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どこかで聞いたことがある寓話から。

南の島に"文明人"がやってきました。"文明人"はそこに港をつくり、街をつくり、農業をやったり、工場を造ったりして、せっせと働きました。自分だけではなく、島の住民も、だましたりすかしたりして労働者にして、せっせと働かせました。でも島の住民は思うように働きません。みんな昼寝をしたり、遅刻してきたり、ずる休みしたりします。そのたびに"文明人"は島の人を怒ったりなじったりしました。島の男の一人がいいました。

島の男「あんたたちはやたらに働くけど、いったい何のために?」
文明人「働けばたくさん金になるからさ」
「金をもらったらどうするの?」
「あんたたちからもっと土地を買うのさ」
「土地を買ったらどうする?」
「そこにもっと大きな工場をつくる」
「工場ができたらどうする?」
「もっとたくさんの島の人間を雇って、もっとたくさんのものをつくるのさ」
「つくったらどうする?」
「世界に売りさばけばもっと儲かる」
「それでどんどん金が増えたらどうする?」
「自分が好きなところに大きな家を買うさ」
「それはどこだい?」
「そうだな、この島なんかもいいな。暖かいし、食い物のうまい」
「家を買ってどうする?」
「1日中寝ころんで暮らすのさ」
「なあんだ、そんなことか。だったらオレたちはもうずっと前からやってるよ」

というお話。聞いたことがあると思います(細部は、いろいろなバリエーションがあり)。僕たちはこの話の文明人のように生きたいのでしょうか、島の男のように生きたいのでしょうか。

■ふたつの生活をシミュレート

"文明人"のように生きたいとして、たくさんお金を持ち、広い家に使用人をおいて生活のもろもろをやってもらったら、それが幸せでしょうか。「そういうのいいよね」と言いたくなるひともいるかもしれませんが、真剣に考えてくださいね。

家の中にいつも他人がいるのはそれ自体ストレスだし、人にいろいろやってもらうということは自分がやることがないということなので、退屈そうです。たちまち太ってしまいそうです。庭にプールがあるから泳げばいいのですが、それだって毎日やったら、なんだか修行僧のようで、とても優雅な感じはしません。友だちを呼んでパーティをしますか? でも毎日パーティをして、何日楽しめるでしょう? 友だちだって毎日来るほどヒマじゃないだろうし、毎日のように来る友だちは、たぶん食事やお酒が目当てだったり、要するにあんまり友だちになりたくないタイプのはずです。趣味に打ち込む? でも多くの人が経験することですが、休みになって時間ができたからといって、趣味に打ち込む人は意外に少ないものです。まして今日から毎日趣味に打ち込めるとなって、その先何年も、ずっと打ち込める人なら、たぶん今すでに違う生き方をしているのではないかと思います。

では島の人の生き方はどうでしょう? 島の人は海辺の集落に大家族で住んでいます。隣の家も親戚みたいなものです。家には壁がなく、床と屋根だけです。1年中暖かで風が入るので、薄着で服もほとんど入りません。ということは、服を着替えたりアクセサリを選んだりというおしゃれも、まあほとんど意味がない生活です。ちょっとこわいのは嵐の時と、珍しく長いこと雨が降らずに飲み水に苦労するときですが、それも何年かに1回で、たいていは少しガマンすればもとの生活に戻れます。

家には個室がなく、プライバシーがないので、つらい感じもしますが、そもそもプライバシーが必要な生活ではありません。セックスだって、村の女(男)、誰とでもできます。妻(夫)はいても、妻(夫)としかセックスしないなんていうやつは誰もいないし、女(男)のほうもそれがあたりまえだと思っています。部屋のなかだと子どもいるので、村はずれの草の中とか、ちょっと山に入ったところにある滝の横の大きな平らの石の上で、夕方目があってほほえんでくれた相手と楽しめばよいのです。石の上はひんやりして、ほてった男女のからだにはちょうどいい気持ちです。妻が産んだ子供の父親が自分かどうかはわからないけれど、隣の家の妻が産んだ子がオレの子かもしれません。いずれにせよ、村中の大人がよってたかって育てるし、そうでなくても子どもは勝手に育つし、俺が年をとれば村中の若いもんが面倒を見てくれるから、困ることはありません。寿命は、文明人の方が長いかもしれないけれど、長く生きても短く生きても、やれることが違うわけではないので、特に長くなくちゃ、とも思わないのです。

食べるものは、海に行って魚をとり、山に生えてくる芋を掘り出してくればいいし、そういうものをオレもオレのオヤジも、ずっと食べてきて、けっこううまくて満足しています。時には家を建てたり、船を造ったり、隣村との争いごとのために気を使わなければならないこともあるけど、それもまあ苦労するようなことでもありません。

さて、どっちがいいでしょう? 南の島の方がいいと思う人もいそうですが、実際やってみると、これはこれで飽きてしまいそうです。

僕らが望んでいる生き方は、たぶん、どちらでもないのでしょう。

■リアルに想像する力

自分の生き方を考えるときに一番重要なのは、リアルに想像する力じゃないかなと思います。

寓話の文明人のように、たくさん金を稼ぎたいと考えたとして、そのカネはいったいくらぐらいなんでしょうか? 自分がいくらあれば満足か、ちゃんと考えたことはありますか?

自分がほしいお金について考えるときには、ストックとフローに分けて考えるという方法があります。どのぐらい金を持っていたいのか。つまりストック。でもストックの方は、現金である必要はなく、家だったり土地だったり、いざというときのための預金だったり、というものなので、お金というより資産というようにくくった方がいいかもしれません。フローの方は、1年間いくら使えればいいか、というお金です。いくら入ればいいかではなく。

僕らはフローの金の中から「毎年貯金をしなくちゃ」と考えてしまうのですが、十分なストックがあれば、フローからストックをさらに増やす必要はありません。というより、これ以上増やす必要がないストックを考えます。

それぞれについて、いったいどのぐらいあれば満足なのか、これ以上はいらないという額と、その具体的な内容、そして理由を考えてみます。そのとき、「あればあるほどいい」と考えずに、「この額がほしい額」という内容を考えます。もちろん概算でかまわないのですが、金額換算で数字をはっきりさせることが重要です。

金額をはっきりさせるには、内容をリアルに想像する必要があります。ほしいと思う家にしても、5000万の家なのか、1億の家なのか10億の家なのかで、まったく違います。

■たとえば家を想像する

自分がほしい家ってどんな家でしょうか。家の床面積は100平方メートル、300平方メートル? そのとき、自分の家族の人数から考えて、ほしい広さをイメージしてください。300平方メートルの家は、端から端まで行くのにけっこう歩かなければなりません。てくてく意外に長い距離になるでしょう。家の中でそんなに歩く生活をしたいのかどうか、それが快適なのかどうかを考えてください。当然掃除もしなければなりません。掃除は家政婦を頼むという方法もありますが、その場合は、週に何回か、他人が自分の家に来て、自分が散らかしたものを他人が片付けていく、ということが快適な生活なのかどうかをよく考えてください。自分たちで掃除をするなら、どのぐらいの頻度で掃除をして、そのためにどのぐらい労力がかかるかも考えてください。今、50平方メートルのマンションを週末にしか掃除ができない人は、同じように仕事をしたら、100平方メールの家を掃除するのにどのぐらい時間を割けばいいか、その結果、週末にやれることが減ることも考慮してください。

他人に掃除などをやってもらう究極的な状態はホテルですね。メイドサービスを頼むと、一瞬にして部屋は到着したときの状態に戻りますが、生活感はありません。自分の城というようには思えないかもしれません。どんなところに住みたいかに思いを巡らすことが重要です。

同じように、家の他にどんなものがほしいかを考えます。クルマが好きなら、ガレージがいるでしょう。プールがあってもいいし、テニスコートがあってもいいのですが、人間飽きる生き物なので、少し長い目で考えてください。飽きてしまえば、庭にプールがあること自体、なんだかうっとうしくなります。「おまえはプールを手に入れておいて、本当はプールが嫌いだったんだ」とプールに毎日問いかけられるような気持ちになるかもしれません。それでプールを見ているのが嫌になったらテニスコートにしてもいいのですが、テニスコートもいずれは同じようにあなたを責めるようになるかもしれません。そんな気持ちにならない人はもちろんそれでOKです。

もちろん、そこでどんな生活を毎日していたいかも考えなければならないですね。仕事をたくさんしていたい人がすごい家をつくっても、そこで生活している時間はほとんどないでしょう。家のことを想像するためには、仕事や家族、家族がどんな生活をしているかも考えなければならないでしょう。もちろん、家と仕事の場所、東京なのか、日本ではないのか、そういうところも想像しなければなりません。

大事なことは、実際に存在しうるものでなければなりません。たとえば東京でプール付きの1000坪の住宅はなんとかありそうですが、プールの前には決してヤシの木は生えません。ヤシの木のあるプールは、少なくとも温室の中でなければならないのです。

■生活(の一部)を想像する

家を考えながら、生活も考えましょう。

たとえばシェフを雇って毎日うまいものを作ってもらうと想像することもできます。でもうまいものを作ってもらえば、つい食べ過ぎてしまうでしょうし、逆にダイエットまで気を使うメニューにしてもらえば、なんだか病院食のように感じるかもしれません。シェフを雇えば、妻の手料理は食べられません。手料理を食べたいなら、週に3日はシェフ、4日は妻、と考える必要があります。家には冷蔵庫があって、食材も用意しておく必要があります。買い物は誰がどこでしますか? 勝手に望むものがはいっているという魔法のような話はだめです。たくさんの食べ物が冷蔵庫に入っていれば、それは必ず腐っていくし、腐るとすれば、そのまえに食べるか、腐らせて大量に捨てるか、処分方法も考えておく必要があります。使用人が捨てるにしても、使用人が毎日自分の家の冷蔵庫を開けるし、自分が捨てなくても自分の家から大量の野菜や肉が毎日捨てられることを理解しなければなりません。

ほしいものは、いつでも買ってきてくれる使用人を雇うという方法もあります。これなら冷蔵庫はいつもカラでOKです。それでも食材はあまりが出るでしょうし、その余りの行方を決めておかないと、冷蔵庫の中は腐ったものであふれてしまいます。使用人にもってかえってもらうこともできるでしょうが、その使用人も、家に着くまでのあいだにどこかのゴミ箱に捨ててしまうかもしれません。自分が残したものを、人が食べたくなる可能性は、案外少ないものです。自分がしたい生活をするために、ゴミ箱行きになる食べ物が増えていく生活がしたいのかどうかも、考えてください。

■仕事も想像する

同じように、仕事も想像してください。どんな仕事をしていたいですか? こちらの方がシビアです。

たとえばベストセラー作家になりたいと考えることはできますが、その場合は、原稿を書いている時間だけは、パソコンでキーボードに打ち込み続けなければなりません(口述筆記でもOKですが)。1冊の本は、約10〜20万字ぐらいの文字がありますから、それだけを打ち込むためには、キー入力速度より考えるスピードが速かったとしても、自分のキー入力速度で割って時間を出します。たとえば僕は、ペースに乗っているときは、1時間5000字ぐらい書けますが、これで行けば1冊書くのに、最低20時間。毎日5時間書くとして4日間で1冊かけることになります。それが最も速いスピードですが、そんなにきちきちの生活をしたいのかどうか。ちなみに、どんな仕事をどのようにたいかと言うときには、とりあえずそれで稼げるお金については後で考える方がいいでしょう。「このぐらいのカネがほしい」という金額と、「こんなふうに仕事をしたい」というはあ都から一致させるようにした方が、考えやすそうです。

もちろんほかの仕事もたくさんありますね。どんな仕事をどんな時間の使い方でやっていきたいかをなるべくリアルに想像してみてください。

すべてが想像できれば、自分にどのぐらいの金が必要で、どんな仕事でどんな生活をしたいのかが明確になります。実現可能かどうかはわからないにしても、「これが理想」というのがリアルにわかるわけです。

■創造力の限界が、自分の限界

少しやってみればわかるのですが、ここまで書いてきたような生活を想像しようとすると、実はたいていの場合、途中で挫折してしまうはずです。家について考えているはずなのに、絵巻物のように、一部が「かすみ」の向こうになってしまい、見えないのです。

想像できたからといってそこに行き着けるとは限りませんが、想像できないところには人間は絶対に行き着けません。

なので、実は人間は、いきなりすごく理想的な状態を描くことは、たいていの場合できなくて、今の生活、今までの生き方の中から、このへんのいきかたができればうれしいかも、というのを描くことになります。その描いた生活の絵が、今の生活からどのぐらい離れられるか、理想に少しでも近づいているかが、勝負どころです。

■ ■ ■

自分の生き方を自分でデザイン=設計するというアプローチについてこのところ考えています。ライフデザインの基本的なアプローチは、今回考えた「想像する=イマジネーション」という要素と、「自分らしさ=自分の強み」というアプローチのふたつからなるのではないかと思っているのですが、後半については、できれば次回、考えてみたいと思います。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「人生に役立つ論理力トレーニング」(幻冬舎)「<意思伝達編>論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解&キーワードで読み解く 通信業界」(かんき出版)、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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