124 機械化への根深い信仰

Photo by paco.

「和散歩」主催の「里山の会」があり、六兼屋でワークショップをやりました。

「和散歩」はToshiさんのGF、かよちゃんが主宰する、日本文化を探し求める会です。

8月の暑い日曜日、14人のメンバーが集まって、田んぼを見たり、雑木林に入ったりして、里山の実際を見て、感じて、考えてもらいました。里山のしくみの巧みさや、里山の豊かさ、そしてそれが失われつつあることを感じてもらえたのですが、その中で、雑木林の手入れをどうするか？という話になっていきました。

「雑木林の手入れは大変ですね」
「結局、人手をかけてやるしかないないのか……」
「どうすればいいのだろう？」

と話すうちに、

「簡単に機械を使って手入れをするのは難しいかもしれないけれど、チェーンソーよりも、さらに小型の機械等があれば、山の手入れももっと楽になるんじゃないかなぁ……」

という意見が出てきました。

雑木林にしても、建築材を採るための杉やヒノキの林にしても、その仕事は、機械化が難しく、今も多くが手作業です。手間がかかるからやる人がいなくなり、やる人がいないから放置され、荒れ果ててしまう。だったら、手間がかからない方法を開発すればいいのではないか？　そう考えること自体は、当然の発想だと思います。

でも、それでいいのか？　何か違うような気がして、僕はこんな話を始めました。

■機械で何を「ラクに」するのか？

機械化するという発想を突き詰めると、自動化に至るのではないかと思います。ASIMOのようなロボットが山を登っていき、自分で下草を刈ったり、枯れた木を切り倒したりして、山仕事をいつの間にか片付けてくれれば、確かに雑木林は荒れ果てた状態ではなくなりそうです。

では、こういうやり方で「ラク」になるのはどの部分なのでしょうか？

木を切り倒す場合は、以前はオノで叩いたり、木挽きノコをギコギコひいて、切ったりしていました。今はチェーンソーで一気に切るのが普通です。オノやノコからチェーンソーになったことで、まず負担はかなり軽減さました。

実際にチェーンソーで丸太を切ってみると、30センチの丸太を切るのでもかなりの押さえる力が必要で、汗だくになります。でも1～2分で切れてしまう。オノやノコで切るのと比べると、単位時間あたりの力や汗の量はそれほど変わらないような気がするのですが、1本を切る時間は、10倍以上かかるでしょう。チェーンソーという機械を使うことで、力自体は必ずしも省力化されていないけれど、時間が短いために、ひとりが1日で処理できる量が圧倒的に多くなっていることがわかります。

同じように僕がよく使う機械に、エンジンで動く草払い機があります。草払い機を使うと、頑固な雑草がはびこっていても、1時間で50坪以上の草を切り倒すことができます。田舎の雑草の成長力はものすごいので、機械に頼らないと、庭中雑草だらけの状態で我慢しなければなりません。

その意味では、雑木林の管理のような里山の仕事に、機械を持ち込めないかと考えるのは、発想として自然なことです。

■機械でできること、できないこと

たしかに草払い機やチェーンソーなしに、六兼屋の庭を維持することはできないのですが、草払い機だけではだめなのも事実です。機械を使うと、機械でできることの限界に気がつかされる、といった方がいいかもしれません。

たとえば、草払い機でいくら草を刈っても、雑草の原っぱという状況を変えることはできません。雑草の原っぱを花壇に変えるには、くわをふるい、土を掘り返して、根を抜かなければなりません。これはどうしても手作業の部分です。原っぱを花壇にするには、どこかで手をひとつひとつ動かすしかない。
その作業は単調で、力が必要で、汗もたっぷりかくのですが、でもつらいばかりの、やりたくない仕事かというと、そうではないのです。単調な作業の繰り返しの中に、人間が英知を見出して行く、そんな作業でもあります。

たとえば、洗濯板を使って手で洗濯していると、どうやって洗えば生地が早く傷み、どうやれば傷みにくいかがわかてくるはずです。力の入れ加減、洗濯板のとがり具合など、ベストな組み合わせは、手を繰り返し動かし、洗濯後の生地の状態を手触りや肌触りで感じて、初めてわかってくるのではないでしょうか。

今、洗濯機メーカーでは同じことを実験によって確かめているわけですが、何が生地の傷み具合に影響を与えているか、そのパラメータは、メーカーの実験より、手で洗濯している人の方がずっと多いのではないかと思います。評価の基準もずっと多いのではないでしょうか。それだけ、洗濯というものに対する感受性や知識が「やせ細って」いるのです。

企業では、創造性の発揮や創意工夫が重要と言うけれど、手作業をせず、機械にやらせる耐久テストでは、ひとりが手でやることより「貧しい」レベルのものに過ぎないのかもしれないのです。

別の例を挙げます。六兼屋では東芝製の普及型クラスの掃除機（要するに安物）を使っているのですが、この機械の洗練度がまったく低い。コードは気温が低いとゴムが堅くなり、巻き取りにくくなるし、ホースは負圧によって縮んでしまい、手の動きに直結して本体が激しく動いてしまいます。掃除機のような成熟商品が、なぜこんなに洗練されないのか？　掃除機をつくったひとが、毎日自分の部屋を掃除していないからだと思うのです。

自分でつくったもので毎日掃除をすると、問題が起きていることに必ず気づくはずです。でも毎日繰り返し同じことをするという手間を省き、機械で自動的にやらせる耐久テストに頼るから、確かに設計上は長期間の使用には耐えても、使いにくい掃除機になるのですね。単調な繰り返しの中にあるパラメータの豊富さを見失っているのではないかと思います。

だからといって、いつも洗濯機を使わずに手で洗え、というわけではありませんが、手で洗うことで得られるものの豊かさについて、目を向けられる人がいなくなるのは、人間の知性の大事な部分を喪失していくことに、つながります。今僕たちの社会が、豊かそうに見えるわりに薄っぺらなのは、こんなところに理由があるではないかと思うのです。

■熟練工の必要性の話とは少し違う

こういう話をしたところ、

「たとえば天文台で使うような、大型で精密な反射鏡を磨く場合、初期の荒削りの段階は機械で研磨できても、最後の最終仕上げは、何十年も研磨一筋でやってきたを熟練工の方でないと、仕上げられないと聞いています。機械信仰が深くなってしまうと、人間が作るものより、機械で作った方が上手に作れると思ってしまいますが、それは比較している人間のレベルがあまりに低いからであって、匠のレベルになれば、機械など足元にも及ばないのでしょうね。匠になった人たちは、日々同じ作業を繰り返す中から、本人も気付かないうちに、少しずつ様々なパラメータ情報を蓄積していたのでしょうね」

という意見をもらいました。確かにその通りなんですが、僕がしている話はいわゆる熟練工の重要性とは少し意味が違います。

確かに熟練工ができることのレベルは、機械をはるかに超えていて、人間より機械の方が優れています。しかし、僕が草を手で刈るときは、ただ機械でできないから、手でやっているわけではないのです。

手作業をしていると、機械では気がつかなかったことがわかってきます。土の硬さ、柔らかさ。根がどのぐらいまで張っているのか。根が張っているより下の土がどんなに硬く、締まっているか。去年より土が軟らかくなって、ミミズがいるけれど、それでも畑の土にはほど遠いとか。

こういう土や植物、生き物についての知識は、機械を使っているときにはわかりません。いや、わかることはわかるのですが、手でやった方がはるかにいろいろなことが、深くわかるのです。機械でやった上で、本を読むよりもずっと効率的に多くのことを学ぶことができるのです。

熟練工には機械にできないレベルのことが可能だというのは、outptが優れているという話です。一方、僕が手作業について語ろうとしているのは、手作業の方が自分へのinputが多いということでした。

手作業は非効率的でできれば機械によって取って代わった方がいいと発想することは、機械レベルの雑な仕事しかできないという意味もあるにしても、それより、「せっかくの学びの機会を自ら失っている」ことを意味しているのです。

■自動化工場の方が人間らしいのか？

もうひとつ別の話をしましょう。

先日、大田区の「燃えないゴミの分別工場」を見学してきました。ゴミを大きな自動化ラインに流し、風で吹き飛ばしたり磁石でつけたりして分別していくの工場なのですが、人間は3人ぐらいが制御室にいて、機械がやっているのをモニターで見ているわけです。高速でゴミが流れるモニターの映像は、クルマ酔いしそうな映像で、あれを見続けていたらすごいストレスだろうなと感じました。いつトラブルが起こるかわからないので、居眠りするわけにはいきません。

人間がゴミを機械のように分けるとしたら、1日中、週5日間ずっとやればつらすぎる労働ですが、その仕事が、たまに数時間ぐらいでゆっくりできるなら、そして危険や匂いを少なくできるなら、それもそんなに悪い仕事ではないのではないかと思えるのです。分けながら、「人間っていろんなものをつくるんだな」「これってまだ使えそうかな」「どうやったらもっとうまく分別できるかな」「こうやってゴミを出してもらえば楽なのに」といろいろ考えられるはずです。その考えたことをもとに、別の時間に分別をうまくやるための道具づくりや、やり方の改善の仕事をする、ゴミの出し方を市民に伝える仕事をする、としたらどうでしょう？

自分が分別しているので実感を持って話ができるし、分別作業は「つらくなるぎりぎりのラクさ加減」にしておけば、ルーティンワークも悪くない気がします（六兼屋で草刈りをするのも、悪くない仕事です）。

それ以上に重要なのは、手を動かし、目の前のものと対峙することによって、人間にはアイディアがわいてくるというというのは、人間の本性に近いことではないかという点。制御室で目で追いかけているだけでは、アイディアは生まれないのです。

こう考えてみると、機械に頼りすぎることは、
楽しい作業をする機会を奪っている
人間より機械の方がすごいと思いこんでしまう
ルーティンな作業の中から創意や工夫が生まれる、その機会を失っている
機械化によって作業から人が減る反面、仕事を失って意欲なくだらだらする人がでる（今の失業者の量は、そういうことですよね）。

など、いろいろな問題を起こすことがわかります。どれも、人間より機械の方がすごい、人間が作業仕事から減るほどよい、という思いこみの結果だと思います。

■単調作業は悪か、善か？

人間は、繰り返しの単調な作業を、「非人間的なもの」として排除し、そうじゃない別の仕事をするように、社会の仕組みを変えてきました。これによって、チャップリンの「モダンタイムス」にあるような単調な流れ作業の工場労働から解放されたのも事実です。

でもその結果、単調な繰り返しの作業は、何でも悪、何でも非人間的なものだという思いこみが生まれてしまったように思います。特に「誰もやり手がいない」というような仕事だと、「だったら人間がやらずに済むように」と機械化・自動化をぱっと思いつくのが習慣になってしまった。

でも、人間の文明の営みの多くは、単純な作業の繰り返しでした。田植えや種まきは腰をかがめ、ひとつひとつ土に埋めていく単純作業の繰り返しだし、イネや麦の刈り取り、脱穀、精米など、どの作業も単純作業の繰り返しです。

テレビドラマ「おしん」は、こういう単純作業を「つらい労働」として描きましたが、本当にそうでしょうか？

たしかにひとりで多くの作業を長時間繰り返せば、つらい労働でしょう。しかし今は逆に、そういう繰り返しの労働を、自ら進んでやろうとしなければ、むしろそういう仕事は少ない時代になってしまいました。

先日入った牛丼屋では、アルバイターが、サラダを作っていました。大きなポリ袋に詰められたカット野菜を、ザルで洗い、水を切り、小さなサラダボールに入れていく。単調な作業ですが、アルバイターは集中し、考えながらやっているように見えました。狭いスペースでどのようにサラダボールを配置すれば、作業がやりやすくなるか。一皿の量を均等にするにはどのように作業をすればいいのか。それを考えながらやっているアルバイターと、考えずにやるアルバイターでは、効率も違うだろうけれど、それ以上に、仕事を通じて得るものも違うだろうと感じました。

人間にとっての作業とは、意外に奥深い意味があるのだと思います。最近僕は、繰り返しの作業が出てくるたびに、「面倒がらずにやってみよう」と思っています。そういう機会が、本当に減っているので、繰り返しの中で発見できることが多いのです。掃除も、皿洗いも、草むしりも。

里山にある仕事の多くは、いわゆる効率が悪く、機械化の遅れたものばかりです。だからこそ、見捨てられてしまったのですが、里山に注目する意味は、実はこういう「作業の繰り返しから学ぶ」ことも含まれているのではないかと感じるのです。

それにもかかわらず、雑木林の管理の仕事を見たときに、「機械を入れて自動化しよう」と考えるとしたら、それはせっかくの「繰り返しから学ぶ」機会を失っていることになりかねません。

「おしん」の作業が単なるつらさだけなのだとしたら、つらさを最小限に、学びや喜びを最大限にするための作業のしかたこそ工夫しなければならないとしても、単純作業そのものを否定しては無意味だ、と思えるのです。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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