123 思わず壁に向かってしまうこと

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何をやっていても壁や手ごわい相手にぶつかることはあります。そのとき「ああ、いやだなあ。もうやりたくないよ」と思うか、「よし、どうこれを乗り越えるか」とさっそく考え始めるか。これは、今やっていることが本当に自分のやりたいことなのかどうか判断する一つの指標かもしれません。

僕が友人とやっている英語教室について3か月ごとに書いていますが、今回はそんな、いかに課題を克服するかということを中心に書いてみたいと思います。けっこう順調に来ていると思いますが、それでも「うーん、これはどうしたもんだろう」という課題にぶつかります。

■この方式では身につかない？

やさしい本から入って、生の英語に触れるだけでやっていく。訳すとか辞書を引くとかせずに自分に合ったレベルの英語で、興味を持てる内容の本を読んでいく、というのが今、取っている方式の一つの柱です。時々、日本語と英語の違いに着目したレクチャー（たとえば冠詞について）もやりますが、それも最後は「こういうことをいちいち説明していたらいくら時間があっても足りない。これは、やっぱり日本語で考えてはダメで英語にたくさん触れながらそこから言葉の生態をつかんでいくべきという一つの例」となります。そしてこの方式でほとんどの人がそれぞれのレベルから英語力をつけていっています。

しかし、やはり例外というのはあるもの。どこかで壁にぶつかってしまう人たちが何人かいました。途中まではいいのだけど、あるところから上の本になると、わからない度合いがぐっと増え、本がおもしろくなくなってしまう。あるいは、本は読めているのだけど、話したり書いたりしてみようとすると、なかなか英語が出てこない。

何が問題なんだろう、とずっと考えていました。「学習スピードが並外れてゆっくりの人もいるのかもしれない。そのうち変わってくるかも」と思ったりもしました。「すべての人にあう方式ってのはないさ、この人たちには合わないのかもしれない」と思うこともありました。しかし、成果がまわりの人ほど見られなくともがんばって続けていて、毎期、申し込みの前に「次はどうしよう？」と相談してくれる彼らには「なにか見つけたい」と思ってしまう。

そうしてみているうちに、ひとつ気がついたことがありました。この人たちが英文をつくると、品詞を間違えていることが多い、ということです。たとえばI am health.（ここは形容詞healthyになるべき）というような文が出てくる。主語や目的語がなかったり、語順が変なこともよくある。「単なる間違い」といってしまえばそれまでですが、クラスのほかの人の間違いとはちょっと違う。何か「骨格が出来ていない」感じがする。これは、英語の文の構造がつかめていないんじゃないか、という感じがしてきました。

■英語の構造をつかむ必要がある

英語の文の構造は日本語とかなり違います。まず言葉の順序が違う。「（わたしは）彼を愛してる」が「I love him」となるように、日本語は目的語が前の方に来るのに対して、英語は動詞が前の方に来ます。また日本語の「てにをは」に当たるものがないことが多い。一方で日本語のように主語や目的語を省略することは非常に少ない。Be動詞とかItといったやつもくせもの...他にもいろいろあるのですが、こういったポイントがつかめているといないとでは、大きな違いが出てきます。

英文の構造を理解していると、複雑な文になっても意味するところをちゃんと捉えられる可能性が高くなります。逆に、理解していないと、簡単な構造の文のうちはなんとなく単語の意味するところから全体もわかりますが、ちょっと複雑な文になると読み取れなくなる。そして単語それぞれを日本語におきかえてジグソーパズルのように組み合わせながら理解することになりかねない。これだと大変だし、最後は日本語になっているので英語の吸収率が下がります。また、構造がわかっていれば知らない単語やフレーズが出てきても「こういうたぐいの言葉だろう」くらいまでは推測がつくのですが、構造がわかっていないとそれができない。

こういうことがあるので、学校では「文法」を習います。しかし、細かくて無味乾燥なことを延々とやるので、多くの人が英語を嫌いになってしまう。また英語そのままで理解するのではなく漢文の返り点のように日本語に変換して理解するという悪い癖をつけることにもなっています。

僕らの場合は「そんなのはたくさん見ているうちに自然に分かるのさ。日本語だって文法なんか勉強しなくても使えるようになったじゃないか」とやってきました。実際、本を読んでいるだけでつかんでいってしまう人が多い。「あまり考えたことはなかったけれども、そういえば英語はそういう構造になっているね」という感じです。つまり「文法は不要だ」というわけではなく、「文法を身につけることは必要だけれども自然につかむべき」と考えています。

しかし、なかには「自然」だけではつかみきれない人がいるようなのです。日本語の考え方が邪魔すること等、初めて言葉を習得するときとは違うのでしょうね。そこで、この人たちには、「ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本」という本を読んでもらうことにしました。この本は、ちょっとした英語のお話を使って、英語の構造をやさしくたのしく説明します。わかりやすく、かつ楽しいのでベストセラーになっている一方で、「全くの初心者には難しい」「五文型を説明しただけ」という批判もあります。そして確かにこれは当たってる。しかし、僕らの場合は、もう英語自体にはある程度慣れている人たちに、基本的な構造さえ押さえてもらえばいいので問題ないと考えました。

結果は...結論を出すにはもう少し時間がかかりそうですが、「壁を一つ超えたような気がする」「すごく参考になった」という感想をもらっています。またそれ以降、言ったり書いたりしている文に明らかに構造が出来たりしている人もいます。またこれだけでは解決しない人も出てくるでしょうが、一つのハードルはクリアしそうかな、と思っています。

■聞きとれないのはスピードのせいじゃない

「Toshiさんの言っていること（英語）がわからない...」クラスの感想の中にこういうのが出てきたとき、最初はスピードやリズムにまだ慣れていないのかな、と思いました。また本人は「まだきっと、語彙が足りないんですよ」と言っていました。しかしこの人と英語で話しているうちに、どうもそうではないようだ、ということがわかってきました。問題は「言わない音」だったのです。

英語には子音しかないという状況がよくあります。子音とは「か（ＫＡ）」のＫの部分、「す（ＳＵ）」のＳの部分のような音です。これに対して「あいうえお」のような音を母音と言います。日本語は五十音を見てもわかるように子音単独ということはほとんどなく、子音には母音がいっしょについてきます。たとえば「ストリート」という言葉、ローマ字で書くと「SUTORIITO」となってすべてに母音が入る。一方英語では「すと」の部分はsとtの子音だけ、最後の「と」もtの子音だけです。

これ自体、日本人にとって聞き取りにくく、また発音しにくいのですが、「言わない音」というのはもっといやらしい。何しろ「言われない」のに分かれ、というのですから。子音しかない音が単語の最後に来ると、非常に多くのケースでほとんど言わないのです。また英語の単語には子音で終わる音が非常にたくさんあります。たとえば"That's great!（それはすごい）と言ったときに「ざっつぐれい」と最後のtは聞こえないことが多い。話の経緯からニュアンスはわかっても、「すごいってのは灰色（gray)っていうのかなあ」なんて思ってしまう人もいるかもしれません。あるいは「ドンマイ」なんて日本語にもなっている言葉。これはDon't mind.のtとdが聞こえないということをまさに示しています。このように「語末の子音は言われないことが多い」※というのが、今回の彼が聞きとれなかった大きな原因でした。

※正確に言うと全く言われないのではなく、その音の分の間合いがあるし、その音の口の形は作ります。でも、次の音を楽に出すために音をほとんど出さずに形だけですませてしまう。これを僕は「寸止め」と呼んでいます。

それがわかって、今やってもらっているのは発音練習です。「聞き取れないのにどうして発音？」と思うかもしれません。それは「言える音は聞こえる」という考え方からです。言えるということは自分の中に正しい音のイメージがあるということです。そうすると実際の音を聞いた時に、自分が持っている音のイメージとマッチするのでちゃんと「聞き取れる」だろう、というわけです。

そして改めてみんなを見渡してみると、文脈から意味は取れているものの、同じことがマスターできていないために聞き取りに苦労している人がちらほらいることがわかってきました。そこで、音のクラスを担当しているパートナーにこの部分を強化してくれるように頼みました。数日後、教室に行ってみると、さっそくその練習をやった痕跡がホワイトボードに。語末の子音を発音しないフレーズがいくつか書かれていたのです。発見したものを自分で使うだけでなく、他の人と共有・活用できると、また楽しいということを感じた瞬間でした。

■話すばかりがコミュニケーションじゃない？

さて、他にも「いかにして（日本語から訳すのではなく）英語で考えるか」といった課題があって、これもいろいろ試しているのですが、今回はスペースもないのでこのくらいにして、英語以外の課題の話をしたいと思います。

コミトン117「2003年前半を振り返ると」に、受講生が世界とつながり出したことを書きました。その後も流れは続き、世界のいろいろなところとつながりだしています。教室に、ある受講生のアイディアで貼られた世界地図には「ここにともだちがいる」シールが少しずつ増えています。まもなく生まれるこどもの名前をインドネシアのともだちが考えてくれたという人もいました。

ペンパルの30年前に音信不通になった日本人の友人をネットで探し出して二人がやりとりできるようにしたという人もいました。そのペンパルは内戦に苦しんできたセルビアの人。エピソードがメーリング・リストの紹介された時に出ていた彼のメールからは人に対する思いを新たにしたという感じが伝わってきました。この話がメーリング・リストに上がった時にはみんなで、ドラマみたいだ、いやドラマだ、と喜んでいました。

しかし一方で、「どうなっているんだろう」「どうしたらいいんだろう」という迷いも起きています。それは海外との話ではなく、自分たちの中、クラスのメンバーとの関係です。けんかをしたとかそういうことではないのですが、クラスによっては誰かが何かメッセージを上げても反応が弱い。他のクラスでは興味津々だった話でも食いついてくる人が少ない。英語は熱心に勉強しているけれども、クラスメートと積極的に交流したり、お互いにサポートしあおうという感じじゃない。一番上のクラスなのに他のクラスをひっぱっていこう、次は自分がリーダーシップを取ろうという意識が感じられない...。そんな懸念がパートナーや手伝ってくれているTAから上がってきました。

パートナーは思いをそのままクラスのメーリング・リストにぶつけていきました。私たちは英語を教えたいだけでやっているんじゃない。コミュニケーションで世界をつなげていきたい、それを誰かといっしょにやりたいからやっている。みんなもそれをやりたいと入ってくるときに書いていたはず（応募資格にあるのです）。でも、この状況はどういうことなんだろう？と。

これに対してメンバーからは次のようなレスポンスが返ってきました。「自分はコミュニケーションをやろうと来ていたのを改めて思い出した」「いつまでも受け取っているだけの側じゃないんですよね」「思っていても黙っていては伝わらないんだよなー。忘れがちだけど」　その後のクラスを見ていても、少しずつ「学習するチーム」が形成されつつあるよう。でも一方でレスポンスのない人もいます。

この状況もまたひとつの壁と言えると思います。ただ、英語をできるようになる上で立ちはだかる他の壁とはちょっと性格が違う、と僕は思っています。

確かに、コミュニケーションを世界とやっていこうと考えている人たちは、もっと能動的に、オープンにコミュニケーションをした方がよいのだろうとも思います。無反応ってのはちょっと違うだろう、という感覚は僕の中にもあります。それを彼らに訴えかけて動いてもらいたい、というのはそれはそれであります。しかし一方で、それだけじゃないだろう、という気がしています。たとえば、話すばかりが、やりとりするばかりがコミュニケーションじゃないのかもしれない。みんなが積極的に動き回るばかりが方策ではないかもしれない。

ここで出ている不満というのは日本人と仕事をする際にアメリカ人が口にする不満とよく似ています。「まじめだけど元気がない」「求められるまで何も言わない」「にこにこしているか無表情か。どちらにしても何を考えているのかわからない」「国際社会のためにリーダーシップをとろうとしない」　それぞれうなづけるのですが、かといって、みんながアメリカ人と同じように行動するばかりが解決策ではないように思うのです。みんながわーわー言う、とにかくすぐ動くばかりが道ではないと思うのです。強者と弱者がいるとき、弱者が強くなるとか強者のスタイルを必死で真似するばかりが方策ではないと思うのです。

なかには人前で話すなんて、ものすごく苦手という人がいます。喜怒哀楽を率直に表に出さないのは「落ち着いているから」じゃなくて「そうしかできないんだ」という人もいるでしょう。ふだんは忙しくてたくさん飛び交うメール（しかも英語）を読むので精一杯、返事を考えるなんてとても、という人もいます。でも、「へえええええ」とまわりが驚くような特技を持っていたりする。本人はそんなの人に話すようなことじゃないと思っているけど。

そういう人も「ちょっと話してみようかな」とか「話すのは難しいけどみんなの話を聞きたいからもうちょっといっしょにいよう」と感じられるようにしていけないか、と思っています（話さねばいけない、と思うのではなく）。また、黙っている人が影が薄くなるのではなく、「彼って静かだけど雰囲気いいよね」と言われたり、「ちょっと話をしてみたい」と誰かが声をかけたりするコミュニティがつくれるといいんじゃないか、という気がしています。つまり、比較的静かにしている人も存在感や信頼感を持てるコミュニティ、お互いに参加していると感じられるコミュニティをつくれないかな、と感じています。それがどうやったら出来るのかはこれからさぐっていくことですが。

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Toshi/高橋俊之（たかはしとしゆき）。知恵市場代表。株式会社グロービス執行役員、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)統括責任者を経て、2001年7月からフリーランスとして活動。知恵市場の他、使える英語を楽しく習得する「英語のシャワー」を主宰。GMSクリティカルシンキング講師もつとめる。著書・監修書に「テクノロジー・パワード・リーダーシップ」（ダイヤモンド社）、「ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術」（東洋経済新報社）。

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