126 子どもに伝えたいこと

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最近注目を集めている教育学者、斎藤孝の著作を少しまとめ読みしています。「『できる人』はどこがちがうのか」「自然体の作り方」「子どもたちはなぜキレるのか」など、同時代性のあるテーマに独自のロジックとアプローチで臨み、成果も上げている気鋭の教育学者です。「質問力」「声に出して読みたい日本語」「理想の国語教科書」などの著書もあります。こちらの方が有名かもしれません。

彼のメッセージについては、まだ読み取りきれていない部分があるのですが、僕は彼の主張を諒解できないところが多く、ちょっと違うなと感じています。詳しくはまた改めて書いてみたいと思ってはいるのですが、ちょっとさわりだけ。

一番違うなあと思うのは、彼が教育学者で、しかも学校教育について考えている点ではないかと思います。彼の語る内容の多くは、「子ども個人」に向けられておらず、「子ども全体」に向けられています。全体を平均的に引き上げる、全体を確実に引き上げられることが目的に据えられていて、その点とても学校的で、全員に同じものを与え、同じ結果を得る、ということが常に意識されているわけです。

僕は子どもの育ちというのは、どこまで行っても全体では語れないと思っています。ひとり一人まったく違うし、アプローチも、結果も個別的で、共通項を探り出すことは実質的に不可能という前提に立っています。そういう意味で、僕は、「子どもの育ち」については考えられても、「学校」については考えられないし、考えたくないのかもしれません。

というような前提を先に書いておいた上で、今回は子どもに伝えたいことについて考えてみたいと思います。

ちなみに、僕には小学校4年になる女の子が一人いて、基本的にはその子に僕が伝えてきたことです。

■お金を得ることについて、どのように伝えているか？

先日、同じく小学生の子を持つ友人と話していて、彼は「子どもにはお金は労働の対価なのだから、子どもなりに何か役割を果たして初めて、お金を上げるようにしています」というので、それに対してした話です。

僕は子どもに対して、お金と労働をつなげて説明したことはありません。それ以前に、僕はこのところずっと「労働」というものをしたことがないと感じているのです。「仕事」はしているように思うのですが、それさえもちょっと実感としてはあやしくて、言葉では習慣的に「仕事」といってはいるものの、実際には、「やることA」「やることB」……があるだけです。僕にとっては「やることA」をきちんと終わらせると10万円になり、「やることX」については終わらせても1円にもならず、それは普通は家事と呼ばれる、というような感じで、やること自体はほぼすべては等価値だと感じています。

ではお金を受け取れることと、受け取れないことの違いは何かというと、事前に「これをしてくれたらとてもうれしいので、お金を払ってあげる」と言われているかどうかということだけで、どの「やること」も、約束があればお金になるし、約束がなければお金にはならない、というだけのことでしかありません。

雑誌1に原稿を書くと、あらかじめ5万円ね、と決められていて、雑誌2では「ごめん、タダなんだけど書いてくれる？」と言われている。どちらも書きたいから書くことには変わりがない、ということです。

では、仕事を頼んでくれる人にとっては「お金を払う」ものと「払わない」ものの違いがあるのかというと、彼らの側で「お金を払っても自分が損しない」しくみができているかどうかの違いと、「お金を払うといえば僕に書かせることができる」と思うかどうかの違いになってきます。

なんだか禅問答になってきました。でも僕にとっては、実際のところ、お金になるかどうかはそのことをやる決定的な要因ではないのです。僕のところに来る「やってくれるとうれしい」という依頼の中で、「やるとお金を上げましょう」というものをいくつかピックアップし、それをやったときの合計が、生活に十分な額になるように計算して決めているだけです。

このことからわかることは、生きていくためにお金が必要なら、「これをやってくれたらお金を上げる」といってくれる相手を増やし、なるべく自分がやりたいことの話をもってきてくれる人ばかりにしておくことで、自分の収入が保証されるということです。これをさらに考えてみると、お金は自分のやった仕事の対価ではなく、自分が「お金を上げるからやってほしい」と言ってくれるひととどれだけたくさん、知り合いになっていて、その人が自分がやりたい、と思うことを用意してくれるか、という総量にかかっていることになります。お金と引き替えてくれない仕事もするのは、それによって総量が上がる可能性があるから、ということもできますが、全体として自分がやりたいことをやっている時間を長くしたいからということもできそうです。

逆に、僕が友人に聞き返したことは、「もしお金が労働の対価なら、今、あちこちにいるお金持ちが収入を得ていることをどうやって説明するの？」ということでした。資産家にしても、企業経営者にしても、あるいは村上春樹のような成功した作家にしても、労働したからお金をもらえているのですね、と聞いたら、誰も「その通り」とは言わないでしょう。僕は資産家でもいわゆる企業経営者でも成功した作家でもないけれど、お金と労働は引き替えていないし、自分の子どもにも、そうなってほしくない。

ここまではお金を得る話。10歳の娘には、まだこの説明はよくわからないようですが、お金を得るということは大変なことでも苦しいことでもなく、喜びとリンクしていて、でもときどきけっこう大変そうにしている、ということだろうと思います。お金の原理を理解できるのは、もうちょっと後のことかもしれませんが、僕は街のあちこちでお金がどのように動いているか説明しているので、意外にわかっているかもしれません。

■お金を使うことについて、どのよう伝えているか？

次に、お金を使う側の話です。娘は一人っ子で親を独占できる立場だし、比較的経済的に余裕のある祖父母もいるので、相対的に見れば我が家で一番お金持ちかもしれません。少なくとも、彼女がほしいと思うものを買えないということはないぐらいのお金を持っています。もちろん、ほしいと思うものすべてを買うには足りないでしょうが、ある瞬間ほしいと思うような、たとえばゲーム機にしてもドールハウスにしても、たいていのものについて、決断すれば買えるぐらいのお金は持っているわけです。

でも、彼女は、ゲームにもおもちゃのたぐいにもまず手を出しません。たまにシルバニアファミリーの有料会員（年額1000円）、というようなものを「よーし、入るぞ」と意を決して郵便局に払い込みに行ったりしますが、せいぜいその程度です。

ちょっと高価でほしいもの、たとえば「とっとこハム太郎のゲームボーイソフト」は、誕生日やクリスマスに買ってもらいます。幸いなことに両親と両方の祖父母、それにどの子どもにも来てくれるサンタクロースの、4か所（誕生日は3か所）からはもらえるので、年間7件、これでけっこう満足できるようです。

なぜこの7件で満足できるのか、親の目から見てよくわからないところもあるのですが（僕自身はもっと年中ほしいものがあったように思うので、よく満足できるなあと思ったりします）、この7件については、買ってもいいかどうか親に相談したりすることなく、それでいてみんなが喜んでプレゼントしてくれて、堂々とうれしく感じてもらい、使える、ということが、気に入っているのではないかと思います。それ以外に時に高価な物を買おうとすると、自分でもどきどきするし、親にも相談するので（しなければならないといっているわけではないのですが）、そういう精神的な緊張感を感じながら買うよりも、年2回の7件で存分にうれしがった方がよいと思っているようです。

これ以外の時に自分で買うものについては、一応親に相談するようにしているのですが（自分で相談してくる）、僕が話しているのは「使うものは安い」ということです。高価なものであっても、それをちゃんと使い、十分楽しむなら安いし、買うべきだし、安くてもすぐに飽きてしまったり、捨ててしまうものは、高くつくからやめたら、といいます。僕に相談すると「使うもの安いよ」といつも言われるので、最近では僕には相談せずに、「これを買ったらこんなふうに使えるかな」と母親に相談しているようです。

ちなみに、ゲームソフトは、ハム太郎シリーズのうちの2本だけをもっていて、彼女のゲームボーイはこの2本の専用機になっています。それも、ソフトを買ってすべてやりきるまでは遊びますが、ざっと1.5回分ぐらい遊ぶと飽きて、しばらくはお蔵入り、という感じの使い方です。友だちと遊ぶときはもって歩くことはなく、親の買い物（家電製品の買い換えとか）に付き合うときに持って行って、暇つぶしをしています。

「使うものは安い、使わないものは高い」。これは親である僕や妻も物を買うときの基準にしているので、考え方がわかってきたようです。今日も、近所の八幡神社の秋祭りに友だちといったのですが、友だちは「宝釣り」や「くじ引き」をたくさんやって、詰まらないものを手にする中、彼女は人気ブランド「エンジェルブルー」のキャラクターグッズを確実に手に入れられそうなくじだけチャレンジしていました。あとは食べ物と、大好きな金魚すくいです。なかなかよいお金の使い方で、親の方が感心しました。

■人の命について、何を伝えているか？

次に、今子どもたちに一番伝えなければならない、「命」についてです。

7月に長崎でおきた、中学生による幼児殺害事件。今学期に入ってからも子どもをねらった犯罪が続いています。僕が住んでいる東京目黒でも、小学生に声をかけたり、手を引いたり、自分の裸体を見せつけたりするような事件が続いていて、そのたびに学校からも注意を促すプリントがやってくるような状態です。

子どもたちは、自分たちがねらわれる存在であると同時に、一歩間違えると自分たちがより小さなこともたちをねらってしまう存在であることを感じつつ、暮らしているのです。

2学期に入り、学校からは長崎事件を受けて「命の大切さをしっかり子どもたちに伝える」ように書かれたプリントがやってきて、僕はいささか気が滅入りました。命が大切なことはいうまでもないのですが、どのように、なぜ大切なのか、学校の教師も伝えるべき言葉を持っていない、子どもたちに響く言葉を持っていないことが、そのプリントには露呈していたからです。

僕が娘に話していることは、むしろ逆の話です。人間は、他者の命について、どのように扱う生き物なのかについて、しばしば話題にします。

今年の夏も終戦の日がやってきて、NHKは新しい映像記録を発掘してカラーで戦前の映像を放送しました。60年近い歳月がたっても、毎年欠かさず太平洋戦争の記録を流し続けるNHKの姿勢には、心底頭が下がります。

で、こういった映像には必ず多くの人々が死んでいく姿が記録されています。今年の映像は、新たに発見されたカラー映像だったこともあって、とてもリアリティがあり、娘と一緒に家族でみました。

60年前の映像と同時に、今年はイラク戦争もあり、去年のアフガン戦争もありました。そこには大人たちがどれほど人の命を粗末にしてきたか、そして特に子どもたちがその犠牲になってきたかが余すことなく描かれています。命を粗末にすることは、とても悲しく、悲惨なことです。まして、力のあるものが力のないものの命を強引に、なんのためらいもなく奪っていく戦争の映像は、むなしさだけが残ります。しかし、まさにこれこそが命に関する現実で、人間の現実をしっかり記憶してほしいと僕は願い、説明しています。

それと同時に、人間には人を殺さないという選択もあること、人を殺したがる人がいるのと同時に、人を殺したくないと思う人がいる事実も話します。殺される側の悲劇を話し、殺す側の虚無感、むなしさについて考えます。

娘は「なんで人を殺すことに賛成する人がいるんだろう？」と疑問を持ちます。「自分はそんなことに絶対賛成しない」とも言います。でも僕は答える。「実際に、多くの人が、戦争で人を殺すことに賛成するんだよ。殺さないと殺されると思うこともあるし、悪いやつは死んだっていいと思うこともあるかもしれないしね」。「でも、人を殺すことに賛成することは、ごくふつうの人にも、よく起こってしまうことなんだ」と。人を殺すことにいつも賛成する人はいないけれど、その人もある瞬間に、人を殺す側に回ってしまう。それが人間という生き物で、でも、どんなときも人を殺す側に回ろうとしない人もいる、ということを知らせようと思っています。

娘はさっぱりわからないという顔をしているのですが、人を殺すということが、人間にとって特別なことではなさそうだ、ということには気がつくのです。その上で、「僕は人を殺すことに賛成することは絶対にしない、どのような殺人も反対だけどね」と話します。そして、裁判の死刑判決を含めて、人が人を殺すことには徹底的に異議を唱えていきます。

命を大切にするというメッセージは、それ単独では、ほとんどなんの価値も持たないばかりか、世界におこっていることを見ると、それはどう見てもウソのメッセージなのです。世界は殺人で満ちあふれている。それに賛成する人で満ちあふれている。自分もいつ賛成に回ってしまうかもしれない危うさの中で、自分は人を殺さない、人を殺すことに賛成しないという意志を持つこと、その特別さを理解してもらえればと思って、娘には話し続けています。

■自分の生き方が、子どもに伝えるメッセージになる

今回はお金と命のことについての話で終わってしまいましたが、このふたつのことについて見てもわかるとおり、僕が伝えたいメッセージは、僕自身の生き様とダイレクトにつながっていて、僕自身はどこまで普遍性があるのか、自信がありません。同じことを伝えるにしても、娘の性格や知的能力が別の状況なら、まったく違う話をしているかもしれません。

冒頭に紹介した斎藤孝は、彼自身はよく研究し、伝わるメッセージと伝えるためのメソッドをもっていると思うのですが、彼自身の生き様に直結するメッセージとメソッドなのに、それを普遍化しようとしている点に違和感を感じます。斎藤孝自身から教えてもらったこどもたちは、彼からのメッセージをパーフェクトに受け取れるだろうけれど、彼がそれをメソッドとして教師一般が使えるようにしたとたん、彼の持っているパワーは形骸化し、力を失っていくように思います。子どもを育てるということは、そのぐらい1回性のもので、普遍化できないものだと感じるのです。

なので、以上のような僕のメッセージをそのままあなたのお子さんに伝えても、それはうまくいかないかもしれません。しかし「お金は労働の直接の対価ではない」「使うものは安い」「人間は命を粗末にする生き物」と言った僕が発信するメッセージについて、あなたなりに考えを深め、それを伝えれば、ただ単に「お金は大切に使おう」「命は大切なもの」というよりは、深いインパクトを与えることができるかもしれません。大事なことは、子どもに、自分自信がよく考えた結果のメッセージを伝えることにあると、僕は考えています。

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渡辺パコ。ライター、デザイナー、コンサルタント、グロービス・マネジメント・スクール講師。
1960年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。85年採用広告プロダクションでコピーライター、クリエイティブディレクターとして広告、会社案内の制作、PR戦略の企画立案などを担当。その後、独立して90年に有限会社水族館文庫を設立。94年から著作活動を開始する一方、Webサイトの設立・運営にアドバイザーとして積極的に参画、ビジネスインキュベーションを担当。雑誌などへの執筆活動も行う。著書に「環境経営の教科書」「人生に役立つ論理力トレーニング」（幻冬舎）「＜意思伝達編＞論理力を鍛えるトレーニングブック」「論理力を鍛えるトレーニングブック」「手にとるようにIT経営がわかる本」「図解＆キーワードで読み解く通信業界」（かんき出版）、「LANの本質」、「生命保険がわかる本」など。

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