聞いて、自分も言ってみるという感じなのかな。もちろんシーンのイメージは時間とともに薄れるとは思いますが、1日10分から20分練習するというのもみんなやっているよう。1週間後に練習の成果を見せてもらうと、場面が目に浮かぶように言える人もいます。

そしてそこまで考えてやったわけではなかったのですが「1週間後に回収する」としているのが一つのポイントになっているようです。もともとは再利用しようと思っていただけなのですが、「もらえる」のだと「いつかやればいいや」と思いがちなのが、1週間しか手元にないと思うとすぐ取り組むようです。

次にTA制度。音のクラスではTAを3名採用しているのですが、これにより一人一人に費やす時間を増やせるようになりました。この結果、練習してくる側もまずそれだけ気合が入るようになった。また、少し前には今の自分と同じレベルだった人が指導側にまわっていることも刺激になるようです。一方でTAの人たちは、教える側に立った責任をひしひしと感じていて、これもよい作用をしています。自分のためだけだと「通じればいいや」とも思えますが、人に教えるとなると「お手本にならなきゃ」と基準が高くなるのですね。これに加えてTAには特に指導をしていることもあり、気持ちよいくらい彼らは進歩しています。受講生の進歩とはまた別物であるもののうれしいところです。またこれは教育の手法として使えると思っています。

もちろん課題もあります。受講生の発音が「違う」ということはわかっても、どうして違うのか原因を突きとめたり、どう違うのか相手に説明したり、一番効率的になおす方法を選ぶことまで今TAに期待することは難しい。しかしここは僕ら自身まださぐっている部分も多いので、ノウハウを蓄積していこうと思っています。

ところでちょっと各論に入ってしまいますがおもしろいのではと思うので「音の話」を少し。上のように書いているのを見て、「どうしてそんなに発音にこだわるのだろう？」と感じている人もいるのでは。「別にネイティブのように話せなくとも通じればいいじゃないか」と。「通じればよい」とは僕も思っていて、その意味では細かい母音の違いなど区別できなくてもよいと思っています。しかし、特にリズムと子音に関しては発音にこだわる意味がすごくあると思っています。それは次のようなことです。

日本人が英語を聞き取れない、また自分が言ったことが通じない大きな理由は英語と日本語の音の違いにあります。どう違うかというといくつかあるのですが、一つだけ大きいのを上げておくと、英語は日本語よりもはるかに「リズム」のある言葉であるということがあります。

リズムの山は強くて長くて耳障りに
リズムの谷は弱くて短くてあいまい

というふうになります。この落差はかなり強烈で、最初のうちは谷のところをいくら聞いても「ぜったい何も言っていない！」と言いたくなるくらいです。たとえば「Manhattan」が極端な時には「はー！」としか聞こえません。しかし同じリズムが自分の中にあると聞こえるようになります。当然自分が言っていることも相手に通じます。さらにおもしろいのは日本人の忘れがちな冠詞も落とさなくなります。これはおそらく、冠詞がないとリズムがおかしくなってしまうからだと思います。冠詞だけでなく文全体を聞き取れることが多くなる結果、同じ時間、英語に触れていてもそれだけたくさん正しい英語を自分の中に取り込むことになり、それがいつの間にか自分のものになっていきます。といったことがあるので、発音を重視しています。

■下がってきた英語で話すことへの抵抗

次に前回課題としていたのが、英語を話すことへの抵抗です。思ったように話せないことに対するフラストレーションといってもよいかもしれない。これについても、考えていた二つの対策がそこそこ機能しているようです。一つ目は段階的に英語環境にしていくこと。たとえば参加してから3ヵ月後になる音のクラスから講師やTAのメールが英語になっており、のりのよい人はこれに対して自分も覚えたばかりの表現を使って英語で返事をしています。それにつられて他の人もちょっとずつ英語を使ってみています。一方でコミュニケーション導入のクラスに入っても話題が抽象的になる後半は日本語でもよいとしていますが、英語で挑戦している人も出てきています。

二つ目は話題を自分について（名前について、住んでいるところ、家族、仕事..）というように身近なものから始めるようにしたこと。これも「話しやすい」と好評ですが、次に述べるような課題も感じています。

■課題：日本人は話が下手

さてここまではうまく行っていることを書いてきましたが、次は問題に感じていることを書きたいと思います。ただ問題と言っても運営上の問題ではありません。受講生が英語で「コミュニケーション」を出来るようになるには英語以外のところにある問題を解決しないといけないことがはっきりしてきた、ということです。この一部は論理思考を教えていても感じていたのでそこに取り組む意味を持った課題も組み込んでいたのですが、さらに取り組むべきことがありそうです。次の三つを問題と考えています。

受講生の話が

質問に答えていない
つまらない
何の話をしているのかわかりにくい

というケースがよくある

(1)は「Yes/No」を言わないまま話をずるずるしてしまうというのが典型的なパターンです。答えを決められないという場合と、決めているのだけど言わないで話を始めてしまうというのと二通りあるよう。どちらのパターンが多いのかはまだよくわかりません。これは別に難しい問いかけでなくとも起こります。たとえばクラスで一度、「朝食をとるとしたら、ごはんとパンとどっち？」というのをやった時も、答えを言わないまま延々と話し続けてしまう人がいました。「どっちでもない」とか「時による」でもなく、ただなんとなく話してしまうのですね。重症な場合はあまり関係ない話に逸れていってしまいます。

(2)は「だってそんなおもしろおかしい人間じゃないのだからしょうがない」という反論がありそうです。しかし、別に気の利いたジョークを言え、ということではありません（言えると楽しいけど(^_^)）。自分が聞き手だったらそういう話を聞きたいと思うか、退屈しないか、得したと思えるか、ということです。そう考えればいろいろやりようはあります。たとえば「自分の仕事について話してください」と言われて経理の人などは「素人に話すには専門的だし、人が聞いておもしろいような仕事じゃないよなあ」と思うかもしれない。でも、「自分がその仕事をやらなかったら会社に何が起きるのか」という切り口で話をしたら、ずいぶんおもしろくて印象的な話をできるはず。しかし、そもそも相手にとって興味深い話をしようとは思い及んでいない人がけっこういます。

(3)の「何の話をしているのかわかりにくい」というのはこれまで何回か論理思考について書いてきた時と同じ原因によります。「イシューを押さえる」とか「構造を作る」ことが出来ていない。「単なる会話でもそんなことを考えないといけないんじゃ気軽に話せないなあ」と思う人もいると思いますが、ここで言っているレベルはそんなに高度なことではないですし、「わかる」とか「知りたいことに答えが得られる」ことでコミュニケーションが楽しくなる、と思えばやってもよい努力でしょう。逆にせっかく英語を覚えても「何を言っているのかわからない」という印象を相手に与えているようでは悲しい。

■問題解決も英語でやれば楽しくなる！？

さて、上のようなことを「問題」と捉えるとなんだかやらなきゃいけないことの山のようでゆううつになります。でも英語の勉強といっしょにやっていると、二つ（英語とコミュニケーションと）いっぺんに学べてなんだか得した気がする...そんな感じにしたいと思っています。

これはコミュニケーション力についてだけでなく、いろいろなところで出来ると思っていて、僕にとっても楽しいところです。たとえば今、ゲスト・スピーカーを迎えてのセッションの企画を受講生たちでやってもらおうとしています。これをちょっと前にクラスで見て話題にした映画「アポロ１３」的リーダーシップとチームワークでやってみようというのが今、トライしているところ。たとえばリーダーがあることを多数決（メール上）で決めようとしていたので僕が横から「時間がないのだから、みんなの意見を聞いたらあなたが決めてしまえばいい」とレスをつけました。一方で「タイムテーブルはどう考えているのでしょう？」とリーダーに質問してきた人に対しては「いいポイントだけど案はあなたが出してリーダーに決めてもらうようにしたら？」と投げかけました。彼女から先ほど、案が挙がってきたところです。

■クラスで取り組む個人別メニュー

もう一つ、コミュニケーションのフェーズに入ってきて対応する必要を感じたのは「各人の課題がかなり違う」ということでした。基礎クラスの段階でも本の好みや読むことでの進歩の仕方は人によって違うのは感じていて、これに対する指導のノウハウはいろいろ蓄積できて来ていると思うのですが、コミュニケーションの段階に入るとさらにいろいろなポイントで違いが出てくる。

たとえばある人は本ならどんどん読めるのだけど話すのは苦手で全然言葉が出てこないし書いてみても文法はむちゃくちゃ。またある人は日本語だといろいろ話せるのに英語だと言葉が出てこないのでフラストレーションを感じてつい日本語になってしまう。その結果、英語がなかなか進歩しない。さらに別の人は、本も読めるし英語も書くのはちゃんと書けるのに、何語だろうが人前で話すのが苦手...というのはごく一部の例です。

そこで今試しているのが、個人別に力を入れるポイントを決める、いわば個人メニュー方式です。クラス全体としては一つのことをやっているのだけど、その中で各人が自分の課題にしたがって重点を置くポイントややり方を変えています。

たとえばある日のクラスでは、

MDの中から自分が一番気に入ったフレーズ三つを言って発音診断
自分の家族について外人のともだちに説明するつもりで話す
日本の選挙制度について一つ変えられるなら何を変えるかを言う
映画「クレイマー・クレイマー」を少しみて「家族」について話す

ということをやっているとします。(3)は実は抜き打ち課題で当日いきなりお題が出、(4)も事前に観ている人は一部です。一方で(1)と(2)は事前にお題が出ています。(4)の途中まではグループで話をしていますが、最後は全体で話をします。

そこでたとえば「とにかく人前で話すことに慣れる」のを強化ポイントにしている人は、日本語でもよいので(4)の全体ディスカッションで何か言うことを目標にします。彼のグループのTAもその人の課題をわかっているので発言するように励まします。一方で、英語にだいぶ慣れてきている人はすべてを英語で通すことに挑戦します。また、英語のインプットは十分だし日本語でも内容を持っているのに話せない人は、数行でよいのでMLに毎日何かを書いていきます。その場で考えるのがとても苦手なために話せない人には、お題をフライングで出しておくこともあります。

というように、みんなで一つのことをやっているのだけど、各人はそれぞれの課題に合わせて個人別メニューを持ち始めました。実はこれは個人別メニューであると同時に、クラスをみんなで作っていくための各自の役割、という意味も持たせてあります。これは日本人の一つの特徴だと思うのですが、「誰でもいいから誰かやって」というとなかなか動く人がいない。ところが役割として割り当てられると、とてもまじめにこなします。そこで役割を指定することにしました。

ずっとこのままでよいとは思いませんが、まず最初は「MLにいろんな話が出てきておもしろい」「MLに書けば誰かが書いてくれるレスポンスが楽しみになる」「自分では大したことないと思っている中にも実は自分が優れていることってあるんだ」といったことを感じてもらおうと思っています。その次は、役割を特に割り当てなくともクラスが動き出すような段階に進むと。

■一番の課題：外への意識を持つには

というわけで課題もけっこうおもしろがって取り組んでいるのですが、もう少し手ごわいというか、本質的なところにある課題を最後に上げて終わりたいと思います。

それは「外に対する関心が低い」ということです。もちろん中にはクラスを受けてからこれまで行かなかったような国に行っておもしろい体験をしてきたり友達をつくって今もメールでやりとりをしているという人もいます。しかしそういう人はまだ少数派です。クラスに僕の友達のフィリピン人を呼んでくるからみんなで聞きたいことを上げてみてと言ったら、何も出てこなくて困ってしまう人も多い。

かといって社交的でないわけではなく、英語のシャワーのメンバーの中では英語でカラオケをやろうという企画がとても盛り上がっていたり、クラスには間に合わなくとも飲み会にはかけつけてくるメンバーもいたりします。でも外に出て行こう、全然違う世界にともだちをつくろう、という動きはまだまだ少ない。

ここはなんとしても変えて行きたいねえとパートナーと話しているところです。原書が読めること、字幕なしで映画が観られること、海外旅行で困らないこと、英語で仕事が出来ること、それぞれとてもいいことだと思うのですが、それだけのために英語教室をやりたいとは二人とも思っていない。

インパクトは小さくとも世界の未来に関わる人々を増やしたい。卒業していった人たちそれぞれが世界のいろいろなところの人と知り合い、またその人たちを通じて他のメンバーもいろいろな世界を知るという状態を作り出したい。その結果、世界中のあらゆる人々の中に仲間がいると考えられる人を増やしたい。そうなると発想が全然変わってくると思うのです。世界の中で日本がどう「競争」していくかという発想だけではなく、自分が、日本が、何を「持ち寄って」地球をよりすみやすいところにしていくか、という発想に。

ではそういう方向に持っていくためにどうしたらよいか。今、二つのことを考えています。一つは世界への関心を高めるようなものをどんどんクラスの内容に取り入れていくことです。これまでも９１１をはじめとしていろいろ入れてきたのですが、その度合いをコミュニケーションのクラスでは増やして行こうと思っています。また異質の世界への架け橋となるようなゲストの参加も増やして行こうと思っています。

もう一つ考えているのは、卒業生の活動です。たとえば彼ら自身が外の世界に出て行くこと、そして興味深い人と交流して、その人たちを連れてくること。また自分たち（日本）が持っているものについて外に発信していくこと。前期から卒業生がぼちぼち出てきていて、今はTAをやってもらっているのですが、そろそろそういう活動にも入りたいと思っています。

さて、スタートから約1年半たった英語のシャワー、次はどんなふうになるでしょうか(^_^)。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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